夏休みの終わり
来ていただいてありがとうございます!
「シトリア様、回復されて良かったですわね」
繊細な作りのテーブルには高価な茶器。
「ええ!本当ですわ。さすがアリス様の治癒魔法ですわね」
綺麗な絵付けの皿の上には、何種類もの綺麗なケーキ。こんな綺麗なケーキ、作れたらいいのにな。孤児院の子ども達も喜んでくれそう。
「アリス様って今度魔法王国にご招待されていらっしゃるんでしたわよね。素晴らしいですわ!」
え?魔法王国でも聖なる乙女の需要があるんだっけ?
「本当に!実力を買われてですものね。もしかしたら魔法王国の王子様とのご縁談もあるのでは?」
「いけませんわ!アリス様には王子殿下がいらっしゃるんですもの」
なんだか私の理解の範疇を越えてる会話が展開されてる。
「もしそんなことになったらどうしましょう……。困ってしまうわ……」
可愛らしく頬を染めて困り顔をするアリスに驚いた。全然困ってないみたい。エルドレット殿下とあんなに仲良さそうにしてるのに、なんでそんなに嬉しそうなの?
スフェーン王国では、聖なる乙女は王族と結婚すれば自動的に「ティアラ」の称号を得る。そうでなくてもそれなりの功績を残せば名前付きの「ティアラ」になって国民から敬われる。この名前付きの「ティアラ」はこのスフェーン王国では王妃様、王子妃様に次ぐ位に匹敵する。それなのに魔法王国に行きたいの?歴代の「ティアラ」持ちが他国へ嫁ぐこともあるにはあるけれど、アリスにはもうエルドレット殿下がいるのに。
私は香り高いお茶を静かに飲みながら、きゃいきゃいとはしゃぐ聖なる乙女候補達の話を聞いていた。
「アリス様のお茶会」はアリスが主催する王立学園の聖なる乙女候補達の為のお茶会。
でも今はまだ夏休み。ここは湖の近くの王家の保養地にある王家のお屋敷。明日には王都へ戻らなければならないという日に、私は何やってるんだろう。しかも私は聖なる乙女の候補じゃないのに。今日はシル様とボートに乗ろうって話合ってたのにな。私は窓の外の緑を眺めた。
今朝急に王家の使いの方がやってきて、シル様が王家の保養地でのお茶会に招待されてしまった。仕方が無いから私は回復薬でも作っておこうと思ったんだけど
「リノーも招待されてるよ」
シル様から渡されたカードには確かに私の名前があって軽くショックを受けた。なんで私まで……。絶対ロクなことにならないじゃない。でも仮にも王子殿下からの招待なので断れなかった。
「エリノーラ様、お退屈ですか?さすがに侯爵令嬢様ともなると私達のような下々の者とはお話も合いませんものねぇ」
「いえ、そのようなことはございませんわ」
始まった……。最初はエルドレット殿下やシル様、その他アリスの取り巻きやアレックス、リオン様もいたのに。
「ここからは女の子だけでお話ししましょう」
ってアリスの一声でこの様よ……。私は持ち上げた紅茶のカップの中に遠くを見つめた。
「もう夏も終わりになってしまいますので少し感傷的になってしまって、ぼんやりしてしまったんです」
「そうですわね……」
「お休みが終わってしまうなんて辛いですわぁ」
「でも夏休みはアリス様のおかげでとても楽しかったですわ!」
「こちらは少し不便ですけれど景色もきれいで遊ぶ場所もたくさんあって!」
「ええ、素敵でしたわ!アリス様に感謝ですわね!」
わかりやすいおべんちゃら……。この子達、休みの間中こんな感じで疲れなかったのかしら。
「まあ皆さん、感謝でしたら是非エルにしてあげてくださいな」
アリスはアリスでまんざらでもない笑顔。自慢気に私をちらっと見てきた。なんか腹立つ……。
「まあ!殿下をそのような愛称で……!」
「本当にいつも仲が良くてお羨ましい……!」
何だこれ……。今更どうでもいいけど、一応私、その殿下の元婚約者なんですけど……?
ああ、早く終わらないかなこの無駄な時間……!
私の心の叫びが通じたのか、ほどなくして女子会のお茶会は終わってくれた。アリスは女の子だけだとつまらないみたいで、飽きたみたいなことを言ってた。
「やっと終わった……」
廊下に出るとシル様が待っててくれた。シル様は女子だけのお茶会に難色を示してくれたけど、アリスの「色々ありましたけど、エリノーラ様とも仲良くなりたいんですっ」
っていう健気な言葉に強く出ることができなかったみたい。
「リノー、大丈夫?」
「大丈夫です。少し気疲れしただけなので」
シル様は私を庭へ連れ出してくれた。ああ、空気が美味しい!生き返る……。
「本当に大丈夫?何もされなかった?」
耳元でささやかれて、頬が熱くなる。またシル様の顔が近い……。
「だいじょ……ぶです」
「えー顔真っ赤じゃないですか。お二人って仲良いんですねぇ」
いつの間にか近づいて来たアレックスが、からかうようにニヤニヤ笑ってる。後ろにはちょっと憮然とした表情のリオン様もいる。
「仲が良いに決まってる。だって僕達は婚約したんだからね」
「シ、シル様っ」
肩を抱かれて頬をすり寄せられたっ!こんな人前でそんな……!
「え……シルヴァン様、婚約なさったんですの?そんな、嘘……」
何でアリスまでここに来てるの?他の取り巻きの人達はいなくて、エルドレット殿下だけが追いかけてきていた。
「もう婚約済みだよ。あとは書類の提出をするだけだからね」
シル様を見上げるとシル様も私を見て微笑んでた。
「婚約成立はしてないんですね。ではまだ間に合いそうだ」
何故かリオン様が前に出てきてシル様を見た。
「どういう意味でしょうか、シトリア様」
シル様は笑顔のままだけど、なんだか空気がピリピリしてるみたい。
「あ、あの!リオン様!」
空気を読まずにアリスが二人に割り込んで来た。エルドレット殿下の制止は耳に入らないみたい。
「申し訳ありません。ローザリア伯爵令嬢、私は貴女に私の名を呼ぶことを許可したでしょうか?」
リオン様は近づいて来たアリスを冷たく見据えた。
「え?い、いえ……その……申し訳ございません、シトリア様」
心底意外そうなアリスは「あれ?おかしいわ」って呟いてる。
そうだった。病気で気持ちも弱っていたせいでそうは感じなかったけど、シトリア公爵家は王家の血筋をとても誇りに思っていて、リオン様と言えばかなり身分差に厳しい方だって評判だった。本来はこういう方だったんだわ。
「ああ、そうそう、何度も治癒魔法をかけていただきありがとうございました」
殆ど感情を乗せない声、そして全くアリスを見ないリオン様。なんだかすごく怖い。
「は、はい!いえ大したことではございませんわ、私、当然のことを……」
ホッとしたように言いかけたアリスの言葉をリオン様は遮った。
「しかし私には効果が無かったですね」
「へ?」
「どうやら私の体質と貴女の魔法は相性が悪いようです。とても残念なことですが……」
「え、でも体調が回復されたのは……」
「シルヴァン殿下のおかげです。彼が良い回復薬をくださったからなんですよ」
リオン様はシル様の方を振り返り、優しく微笑みかけてくださった。私に。
「本当に助かりました。感謝します」
「っ!」
悔しそうに唇をかみしめたアリスはその場から走り去ってしまった。
「おや、挨拶も無しですか。本当にマナーがなっていませんね」
「今日はこれで失礼するよ。また学園で」
エルドレット殿下が慌ててアリスを追っていく。勘弁してくれって言い捨てるような小さい声が聞こえてきた。
結局お茶会はそのままお開きになって、私達はそれぞれの場所へ帰った。こっちには休みに来たはずなのにどっと疲れてしまった。シル様の笑顔も疲れ気味だった。ああ、森の温泉に入りたい。
夏休みは波乱含みのまま終わりを告げた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!