王太后様のお茶会
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学園の雰囲気は少しだけ和らいだように思う。けど私への疑惑は依然晴れないまま。
そんな時に王都の外れにある離宮から使者がやって来た。その使者が携えてきたのは王太后様からのお手紙だった。
「え?私にですか?」
「うん。リノー宛だよ」
それは王太后様からのお茶会の招待状だった。招待状は上品なアイボリーの封筒に入れられていて、同じ色の便箋にはとても美しい文字が書かれていた。
王太后様は現国王様のお母様で、聖なる乙女の最高位にいらっしゃる方。「白光のティアラ」と称される強い浄化の力を持っている稀な能力者だ。王太后様はとても優しくて温厚で国民にとても人気がある。国土に作物が育たない不浄の土地があれば出向いて行き、その土地を浄化して回ったという。
「でも、どうして私をお茶会に招待してくださったんでしょうか」
「きっと、リノーに興味があるんだよ。聖なる乙女じゃなくても、今回のリノーの功績は大きいから。これは流石にお断りすることは出来ないと思う」
「そう、ですよね」
王太后様のお茶会は聖なる乙女達を招いて行われるものだ。仲間である聖なる乙女達の結束を高め、普段でも有事の時でも助け合い、協力し合って王国を守る意識を持つために開催されているのだと聞いている。ごく稀に王国に貢献した女性をお茶会に招くことがあるから、今回は私はそれに当てはまったんだとシル様が言ってたし、私もそうだと思う。確かアリスも昨年の流行り病を鎮めた後に招待されて、その後にまだ学生の身分ながら、候補から聖なる乙女に昇格したんだったわ。
私は不安だった。いくら王太后様が良い方だとしても、私はシル様の婚約者。王太后様からすればシル様のお母様は先代の国王様の寵愛を受けた方で……。もちろんシル様のお母様もシル様もとても良い人達だけど、王太后様のお気持ちはとても複雑なんじゃないかな……。そう思うとあまりお会いするのは気が進まない。
「僕は一緒には行けないけど大丈夫だよ。あの方は母や僕にもとても優しく接してくれた。とても懐の深い方だから」
シル様がそう言ってくれたので、少し不安が晴れた私は学園を休んで王太后様の待つ離宮へ向かったのだった。
王宮ほど大きくはないけれど、貴族の邸宅よりもはるかに広い敷地とお屋敷。よく手入れされた庭園にはバラが咲き誇っている。人の少ない静かな離宮は王太后様のように穏やかな場所だった。
「よく来てくださったわね。若き聖なる乙女達とお話がしたくてお茶会に招待してるのよ」
趣味の良い調度品の置かれた応接室で対面した王太后様はとても若々しく美しい方だった。
「学園をお休みさせてしまってごめんなさいね。各地を回る予定が詰まってしまっていて今日しか空いてなかったの。アストリア侯爵令嬢、いえ、エリノーラさんとお呼びしてもよろしくて?」
「はい!光栄です!」
「うふふ、そんなにかたくならないで。わたくしの事もセラフィーナと呼んで頂戴」
「セラフィーナ様……」
「はい!
よろしくね。うふふ、貴女のことは色々と聞いているわ。今日はとても楽しみだったのですよ。予想通りのお嬢さんでとても嬉しいわ!」
思ってた以上に気さくな方だったみたい。私は少しずつ緊張が解けていくのを感じていた。
そして驚いたことがある。王太后様が入室されてから明らかに部屋の中の空気が変わった。とても澄んだ空気。爽やかな香気のようなものが感じられるようになった。もしかしたら、これがセラフィーナ様の力なの?いらっしゃるだけで空気を浄化してしまうなんて、凄い……!
セラフィーナ様とのお茶会はとても楽しいものだった。セラフィーナ様のお若い頃のお話はとても興味深かったし、聞かれたのは学園でのことや回復薬の作り方やアゲート地方の薬草を使ったのはどういう経緯でとか尋ねられたり、他にも色々とご存じで私の事にとても興味を持ってくださってるみたいだった。
「シルヴァンの事は心配していたの。あの子は優しそうに見えて誰にも心を開いていなかったから」
「え?!そうなのですか?」
私が知ってるシル様はいつでも誰にでも優しく微笑んでて……。
「生い立ちが複雑でしょう?下手なことをすれば陰謀に巻き込まれて命も危なかったのですから、仕方がないわね」
セラフィーナ様は悲し気に微笑んだ。そっか……シル様の笑顔は自分を守るための盾だったのかもしれない。今、シル様のことをやっと少し理解できたような気がする。それにしてもセラフィーナ様は本当に優しくて素敵な方だわ。シル様の事をとても心配してくれてる。
「だから、エリノーラさんがいてくれて良かった。シルヴァンの事もこれで安心できるわ。これからもシルヴァンの事よろしくね」
「はい。勿論です!」
お世話になりっぱなしなのは私の方だから、これからはシル様を支えられるようになりたい。
「そうだ!今度は貴女の焼き菓子を食べてみたいわ。良かったらわたくしにもご馳走してね」
「そんなことまでご存じなんですね!お口に合うかどうかわかりませんが、機会がありましたら是非!」
そんな約束をして、お茶会は和やかな雰囲気で終わった。
「とても素敵な方でした!」
「それは良かったね」
迎えに来てくれたシル様と馬車の中で話しながら、一緒にお屋敷へ帰った。少しだけ、ほんの少しだけシル様の笑顔がいつもと違うように感じたけれど、シル様だって人間だから疲れてる時だってある。これからはもっと注意深くシル様を見て、なるべく変化をわかってあげられたらって思った。
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シルヴァンはエリノーラを王太后の離宮へ送り届けた後、一人学園へ登校した。
シルヴァンが一人でいるのを女子生徒達、つまり貴族令嬢達が放っておくはずがなく、シルヴァンはあっという間に取り囲まれてしまった。
ほとんどの女子生徒達はシルヴァンに熱い視線を送るのみだったが、中には聞き捨てならないことを言ってくる者もいた。
「殿下、大変申し上げにくいのですが……、アストリア侯爵令嬢からはお離れになった方がよろしいですわ」
(大きなお世話だ)
無言のまま笑顔で答えるシルヴァン。
「そうですわ。こんな陰口のようなことを申し上げるのは心苦しいのですが……。あの方はまだ王子妃になることを諦めていらっしゃらないのです」
(陰口とわかってるなら言わなければいいものを)
笑顔が引きつりそうになる。
「あの方はエルドレット殿下を愛しておられて、アリス様を恨んでおられるのです。ですからまた恐ろしいことを企んでおられるのですわ」
(リノーに執着してるのはエルの方だけどね。リノーの迷惑そうな顔は目に入らないらしい。自分にだけ都合の良い目をお持ちのようだ)
どうやら彼女達は自分よりもリノーの事を良く知っているらしい。それとも良く知っている誰かに吹き込まれたか。シルヴァンはそっと息を吸いこみ吐き出した。
「どういうことかな?詳しく聞かせてくれる?」
シルヴァンは極上の笑顔を浮かべた。
(元凶は誰だ?)
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