転移門
来ていただいてありがとうございます!
「こんな感じかな」
小屋の中を徹底的に掃除した後、とりあえず思い出せるだけの前世(主にゲーム)の記憶を書き出してみた。
「でも、あんまり内容を覚えてないなぁ。ええと、確かスフェーン王国を舞台とした典型的な学園もので、大きな事件といえば、何度か病気が流行ってそれを主人公が治していくっていストーリーだったような気がする。攻略対象は五人だったかな。一人はわたしの婚約者だったエルドレット。それからあの場にいた侯爵令息のユーイン、宰相の息子のクリストファ、伯爵令息のジェフ、騎士のグラントリー。それから隠しキャラがいたような気がするけど、そこまでやりこんでなかったからわからない」
私はノートを閉じた。
「今現在は悪役令嬢の役目は終了してるから、このままフェードアウトすれば巻き込まれることは無さそう」
居場所と食料が確保できた私は呑気にそんなことを考えていた。テーブルの上の木の実を食べながら、小屋の中を見回すと本棚の本が目に入った。
「ここに前に住んでた人はどんな人だったんだろう?いつか帰って来るのかな?もし帰ってきたら謝ってここに住まわせてもらおう」
私は本棚の本を手に取った。ページをめくるとそれは何かの研究結果を書き付けたものだった。
「あれ?今窓の所にあの白いリスがいたような気がするけど……」
気のせいだったかな?そういえば、リスがいるんだから他にも動物がいるのかもしれない。もしかしたら魔物も?
「でも、人が住んでたのなら大丈夫よね?木の実が食い荒らされた跡も無かったし」
外はもう薄暗くなってたし不安だったから、戸締りはきちんとしておいた。時間だけは十分にあった私は眠るまで前の住人が残していった本を読みふけった。
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スフェーン王国王立学園エントランス
第三王子エルドレットが婚約を破棄してから十日後
「シル?シルヴァン?!君!どうしてここにいるんだ?」
滑らかな石の床に二つ分の足音を響かせてエルドレットとアリスが歩み寄って来る。今は授業時間のはずでシルヴァンにしてみればどうしてこの二人がここにいるのかと聞き返してみたいところだった。
「やあ、エルドレット殿下。久しぶりだね。二日ほど前に留学を切り上げて帰って来たんだよ。明日から復学するからまたよろしくね」
のんびりとした雰囲気の銀髪の少年がエルドレットの問いかけに答えた。菫色の瞳が柔らかく細められ、甥でもあり幼馴染でもある金髪の少年に向けられた。シルヴァンと呼ばれた少年は現国王のかなり年の離れた弟で卒業後は大公となり、スフェーン王国北方のアゲート地方の領主となる予定だ。王位継承権は放棄している、野心無しの純粋無垢な少年だ。
「そうなのか」
「シル様!お会いできて光栄です!私……!」
エルドレットの隣に寄り添う少女が一歩前に進み出た。
「……エルドレット殿下、こちらは?」
不思議そうに二人を見比べるシルヴァン。学園の生徒だという事は制服を着用していることでわかったが、シルヴァンはこの少女に見覚えが無かった。
「あ、ああ、こちらは聖なる乙女のアリス嬢だよ。昨年の疫病を鎮めてくれた方だ」
「ああ!噂は聞いてるよ。彗星のように現れた期待の新星だね」
「うん。そして……僕の新しい婚約者なんだ」
エルドレットは愛おし気にアリスを見たが、アリスの方はシルヴァンの方を見つめて頬を染めていた。
「婚約者?君の婚約者はリノ……エリノーラ嬢だったよね?」
「あ、ああ、彼女とは婚約を解消したんだよ……」
エルドレットはアリスの態度に不満を覚え、やや苦々しい顔をしてアリスからシルヴァンへ視線を戻した。
「ええ?そんなに簡単に王命を覆せるものなの?兄上も思い切ったことをなさる」
「仕方が無いんだ。彼女はアリスにたくさんの嫌がらせを行ったから。しかもそれを認めずに反省する様子が全くなかった……。王都からの追放は僕としても苦渋の決断だったんだよ」
「とても怖かったんです、私……」
アリスは淡い緑色の瞳を潤ませてシルヴァンを見上げたが、当のシルヴァンは全くアリスを見ていなかった。
「追放?!王都から?」
それどころか、アリスの言葉すら全く聞こえなかったようで、無視する形でシルヴァンは驚きの声を上げた。彼女の不満げな表情にも気が付かない。
「本当にエリノーラがそんなことをしたの?エル……」
「証人もいる。間違いない」
「そんな……」
「シルはエリノーラと仲が良かったからショックだろうけど、彼女は変わってしまったんだよ」
悲しそうなエルドレット王子の様子にシルヴァンは何も言えなかった。
「それじゃあまたねエル」
シルヴァンは考え事をしながら、エントランスから出て行った。
「あ……あの!」
何かを言いかけたアリスの声は聞こえなかったようだった。
明るい早春の園庭を少し歩いてからシルヴァンは立ち止まった。
「リノー、僕にはとても信じられない……」
シルヴァンは何かを決意したように拳を握り締めた。
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「あ、あった!これだわ!」
昨日岩清水を見つけた時に見かけたストーンサークル。なんで石が丸く並べてあるのかなって思ったけど、これって転移門だったんだ。昨夜読んでて寝落ちした本を読み返すと、「転移門」っていうのが出てきた。挿絵に見覚えがあるなぁって思ってたら、やっぱりこれだった。本の内容は魔法に関することで、今では使われていない古語で書かれてたけど、わたしは古語とか歴史が好きで自由専攻もその科目を取っていたからなんとか読むことができたんだ。勉強してて良かった。前世でも神話とか好きだったし、古文も好きだったからその影響かもしれない。
「えっと……ここに魔力を込めればいいのよね?」
私は円の中に入って一つだけ色の違う青い石に手を置いた。青い石に近い順に光が灯り、その光が浮き上がった。私の周囲の景色がぼやけて白くなって光でいっぱいになった。
その少し前、近くの地面の上で白いリスが驚いてこちらを見ている顔が見えた。
やっぱりあの白いリス、ただのリスじゃないのね……。
光が消えると私は見知らぬ場所に立っていた。
「また小屋の中?外は明るいみたい。そんなに時間は経ってないみたいだけど……。小説とかだと一瞬で移動できたりするわよね。これもそうなのかな」
薄暗い小屋の中にスコップやランプが置いてある。どこかの道具小屋みたいだった。扉を開けて外に出ると驚愕の光景が広がっていた。一面にお墓が並んでいたのだ。
「ここって墓場じゃないっ!もう!なんて所に転移門を作ってるのよ!怖い!…………でも、町中じゃなくて良かったのかも。町の近くではあるはずよね」
私は恐る恐る周囲を見回してみた。
「向こうに町が見える!あれってたぶん最後に立ち寄った町だわ!」
ホッとして涙が出た。あそこへ行けば人がいる。お店もある。すぐにでも駆け出して行きたかったけど、ぐっと堪えた。
「もしも誰かわたしを知ってる人に出会ってしまったら……。今度こそ殺されるかもしれない……」
怖い……。私を憎んでる人がいるかもしれない場所へ行くのは……。
「今日は森へ帰ろう。ここへはいつでも来られるってわかったから。うん。今日はもう十分よね」
意気地なしの私はもう一度墓場の小屋へ逃げ戻って転移門をくぐった。ついた先はさっきの石清水の近くの森の中。
「この転移門はあの墓場の道具小屋との行き来だけができるのね。……はぁ」
また一人になっちゃった。でもまだ人と関わるのは怖い。俯いた私の視界の端に白いふさふさの尻尾が……。私はリスの方へ向き直った。案の定木の影から私の方を窺い見てる。
「あなた、魔法使いでしょ!この森に住んで魔法の研究をしてたけど、失敗して魔法が解けなくなって、その姿のままここで暮らしてる!違う?!」
ビシッと白リスに向かって指を差し、大声で叫んだ。ありがちな設定だけど、わりとこれ当たってるんじゃないかな。
ビクッと体をふるわせて、一旦木の後ろに隠れた白リスは観念したのかおずおずと姿を現した。そしてとぼとぼと私の足元までやって来た。
「どうしてわかった?」
あ、喋れたんだ……。
「え?合ってたの?」
「なんだ、あてずっぽうか……。でもお前凄いな。さっきの大体合ってるよ。けどちょっと違うぞ」
白リス改め、白リス魔法使いはぽつぽつと話始めた。
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