明るい光
来ていただいてありがとうございます!
王宮へ跳んだ時、兵士達にとり囲まれてしまって一時はどうなることかと思った……。何とかシル様がとりなしてくれたけど、エルマー師匠って破天荒だなぁ……。
シル様とエルマー師匠、ヴァイスと私は国王陛下の豪華で広くて明るい執務室に通された。前にここへ来たのはエルドレット殿下と婚約した十三歳の時だった。懐かしい。
しばらくすると、国王陛下と王太子殿下が揃って執務室へ入ってきた。シル様と私とヴァイスは礼を取ったけど、エルマー師匠だけは立ったまま。
「そちらから問い合わせがあったから来てやったぞ。そら、依頼のあった新薬だ」
挨拶もそこそこにエルマー師匠は私の回復薬を使ったカプセルを一粒指でつまんで差し出した。
「エルマー殿!いくらなんでも一国の国王陛下に対して失礼ですよ」
シル様が耳打ちするけど、エルマー師匠は全く気にしてないみたい。
「こっちの第二王子から文書で依頼があったから急いで来たんだぞ。流行り病を止められないと泣き言を言ってきたんだってな」
「なんと無礼な!」
国王陛下の側近の方々が顔を赤くして怒ってる。エルマー師匠、少し煽りすぎじゃない?ハラハラしてしまう。
「国民を自力で救うこともできない奴らに礼儀を諭されるとは思わなかったな」
ああ、エルマー師匠は彼らよりずっと怒ってるんだ。見たことないほど怖い目をしてる。
「ぐ……」
金色の瞳に射竦められて、側近の方々は何も言えなくなってしまってる。
「もうよい。エルマー殿、遠い所我が国の危機に馳せ参じていただき感謝する。確かに今、我が国は未曾有の流行り病の為に民達が苦しんでいる。是非助けていただきたい。その新薬を提供いただきたいのですが、いかがでしょうか」
国王様とシル様ってやっぱり兄弟なんだね。髪色は違うけど顔立ちが似てる。薄い金色の髪をオールバックに整えた、菫色の瞳の国王様は静かに尋ねた。
「必要ないだろう」
「なっ!我が国は今大変な状況に陥っているんです。どうかご助力願えませんか?」
それまで黙っていた王太子殿下が言葉を挟んだ。
「だから、必要ないだろう。この新薬はエリノーラ・アストリア侯爵令嬢から提供を受けているものなんだから。お嬢さんにどんどん薬を作ってもらえばいい」
「え?」
シル様とヴァイスとエルマー師匠を除いたみんなの視線が一斉に私に向いた。側近の方々は怪訝そうな顔で私を見てる。ああっ!私作業着のままで回復薬の瓶を抱えてるんだった。髪だって一応梳かしてあるけど、後ろで束ねてるだけなんだよ!貴族令嬢としてはちょっと、いやかなり恥ずかしい……。慌てて髪を手櫛で整えて俯く私にささやく声が聞こえてくる。
「大丈夫。リノーはどんな格好でも可愛いよ」
「そうだ。ノーラはずっと頑張ってたんだから気にしなくていい」
フォローしてもらえて嬉しいけど、そういうことじゃないと思うんだよ?二人とも。
「失礼いたします!父上、魔法王国からの使者殿がいらしたと聞きました!」
タイミングがいいのか悪いのか、その時エルドレット殿下が顔を輝かせて執務室へ入って来た。
国王陛下の執務室には応接セットもあって、私達は座るよう促された。
「そら、これが我が国の鑑定魔法師の鑑定書だ」
エルマー師匠はテーブルの上に一枚の紙を広げ、カプセルも置いた。それから私が置いた銀の光の粒が浮かぶ青い回復薬の瓶を指さした。
「そしてその新薬の原料がこの回復薬だ」
「これは………やはりアストリア侯爵令嬢の回復薬と同じものか」
王太子殿下が瓶を覗き込んで手に持っていた小瓶とカプセルとを見比べてる。そして最後に私を見た。
「どうして魔法王国の新薬をアストリア侯爵令嬢が?……私も不思議に思ってはいたのです。聞いていた話では貴女は回復薬を作るどころか魔法を殆ど使う事ができなかったとか」
「はい。あの……」
私はシル様をチラッと見た。シル様が頷いてくれたから正直に全部をお話した。
アリスに嫌がらせをしたと無実の罪を着せられて、王都を追放されたこと。城から迎えの兵士が来て魔の森に置き去りにされたこと。そこで魔力に目覚めたらしいこと。しばらくの間魔の森で暮らしていたこと。その時にお世話になったのがヴァイスだったこと。森の木の実を使ってお菓子や回復薬を作っていたこと。エルマー師匠から流行り病の予言を聞いて、回復薬を作り続けたこと。シル様が私の無実を証明したと迎えに来てくれたこと。そしてエルマー師匠と回復薬の売買契約を結んでいること…………。
「何という事を……」
全てを聞き終えた国王陛下と王太子殿下はしばらくの間言葉を無くしていた。
「もし、アストリア侯爵令嬢の魔力が覚醒してなかったら……」
「リノーは間違いなく死んでいたでしょうね」
シル様の声は静かに重く響いた。いつものような優しい笑顔は無かった。
「エルドレット、どういうことなのだ。我々には何も報告が来ておらぬが」
国王陛下がエルドレット殿下を一瞥した。
「も、申し訳ございません。聖なる乙女は国の宝。その宝を害する者を許す事ができず……。またローザリア伯爵令嬢を心酔する者達の暴走を食い止めるどころか、知ることも出来なかったのは不徳の致すところで……しかしながら」
「あー、あのさぁ、今そういう事をごちゃごちゃ言ってる場合じゃないだろう?俺は何のためにここへ来たんだ?」
エルマー師匠がエルドレット殿下の言い訳を遮った。うん。そうだよね。今は一刻も早く病気で苦しんでる人達を助けないと。
「ヴァイス、あれを」
「はい。お師匠様」
ヴァイスがあのアゲート地方の薬草をテーブルの上に置いた。森の畑でも栽培が成功して、根が付いたままの薬草を土が落ちないように小さな麻袋に入れて持ってきた。
「これもお嬢さんが見つけたものだ。この薬草には使用者のレベルに応じて薬の効果をレベルアップさせてくれる力があることがわかった」
「なんと!」
「それは凄い!魔力が強い者がこの薬草を使えばそれだけ高い効果が得られるのですね。これは何か他の事にも応用できそうだ」
王太子殿下は次は鑑定書と回復薬と薬草とを見比べてる。
「そうか。ならば他の聖なる乙女達にもこの薬草を使わせれば、薬の効果が向上するということだな。すぐにその分野の聖なる乙女達にこの薬草を届けさせよう」
国王陛下の言葉で、周囲の人達があわただしく動き始めた。
「アストリア侯爵令嬢の功績は大きいですね、父上」
「ああ、全くだ」
「お嬢さんは俺の優秀な弟子の一人だからな」
ヴァイスの隣に腰かけたエルマー師匠が、シル様の隣に座る私に向かって微笑みかけた。えへへ、優秀だなんて照れちゃう。
その後はトントン拍子で話が進んで私の作った回復薬を治療院に置いてもらえることになった。お願いしたら、無償で配ってくれるって国王陛下が約束してくれた。実は私が呼ばれたのはシトリア公爵家からの薦めがあったからなんだって。私が作った回復薬でリオン様やご家族や使用人の人達の病が重症化せずに回復したって国王陛下に伝えてくださったそう。それとアレックスのサンドライト伯爵家からも同じように進言があったんだって。王国に買い取ってもらった私の回復薬はみんなに配られることになったんだ。
少しずつ治療院にできる列が短くなっていった。聖なる乙女達の作る回復薬もあのアゲート地方の薬草のおかげでパワーアップして、どんどん病を封じ込めて行った。病気の人達は減っていき、王都はいつもの落ち着きを取り戻して行った。お父様も回復薬が間に合って、今は快癒に向かってるって聞いて安心した。王国が明るい光に包まれてるみたいだった。
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