雨の王都
来ていただいてありがとうございます!
今日のスフェーン王国王都は朝から雨模様。冷たい雨が石畳の道を濡らしてる。
「リノー、少し根を詰めすぎだよ」
「大丈夫ですよ!今はみんなで頑張らないといけない時ですから」
学園が休みになってしまったから、朝早く起きて森で回復薬とお菓子を同時進行で作って戻って来た。今は王都の孤児院へ届けに行くところ。馬車はしとしと降り続く雨の中をゆっくり進んでいく。本当は私は森に残って回復薬を作って、シル様に届けてもらおうと思ったんだけど、
「駄目だよ。リノーは目を離すと無理をするから」
って言われちゃった。だから休憩がてら孤児院へ一緒に行くことになったんだ。
王都にある孤児院は三か所。今日行ったのは最後の三つ目。もうすでに何人かの子ども達が発熱していた。中には咳やのどの痛みを訴える子もいて、職員さん達が忙しく動き回っていた。
「助かります!殿下。聖なる乙女様達のお手が足りてないと言われてしまって……。要請してもこちらへは来ていただけないんです」
この孤児院の院長先生の顔は疲労の色が濃かった。普段の業務に加えて病気の子ども達の世話が加わり、人手の足りないこの場所ではみんな限界以上に頑張ってるんだと思う。
「お薬も足りてないのです……」
年若い職員さんに案内されて、まずは一番症状の重い子達から回復薬を飲ませた。今回持ってきたのは高回復薬の方。ちょっと重いけど、瓶入りの液体のまま持って来てある。カプセルの方が軽いけど、子ども達には飲みづらいだろうなって思ったから。
症状がある子全員に回復薬を飲んでもらって、症状が落ち着いたのを確認した。それから残りの薬とお菓子も渡して帰ってきた。行きの時よりも少し強くなった雨の中を馬車が進む。
「みんな喜んでいたね」
「はい。これ以上病気の子が増えないといいんですけど……」
「さあ、僕らは帰って昼食をとろう。リノーは朝食をきちんととってなかったよね」
「シル様だって……」
「僕はほとんど魔力なんて使ってないんだからリノーとは違うよ。とにかくきちんと食事をしないと森へはいかせないからね。あと少し昼寝をしてね」
「え?お昼寝まで?」
「そう。眠れないなら僕が添い寝してあげる。それとも今ここで寝ちゃう?」
シル様はそう言って私を抱き寄せた。
「ええ?!」
シル様の鼓動……少し早いみたい。
「ふふ、冗談だよ」
あ、冗談なのね。ちょっと期待しちゃってた……。
「がっかりしてる?」
「い、いえ!そんなことは……!」
無いとは言えないかもしれなくもない……?急に恥ずかしくなって、私は誤魔化すように馬車の窓から外を見た。
「歩いてる人が少ないですね……」
「うん。雨のせいだけじゃないだろうね」
賑やかなはずの大通りは人影がまばらだった。
「え?」
一人の男性が目に留まる。どこかで会った気がするけど問題なのはそこじゃない。
「あれって……」
「ん?どうしたの」
「あそこ!人が座り込んでます!もしかしてあの人って病人なんじゃ……!」
「どこ?」
「あの閉まってるパン屋さんの前です!」
「本当だ!馬車を止めてくれ!!」」
店先で座り込んでいたのは魔法学の先生だった。どおりで見覚えがあると思った。
「先生!大丈夫ですか?もしかして熱があるのでは?」
「妹が……熱が下がらなくて……薬が……君は……アストリア侯爵令嬢?一体私に何の用だ?私を笑いに来たのかっ?!」
うなされたように呟いていたかと思ったら、いきなり激高し始めた。熱が高くて意識が朦朧としてるのかもしれない。
「どうなさったのですか?アリンガム先生」
「殿下……?そうかお二人は婚約を……なっ!一体何を?」
急に正気に戻ったみたい。病人をこれ以上雨にさらしておくわけにはいかない。私達は先生を馬車に乗せて家の場所を聞き出した。馬車の中でわかったんだけど、先生は病気に罹ってはいなかった。病気なのは先生の妹さんだった。アリスに助けを求めに行ったけど、人が殺到していてとても王城へは入れなかったんだそう。
シル様と私は馬車に積んでいた予備の回復薬を持って先生のお屋敷へ入らせてもらった。
「これは……」
カーテンが閉ざされた薄暗い部屋。先生の妹さんはベッドの上で身じろぎもせずに眠っていた。先生と同じ明るい茶色い髪が汗で額に張り付いてる。ものすごく痩せてて、かなり衰弱してるみたい。呼吸が……、あ、良かった!ちゃんとしてる。
「これを飲ませてあげてください」
回復薬の小瓶を妹さんについていたメイドさんに渡した。メイドさんは戸惑ったように先生を見てる。
「何だこれは……こんな得体のしれないものを大切な妹に与えるわけにはいかない」
「先生、効果は僕が保証します。大丈夫ですよ」
「……っ。殿下がそうおっしゃるのなら……」
シル様がいてくれて良かった。私だけだったら回復薬を受け取ってくれなかっただろうし。
先生はメイドさんに対して頷いた。妹さんはすでに状態がかなり悪くなってしまってる。効くだろうか?不安はあったけど飲んでもらうしかない。さっきよりも更に呼吸が浅くなってる。どうか間に合って欲しい。
メイドさんが回復薬をスプーンでそっとクラリッサさんの口の中へ流し込んだ。じっと様子を見守る。しばらくは何の反応も無かったけど、やがて大きく息を吸った女の子はゆっくりと目を開いた。良かった!効いたみたい。
「クラリッサ!!」
先生の妹さんはクラリッサさんっていう名前なんだ。可愛い名前。あ、少しだけ目を開けた!先生と同じ灰色の瞳は涙で潤んでる。
「お、にい……さ」
「クラリッサ!おおっ!お前大丈夫なのか?!」
「先生、落ち着いてください。恐らく妹さんはもう大丈夫です。あとはこの回復薬を一日三回スプーン一さじ程だけ飲ませてください。決して一度にたくさん飲ませないでください」
この処方はエルマー師匠を通した鑑定魔法師からの指示だった。私の回復薬は効果が高い反面、体に合わないと副作用が出る恐れがあるんだって。だから少量を治るまで何回かに分けて飲む方が安全だって。
「殿下……ありがとうございます!なんとお礼をいっていいか!」
「お礼なら、アストリア侯爵令嬢に。この回復薬は彼女が作ったものですから」
「ええ?そんな……いや……しかし、彼女は治癒魔法が使えないはずで……」
先生は眉を顰めて私を見た。確かに私は今も治癒魔法は使えない。何度か試したんだけどどうしても魔力を放出する感覚がわからなかった。
「アストリア侯爵令嬢には元々魔法の才能があったんです。ただ、どういう訳かそれが発現していなかった。冤罪を着せられて王都を追放されている間に研鑽を積んでこの回復薬を作れるようになったんですよ。貴方は認めておられなかったようですが……」
「そんな……そんなことが……」
先生は銀の光の粒が浮かぶ青い回復薬と私を交互に見つめた。
「では我々はこれから用事がありますのでこれで失礼いたします」
シル様の声は心なしか冷たく感じられた。
「そんな……私の……私は……」
クラリッサさんのベッドのそばに座り込んだまま、ブツブツと小さく呟きながら真っ青な顔になった先生はうなだれて動かなくなった。
「帰ろう、リノー」
「はい、シル様。先生、回復薬が必要でしたら、いつでもいらしてください。ではご機嫌よう」
声をかけてお部屋を後にする。先生の背中が一瞬ビクッと震えてたけど、本当に先生の体調は大丈夫なの?病気がうつってないといいんだけど。少し心配しつつもシル様と私はお屋敷へと戻った。
屋敷へ着く頃には小雨になっていて、厚い雲の切れ間からは少しだけ光が射していた。
「雨も大事だとわかってるけど、こんな時は少しでもお日様の光を見ると安心できるね」
シル様はそう言って笑った。
「私にとってはシル様の笑顔も太陽と同じみたいです。あったかくてすごく安心できるんです」
「リノーにはかなわないな……」
シル様は今度は少しはにかんだように笑った。
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