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おかしな森の悪役令嬢  作者: ゆきあさ


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チョコ味のフィナンシェと魔法の天秤

来ていただいてありがとうございます!



「婚約?」

ヴァイスは小さな手でチョコ味の木の実を器用に割っていく。

「うん」

「いい話じゃないのか?確かシルヴァンは王弟だけど、権力争いからは身を引いてるんだろう?それなりの身分と財力があって生活は安泰。ノーラが嫌がっていた家にも帰らずにすむ」

「ヴァイスって結構現実的なんだね……」

バターの実の中身を取り出しながらそっとため息をついてしまった。

「貴族同士の結婚なんて家同士の事情が絡んだり、思うようにはいかないものだろう?ノーラはそんなにあいつが嫌いなのか?それともかなりの問題物件なのか?」

「問題物件って……。うーん、嫌いとかじゃないんだけど……。シル様はね、誰にでも優しいんだ。昔からそうなの。困ってる友人(わたし)を放っておけないだけなんだと思う」

「愛のない結婚は嫌だってことか」

「冤罪を晴らしてもらえたのは嬉しいけど婚約までは……」

正直、貴族としての生活にあんまり未練はない。できればここで結界の魔法を覚えて、自立して生きていきたい。


ヴァイスがスプーンでチョコ味の木の実の中身を取り出してくれてる間に、私はバターの実を溶かして焦がしてから材料と混ぜていく。型が無いから、天板にバターの実とパンの実の粉を塗ってから生地を流し込む。あとはオーヴンで焼いて冷ましてカットしてできあがり。今回町のケーキ屋さんに持っていくのはフィナンシェっぽいチョコケーキ。チョコ味のフィナンシェ。美味しそうに焼けた!!もしかして私って才能ある?


「おおっ!相変わらずノーラのつくるものは美味しそうだ」

「ふふっ、ありがとう!味見がてらお茶にしよっか」

私は沸かしてあったお湯で香茶を淹れ、小さく切ったフィナンシェをお皿にのせた。

「美味しいな」

「良かった。食べ終わったらお菓子屋さんへ持って行こう」

「……でも大丈夫なのか?」

「ん?何が?」

「ここへ来ていて。シルヴァンが心配するんじゃないのか?」

「今日はシル様は学園に行ってるし、クリスティン様はお茶会でお留守だって仰ってたから。お昼には一度戻ったし大丈夫だと思う」

「うーん。本当に大丈夫かな」

「学園の授業が終わる頃には帰るわ。転移門なら一瞬だもの。便利よね。あ、あとで結界の張り方を教えてね」

「ノーラはここで暮らす気満々なんだな……」

「もちろん!って言いたいところだけど、ヴァイスのお師匠様のお家だから、ずっとは無理だと思ってる。だから一人でどこでも暮らせるように自衛する手段は増やしておきたいの」





「おかえり」

「シ、シル様?」

お菓子を届けて森の小屋へ帰るとシル様がいた……。なんで?


「学園から帰ったらリノーがいなかったから、たぶんここだと思ってね」

「転移門を見つけたんですね」

「うん、そう。便利だよね、あれ」

シル様が近づいて来た。

「甘い香りがする。何かつくったの?」

「お菓子を。お菓子屋さんで売ってもらえることになったので」

一歩下がった私を見て、シル様が少しだけ悲しそうな顔をした。

「リノーはお菓子がつくれるんだね。知らなかったよ。もしかして前に出してくれたのも?また今度食べさせて欲しいな」

「……はい」

前世を思い出す前はお菓子作りなんてしたことないものね。


「いい知らせがあるんだ。王立学園に復学できることになったよ!学園に掛け合ったんだ」

「ええ?!」

ヤダ……。どうしてそんな余計なことを……。

「みんな後悔してたんだよ。リノーが帰ってきてくれれば喜んでくれる」

晴れやかな笑顔で笑われても困る。私を追い出した人達の心の安定のために学園へ戻らなきゃいけないの?


「それからね、魔法学科への編入も可能になったよ。ただしもう一度魔力測定試験を受けてもらうことになるけれど、今のリノーなら大丈夫だよ」

「!」

魔力が少なすぎて泣く泣く諦めた魔法学科に?聖なる乙女の候補になるために必須の学科に?合格できなかったわたしはその日から家族や周囲の人やエルドレット殿下に冷たい視線を向けられるようになってしまった。かつてのわたしの悔しさが胸に蘇る。わたしはそれからは認めてもらえるように魔法以外の勉強を必死で頑張ってきた。報われることは無かったけれど。


「魔法の基礎を学べるチャンスだな。お師匠様や私の魔法は我流のものが多いが、魔法の基礎は一応治めてる。私はお世辞にも教えるのが上手いとは言い難いから、教師(プロ)の指導を受けるのは上達の早道だと思うぞ」

ヴァイスの言葉は強い後押しになった。傷つけられた自尊心と実益を考えて私が出した答えは是だった。

「ありがとうございます、シル様。よろしくお願いします」

「うん。じゃあ、屋敷へ帰ろうか」

私は差し出されたシル様の手を取った。




魔法学科の試験である魔力測定は魔法の天秤で行われる。細かな細工の入った黄金の天秤の片方にのせられているのは、魔力の込められた魔法石。もう片方にはただの魔法石がのっている。判定を行うのは三名の教師達。その中の一人が込めた魔力を上回り、天秤を傾けさせれば無事合格になる。

「頑張ってエリノーラ」

何故かシル様が私の後ろからそっとささやいた。なんで試験にシル様が立ち会ってるんだろう……。


「このようなことは無駄ではありませんか?畏れながらアストリア侯爵令嬢の魔力量ではかつてのに二の舞になってしまわれるのでは……」

教師の一人が私をちらりと見た。丁寧な話し方ではあったけど、意地の悪い光が目に浮かんでる。なんだか嫌な感じ。この先生、前にもどこかで会ったことがあるような気がする。そりゃ、学園の先生なんだから、会ったことはある……。あ、そうだわ!最初に受けたこの試験の時にも判定者の中にいたような気がする。この先生はわたしのことを覚えてたんだ……。


「無駄かどうかは見ていればわかりますよ。どうか僕を信じて下さい、先生」

シル様は胸に手を当ててにっこりと微笑んだ。

「殿下がそこまでおっしゃられるのでしたら」

シル様は学園の教師達の信頼も厚いのね。


私は魔法の天秤の前に進み、魔力のこもってないほうの魔法石を手に取った。ううん、手に取ろうとしたけどできなかった。だって触れる前に魔法石が青い光を放ち、天秤が激しく傾いてしまったから。

「おおっ、これはっ!」

「このように強い反応は初めてだ!」

「こんな……馬鹿な……私の全力をまとう魔力だけで凌駕する、だと?」

沸き立つ教師達。一人を除いて。

「これでおわかりいただけましたか?」

「ええ!殿下!申し分ない魔力量ですよ!」

「本当に素晴らしい!きっと以前は緊張して力が出なかったのでしょうね」

「そういう事があると聞いたことがありますな」

シル様の言葉に二人の教師が答えてる。もう一人は……、悔しそうにそっぽを向いてしまってる。

「バラクロフ先生もよろしいですよね?」

「……ええ、問題ないようですね」

シル様にバラクロフと呼ばれた白髪の教師は私をちらっと睨みつけたように見えた。私何かしちゃった?思い出そうとしたけど、やっぱり前の試験以外で会ったことはないと思う……。


「良かったね、リノー」

「え?」

「合格だって」

そうだ!これで魔法が学べるんだ。自立への第一歩だわ!

「ありがとうございます。学費はいずれきっとお返しします」

私はシル様から学費を借りる予定になってる。勉強しながらお菓子や薬を作って売って学費を稼いでいかなきゃ。

「ああ、そのことなんだけど、リノーの学費は免除になったよ」

「え?どうしてですか?」

「言ったでしょう?エルドレットも反省してるって」

「そうですか……」

正直これで許さなくちゃいけないのかって複雑な気持ちだったけど、自立のためにはお金は大事だ。節約になるならと受け入れた。


そうね、お金を貯めて外国へ行くのもいいかもしれない。私は明るい未来向けて希望に満ちた気持ちでいっぱいになった。





ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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