懺悔
来ていただいてありがとうございます!
「よくこちらへいらっしゃる気になりましたね」
応接室へ入るとすぐにシル様は冷たく言い放った。
「シ、シル様!」
私は思わずシル様の腕にしがみついた。一瞬シル様の顔が赤らみ勢いがそがれたように感じたけど、シル様は待っていた相手を冷たく見据えたままだった。私達を訪ねてきたのはアリンガム先生だった。
私もシル様から話を聞いた時にはムカついたけど、ゲームの悪役令嬢ってこんなもんかなってすぐに諦めちゃった。嫌われてるなって思ってたけど、まさか教師からいじめを受けてたとは思ってなかった。復学してから課題、死ぬほど出されたもんね。定期試験の前は特にきつかった……。でもみんなに追いつくための勉強だと思ってたから頑張れたし、実際に結構知識は身についたと思う。
シル様がお城から帰ってきた後、王立学園の魔法学のアリンガム先生からシル様と私に会いたいと屋敷への訪問の許可を得る為の手紙が来た。シル様は会う必要は無いって怒ってたけど、私は先生が一体何を言いに来るのか興味があったから、会いたいってお願いしたんだ。妹さんの様子も気になったてたから。
翌日すぐにアリンガム先生が訪ねてきた。
「殿下のお怒りはごもっともです。この度は大変申し訳ございませんでした」
「謝る相手が違うでしょう」
「本当に申し訳ありませんでした。アストリア侯爵令嬢」
「…………」
先生はソファには座らずに、その場に膝をついて深く頭を下げた。シル様はその後は全くの無視状態でソファに腰かけたままお茶を飲んでる。……どうしよう。こういう雰囲気って苦手だな。
「あの先生、どうぞおかけになってください」
ちらっとシル様を見ると、シル様はため息をついた。
「先生、リノーが困っています。仕方が無いのでお座りください」
うわぁ、シル様笑顔が怖い……!先生も戸惑ってたけど、小さくなりながらやっと腰かけてくれた。
「アリス・ローザリア伯爵令嬢の回復薬が効かなくて、何度もクラリッサを診て欲しいと頼んだのですが、忙しいと断られてしまって……。回復薬をわけていただけて本当に助かりました。アストリア侯爵令嬢様には心からの感謝と謝罪を」
「妹さんの具合はいかがですか?」
シル様が無言だから、私が聞きたかったことを尋ねてみた。
「落ち着いています。元々体が弱い子ですので、今はまだ起き上がれはしないけれど、熱は下がって少しずつ食事をとれるようになりました」
アリンガム先生の言葉にシル様の表情がホッとしたものになった。今は私の為に怒ってくれてるけど、優しい方だからきっと妹さんの事は気になってたんだと思う。
「昨年の流行り病の時もクラリッサは命を失う危険があったんです。それを救ってくださったのがアリス様でした」
そっか……アリスはクラリッサさんの命の恩人だったんだね。それなら悪役令嬢設定の私を嫌うはずだ。うん。私は一人で納得した。
「先生はどうしてエルドレット殿下の言葉を信じなかったのですか?」
シル様はやっと口を開いた。シル様が私を信じて私の無実を証明してくれた。そしてエルドレット殿下が一応私が復学する時に「少し行き違いがあった」って私の無実を宣言してくれたんだけど、信じてくれない人が多かった。先生もその一人だったんだろうな。
「アリス様が……怯えて泣いておられたのです」
「怯えてた……?」
シル様が眉をひそめた。
「一体何に怯えるというのですか?」
「……その、嫌がらせの現場で確かに青みがかった銀色の髪を見たのだと。きっとエルドレット殿下を奪った自分を恨んでいるだろうと」
そういえばティモシーもそんなことを言ってたっけ。
「彼らもそれに同調していました。アストリア侯爵令嬢が魔力があることを隠して嫌がらせをしていたんだと話し合っていました」
「彼らとは?」
「侯爵家のユーイン様、宰相令息のクリストファ様、魔法博士のご子息で伯爵令息のジェフ様、騎士団隊長子息のグラントリー様です」
「ああ、あの気味の悪いローザリア伯爵令嬢の取り巻き達か……」
シル様が吐き捨てるように呟くと、アリンガム先生はビクッと肩を震わせて俯いてしまった。
「そしてアストリア侯爵令嬢の魔力測定再検査を見て私もそう思っていました。申し訳ありません」
ああ、そうか。以前の私は魔法が使えなかった。でもあの魔の森で死にかけた時に覚醒出来て生き延びることができた。そしてあの場所で生活していくうちに少しずつ魔法が使えるようになっていった。だから、魔法が使えるのに隠してたって誤解されてしまってたんだ……。
「バカバカしい。リノーの魔力が元々覚醒していたのなら、聖なる乙女候補になれていただろうし、ローザリア伯爵令嬢に嫌がらせをする必要もないだろう。そもそも魔力が覚醒してなくても、リノーはエルドレットを愛してはいなかったから、ローザリア伯爵令嬢を羨む理由も無い」
「そうなのですか?」
アリンガム先生は心底驚いたようだったけど、それは本当のことだ。
「はい。聖なる乙女には憧れておりましたけれど、エルドレット殿下との婚約は父の強い希望で決まったことでしたので……。王子妃に相応しくあるよう努力はいたしましたが、元々私には過ぎたご縁だったと思ってます」
「はっきり言っていいんだよ?元々エルのことは好きじゃなかったってね。大体リノーの事は僕の方が好きだったのに……」
憮然とするシル様。ちょっと今気になることを聞いちゃった……!
「シル様……。一応王子殿下であらせられますので、敬愛申し上げてはおりますから」
「ほらね。一臣下としてだよ」
「シル様ったら……」
思わず笑い出してしまった私を見てアリンガム先生は更に驚いたみたい。
「アストリア侯爵令嬢はそのようなお顔もされるのですね。シルヴァン殿下も。そうですか……どうやら私の目は節穴だったようだ。お二人は本当に想い合っておられるのですね」
噛みしめるように呟いた先生はもう一度深く頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした」
「申し訳ないついでなのですが、どうか貴女の回復薬を分けていただけないでしょうか」
帰る間際、アリンガム先生は意を決したように申し出た。
「どうしてですか?やっぱりクラリッサさんの体調が?」
「いえ、そうではありません。私の住む王都の下町では貧しい者が多く、病で治療院へ行けない者も多いのです。中には親がいても満足に食べられない子もいるのです。親が病にかかってしまうと、更に彼らの生活は困窮してしまいます。クラリッサと仲が良い友人も困っているのです。できれば助けてやりたい。代金は必ずお支払いします。どうかお願いいたします」
治療院は安価だけど無料じゃない。治療院にも行けずに苦しんでる人達がたくさんいるんだ。
「シル様!」
「もちろん僕も一緒に行くよ、リノー」
今の私達ならできることがある。私達はお屋敷の貯蔵庫に蓄えておいた回復薬を運び出して積めるだけ馬車に積み込んだ。
「先生、お金は必要ありません。行きましょう!」
数十分後にはシル様と私、そしてアリンガム先生は王都の下町にいた。
「こんなに酷い状態だとは……」
シル様は言葉を失った。苦しそうな声があちらこちらの家から聞こえてくる。病の感染はかなり広がっていてその症状は深刻だった。私、ずっと森に引きこもってて、森に一番近い町がそうでもないからちゃんとわかってなかった……。私はすごく後悔した。
「急ぎます!」
布で口を覆い、手袋をして、まずはクラリッサさんのお友達の家へ。家の中では四人家族の内の娘さん以外の人達がベッドに横たわっていた。
「失礼します!窓を開けますよ!」
急いで窓を開けて空気を入れ替え、驚いてる娘さんには先生に説明してもらって、病人には急いで回復薬を飲ませた。お屋敷に置いてあった分は高回復薬じゃ無い方だから、効き目は緩やかだ。それでも呼吸が楽になって頬の赤みが薄らいだのが見て取れた。私は空いてる水差しにお玉で回復薬を注ぎ、一日三回スプーン一杯ずつを飲ませてもらうように説明した。
次の家、また次の家へとこれを繰り返していった。でも中には得体の知れない薬を飲ませられないと抗議してくる人がいた。アリンガム先生も説明してくれたけど中々納得してくれない人もいる。それはそうだよね。心配だよね。だからそんな時は……。
シル様がとても豪華な金糸の縁取りのある用紙を取り出した。
「この回復薬は安全です。これを見てください」
それは王家の紋章入りの王太子殿下直筆の許可証だった。
「ご納得いただけましたか?」
シル様の微笑みと誰でも知ってる王家の紋章の威力はすごい。まるで時代劇のご老公様の印籠みたいだね。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!