ノーラの回復薬
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「じゃあ、くれぐれもリノーの事頼んだよ。何かあったら、わかってるよね?」
ぶるりと身を震わせたアレックスが何故かシル様に敬礼をする。
「了解でありますっ!」
何でアレックスってシル様の事こんなに怖がってるの?とっても優しい方なのに。
「リノー気をつけるんだよ」
「はい。シル様。シル様もお気をつけていってらっしゃいませ」
「うん。なるべく早く戻るから」
今日はシル様と別行動。忙しいエルドレット殿下との面会をやっと取り付けて会えることになった。私の青い回復薬を国の許しを得て使ってもらえるようにお願いに行ってくれる。アレックスには私のお手伝いをしてもらうことになった。
「じゃあ、私達も行きましょう」
「おう!手伝いと警護は任せてくれ!ん?なんで庭に行くんだ?」
あ、転移門とか森のことはまだ説明してなかった。ま、いいか、おいおいで。アレックスだし。
「すげぇ!魔法だぁ!一瞬でテレポートした!なんだこれ!」
「どっちなのよ……。ていうか魔法だけど」
「森……?ここってどこ?なんかすげぇ霧が濃いんだけど」
「魔の森のほぼ中心」
「へ……魔の森……?っておい!ってことはこれ毒の霧じゃん!死ぬじゃんかっ!」
「死なないわよ。もう無毒化してるらしいわ」
スーハ―と呼吸するアレックスが紫の目を真ん丸にしてる。
「ホントだ。何ともない……」
「ほら、遊んでないで。もう行くわよ」
私はアレックスと一緒に魔の森の小屋へ向かった。
「わあ!ヴァイス!エルマー師匠!戻って来てたんですね!」
小屋の中では二人がお茶を飲んでた。
「おう!お嬢さん。また回復薬を貰いに来たぞ。ん?珍しいな。一緒なのは殿下じゃないのか。お嬢さんもなかなかやるな!」
エルマー師匠はちょっと意地悪な笑いを浮かべながら、テーブルに頬杖をついてアレックスと私を見比べてる。
「もう……。そんなんじゃありません」
「でも、本当に珍しいな。ノーラが殿下と別行動とは。こちらは?」
ヴァイスが私達の分のお茶も淹れてくれた。
「ああ、王立学園の後輩で、アレックス・サンドライト様です。今日は私のお手伝いを頼んでいるんです。……サンドライト様?」
何故かまた目を見開いてポカンとしてるアレックス。ちょっと、挨拶ぐらいできるでしょう?
「……っっ!!隠しキャラのエルマーとエステルじゃねぇか!!!」
「?」
「?」
「へ?」
隠しキャラ……?ってゲームの?まさかこの二人が?
「あ」
しまったというように口を両手で押さえるアレックス。そんなことしても、もう遅いよ。
しばらくの間、すごく微妙な空気が流れた。
「ごめんなさい。サンドライト様は時々、その、予知夢のようなものをご覧になるらしくて。お二人にもたぶんその夢でお会いしたことがあるんだと思うんです」
ちょっと苦しい言い訳だけど、まるっきり嘘じゃない。うんうんと頷くアレックス。口はまだ押えたままだ。
「ふーん、予知夢か。面白いな。今度ゆっくり話を聞かせてくれ」
エルマー師匠は意外にもアレックスを不審がる事は無く、逆に興味津々のようだった。急いでいるのか、すぐに回復薬を受け取って魔法王国へ戻って行った。アレックスには私も後でゆっくり話を聞かせてもらおうと思ってる。
「ヴァイスは?一緒に行かなくていいの?」
「ああ。ずっと忙しかったから今日は休んでいいそうだ。ノーラを手伝うよ」
「お休みなのに休めないじゃない。でも嬉しいな」
それから私はヴァイスとアレックスに回復薬作りを手伝ってもらった。
「ヴァイスがいてくれるなら、サンドライト様はよかったかも……」
「ひでぇ!俺だって役に立ってるだろぉ~っ!」
薬草を洗いながら泣きそうになるアレックス。お母さんのお手伝いをする小さな子どもみたい。
「ごめんなさい。冗談よ」
「許すからなんかお菓子おくれ」
「やっぱり、それが目当てなのね」
「お菓子、お菓子~」
こいつ……。サンドライト家だって由緒正しい立派な貴族の家だ。お菓子なんて高級なものが食べ放題だろうに。なんで私のお菓子に固執するのかしら。……やっぱり前世が懐かしいのかな。
「仕方ないわね。何がいいの?」
「やったー!」
「ちょっと!それ!アゲート地方の薬草!こっちでは貴重な物なんだから投げないで!」
レベルアップのアゲート地方の薬草はシル様にお願いして取り寄せてもらってる。アゲート地方はこちらより冬の訪れが早い。向こうのお屋敷で今のうちにたくさん採取してもらってるし、この森で増やせないかお試し中なんだ。
「ごめんなさい」
「もう!」
「ぷっ。二人は姉弟みたいだな」
ヴァイスが木の実や薬草を必要な数をセットしながら楽しそうに笑った。ヴァイスは普段はキリっとしてるけど、こうして笑うとても柔らかい印象の美人さんになるんだ。
「じゃあヴァイスさんもいれて三人兄弟だな」
「私も?」
「長男、長女、次男!!」
「む……」
「サンドライト様!ヴァイスは女の人よ!声でわかるでしょう?」
「え?そういうキャラだと思ってた。ごめんなさい」
「少し考え無しだけど、素直で良い子だな。だが「きゃら」とは何だ?」
ヴァイスは不思議そうの首を傾げた。
「さあ、サンドライト様の領地の方言かしらね」
そういう事にしておこう。どんどんアレックスが謎キャラになっていく……。
「そーだ!俺、クレープが食べたい!」
薬草を摘んで戻ってきたアレックスがリクエストしてきた。クレープかぁ。久しぶりだし、私も食べたいかも。
「生地は焼けるけど、ジャムのでいい?あとはハムとかソーセージを挟んで食事系もいいわね」
ちょうどお昼が近いし。
「やだ!生クリームのがいい!」
「わがままねえ。仕方ない。ちょっと町へ行って買ってくるわ」
バターは木の実から作れるんだけど、牛乳や生クリームはどの木の実からも作れなかったんだよね。前はお金が無かったから買えなかったけど、今なら回復薬を売ったお金がある!生クリームも買える!町のお菓子屋さんで分けてもらおう。
結局町へは三人で一緒に行くことになった。
「あ、そうだ!町では私はノーラだから。アストリア侯爵令嬢なんて呼ばないでくださいね」
「おう!…………ノーラ、そのごっつい眼鏡かけてくのか?」
「ん?」
「ノーラ、もうその眼鏡は必要ないんじゃないか?」
「あ、そっか。それもそうね」
つい癖で毎回変装してたけど、もう必要無かった。ヴァイスの言葉で私はドラゴンの牙の眼鏡をしまった。
お菓子の材料を買いに行くと町の人達に回復薬を分けて欲しいと頼まれた。この町にも病が広がってるの?って焦ったけど、どうもそうではなくて孤児院の子ども達から話を聞いて品薄の回復薬を親戚や友人にあげたいんだそう。私達は急いで森へ引き返して、あるだけの回復薬を持って来た。効果はエルマー師匠のお墨付きだし、リオン様の病気も治せたし、孤児院では子ども達のちょっとした怪我なんかも治してきたから、大丈夫だよって宣伝しておいた。話の流れで町のお菓子屋さんで回復薬を置いてもらえることになった。ついでに孤児院の回復薬も高回復薬に置き換えて来たんだ。今の所子ども達に感染者は無し!幸いなことにこの町の人達の中にも感染者はいないみたい。ただ、街道の中継地点の町だから、町に立ち寄る旅行者達や商人さん達の中には具合が悪くなる人が時々出るみたい。
久しぶりに食べたクレープは美味しかった。バナナとかいちごとかもあったら良かったけど、バナナはこの町でも王都でも見かけたことがない。いちごはあるけど季節じゃない。作り置きのジャムと買ってきた生クリーム、ソーセージやハムや野菜でクレープをつくって三人でお昼ご飯を食べた。
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街道の中継地点の町のとある菓子屋では、「ノーラの焼き菓子」の隣に「ノーラの回復薬」が並べられた。銀の光が浮かぶ青い回復薬はその効果が人づてに伝わっていき、じわじわとその売り上げを伸ばしていった。
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