夏休み はじまり
来ていただいてありがとうございます!
「少し頑張りすぎじゃないのか?ノーラ」
ずらりとテーブルに並んだ回復薬達を見て、ヴァイスが心配そうにしてる。
「大丈夫だよ、ヴァイス。まだまだいけるから!薬草と木の実をもっと採ってくるね」
「ノーラ!少し休んだ方がいい」
「平気!」
そう言ってドアを開けようとしたら自動で開いた。?
「頑張ってるか?二人とも」
「エルマー師匠!」
「お師匠様」
霧の立ち込める森の中の小屋。そのドアを開けて入ってきたのはこの小屋の持ち主の魔法使い、黒髪の少年エルマー・ヘリオゲート。ヴァイスと私のお師匠様だった。
王立学園は夏休みに入った。春学期の試験も無事に終わり、親睦会も終わり、遅れた分の補習も終わった。今私は森にこもって回復薬作りに没頭していた。
「けっこうたくさんできたな。出来もさらに良くなったみたいだ……ん?」
エルマー師匠はルーペを取り出して瓶に入った回復薬を鑑定してる。あのルーペって魔法道具かな?ちょっと気になる。
「うーん、これをいくつか持って帰ってもいいか?」
褒めてくれたのにエルマー師匠は何だか難しい顔で考え込んでる。
「どうなさいましたか?お師匠様。何か問題でも?」
ヴァイスが尋ねるけれど、エルマー師匠にも良く分からないみたい。
「何か別の効果が付与されてるように感じるんだ。魔法王国に魔法鑑定が得意な人間がいるから、そいつに見てもらおうと思ってな」
「別の効果?もしかして私が作ったのって回復薬じゃないんですか?」
私、はりきっちゃってて毒とか作ってたらどうしよう。
「いや。これは紛れもなく回復薬だ。しかもどんどんレベルが上がってる」
「お師匠様の言う通りだ。これはかなり上質な回復薬だぞ、ノーラ。心配は要らない」
「良かった……」
私はホッと胸をなでおろした。
「じゃあ、私は材料を採ってくるね。ヴァイスはエルマー師匠にお茶を淹れてあげて!」
かごを持って小屋を出ようとした私は足をもつれさせた。なんかクラっとする?
転ぶっ……………………あれ?
「やっぱり頑張りすぎだ。ノーラ。ちゃんと休まないと駄目だぞ」
ヴァイスが受け止めて支えてくれたおかげで転ばずにすんだ。助かった。
「ありがとう、ヴァイス」
「ほら、魔力の使い過ぎで足がふらついてる」
「わっ!」
ヴァイスが私を抱き上げて運んでくれようとした。ヴァイス女の人なのに力ありすぎ!
……あ、私よりあるかも……。ちょっと悔しい……。ヴァイスって着やせするタイプなんだ。美人でスタイルがいいなんてずるい……。
「ちょっと、ヴァイス!大袈裟だよ。一人で歩けるからっ」
離れようとしたけど、あっという間にベッドに座らされてしまった。
その時、またドアが開いて誰かが入って来た。ヴァイスが即座に臨戦態勢に入ったのがわかった。エルマー師匠はなんだか楽しそうに座ってテーブルに片肘をついてる。
「何をしてるの?」
シル様はなんだかすごく不機嫌そうにそう言った。
「シル様?どうしてここに?どうやって……?」
小屋の戸口にいるのがシル様だとわかるとヴァイスが体の力を抜いた。
「ノックも無しに失礼する。でも…………」
シル様は小屋の中へズンズン歩いてくる。それほど広くない小屋の中に本棚やテーブルや台所やベッドがある。シル様は私がいるベッドに近づいてくると私の手を引いた。
「え?」
次の瞬間、私はシル様の腕の中にいた。
「君達は何者だ?リノーに何をした?!」
ええ?シル様が物凄く怒ってる???笑顔じゃないシル様はとってもレアだ。異変が起こり始める。
風が部屋の中に渦巻き始めた。
「これってシル様の魔法?」
テーブルの上や本棚の回復薬の瓶がカタカタと音を立て始める。
「むぅ。これはいかんな。ちょっと落ち着いてもらおうか」
エルマー師匠が少しだけ焦ったような顔をして指をパチンと鳴らした。
「あ、消えた……」
それと同時に魔法の風が途絶えた。
「な…………」
今度はシル様の焦ったような声が頭の上から聞こえた。
「魔法は無効化させてもらった。せっかくの回復薬が駄目になってしまうからな」
エルマー師匠はニヤッと笑って椅子に座り直した。
「シル様、この方はヴァイスの魔法のお師匠様で、今は私のお師匠様でもある方なんです!」
「ヴァイス……?ヴァイスって、あの白いリス?その白い髪に空色の目……。まさか、お前が「ヴァイス」なのか?!それがお前の本来の姿かっ!」
人の姿のヴァイスを見てさっきよりも激高するシル様。そういえばヴァイスが元の姿に戻ったことを話してなかった……!でもシル様どうしちゃったの?どうしてこんなに怒ってるの?
「シル様?どうなさったんですか?前にもお話したようにヴァイスは私の命の恩人なんです!魔法であのリスの姿になってて、最近元に戻ったんです。それに今はエルマー師匠同様、私のお師匠様なんです!」
「リノー、君はずっとあの男と一緒にいたのか?」
シル様は私の両肩を掴んで視線を合わせた。あれ?シル様今何て言った?
「男……?」
ああ、そうか!シル様は勘違いをしてるんだ!そうだよね、ヴァイスってどう見てもただの美青年だよね。
「違います!シル様。ヴァイスは女の人です!」
「…………え?」
「ヴァイスは女の人なんです。騎士をなさってて、もっと強くなるために魔法を学んでいらっしゃるんです」
「…………」
シル様は信じられないというようにヴァイスを見た。
「ご挨拶が遅れました。私はエステル・ヴァイスと申します。シルヴァン・ウィステリア・スフェーン殿下。我が祖国では騎士の位をいただいております」
ヴァイスは胸に手を当てて優雅にお辞儀をした。うーん、美青年。でも声は綺麗なソプラノなんだよね。一生懸命低くしようとしてるけど。
「本当に女性だったのか……」
シル様は茫然としてる。今日は本当にシル様の色々な表情が見られる日だなぁ。
「大変失礼いたしました」
シル様は私の隣に座ってヴァイスとエルマー師匠に謝罪した。
「いや、いいよ。お嬢さんの事が心配だったんだろ?」
エルマー師匠は気にした様子もなくひらひらを手を振った。
「それよりも、君はどうしてここに?この森には俺の結界が張ってあるんだけど?」
エルマー師匠の後ろに立ってるヴァイスがうんうんと頷いてる。
「僕は魔法王国に留学をしていました。その時に読んだ魔法書の中にあったのを思い出したんです。「超時空跳躍魔法」というものがあることを」
「超時空跳躍魔法……?」
ヴァイスがじろりとエルマー師匠を見下ろした。
「へえ……」
エルマー師匠が面白いものを見るような目でシル様を見てる。
「その魔法書のタイトルは?」
「『超魔法の全て』エルマー・ヘリオゲート著」
んん?それってもしかしてエルマー師匠が書いた本?!
「おお!やっぱり俺が書いた本だ!よく真似できたな!感心だ。お前も俺の弟子にしてやるぞ」
エルマー師匠は心の底から楽しいっていうように、あっはっはって豪快に笑った。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




