ヴァイス(人の姿)とエルマー
来ていただいてありがとうございます!
「ただいま、ヴァイス!今日ね…………どちら様?」
シル様とお茶をした後いつものように寮へ帰宅後森へ転移したら、小屋の中に見知らぬ男の人達がいた。
一人はスラッとした長身に背中まで届く白い髪を束ねた、空色の瞳のそれは美しい人だった。着ているのは騎士風の白地に金糸の刺繍が入った上下にマント、そして細身の剣を腰に携えている。そしてその傍らには黒髪で金色の瞳のこれまた美少年が椅子に足を組んで座っていた。美少年の方はいかにも魔導士というような濃紺のローヴを着てる。年齢は白い髪の人が二十歳前後、黒髪の美少年は十四、五歳くらいだろうか。
「ノーラ、授業終わったんだな。お帰り」
あれ?この声って……。
「もしかして貴女……ヴァイス?!」
「ああ、やっともとの姿に戻れたよ」
にっこり笑うその騎士様の声は高くて、間違いなく女の人の声だった。嘘!ヴァイスってヴァイスって、男装の麗人だったの?!喋り方があんなだから、女性だって言い張ってる男の人だと思ってたのに……。
「紹介するよ。この方が私の師匠でこの小屋の持ち主だ」
ええ?この男の子が、ヴァイスの師匠なの?!
「やあ、初めましてエリノーラ・アストリア侯爵令嬢」
私が驚いて何も言えずにいると、黒髪の美少年が立ち上がり優美に挨拶をしてくれた。私もお辞儀を返す。
「初めまして。ヴァイス様にはいつもお世話になっております。エリノーラでございます。よろしければ御名前をお聞かせいただけますでしょうか」
「これは大変失礼を。私は魔法使いエルマー。エルマー・ヘリオドールです。こちらこそ不肖の弟子がお世話になっております。私ともども今後もよろしくお願いいたします」
本当にこの男の子がヴァイスのお師匠様なんだ……。ヴァイスよりもちろん私より年下だよね?いわゆる天才少年ってこと?それともなん百年も生きてる大魔法使いとか?聞いてみたいけど、いきなり尋ねるのは失礼だよね?
「お師匠様、やめてください。寒気がします……」
ヴァイス(人の姿)が本当に寒そうに腕をさすった。ヴァイスはクールビューティーね。黙って立ってたら本当に男の人みたい。ああ、もったいない……!
「何を言う。俺だって貴族相手のマナーくらい心得てる」
そう言ってヘリオドール様はまたドカッと椅子に座り直した。あ、こっちが素なのね。それに二人はとても仲が良さそう。
「とはいえ疲れるからここからはいつも通りいかせてもらうよ、お嬢さん」
にっと笑うヘリオドール様にはどこか大人びた雰囲気があった。やっぱりずっと年上のパターン?
「というわけで、私はヴァイス様に助けていただいてしばらくここに隠れさせていただいてました。勝手に小屋や森の木々からの恵みを使わせていただいていたことをお詫び申し上げます。すみませんでしたヘリオドール様」
私は事情を説明し、小屋の持ち主であるヘリオドール様に謝った。大体の事はすでにヴァイスから説明してもらえていたので助かった。
「あーエルマーでいいよ、堅苦しい。それと小屋の件もだ。いい、いい。気にするな。俺もここのことは半分忘れかけてたんでな」
「私の事もヴァイスでいいぞ、ノーラ。ちょっと、師匠!酷くないですか?あんな姿にしておいて、私の事もお忘れだったのですか?」
「あー、あー、悪かったって!」
「本当に忘れていたんですね?!」
ヴァイスの抗議もどこ吹く風のエルマー師匠はうるさそうにしっ、しっと片手を振った。その後もギャーギャーと喧嘩は続いたけど、ふいにエルマー師匠が真顔になった。
「で、礼金のことだが」
やっぱりお金とるのか……。まあ覚悟はしてたけど。いくらぐらいだろう……。うう、出世払いってきくかしら。
「これくらいでどうだろう?」
エルマーがテーブルに金貨のどっさり入った革袋を置いた。これと同じ額を支払うの?
「お師匠様!」
「すみません、こんなにお支払いできません……」
ヴァイスが怒鳴り、私は青ざめて俯いた。
「おいおい!何を勘違いしてる?これはお嬢さんに俺が支払う謝礼金だよ」
「「え?」」
ヴァイスと私は顔を見合わせた。どういうこと?私が使用料を払うんじゃないの?
「本当に助かったよ、お嬢さん」
エルマー師匠はテーブルに片肘をつきながらどこから出したのか、ノートを広げて楽しそうに笑っていた。
「ヴァイス、お前も気が付いているだろう?俺が植えた木々の変化を」
「はい」
「何のことですか?」
「まず、木が元気だ。実の付きもいい。これはお嬢さんの魔力のおかげだ。野草の畑も青々としてる。手入れが十分な証拠だ。おまけに木の実の活用方法の研究も進んでる。俺が途中で飽きて放り出した研究が続けられていて、ちょっと感動したよ。まあ、食べ物特化になってるけどね」
そこでエルマー師匠はくっくっくっと笑ってヴァイスを見た。
「うちの弟子の魔法は戦闘特化と食べ物特化……。専門馬鹿ってところだな」
「あ、それ……」
よく見るとエルマーがテーブルの上に広げていたのは私が書き留めておいた木の実を使ったお菓子のレシピだった。研究っていうか食べるために一生懸命だっただけなんだけど……。私はちょっと恥ずかしくなった。
「専門馬鹿って……。まあ否定はしませんが……。私は騎士ですから強くなりたくて師匠に弟子入りしたんですから。それにしても、やっぱりここに飽きて旅に出たんですね?!」
やっぱりヴァイスはどこかの国の騎士なんだ。あ、ヴァイスのこめかみがピクピク痙攣してる。忘れられてたなんてちょっと可哀想……。あっ!ヴァイスの体からピカ〇ュウみたいに電気が!魔力が暴走してる?!
「危ないな」
エルマー師匠の片手が何かを掴むように宙を切ると、ヴァイスの体から迸っていた電気が消えてしまった。
「魔力を吸い取った……?無効化……?」
私にはエルマー師匠の手の中にヴァイスの魔力が吸い込まれていったように見えた。
「ああ、やっぱりお嬢さんには才能があるようだな。まあ、森の様子で一目瞭然か。お嬢さん、いや、エリノーラ、君に頼みがある」
それまでの少しおどけた雰囲気は消え、金色の瞳に真剣な光が宿った。
「じゃあ、俺は俺でやることがあるから、今日はこれで戻るよ」
話を終えて早々に立ち上がるエルマー師匠。
「あ、お師匠様、今は一体どこに……?」
ヴァイスは慌てて追いすがる。
「今は魔法王国にいる」
シル様が留学してた国だ。もしかしたら二人は会ったことがあるのかもしれない。
「しかし、しょぼい結界だな……」
エルマー師匠が小屋の外で私が張った結界に人差し指でちょんと触れた。とたんにパチンと音がして結界が弾けて消えてしまった。弱っ……。
「すみません。私が見よう見まねでかけました……」
うん。ないよりましくらいの出来なのは知ってた。
「要特訓だな。でもなんで結界なんか……ああ、そうかエリノーラの力で森の毒が消えてってるからか。よし…………これでいいだろう」
魔力の波がエルマー師匠を中心に広がり物凄い速さで駆け抜けていった。
「これは……結界?」
「さすがお師匠様、相変わらず底なしの魔力ですね。森全てを結界で覆うなんて」
「森全部を?!」
ヴァイスの言葉に凄く驚いた。このエルマー師匠って本当に物凄い魔法使いなんだ。
「これでちょっとは安全になっただろう。じゃあ頼んだよお嬢さん。ヴァイスはお嬢さんを守ってやれ」
「了解しました」
エルマー師匠は空気を振るわせるでもなくその場から消えた。
「消えた……」
「お師匠様にはすでに転移門は必要なくなったようだな」
「転移門無しで跳べるの?凄い……」
「お師匠様は色々と規格外なんだよ」
ヴァイスはエルマー師匠が消えた空間を見てため息をついた。
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