未来
来ていただいてありがとうございます!
「よし、生地できた!」
私はクッキー生地を冷蔵庫(!)にしまって、パン生地の方に取り掛かった。
「やっぱりあると便利だよね、冷蔵庫!」
今、魔の森の小屋の中には私一人。エルマー師匠は実験を終えて魔法王国へ帰って行った。今回は助手が必要ってことでヴァイスもついて行ってるから、お菓子も回復薬も私一人で作ってる。
そして、冷蔵庫!といってもただのふた付きの木の箱なんだけど、エルマー師匠が魔法をかけて溶けない氷の箱にしてもらってるんだ。まあ、ずっと入れておくと凍っちゃうから気をつけないといけないんだけど。いつもはヴァイスに氷の魔法で氷を出してもらってたんだけど、今はいないからこれはあるととっても便利!
夏休みが終わり新学期が始まって、私は授業の後すぐに森へ跳んで作業をするっていう休み前の生活に戻っていた。
パン生地を丸めながら今日の授業の事を思い返してた。
「魔法学の先生どうしちゃんたんだろう?」
今日は課題(出来の悪い私専用の)が全く出されなかった。休み明けに課題を提出した時も睨まれなかったし。なんだか心ここにあらずって感じで何か考え事をしてるみたいだった。
「課題が出ない分、こうしてお菓子を作る余裕もあるわけだし、いっか」
お菓子と言っても今日作ってるのはアレックスとの約束のメロンパン。ミニメロンパンじゃなくて普通サイズのやつ。学園で会うと恨みがましい目で見られるんだよね。そろそろ限界だ。
出来上がったパン生地にクッキー生地を被せてオーブンに入れた。
「あとは待つだけ~」
道具を洗って、外へ青い木の実を取りに行くと、四分の一くらいが金色の木の実になっていた。この木は魔力の結晶を実らせるから、これはたぶんエルマー師匠の木の実なんだろう。
「この金色の方を使ったらどんな効果がでるんだろう?」
ちょっと試したくなったけど、今は時間が無い。だって南の国サウゼル王国で謎の熱病が流行し始めたから。もしかしたら、それがこの国に入ってきて大流行するのかもしれない。時期的にも合う気がする。
サウゼル王国と言えばリオン様のお母様の母国。リオン様はその国を訪問後体調を崩された。
「インフルエンザとは少し違うけど、しつこく発熱を繰り返して体力がなくなったところで高熱がでてしまったら、体の弱ってる人達にとっては危険な病気だわ」
とにかく今は回復薬のストックが重要だ。アリス達がいるとは言っても聖なる乙女達の数は限られてるから、手が回らない人達の症状を少しでも軽くしたい。
「さあ!次は回復薬!!」
私は気合を入れた。
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「マジかよっ!!」
アレックスは自室のベッドの上で飛び起きた。
「早く、早くあいつに伝えないと!」
アレックスは急いでいた。朝の校舎を生徒達をよけて走り続ける。
「やべぇ、やべえよ!」
「アレックス?二年の教室に何の用?」
「あ!シルヴァン……」
「シルヴァン?」
シルヴァンは笑顔で眉をひそめるという器用な顔を披露した。
「殿下っ!エリじゃなかった、アストリア侯爵令嬢は?」
「今教室へ送って行ったところだよ」
「そっか、隣か!ありがとうございます!」
「ちょっと待って!リノーに何の用?」
「え、今それどころじゃなくて、このままだとあいつやべえから、すぐに逃げないと!」
「……ちょっとこっちへ」
アレックスの腕が強い力で掴まれた。見ればシルヴァンの細い指が自分の腕に食い込んでいる。
「え?!ちょっと殿下?なんでそんなに力が強いんだよっ」
シルヴァンはアレックスを人気の無い校舎裏へ連れ込んだ。そしてエリノーラとの関係を洗いざらい吐かせたのだった。
「信じらんねぇ……。シルヴァンってこういうキャラだったのかよ……」
アレックスは校舎の裏庭で座り込んで頭を抱えていた。シルヴァンの表情は逆光になって今はアレックスにはよく見えない。
アレックスの、前世の姉が遊んでたゲーム内ではシルヴァンは誰にでも公平で優しく、でも完全には心を開かないキャラクターだった。そんなシルヴァンが主人公にだけは本心を見せていき、主人公を特別扱いしていくようになるという設定だった。
「こんなおっかねーキャラだって設定じゃなかったのに……魔王?ラスボス?」
アレックスはよほど怖い思いをしたらしく、その顔は青ざめていた。
「君の前世のゲームというものの内容に従ってこの世界は動いている……。しかし君には詳細はわからず、断片的な記憶があるだけ……か。使えないな」
シルヴァンに冷たく微笑みかけられて、アレックスは震え上がった。
シルヴァンの理解は完全には正しくないが、概ね合ってる。この世界全てがゲームの中で描写されているわけでは無い。そんな世界でアレックスはこの先この世界に、そしてエリノーラに起こることを少しづつ断片的に思い出し続けていた。前世で姉がこのゲームを遊んでいたのを横で見ていただけの小学生だったアレックスにとっては、記憶が飛び飛びで知識が断片的だったのは仕方がない事だった。
「世界の事はどうでもいい。でも、このままいけばリノーはまたありもしない罪を着せられて、今度は……処刑されるだと……?」
その時シルヴァンが見せた表情は、アレックスがさらに震えるほどに恐ろしいものだった。
「そんな可能性がほんの僅かでもあるというのなら、絶対に看過できない」
シルヴァンは拳を握りしめた。以前にエリノーラが追放に見せかけて殺されかけているという事実がシルヴァンの焦燥を駆り立てた。
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「シル様……とサンドライト様?どうしてお二人がご一緒に?」
一緒に昼食をとる約束をしていたシル様が迎えに来てくれるのは分かるけど、どうしてアレックスまで?メロンパンを渡そうと思ってたからちょうどいいと言えばちょうどいいんだけど。私はカバンからメロンパンの入った紙袋を取り出そうとして、シル様に手首を掴まれた。
「えっ?シル様?ちょっとどちらへ?あの、シル様?」
何故かシル様の王都の藤のお屋敷へ連れて行かれた……???アレックスも一緒に……。午後の授業は?あとお昼ご飯は?聞きたいけど、とても聞ける雰囲気じゃない。アレックスは馬車の中私の斜め前で青い顔をしてるし、シル様は……いつもの笑顔じゃなくてものすごく怖い顔をしてるから。
一体二人の間になにがあったの?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★★★
サウゼル王国を経由してスフェーン王国へ入ってきた商人の男が呟いた。
「最近寝ても疲れが取れないな……。年のせいだろうか」
もともと疲れていたその商人の男は宿屋の部屋でいつもよりずっと早く眠りについた。
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