ここは魔の森
来ていただいてありがとうございます!
王都を出て、いくつもの街を通り過ぎて、荒野を馬車が行く。もう三日程馬車に乗って移動してる。隙を見て逃げ出そうかと思ったけれど、屈強そうな兵士が四人もいてとても敵いそうにない。あれ?でも……。こっちの方向は確か……。わたしは王国の地図を頭に思い浮かべた。
「そんな……この先にあるのは……!!」
魔の森……
別名死の森とも呼ばれる。毒のある霧がたちこめて人間や動物は一日と持たないと言われてる恐ろしい森。いつからか王国に存在していて、隣国との境界まで続いている場所。そのおかげでその方角からは敵の侵攻は現在まで記録にない。
そんなことを思い出していたら馬車が止まり、兵士の一人が細長い布を持って馬車に乗り込んで来た。
「静かになさっていてくださいね。我々も貴族のご令嬢に手荒なことはしたくありませんので」
そういって申し訳なさそうに私に目隠しをした。
私は何かたぶん輿のようなものに乗せられて、だいぶ進んだ先で下ろされた。そしてそのまま草の上に座らされて縄で縛られた。縛られた……?背中に当たるのはたぶん大きな木の幹。
「申し訳ありません……」
最後に聞いた人の声はその言葉だった。
「待って!行かないで!助けて!せめて目隠しを取って行って!」
私の懇願は聞き入れてもらえない。ガサガサと草を踏みしめるような音が聞こえて、そして誰もいなくなった……みたい。
シンと静まり返って、風の音すら聞こえない。
「嘘……でしょ?これって……これじゃあ追放じゃなくてほとんど処刑じゃない!ゲームじゃそんな描写はなかった。ただ王都を追放されて領地へ行ったとだけ……。あれ?領地へ行ったのは私の勘違いだった……?」
なんとか頭を振って目隠しを取ろうとした。うう、頭を振りすぎて気持ち悪い……。でも何度かチャレンジして目隠しが外れた!
「たちこめる灰色の霧……。動物はいなくて、古い大きな木がたくさん生えていて、いびつな形の木があって……」
王国の地理書で勉強した通りの森の光景が広がっていた。
「間違いない……。ここは魔の森だわ……。どうしよう、なんとかしないとこの霧を吸い続けたら一日ともたない」
絶望しかない。領地でスローライフなんて夢のまた夢だった。こんなことになるなら、もっと王子様に媚でも売っておけばよかった?……ダメだわ。わたしなりに精一杯頑張って話をしてたんだもの、あれ以上は無理よ。しかも五人いる王子様、上のお二人は聖なる乙女が奥様や婚約者になってらっしゃるし、アリスに勝てるわけない。だって、アリスは昨年に流行った疫病を鎮めた聖なる乙女で、このゲームの主人公なんだから……。でもだからってここまでする?ああ、頭が混乱する。怖い……。
それまでロープを解こうとジタバタ動いてたけど、力が入らなくなっちゃった。全然解けない。やっぱりここで死になさいってことなんだね。こんな事を命じたのはお父様?私をここへ連れてきたのはお城の兵士達だったからもしかして王子様?わたしはそんなに憎まれてたの?ゲームを遊んでた時は考えたこともなかった。ライバル令嬢がどうなったかなんて。
「お腹すいちゃった……」
そういえば朝、宿を出発するときに食事して以来何も食べてない。辺りはもう暗くなってる。森の中だから暗いのもあるだろうけど、焦りと不安と恐怖でもう感情がぐちゃぐちゃになった。涙がこぼれてきてしばらく泣き続けると、心なしか呼吸が苦しくなってきた。
「ゴホッ!これって毒の霧のせい?そんな……一日ももたないかも……」
「なんでよ?!わたしが何をしたの?そりゃ、魔力が少なくて聖なる乙女になれなかったけど、それが何?勉強だってマナーだってダンスだって必死に頑張ってマスターしてきたのに!嫌がらせなんてしてないのに!!前世でだって病気で…………、十七歳で死んじゃったのにこんなの酷いよ!」
嫌だ!生きたい、まだ生きていたい!
パチンッ
何かが弾けたような気がした。
「呼吸が少し楽になった気がする…………?」
カサカサッて音がして、リスが一匹草むらから現れた。
「リス……だよね?なんか白いけど。アルビノ?この森って動物いないんじゃなかったっけ?」
小首を傾げる白いリス。
「もしかして魔物とか?でも魔物もこの森には棲めないって読んだ気がするんだけど……」
読んだ本の内容を必死で思い出すけど、途中で考えるのをやめた。わからない。
「リスなら歯が強いよね?このロープ齧ってくれない?なーんてね……え?」
言ってみただけなんだけど、本当に齧り始めた?!少しずつロープが緩んでいって……。
「やった!外せた!!ありがとう!リスちゃん!!」
リスを思わず抱き締めようとしたんだけど、逃げられちゃった。でも不思議。あの子私の言葉がわかったのかな?
「ま、いいか……。これからどうしよう」
私は周囲を見回した。霧のせいもあるかもしれないけど暗くて先が見通せない。
「あ、カバン!あんな所に!」
少し離れた木の陰に私が持ってきたカバンが捨ててある。
「あった!」
お茶会の前日にリリが買ってきてくれた話題の焼き菓子。他の荷物も無事だった。良かった。
「リリありがとう……」
お腹が空いてたから余計に美味しく感じる。少し元気が出てきた私は考えてみた。
「星で方角ってわかったっけ?」
空を見上げると星は見えるけどちょっとだけ。
「あ、でもこの世界って星座、北斗七星とかカシオペア座とかあったかな?」
あったとしても木が多くて見えないよね。どこか開けた場所か高い場所があるかな。どっちにしても暗い森を歩き回るのは怖い。森を出られれば、朝になったら太陽の方へ歩いていけば王都へは戻れる。戻れるけど。
「人のいる町まで最低でも馬車で三日。歩いて行くとどのくらい?」
考えて途方に暮れて俯いた。
「帰れたとしても王都へは戻れないし、生きてるってわかったら今度こそ確実に処刑されるかも……」
八方塞がりだ。
カサリ
また草の音が聞こえる。音の方を見るとまたさっきの白リスがこっちを見てる。少し行っては立ち止まって振り返る。
「ついてこいってこと?」
私はカバンを持って歩き始めた。
「山小屋……?」
少し歩くと見えてきたのは小さな木造の建物だった。恐る恐る近づいてみたけど誰かがいる気配はない。
「こんな所に人が住んでるはずがないよね。明かりもついてないし、鍵もかかって……ない?」
誰がどうやってここに建物を建てたんだろう?不思議に思いながら、ドアを引くと普通に開いた。中は暗いけど入り口のすぐ近くにランプがあったから、魔術で火をつけた。
「これくらいなら私にもできるわ」
明るくなるとホッとする。小屋の中はけっこう広くて暖炉や本棚、机、椅子、台所、ベッドもある。
「ベッドだ!ワンルームのマンションみたい。お風呂は無さそうだけど」
私はベッドにかかっていたカバーを外して横になった。
疲れてくたくたになってた私はすぐに眠りに落ちてしまったみたい。気が付くと窓の外が明るくなってた。
「わぁ……髪ぼさぼさ、服しわしわ、ランプの灯消してなかった!うわっ鍵もかけて無かった……!」
色々抜けてた昨日の自分に呆れながら、改めて小屋の中を見回した。埃だらけの床や机、本棚には本や紙の束が詰め込まれてる。
「食べるものは……無いみたいね。ここに住んでた人、今は不在みたいだけど、水や食べ物はどうしてたんだろう?」
私は小屋の外へ出てみた。相変わらず霧が立ち込めてるけど毒のことは気にならなくなった。きっと何かの間違いか勘違いで人が近づかなくなっただけなんだろうって思った。
「水の音がする……。あっちだ」
森の中少し開けた場所に岩の間から水が湧き出してる。途中で円形に石が並べてある場所があったけどなんだかよくわからない。
「森の岩清水だ!飲めるかな?」
ちょっと不安だったけど、ここに人が住んでたってことは飲めるだろうって確信があった。石を積み上げて作ったような水を受ける洗面台みたいなものもあるし。少し舐めてみて大丈夫そうだから手で水を受けてごくごく飲んだ。
「冷たくて美味しい!」
ついでに顔を洗って、髪を整えた。
「気持ちいい……」
ちょっと落ち着いたから、小屋の周りを探索することにした。昨夜は暗かったからわからなかったけど周りの木、木の実がいっぱいなってる!もしかして食べられる?!
「あ、昨夜のリス!」
木の枝の上で木の実を齧ってるリスがいた。少なくとも毒の木の実じゃないみたい。一つ採って食べてみた。
「え?!チョコレート?」
チョコレートの味がする。しかもアーモンドの風味がする。
「美味しいっ!」
もしかして他の木の実も?他の木の実も食べてみた。もう色々な味の木の実や果実があって嬉しかった。レモン味やミルキーな味、少しスパイシーな味、その他色々。中には味がほとんどなくて粉っぽいのもあった。
「うーん、最初に食べたチョコの木の実が一番好きかな」
私は嬉しくなって木の実を食べまくってしまった。
「しまった……。確か木の実ってカロリー高いんだよね。気をつけなきゃ、太っちゃう」
お腹がいっぱいになって余裕が出てきたみたい。
「しばらくはここで暮らして、これからの事を考えよう」
そんな風に前向きな気持ちになれた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!