再会
来ていただいてありがとうございます!
夏休みの前日、王立学園の敷地内の講堂で親睦会が行われた。
明るくて花がたくさん飾られたホールに楽団がスタンバイしてる。私は寮から一度シル様のお屋敷へ連れていってもらって、シル様のお母様の用意してくれていたドレスに着替えさせてもらった。薄い青紫色の紫陽花の花みたいなドレスだった。
シル様と入場したら場内が一瞬静まり返った。やっぱり私への視線はまだまだ冷たいのね。
「ふ……」
「シル様?どうかなさいましたか?」
「ううん。リノーのドレス、それにして良かったなって思って。とても良く似合ってるよ。とても綺麗だ」
場内の空気が凍り付いてるのにシル様の笑顔はいつでも余裕の春だなぁ……。
「ありがとうございます」
シル様がいてくれて良かった。シル様と一緒だから目立って入るんだろうけど、一人も味方がいない状況での親睦会参加は正直きつかったと思う。見たところ美味しそうな料理もたくさん並んでるし、親睦はおいておいて私なりに楽しもう。
「次の親睦会の時は一緒にドレスを選びに行こうね」
「……はい」
次の秋の親睦会には、シル様にも婚約者ができてるかもしれない。だって今もみんながシル様を熱っぽい目で見てるもの。きっとすぐにシル様の心を射止める女の子が出てくると思う。隠れ蓑の私では無くて。あ、なんか胸が痛い。
ひときわ高い歓声が上がりホールがざわめいた。
「ああ、エルが来たのか」
シル様は背が高いから人だかりができている方を見てそう呟いた。エルドレット殿下がいらした。ということは。
「アリス様!今日もとてもお美しいですわね」
当然アリスも一緒だよね。賞賛の声を浴びながらエルドレット殿下とアリスが人だかりと一緒に動いてるみたい。
「シル!君ももう来ていたんだね」
うわ、こっち来た……。当然か、だってシル様はエルドレット殿下の甥で親友だから。
「やあエル、いい夜だね」
「ああ。……アストリア侯爵令嬢、ごきげんよう」
事件以来初めて面と向かうエルドレット殿下は何だか少し疲れてるみたい。
「ご無沙汰しております。エルドレット王子殿下におかれましてはご機嫌麗しく……」
「ここは学園内だ。堅苦しいのはやめよう」
「ありがとうございます」
私が顔を上げるとエルドレット殿下は申し訳なさそうな顔をしてるけれど、睨んでる顔がいくつも目に入った。うわ、アリスまで……。やっぱりまだ疑われてるんだ。はぁ……とうとう会っちゃった。私はそっとため息をついた。
今までどうして彼らと私が学園内で出会わなかったのかって言うと、とても簡単なことでアリスや他の有力な聖なる乙女候補達は特別クラスで授業を受けてるから。特別クラスは学園内でもとりわけ豪華な設備の別棟にある。王族のエルドレット殿下も同じように特別クラス。侯爵令息のユーインや宰相の息子でやはり侯爵令息のクリストファも特別優秀だという理由でやはり同じクラスだ。本当はシル様もそちらのクラスのはずだったけど、シル様はそういうのが好きじゃないから断ったんだそう。
「シルヴァン様ぁ!ご機嫌麗しゅうございます」
え?アリス?今シル様の腕に触ろうとした?!婚約者のエルドレット殿下の目の前で?シル様は私をエスコートするふりをしてかわしてたけど、どういうつもりなの?エルドレット殿下が苦々しい顔でアリスをシル様から引き離した。
「もう!どうなさいましたの殿下?」
困った子を見るようにエルドレット殿下を見るアリス。困ってるのは多分、殿下とシル様だと思う。
「シルヴァン様、あのお約束、お忘れにならないでくださいましね?」
アリスは勝ち誇ったように私を見て笑った。約束?約束ってなんだろう?
「何のことでしょう?特にお約束などはしておりませんが」
少しだけ、ほんの少しだけシル様の笑顔の質が変わった……?イライラしてるみたい。気のせい?少しだけ空気が張り詰めたような気がする。それに気が付いたのは私とエルドレット殿下だけ?殿下は焦ったようにみんなに振り返って声を上げた。
「さあ、親睦会を始めよう!」
エルドレット殿下が手を上げると楽団が音楽を奏で始め、ダンスが始まった。ホールの中央へ進み出て、殿下とアリスが踊り始めると次々とみんながダンスを始めて、ホールは大輪の花がたくさん咲いたみたいになった。
アリスの取り巻きの一人、オールバックの茶色の髪のグラントリーが、鋭い茶色の瞳で私を睨みつけた。後ろには他の三人も仁王立ちしてる。
「俺達はまだ納得できてない。アリスを傷つけておいてのうのうと復学してくるなんて厚かましいな」
「エリノーラ嬢の冤罪は僕が晴らして、エルドレットも認めてるよ。君は王家の人間が信じられないのかな?」
シル様が彼らの視線を遮るように前に出てくれた。いつものように満面の笑顔で尋ねると、彼らは少したじろいだようだった。
「くっ……」
「これからはみんなで仲良くできるよね」
シル様、それはちょっと無理かなぁ……。だってまだ睨んでるし、私だって特に仲良くしたくない。
彼らがいなくなると、振り返ったシル様の笑顔はいつも通りになっていて安心した。
「さあ、僕らも踊ろう」
「え?」
踊るの?戸惑っているとあっという間にシル様に手を取られてホールへ誘導された。シル様と踊り始めると久しぶりにダンスが楽しいと思えた。エルドレット殿下と婚約したばかりの時は楽しかったけど、だんだん殿下が私に興味を持って無いってわかってからは、ダンスも苦痛になってしまったから。
「ああ、久しぶりだ。とても楽しいね」
「……はい」
続けて二曲踊ったら息が上がってしまった。楽しくてもっとたくさん踊りたかったのに残念。
ちょっとお化粧直しでホールを離れたらシル様は令嬢達に囲まれちゃってた。なんだか楽しそうだったから、私はそっとホールを出て庭の小さな噴水を眺めてた。昨日も回復薬を作ってて、かなりくたびれてたんだよね。昨日は空き瓶七個分の回復薬が出来たし、少しづつレベルアップしてる気がする。
「親睦会が終わったら、今日も頑張ろう」
私はうーんと伸びをした。
今日はずいぶんいろんな人と話す日みたい。まさに親睦会。太陽を背にして誰かが近づいて来た。
「ずいぶんとはしたなくなられましたね。姉様」
「ティモシー。貴方も来ていたのね」
「全員参加ですよ。当然です」
お父様と同じ薄い金色の髪、そしてお継母様と同じ茶色の瞳の私の弟。ティモシー・アストリア。この子に会うのも久しぶりだわ。前に一度屋敷へ帰った時は会わなかったから。
「寮に入られたとお聞きしていますが、屋敷へは戻られないのですか?」
「ええ。わたしはもうアストリア家へ戻るつもりはありません」
「やはり後ろ暗いところがあるのですね」
目を細めて何かを探ろうとするティモシーは人が変わってしまったようだった。
一つ年下の弟ティモシー。お母様が亡くなってすぐに後妻に入ったお継母様と一緒にアストリア家へやってきた。お父様の実子。小さな頃は明るくて人懐こかったんだけどな。たぶんお継母様と弟にとってはずっとわたしは邪魔者だったんだと思う。表立っては何も言われなかったし態度も普通だったけど、わたしと「他の家族」との間には底の見えない深い溝が存在してた。
「またローザリア伯爵令嬢に何かなさるおつもりではありませんよね」
「何度も言うけれど私は何もしていないわ」
「でも僕は貴女の後ろ姿を見たんだ!その後にローザリア伯爵令嬢の私物がズタズタにされていて……。あんな髪色は姉様しかいないんです……。信じられないけれど。…………嫉妬に狂うような人間性ではわがアストリア家には相応しくありません」
「……嫡男は貴方よ。私が侯爵家を継ぐことは無いから安心して」
「そういうことを申し上げているのではありませんっ!」
ティモシーが大きな声を出すなんて珍しい。私は驚いて声が出なかった。
「女性を怒鳴りつけるのは感心しないな」
「シル様……」
「殿下……」
「探したよ。リノー。僕を置いて行くなんて酷いな」
肩を抱かれて至近距離で見つめられた。肩が露出するデザインのドレスだから、シル様の手袋越しの手が直接肌に触れていて熱を感じる。ちょっと……恥ずかしくて顔が熱い。
「……申し訳ございません」
他のご令嬢方と楽しそうにしてたからいいじゃない……。そう思ったけど顔を背けてそれだけを言うのが精一杯だった。
シル様は私を抱き寄せるとティモシーに向かって微笑んだ。
「君も姉上のことが心配だったんだよね。でも大丈夫。これからは僕がリノーを守っていくから安心してね」
「…………御前失礼いたします」
ティモシーは悔しそうに顔を背けると、深く一礼して立ち去って行った。
今日のティモシーは何を言いたかったんだろう。ただわたしを疑って糾弾したかっただけのようには見えなかった。シル様の言うように心配してくれたとか……?まさかね。
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