魔法使いの弟子と温泉
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白リスの話を聞きながら小屋まで一緒に歩いた。
「へえ、じゃあ、あなたはそのすごい魔法使いの弟子で、お師匠様にリスにされたのね」
魔法が失敗したわけじゃなかったんだ。
「そうなんだ。酷いだろう?ほぼ永遠の命を与えてやろうって言われて喜んだらこのザマさ」
「ほぼ永遠って、滅茶苦茶怪しいじゃない……。でもどうして?」
「お師匠様の研究成果を守るためだ。旅に出たお師匠様が帰ってくるまで」
小屋に近づくと私と白リスはお昼御飯用に各々木の実を採ってから小屋へ戻った。心なしか小屋の周囲は霧が薄くなってる。日によって濃淡があるのかもしれない。
「お師匠様っていつ帰ってくるの?」
「それはわからない。帰ってきたらこの魔法は解いてもらうつもりなんだ。この体は森の毒霧が効かなくなるのが便利だ。けど、いくら永遠に生きられてもこの姿では色々不自由だから。……ってなんでお前はあの毒霧が平気なんだ?」
「え?あの霧って本当に毒なの?!てっきり無害なのに何か間違って伝わってたのかと思ってた……」
木の実をつまむ手が止まった。サーッと血の気が引いて、慌てて口を押えた。
「どうしよう……私死んじゃう!!」
「いやいやいや、お前がここに来て何日経ったと思ってる?普通の人間ならとうの昔に死んでるよ。落ち着け」
テーブルの上にちょこんと座った白リスは、木の実を食べながら片手をひらひらと振ってる。
「私、普通じゃない?」
「ああ、無意識に毒霧を浄化……あるいは無効化してるようだな。お師匠様は魔法を使ってたが」
白リスが目を細めて私を見た。まるでなにか検分するみたいに。
「……そんな……まるで聖なる乙女みたいなこと……」
わたしに出来るわけない。そんなこと。だってわたしにはそんな能力なかった。だからきっとこんなことになってるのに……。
「それで?本当にお前は何者だ?どうして私の正体が人間だとわかった?」
「あはははは……、まあなんとなく?」
ありがちな設定だよねとは言えなかった。前世の話なんて始めたら面倒だし、ややこしいし、時間かかりすぎるし、それにこれからのことには関係なさそうだし、第一信じてもらえるかもわからない。
「勘か……。やはりただ者では無いな」
「ほら、リスが喋れるなんて変でしょ?そうだ!今度は私の番だね」
ちょっと強引に話題を変えた私は、わたしが王子様に婚約を破棄されたこと。その理由が冤罪だったこと。家族がわたしを信じてくれず、王族との縁を繋げなかったことで家を追い出されたこと。この森に捨てられたことを順番に話していった。
「……酷いな。それに勿体ないことをするな。お前にはお師匠様や私に匹敵するくらいの魔力があるというのに。無知とは恐ろしいものだ」
カリカリとチョコ味の木の実を齧るリス。そんなわけない……。そんな力があるのなら、聖なる乙女の候補くらいにはなれただろうから。あ、床に小さな穴を見つけちゃった。この小屋ってこの森の木を伐り出して建てたのかな。私にもこういうの建てられたらいいのに。
「……お前って言わないで。わたしにはエリノーラって名前があるのよ」
「ふん。貴族みたいな名前だな」
「元ね。もう貴族じゃないわ」
「…………私はヴァイスだ。エリノーラ、いや、ノーラを弟子にしてやろう!」
「ノーラ?弟子?魔法使いの弟子の弟子?」
「そうだ!そうすればお師匠様が帰ってきても、ずっとここにいられるぞ」
明日にでも魔法使いが帰ってきて、出ていけって言われるかもって不安だった。ヴァイスは私の気持ちをわかってくれたのかな。
「うん。ありがと。ヴァイス」
「ようやく笑ったな。弟子になったからにはビシビシいくぞ」
テーブルの上で白いリスが偉そうに腕組みをした。
「転移門を発動させられるくらいだ。ノーラには相当の魔力があるのは確実だ。この小屋の設備も使えてるだろう?」
「設備?」
「ああ、そもそもこの小屋は師匠の作った魔法の小屋だ。ランプだって水洗トイレだって使用者の魔力を源としているんだ。それに本や師匠のふぁいるだって魔力が無いと読めないようになっている」
「ランプは油が入ってるんでしょう?トイレも……」
そういえばランプの油なんて一度も足してない。水洗トイレの水ってどこから来てるの?私普通に使ってたけど。
「だったら、どうして飲み水は汲みにいかなくちゃいけないの?」
「それは師匠のこだわりなんだよなぁ……。魔法で出した水は美味しくないって言ってたな」
あ、なんとなくそれはわかる気がする。あの岩清水は新鮮で美味しい気がするもの!
「師匠の研究成果は小屋の外にある木の実や果物の実る木なんだ」
ヴァイスは小さな手で器用に窓を開けた。力持ちだなぁって思ったけど、人間の時の力が使えるのか、または魔法を使ってるのかもって思い直した。
「ほら!あそこにある硬い殻の木の実」
「ああ、あれは中身が粉っぽくて殆ど味がしなかったよ?」
「あれはパンの粉の実だ」
「へ?パンの粉?小麦粉ってこと?」
「いや!パンの粉だ!水を入れてこねて焼くとパンができる!」
「……はい?」
魔法恐るべし。本当にパンが焼けたよ……。小屋のまわりの変わった木の実や果物の木は魔法で品種改良したものばかりだった。食べても平気なんだろうかって思ったけど、魔法使いもヴァイスも常食してた(してる)そうだし、今更だったし、他に食べ物もなかったし気にするのをやめた。それに焼きたてのパンはとても美味しかった。あ、あと!アレンジでチョコの実のペーストも作ってデニッシュ風のパンも焼いてみた。最高だった!
「ああ、粉だらけになっちゃった。また体を拭かないと」
たくさん木の実を割って粉を取り出したから、髪にも粉がついちゃった。
「なんだ?知らないのか?近くに師匠が作った温泉もあるぞ?」
ヴァイスが言った言葉に驚いて思考が一瞬停止した。
「え?い、今なんて?」
「温泉だよ。温泉。ちょっと歩くけど」
「すぐに行くわ!!案内して!!」
「わあ……本当に温泉だぁ……」
木々に囲まれた石造りの露天風呂があった。湯気がもうもう。お湯が沸いてる。どうやって作ったの?とか疑問も色々湧いてきたけどとりあえず置いておくことにした。
「気持ちいいんだ。ノーラも入れ」
ちゃぷんとお湯につかる白いリス。湯船に浮かんで気持ち良さそう。
「タオルと着替えとそれから石鹸!」
手ごろな岩の上にウキウキしながら持ってきたものを並べた。家を出る時にちょっとだけスキンケア用品も持って来てたんだ!私はいそいそと服を脱ぎ始めて……ふと我に返る。
「…………それで?ヴァイス、あなたはオスなの?メスなの?」
ヴァイスに尋ねた。ヴァイスの声は一応小さな女の子っぽい感じがする。
「メスとはなんだ。失礼な!私は人間だぞ!そして女性だ!」
「…………」
「なんだ!その疑いの眼は!」
「まあ、どっちでもいいわ。恥ずかしいから小屋にいてね」
白リスをつまみ上げてタオルでくるんだ。一旦戻って小屋の中の木桶の中に放り込んでお皿で蓋をした。念のため少しずらして空気が入るようにはしておいた。
「扱い!雑!!仮にも師匠である私に対する扱い!!」
なんかギャーギャーわめいていたけど、聞こえない。
「まさか、温泉、それも露天風呂に入れるなんて……」
久しぶりにしっかり体を洗った私はゆっくり湯船につかった。ここ数日の間の疲れが取れて体が柔らかくなった感じ。お湯でしぼったタオルで体を拭いていたけど、やっぱり湯あみがしたかったんだ。
「あー極楽……。もう一生この森に引きこもっててもいいかも……」
まあ、近々そういう訳にもいかなくなるんだけど……。
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