暴動
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スフェーン王国王城
民に開かれた治療院
ティモシー・アストリアはアリスに会うために王城治療院に来ていた。兼ねてより体調を崩していた父アストリア侯爵が病に倒れ、昨夜から高熱に苦しんでいるからだった。近場の治療院に詰めている聖なる乙女に依頼することも考えたが、アストリア家は侯爵家。高位貴族だ。しかもティモシーは最近アリスとかなり親しくなった。だから依頼すればすぐにアリスに来てもらえると思い王城までやって来た。
「やあ、ティモシー・アストリア君。久しぶりだね」
「シトリア様!ご無沙汰しております」
急いでいるのにと少しイラつきながら振り向くと、そこには格上のシトリア公爵家の嫡男であり王立学園での先輩でもあるリオンが立っていた。ティモシーとリオンはそれほど親しい仲という訳ではないが、学園や夜会で声をかけられれば会話する程度の間柄だった。しかし、今日のリオンはいつもと違い、かなり友好的な笑顔だった。
城の中の治療院に続く廊下は王城に勤める者や貴族達しか通れない。王城治療院は民にも開かれているが、民は外に続く扉からしか入ることができない。そして今、その扉の外には治療や回復薬の受け取りを待つ病人達やその家族達の長蛇の列が出来ていた。
「君の姉上は凄いね!」
「何のことでしょう?」
いきなり家を出た姉のことを振られてティモシーは眉をひそめる。
「もちろんあの回復薬の事だよ。あんなに効き目があるのに、何故学園はエリノーラ嬢を聖なる乙女の候補に加えないんだろうね」
不思議そうに話を続けるリオンの言葉が要領を得ない。少し考えてようやく思い至った。
(回復薬?ああ、あれか!姉上が持ってきたという……。何を仰ってるんだこの方は。あんなものに効果があるわけがない。復学して魔法学のクラスにも入れたらしいが、一向に及第の成績を取れたとも聞かないし。結局のところ姉上は無能なままだ。聖なる乙女候補なんて夢のまた夢だ)
実はティモシーはエリノーラの回復薬の瓶を偶然を装って割ってしまっていた。
(そんな人間の作ったものを父上に飲ませる訳にはいかない。姉上は父上や僕らを恨んでいるはずだ。あんなひどい仕打ちをしたのだから。でも僕はまだ姉上の無実を信じた訳じゃない。あんなに可憐なアリスを無表情で愛想の無い姉上が嫉妬して苛めるなんてあり得そうなことだ)
最近、アリスの学友に加わったティモシーはアリスの奇跡のような治癒魔法を見て、すっかりアリスに心酔、傾倒していた。
「今日はね、父上と一緒に国王様に陳情に来たんだ。最近の王国内の状況は深刻だ。だからエリノーラ嬢の回復薬も治療院で使ってもらえるようにね。それと、病気がうつらない対策も効果があった!もうシルヴァン殿下を通じて対策が講じられてるかと思うけど、もう一度知らせておこうと思ったんだよ」
リオンはその帰り道、一度王城の治療院の様子も確認しに来たんだと告げた。
「え?」
ティモシーはリオンの言葉を理解できなかった。
(リオン・シトリアと姉上は交流があったのか?そんな話は聞いたことが無いけれど。なんだか随分親しいみたいだ)
「エリノーラ嬢の回復薬には僕や家族や家の使用人達も何人も助けてもらってる。ずっと苦しんでた症状があっという間に消えて本当に生き返った気持ちだったよ。エリノーラ嬢は毎日とても頑張ってると聞いてる。彼女が報われて欲しいんだ」
リオンはエリノーラがきちんと評価を受け、聖なる乙女として認められること望むとまで言ってきた。
「君も幸せだね。あんな素晴らしい姉上がいて。シルヴァン殿下が羨ましいよ。でも、僕も以前は彼女を疑ってしまっていた。こんな僕に彼女を望む資格は無いな。ははは」
リオンはそう言って寂しそうに立ち去って行った。
(何を言ってるんだ……?あの回復薬が……姉上が?そんなはずは……)
混乱したティモシーはそれでも治療院へ向かい、アリスへ父アストリア侯爵の訪問治癒を依頼した。アリスは休憩中とのことで不在だったが、なるべく早く向かうとの返事をもらい、一安心して帰宅したのだった。
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何度も何度も長い列に並び薬を貰う。何度も何度も苦しむ我が子を抱いて長い列に並ぶ。王都の人々の不安と不満はすでに限界寸前だった。
アリスは外出用のドレスに着替えて、馬車に乗ろうとしていた。仕事ではあるけれど久しぶりの友人宅へのお出かけだった。アリスの顔を知っていた人々は楽し気に笑うアリス達を見て、張りつめていた気持ちが怒りへ変わった。最初にそうしたのは誰だったかもう分からない。一人が小石を拾い上げ、馬車に向かって投げつけた。
「役立たずの聖なる乙女!」
人々が怒りの声をあげた。
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「あの、わたしにもお薬を分けてもらえますか?」
王都の下町の少し古い家でおばあさんに回復薬を飲んでもらっていると、小さな女の子が戸口で遠慮がちに声をかけてくれた。
「お金は無いんですけれど……」
「お金は要らないのよ。それよりどなたが病気なの?」
「お母さんが……。それと妹も」
それは不安だっただろうに。それにこの子の妹ってことは、もしかしたら赤ちゃん?急がないと!
「すぐに行きましょう!」
「ありがとう!お姉ちゃん」
「あの!私もお手伝いさせてください」
この家に住んでる娘さんも周囲の家々に回復薬を配る手伝いをしてくれた。
やがて回復薬を配ってる噂が広まったのか、次々と回復薬を求める人達がやって来た。手に手にお皿やカップを持って。病人の数を聞いて必要な分をお玉で注いでいく。
「シル様、回復薬が無くなってきてしまいました。お屋敷に取りに行かないと……」
「アリンガム先生、ここはお任せしてもいいでしょうか。僕の屋敷からも人をよこしますので」
「はい。お任せください」
シル様と一緒に馬車に乗り込もうとした時、声をかけられた。
「お姉ちゃん、お薬ありがとう」
さっきの女の子がお礼を言いに来てくれた。
「このお薬はお姉ちゃんが作ったの?」
「ええ、そうよ。まだたくさんあるからすぐに持ってくるわね」
「お姉ちゃんの髪や目の色と同じで綺麗だね」
「ふふ、そう?ありがとうね」
冷たそうって言われてばかりだった髪色を褒めてもらって嬉しかった。
「あ!それ!僕もずっとそう思ってたからね?」
シル様が張り合うように声を上げた。なんだかおかしくてつい吹き出してしまった。
「もう、こんな小さな子に張り合わなくても……。でもお二人ともありがとう」
「リノーはこのまま屋敷に残って」
馬車の中でシル様に言われた。
「え?私も回復薬を配るのを手伝います」
「ううん、リノーは森へ跳んで。回復薬をもっと作っておいた方がいい」
「あ、そうですね」
この調子だと回復薬が足りなくなってしまうかもしれない。
「わかりました。ヴァイスがいたら手伝ってもらいます」
「うん。でもくれぐれも無理しないでね。僕も人を手配したら一度森へ行くよ」
「よろしくお願いします、え?」
目の前に影が差して、素早く唇が重ねられた。
「しばらく離ればなれだから」
「っシル様っ……!」
しばらくって、ほんの数時間だけなのに。馬車はもうお屋敷に到着してる。誰が見てるかわからないのに……!ああ!執事さんがにこやかにこっちを見てる!あれは見てた顔だ……。ああ、恥ずかしい……。ってそんな場合じゃなかった。急がなきゃ!
「え?地震?この世界って地震なんてあったっけ?」
馬車を下りた時、地響きのような音が聞こえたような気がしたけど、とりあえず私はお屋敷の庭の転移門へ急いだ。
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