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うつるやまい

来ていただいてありがとうございます!





静まり返った応接室は人払いがされている。午後の日差しが窓から入ってきて少し眩しい。


ふいに立ち上がったシル様はカーテンを閉め、振り返って静かに話し始めた。

「それで?アレックスの言ってることは本当なの?」

「サンドライト様が仰ってること……」

「君の前世のことだよ」

「はあっ?!貴方シル様に一体何を言ったのですか?!」

私は小さくなってしょぼんとしてるアレックスの方を睨んだ。

「全部……」

「全部ですって?!」

確かに口止めはしなかったけど、こんなのを誰かに話してしまうなんて思わなかった。


「だって殿下がおっかなかったからさー」

アレックスは紫色の瞳を潤ませて私を見上げてる。子犬か。

「シル様が怖いなんてあるわけないでしょ?!どうせ前みたいに口を滑らせたんでしょう?!」

「う……」

「本当にうっかりなんだから!」

「やっぱり彼の話は本当なんだね……」

「あ……」

あああ、私も十分考え無しのうっかり者だわ……。結局シル様に大体全部を白状しちゃったよ。


「そうか……。リノーはローザリア伯爵令嬢とエルが婚約するまでの事しかわからないんだね」

「シル様はどうしてサンドライト様のお話を、私の前世の事を信じてくれるのですか?」

頭がおかしいって思わなかったの?特に最初にアレックスの話を聞いた時に。

「彼はずいぶん明るくなったけど、以前から嘘はつけない人間でそれは変わってないと思う。それに彼とリノーが急に親し気にする理由が僕にはどうしてもわからなかった。リノーは社交的じゃないし、以前に彼と接点もない。リノーの幼馴染は僕とエルくらいのものだからね」


友達いなくてすいません……。


十三歳で王立学園中等部に入ってから、わたしには友人と呼べる人ができなかった。元々おしゃべりが苦手だったわたしはエルドレット殿下と婚約してからは更に遠巻きにされるようになった。それでも一生懸命仲良くなろうとお茶やランチに誘って頑張ってたんだけど、お高くとまってるとか髪色と瞳の色と同じで冷たそうって陰で言われてるのを何度か聞いて心が折れてしまった。


そして高等部でわたしが聖なる乙女の候補になれないことが知られると、わたしへの風当りは強くなった。当時、婚約者のエルドレット殿下は公務が忙しくてあまり学園に来られなかった。王太子の兄王子様が病床に臥せってしまわれて、その代わりを務めていたから。わたしは一人で過ごすことがほとんどになった。そんな時、彗星のように現れたのがアリスだった。元々聖なる乙女の素養があったのだろうアリスはその力を急激に目覚めさせ、王太子様やその他の人達の病気を癒していった。そんなアリスにエルドレット様が惹かれていったのは当然だったと思う。


一方わたしはエルドレット様の気持ちを知りながら、婚約を辞退すると言い出すことができなかった。アストリア侯爵家から王家への輿入れはお父様の強い希望だったから。わたしも幼馴染のエルドレット殿下しかわたしに優しくしてくれる人がいなかったから、できればこのままでいたいなんて甘いことを考えてしまってた。かといって未来の王子妃に相応しい態度もできず、ずっと悩んでた。



アレックスの思い出した内容を聞いた私は心底ゾッとした。

「また冤罪をかけられるのですね……そして今度は本当に……」

処刑される。一応私は悪役令嬢だけど、前の時も今回も嫌がらせとか妨害なんてやってないし、するつもりもない。だとしたらやっぱまた知らないうちに罪を着せられるのだろう。


「リノーがそんなことをするなんてありえない!エルだってそんなことはわかってるだろうに、どうして……」

「むぐむぐごくん……あ、お茶のおかわりただきます!それもそうですよねぇ。だったら大丈夫じゃないですか?頑張って回復薬を作ってるんだし、そんなことにはならないかもしれないですよ?」

いつの間にか私が渡した紙袋からメロンパンを取り出したアレックスはひとつあっという間に食べきり、もう一つを取り出した。

「ああっ!ミニメロンもいいけど、やっぱりメロンパンはこの大きさだよなー。ああーうまーい!!」

思い出したことを伝えて安心したのか、呑気にメロンパンを味わってる。……まあ褒めてもらえるのは嬉しいからいいけど。


「……前回も私は何もしてないのに王都を追放されたんです」

「リノー……」

毒霧の立ち込める暗い森。身動きできないように縛られて置き去りにされたあの恐怖が蘇ってきた私は自分を抱き締めた。シル様が私の隣に座り、励ますように肩を抱いてくれた。

「あ……そうだった。でもそれも不思議なんだよなー。だって実際俺も見てるからさ。その青みがかった銀色の長い髪を。特別教室の近くでさ」

「何それ?髪だけ?」

私は短くなった髪に触れた。春にバッサリと切ってしまったから、今はまだ肩くらいまでしかない。


「正確には後ろ姿だね。僕も調査をした時に聞いて回ったよ。つまり誰かがリノーに罪を着せようとしていたと僕は考えてる」

シル様はあれからも調査を続けさせていたけれど、犯人(?)らしき者は見つからないままだという。

「ゲームの修正力ってやつ?あれ?強制力だっけ?悪役令嬢が動かないから、その代わりが動いたんだなぁ」

おしぼりで手を丁寧に拭いてから自分で注いだお茶を飲みながらアレックスが独り言のように呟いた。

「その悪役令嬢って何なんだい?」

「ゲームの中で主人公を妨害する適役、です」

アレックスはシル様に対してはやけに礼儀正しい。心なしか背筋もピンと伸びてる。変なの。

「主人公ってこの場合はローザリア伯爵令嬢の事?エルという婚約者がいながら、他の男性を侍らせて僕らにも色目を使ってくるなんて、どちらかと言えば彼女の方が悪女なのでは?」

「う……」

「あー、まあ……そうですね」

私とアレックスは顔を見合わせた。確かにゲームの内容を実際の世界に当てはめるのは苦しいかもしれない。


「まあ、そんなことは心底どうでもいい。問題はこの先リノーがまたいわれのない罪を着せられるのをどう防ぐかだ」

「そうですね。でも私は学園ではその、あまりお友達もいないですし……」

無実を証明してくれる人なんていないわよね。

「どうしたら……」

ここでシル様がいつものような晴れやかな笑顔になった。

「うん。じゃあ、さっさと僕と婚約しちゃおうか。書類は揃えたし」

「え?」

「寮は今すぐに引き払って、この屋敷に住んでもらうね。っていうかもう戻らなくていいから」

「ええ?」

「あと学園に話をつけて同じクラスにしてもらったから。これからはいつもどんな時も一緒にいてね」

「えええ?!」

「あ、そーかぁ。殿下が「監視の目」とか証人になるってことですね!」

アレックスはメロンパンの最後の一つを取り出して口にくわえ、紙袋を丁寧にたたんだ。お行儀がいいのか悪いのかよくわからない子だわ。




コンコンッ


控えめなノックの音が響いて、執事さんが入って来た。

「失礼いたします。お客様がおみえになっておられます」

「おかしいな。今日は誰ともなんの約束もして無いと思うけれど」

「シトリア公爵家のリオン様です。大層お急ぎのご様子ですが、いかがいたしましょうか」

「……わかった。通してくれ」


「シトリア様ですか?一体どうなさったんでしょう?」

あ、まさか病気が再発してしまったとか?やっぱり私の回復薬ではダメだったのかもしれない。


「突然すまない。学園にはいなかったから……良かった!君もいてくれたのか!エリノーラ嬢!」

「リオン、君ねぇ……」

笑顔で怒るリオン様。

「すまないが、回復薬を分けてもらえないだろうか?母が、昨夜からかなりの高熱で苦しんでいるんだ!」

「シトリア公爵夫人が?」

応接室に緊張が走った。

「ずっと体調不良の私を気にかけてくれていたんだが、どうやら母もずっと体調が良くなかったらしい。昨夜、急に倒れて……。それに屋敷の者達も数名同じような症状が出ているんだ……」


私とシル様はすぐに立ち上がった。リオン様の病気はうつるものだったんだわ。

「シル様、一度寮へ戻って薬を持ってきます」

「うん。転移門(あれ)もこの屋敷へ移動させよう。一緒に行くよ」

「シトリア様、すぐに回復薬をお持ちします」

「少しここで待っていてもらえるかい?」

「ああ!助かるよ!ありがとう!」

喜ぶリオン様と最後のメロンパンをちょっとずつ齧ってるアレックスを残して私とシル様は女子寮へ急いだ。


寮に戻って転移門で森へ跳び、瓶に入れて封印しておいた回復薬を持って寮へ戻り、リオン様に回復薬をお渡しした。それから、お屋敷の人に手洗い、うがいをするように伝えてもらって、病気の人と接するときにはなるべく布で口と鼻を覆うようにして欲しいと頼んだ。あ、あと換気も。シトリア様は最初は不思議そうな顔をしてたけど

「手洗い、うがいに、口と鼻を覆うですね。わかりました。貴女がそうおっしゃるのなら。とにかくありがとう!」

そう言って笑ってくれた。


「感染症なら予防が大事だもんなぁ」

まだいたアレックスはお菓子を食べながらお茶を飲んでた。食べ盛りか。


そしてその後転移門をシル様のお屋敷の庭に設置し直した。以前私が使わせてもらってたお部屋には、もうすでに私の寮の荷物が運び込まれていて、不便なく過ごすことができた。




…………あれ?私なし崩し的にここへ戻ってきちゃってない?


気が付いたのはその夜ふかふかなベッドに横になってからだった。





ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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