王宮へ
来ていただいてありがとうございます!
「アリスが襲われたんですか?!」
シル様の言葉に私もヴァイスもすごく驚いた。無事だと聞いて安心したけど一体何があったの?
シル様が魔の森の小屋へ来たのは結局夕方に近い時間になってからだった。私が小屋へ行った時にはヴァイスだけがいて、事情を話して回復薬作りを手伝ってもらった。シル様、遅いなってちょっと思ってたけど、集中してたからこんなに時間が経っていたなんて気が付かなかった。
一休みして三人分の香茶を淹れ、シル様が持ってきてくれたサンドイッチをみんなで食べた。大好きなスモークサーモンとクリームチーズとスライスオニオンのサンドイッチもあって幸せだった!シル様のお屋敷の料理人さんは私の好物まで知っててくれてるから、毎日の食事がとても楽しみ。食事を誰かに準備してもらえるのがすっごくありがたいことだって、魔の森での自炊生活で身に染みたんだよね。
そういえばお昼ご飯も食べずに回復薬を作ってたこと、シル様にはお見通しだったんだ。すごくお腹が空いてたことに食べ始めてから気が付いた。
「ごめんね、ヴァイス。お昼ご飯忘れてて」
「いや、問題無い。任務で食事がとれないことなんてザラだったから。私こそすまない。ノーラを休ませるのを忘れてた」
「全くこれだから……二人は似たもの同士だね」
シル様は少し疲れたように苦笑いした。
「それで?殿下。アリス嬢が襲われたというのはどういうことですか?」
「正確にはアリスの乗った馬車が襲われたんだ。さっきも言ったけどアリスは全くの無傷だよ。投石を受け、民衆に取り囲まれて罵声を浴びせられたんだ」
「そんな……どうして……」
「それで?どうなったんです?警護の騎士や兵士は何をしてたんです?」
ヴァイスが厳しい顔になった。ヴァイスは祖国で騎士をしていたから、主を守れなかった兵士に怒ってるみたい。
「警護の者はいなかった」
「警護の者がいない?聖なる乙女はスフェーン王国の要人ではないのですか?殿下」
「ローザリア伯爵令嬢にはジェフとグラントリーがいつもついているからね」
「ジェフ様はコルケット魔法博士のご子息で、グラントリー・スパーク様は騎士でしたね」
魔法のエリート、腕っぷしのエリートがいつもそばについていれば他の警護は要らないってこと?
「今回の流行り病は、治癒魔法をかけても症状がぶり返すことがある。高いレベルの治癒魔法が必要とされる病だ。国民達の中には何度も繰り返す症状に焦れてかなり不満や不安を抱える者が多かったらしい」
「なるほど。それで暴動になったという訳ですね」
「グラントリーの攻撃魔法で馬車に張り付いた民衆を引きはがして、ジェフの魔法で馬車の幻を見せている間にローザリア伯爵令嬢を逃がしたそうだ」
「こ、攻撃魔法?!怪我人が出たのでは?大丈夫だったんですか?」
「大丈夫だよ。ちょっと驚かせるために雷を城の塔に落としただけだそうだ」
「良かった……」
てっきり炎魔法とかで吹っ飛ばしたのかと思った……。雷魔法もコントロールを間違えば十分危ないけど。あ、もしかしてあの時聞いた地鳴りみたいな音って雷の音だったとか?
「しかし、アリス嬢は仕事を放り出して一体どこへ行くつもりだったんですか?」
「ああ」
ちらりとシル様は私を見た。
「アストリア侯爵家からの依頼だったみたいなんだ」
「え?!うちからの依頼ですか?そんな……。近くの治療院にも聖なる乙女がちゃんといらっしゃるのにどうして?それに誰が病気なんでしょうか。私には何の連絡も来ていないのですが……」
「アストリア侯爵が病に倒れたそうだ」
「お父様が……」
そういえば婚約の挨拶に行ったあの時、少し調子が悪そうだった……。もしかしてもうすでに今回の流行り病に罹っていたのかもしれない。
「私があの時もっときちんとお父様に体調について聞いておくべきでした」
「過ぎてしまったことを悔やんでも仕方が無いよ。それに今回の事はリノーのせいじゃない。リノーは回復薬を置いて来たんだ。飲まなかったのは彼らの判断だよ」
そうだった。私は回復薬を置いて来たんだった。でも。
「私の回復薬は飲んでもらえなかったんですね……」
信用されてない。家族にも。前と同じだ。やっぱりあの家には私の居場所は無いんだ。
「問題なのはその後でローザリア伯爵令嬢はすっかり怯えてしまって、治療院に行かなくなってしまったんだ。他の聖なる乙女達の中にも怯えてしまって民の治療を断る者達が出てきてる」
「そんな……」
ただでさえ病人が増えているのに、治療の手が減ってしまったらもっと酷いことになってしまう。
「随分酷い状況ですね。スフェーン王国は」
ヴァイスも厳しい表情をしてる。
「それでね、国王陛下と王太子殿下が君を呼んでるんだ。王宮へ来て欲しいそうだよ」
「え?国王陛下が?どうして私を?」
「回復薬についてだと思うよ」
え?面倒……。国王様にお会いするのは着替えたり待たされたり、とにかく時間がかかる。今はそんなことよりも回復薬を作っていたいのに……。
「気持ちはわかるけど、さすがに断れなかったよ。ごめんね」
え?顔に出てた?!私は頬を両手で押さえた。
「いえ、そんな……。私こそすみません」
「殿下は王宮に呼び出されてここへ来るのが遅くなったのですね」
ヴァイスは納得したように頷いた。
「そうなんだ。エリノーラの回復薬を配る手配で忙しかったのに参ったよ。とにかく、明日にでも王宮へ行こう」
「はい。わかりました。シル様」
「明日まで待つ必要は無いさ」
小屋の中にエルマー師匠が現れた!
「お!美味そうなものを食ってるな。俺にも食べさせてくれ。朝から忙しくてな」
そう言うとエルマー師匠はひょいっとサンドイッチをつまんだ。
「エルマー師匠!」
「お帰りなさい、お師匠様。お行儀が悪いですよ」
ヴァイスが嗜めるけど、エルマー師匠は全然聞いてない。
「おー!回復薬、たくさん出来てるな。ちょうどいい。アゲート地方の薬草も持ってと。ほら行くぞっ!時間も無いし、面倒事はさっさと済ますに限る!」
「一体どこへ行くんですか?」
「スフェーン王国の王宮だ」
え?今から?
「ちょっと待ってください!エルマー殿!!」
シル様の慌てたような声が響く。
小屋の床が光ったと思ったらいつの間にか木の床が大理石の床に変わっていて、私達は王宮の中にいた。
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エルドレットは一人、執務室で頭を抱えていた。
「アリスは一体何を考えてるんだ……。仕事を依頼されたとはいえ、あんなに着飾って出かけていくなんて」
毎日たくさんの患者に治癒魔法をかけて、疲れているのはエルドレットにも分かっていた。エルドレットもお菓子や花やドレスに宝飾品を贈ったりして、アリスの気分が少しでも良くなるように力を尽くしてはいたのだ。
「それなのにあんなことに」
エルドレットは父である国王や異母兄である王太子から叱責を受けた。ただでさえアリスの力不足、エルドレットの監督責任を問われていた矢先のこの事件はエルドレットの王室での立場を危うくするのに十分な出来事だった。今、アリスは民衆に怯えて王城に引きこもってしまっている。エルドレットの説得にも応じず、クリストファーやジェフ、グラントリーはアリスを守るように同調して一緒になって引きこもっている。そのことが更にアリスの印象とエルドレットの立場を悪くし続けている。
「それからこの報告書……」
魔の森の近くの町での調査報告書が側近から上がって来ていた。結果、この町で感染者が少ない理由は分からないままだった。しかしながら、エリノーラに似た少女が度々目撃されていること、そして町のある一軒の菓子屋にあの青い回復薬が売られていること、そして町の孤児院にもその少女がよく訪問し、回復薬や菓子などが頻繁に届けられていることなどが分かった。
エルドレットの机の上には側近が買い求めた青い回復薬、そしてシルヴァンが持参した回復薬が並べられている。
「この二つが同じものだとしたら、魔の森に一番近い街道の町にいたのはエリノーラなのか?どうしてそんな所に?」
町の調査が流行り病を食い止める手立ての一つになると期待したエルドレットの目論見は外れ、もう一つの希望、魔法王国の新薬についての情報も入ってこない。
「一体どうしたらいいんだ」
呟いたエルドレットを側近が呼びに来た。
「殿下、国王陛下がお呼びです。魔法王国からの使者が参っております」
「やっとか!これでなんとかなる!」
エルドレットはすぐに身支度を整え、国王の待つ執務室へ向かった。
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