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おかしな森の悪役令嬢  作者: ゆきあさ


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31/75

魔法王国

来ていただいてありがとうございます!




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


スフェーン王国の隣の国 

魔法王国王城

応接広間



(またアリスの悪い癖が始まった。少し見目の良い男を見ると自分の崇拝者(取り巻き)にしたがる悪い癖が)


スフェーン王国第二王子エルドレットは隣にたたずむ可愛らしい婚約者をちらりと見やり、ごく小さくため息をついた。アリス・ローザリア伯爵令嬢は今日もエルドレットが贈った豪華なドレスに身を包み、煌めく宝飾品を身につけている。それらはとても似合ってはいたが、最近はエルドレットの気持ちを高揚させることはなかった。


魔法王国の王太子夫妻の後に続いて現れた二人を見て、アリスの目の色が変わった。一人は黒髪、金の瞳、黒いローブを身につけた少年。恐らく彼はかなり高位の魔法使いだろう。この魔法王国では王族や貴族だけでなく、魔力の強さや魔法の技術が評価され、一般人でも重用されるのだ。そしてもう一人は黒髪の少年に付き従う騎士の服装をした白く長い髪を束ねた青年だった。


(確かに美しい少年達だけど、こんな場でそんなわかりやすい顔をするのはやめてくれ……。君は僕の婚約者だろう?)


エルドレットは笑顔のまま心の中で毒づいた。出発する前に見たエリノーラの姿が思い出された。シルヴァンの隣で恥ずかしそうに嬉しそうに笑っていたエリノーラ。


(エリノーラはあんなに可愛かったか?そりゃあ子供の頃はよく笑って可愛い子だなって思っていたけど)


父親であるアストリア侯爵に連れられて、頻繁に王宮に遊びに来ていたエリノーラは年の近かったエルドレットやシルヴァンとよく庭を走り回ったり、本を読んだりして遊んでいた。しばらく王宮に来ない期間が続いて、次に会った時には婚約の挨拶の場だった。


(僕の前ではあまり表情を変えなくなってしまってたのに、シルの前ではあんな可愛らしい表情(かお)を見せるんだ……)


エルドレットはエリノーラの様子に少なからぬショックを受けていた。成長するにつれたくさんの美しい令嬢達に囲まれるようになって、女性の方からエルドレットに媚びを売ってくるのが当たり前だと思うようになってしまっていた。自身のエリノーラに対する興味が薄く、彼女への態度が儀礼的になっていたことには気づいていなかった。





一通り挨拶がすみ、黒髪の少年はエルマー・ヘリオドール、白い騎士はエステル・ヴァイスと名乗った。彼らは王太子夫妻にかなり信頼されているようだった。


「これが貴女がお作りになった回復薬ですか?」

エルマーはアリスが作った瓶入りの薄い金色の回復薬を光に透かすように眺めた。彼の金色の瞳と比べてその光も深みもかなり薄い色だった。

「ええ!綺麗でしょう!?」

アリスは胸の前で白く細い指を組んで、瞳を輝かせた。

「貴女は学生でありながら、聖なる乙女に選ばれたとお聞きしておりますが、本当にこれを貴女が?」

「ええ!そうなんです!」

賞賛を待ちわびるアリスをエルマーの次の言葉は地に叩き落した。

「スフェーン王国の聖なる乙女もレベルが落ちたものだな。話にならん」

「お師匠様……!さすがに面と向かってそれは……!」

「こんなもの鑑定させるまでもない。俺にもわかる。くだらん。さっさと帰るぞ。時間の無駄だ」

「待ってください!お師匠様」

引き留める声を無視してエルマーは応接の間を出て行ってしまった。


アリスはポカンとしている。しかし、エルドレットは言葉の意味を理解して真っ青になった。スフェーン王国は魔法王国程に才能のある魔法使いは輩出しない。しかし治癒、浄化、豊穣、祝福に特化したいわゆる白魔法の使い手が数多く生まれる。それは主に女性だったため「聖なる乙女」の称号が生まれたのだった。スフェーン王国は彼女達の力を貸し出すことで外交に役立てている。その力を疑わせることは国益を損なうことになりかねないのだ。


「申し訳ない。彼は社交辞令ができない男でね」

魔法王国の王太子がとりなすように苦笑いする。

「い、いいんですのよ。わたくし気にしておりませんわ」

かなり失礼なことを乱暴な言葉で言われたアリスは手を握りしめ、怒りに震えていた。


「残念ですが、今回はお互い学ぶことは無さそうです。城の者に案内させますので、滞在期間中は城下を観光なさって行ってくださいね」

にこやかに告げられて、アリスはとても喜んだ。

「まあ、殿下ありがとうございます!それはとても楽しみですわ!」


(魔法王国は我が国の力を必要としない……)


エルドレットはこの先の状況がかなり厳しいものになったと自覚した。はしゃぐアリスの声がエルドレットの耳には届いているが、聞こえてはいなかった。




魔法王国に滞在した三日間、歓待を受け観光を楽しんだアリスはすっかり上機嫌だった。帰りの馬車の中で楽し気に笑っていた。

「ああ!楽しかったですわね、殿下。来て良かったです。……でも最初の日は酷かったですわ……。わたくしは回復薬づくりはあまり得意ではありませんのに」

「え?そうだったの?アリス」

「ええ!治癒魔法の方がずっとずっと得意ですわ、殿下」

「でも、リオンの病気は治らなかったよね?」

「あれは!リ、シトリア様も仰ってたでしょう?相性が悪かっただけですわ」

「そうなのかな。もう少し修行をした方がいいと思うんだけど、どうかな?」

「まあ!エルドレット様酷いですわ……。毎日頑張ってますのに……。そんなことを仰られたら頑張れなくなってしまいます……」

悲しそうにエルドレットを見上げるアリスの瞳からは今にも雫が落ちそうだ。

「すまない……」

エルドレットは何も言えなくなってしまう。


(いつもこのパターンだ。街を回って病人を癒す事も、回復薬を作る事も聖なる乙女としてのレベル上げる修行になる。けどアリスはいつも疲れると言って最低限しかやらない。……それでも昨年の流行り病はアリスがいたから防ぐことができたんだし……でもこのままで本当にいいのか?)


エルドレットは悶々と悩み続けた。






✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧✧






今日も頑張った。今日は回復薬の他に町のお菓子屋さんに持っていくお菓子も焼いた。ちょっと大変だったからシル様が手伝ってくれてとても助かった。ヘロヘロになっちゃってシル様に支えてもらってシル様のお屋敷へ戻ってきたら、私の部屋の机の上に手紙が置いてあった。


「お父様からの手紙だわ……」


『良くやった!さすがは我が娘だ。よくぞ婚約にこぎつけた!一度屋敷へ戻ってきなさい。王弟殿下との婚約だ。準備が必要だろう。色々話し合わねばならない。惜しむらくは殿下が王家を抜けることだが、確実に我がアストリア侯爵家は王家とのつながりができる。これからのお前の役目は殿下の子をたくさん産み……』


ここまで読んで手紙を閉じた。娘相手になんてこと言ってくるのよ、お父様……。やだな。帰りたくないな。森に引きこもろうかな。もう縁切っていいかな?…………そうもいかないか。


ノックの後すぐに扉が開いてシル様が部屋へ入って来た。

「リノー入るよ。回復薬の方は食品貯蔵庫に置いて来たから」

「あ、はい、ありがとうございます、シル様」

うわぁ、お父様があんな事を書いてくるから意識しちゃう。


「少し顔が赤いね。大丈夫?」

シル様が近づいてきて私の額に手を当てた。

「うん、熱は無いみたいだね」

「……っ、だ、大丈夫です」

距離が近すぎて恥ずかしくてちょっと離れようとしたら、ふらついてしまった。疲れてて足元が覚束ないのを忘れてた。

「危ないっ」

シル様が支えてくれて助かったけど、さっきよりも密着しちゃってる!


「手紙、何て?」

「あ、あの、一度アストリア家へ帰るようにって……」

シル様、手を離してくれない。

「そうだね、今度の休みにアストリア侯爵に会いに行こう。リノーを貰うんだからきちんと二人で挨拶をしないとね」

あれ?背中に手が回ってそのまま抱きしめられた?

「あ、あのシル様?」

「くすぐったい……」

頬が触れ合ってるから喋ると耳に息がかかる。私もくすぐったい。

「っ…………」

声を出せなくなっちゃった。息をするのもなんか恥ずかしい。


「いいかな?」

「え?」

ちょっと待って!まだ心の準備が……!

「口づけても」

あ、そっちか。お父様のせいで変なこと考えちゃったじゃない!……って私、それもまだ一度もしたことないっ。「待って」って言おうとしたんだよ。



菫色の瞳が私を見つめてる


唇が触れ合った


あったかい……




どのくらい経ったかはわからない。何度も口づけられて頭の奥がぼーっとしてる。


「リノーはあったかいね」

「シル様もあったかくて、こうしてると安心します」

「嬉しいよ。好きだよ、リノー」

「私も大好きです、シル様」


しばらく抱きしめ合っていたけど、シル様は

「よく休んでね」

そう言って自分の部屋へ戻って行った。私は一人で部屋にいるのがなんだかすごく寂しくなった。


ちょっとだけ、ほんのちょっとだけあのまま朝までずっといたいって思ってしまった。






ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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