再開
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王都に秋風が吹き始めた頃、休校になっていた王立学園が再開されることが決まった。
「シ、シル様?」
背中があったかい……。
「そろそろ僕だけをかまってよ」
「かまってって……あ、あの……まだ回復薬は必要で……」
流行り病が下火になったとはいえ、病人がゼロになった訳じゃない。明日から学園再開という日だったけど、今日も私は森へ行こうと思ってた。朝、お屋敷の廊下を歩いていたら突然後ろから抱きすくめられて、シル様の部屋へ連れて行かれた。
「もう十分ストックはあるでしょ?それに後は他の聖なる乙女達に任せておけばいいよ。王都の状況もかなり落ち着いているんだし」
シル様の隣に座るのはいいんだけどちょっと密着しすぎだと思う。シル様の胸に寄りかかるように抱き寄せられていて、なんだか落ち着かない。
「とにかくリノーは少し頑張りすぎてる」
わわっ!頭にシル様の唇が……!温かい吐息を感じて頬に熱が上がる。急にどうしちゃったの?シル様。
「明日から学園か。大変なことになりそうだね」
シル様がうんざりしたようにため息をついた。その熱も感じで思わずビクッとなってしまう。
「そうですね。遅れてしまった分の授業を取り戻さないといけないですし」
ひと月近く休校になってしまっているから、きっと課題も増えるだろう。そう思うと今から先が思いやられる。
「……そうじゃないよ、リノー」
「え?違いましたか?」
思わずシル様を見上げてしまう。顔、近い!!慌てて目を逸らして顔を背けようとした。
でもできなかった。シル様の綺麗な指が私の頬にかかって私を上向かせた。
「リノーは絶対に僕のそばを離れないでね」
「?はい。クラスも一緒ですし、ずっと一緒にいます」
シル様は何を心配してるんだろう?それにしても顔が近い……。何だか耐えきれなくなって目を伏せた。ふっと笑った気配がして、甘さを含んだ声がする。
「リノー、もしかして僕を誘ってる?」
この体勢で目を伏せた(瞑った)からキスをせがんでるように見えちゃった?!
「……え?!ちがっ!違いますっ!誘ってませんっ!シル様と近すぎて恥ずかしくてっ」
慌てて離れようとして立ち上がって、バランスを崩してしまった。
「危ないっ」
シル様に腕を引かれたのは覚えてる。でもどうしてこうなったのかはわからない。気が付くとシル様に押し倒される形になってしまってた。
「やっぱり誘われてるのかな?」
いたずらっ子のように笑うシル様の顔。そんな顔も綺麗で今度は目が離せない。
「リノー……」
切なげな声。吐息が唇にかかってそのまま重なった。何度も繰り返される口づけに私からも応えた。
そういえばこんな風に二人きりでゆっくり過ごすのっていつぶりだろう。その日は久しぶりに森へは行かず、シル様とずっと他愛のないおしゃべりをしたり、お茶を飲んだり恋人同士の時間を過ごした。
翌朝、シル様と一緒に登校すると一斉に生徒達の注目を浴びた。前みたいに非難の目で見られるのかと思って一瞬身構えちゃったけど違ってた。シル様が抱き寄せて守ってくれたけど、あっという間に取り囲まれてお礼を言われた。
「ありがとうございます!エリノーラ様!」
「助かりました、アストリア侯爵令嬢!」
「祖父が危なかったんです……。でもお薬をいただけて!今はとても元気ですわ!」
「うちも弟が……」
口々に私に回復薬が効いて助かったと報告してくれる。こんなに好意的な対応をされるのって初めてでちょっと面食らってしまう。
「アストリア侯爵令嬢って凄い方だったのですね!」
「あら、私はそうだと思ってましたわ!ねえ、エリノーラ様!」
「誤解申し上げてて大変申し訳ありませんでした」
中にはやたら親し気にしてきたり、謝ってくれた人もいるけど、正直貴女達誰だっけ?って感じだった。私、友達いなかったからなぁ……。
「おいおい!そんな風に取り囲んだら迷惑だぞ!君達」
「はいはい。道を開けてくださいねーっ!」
人垣が割れてリオン様とアレックスが姿を見せた。
「シトリア様、サンドライト様、おはようございます」
「助かったよ、リオン、アレックス」
シル様もホッとしたようにため息をついた。二人が先導してくれて、シル様と私は何とか校舎に入る事ができた。
授業を終えて帰る時にも同じような状況だったけど、リオン様とアレックスがガードしてくれて馬車に乗りお屋敷へ帰りつく事ができた。ガードついでに一緒に馬車に乗り込み、二人にもお屋敷へ来てもらった。
「ありがとうごさいました。シトリア様、サンドライト様。とても助かりました。まさかあんなことになるなんて……」
思ってもみなかった。シル様が昨日言ってた「大変なこと」ってこの事だったの?シル様を見ると困ったように笑いながら頷いた。「ね?大変なことになったでしょ」って言ってる感じがした。
「すごい騒ぎだったね。まあそれも致し方ない事だ」
お茶を飲みながらリオン様が昨年のアリスの時の様子も同じだったと話してくれた。
「あの回復薬の効き目、凄かったらしいから」
自分は何ともなかったと自慢してくるアレックス。手にはもういくつめかになる焼き菓子を持ってる。アレックスの元気の秘訣はたくさん食べることなのかもしれない。
「リノーに救われた人は数多くいる。こうなることはわかってたよ。あまりに酷いようなら実力行使も辞さない覚悟だったけど、二人が来てくれて本当に助かったよ。ありがとう」
「殿下、実力行使って何をなさるつもりだったんです?」
「おっかないなぁ……」
シル様はいつものように微笑んでるだけ……。本当に何をするつもりだったんだろう?
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スフェーン王国王立学園
特別教室
「皆さん酷いわ……。私だってとても頑張ったのに」
少し前まではみんなに囲まれて、笑顔と好意と敬愛の表情を向けられるのはアリスだったはずだったのだ。涙に暮れるアリスをユーイン、クリストファー、ジェフ、グラントリーが慰めている。最近仲間に加わったはずのティモシーの姿はそこにはなかった。
「そうだよね。アリスだって毎日何回も治癒魔法を使ってた。とても頑張ってたよ。ただちょっと夏休みは遊びすぎてしまったよね……」
「過ぎてしまったことは仕方が無いですよ。今回はアストリア侯爵令嬢のおかげでみんな助かったのですから、良かったじゃないですか」
「それにしてもアストリア侯爵令嬢にあんな才能があったとはね」
「驚きでしたね」
死を招く流行り病の収束は彼らを重苦しい空気から解放しており、愛する少女への配慮が少し欠けてしまっていた。
ユーインとクリストファの会話を聞いて、苦虫をかみつぶしたような顔をしている者達がいる。魔法博士の息子ジェフと騎士団所属のグラントリーだ。彼らはまだすんすんと泣いているアリスを守るように立ち、お互いの顔を見合わせ頷いた。
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