灯が消えたような
来ていただいてありがとうございます!
後半、ヴァイス視点です。
「元気がないね、リノー」
「そんなことはありませんわ」
揺れる馬車の中で私は手の中の小さな石を握りしめた。私の前に座ったシルヴァン様は心配そうに私を見てる。そして笑顔。この方はいつもそうだ。いつもどんな時も微笑みを絶やさない。誰にでも優しい。優しいから幼馴染のわたしの事も心配してくださったんだわ。わたしのことなんて気にしなくてもいいのに。
「ご心配をおかけして申し訳ございません。シルヴァン様」
「できれば、以前のようにシルって呼んで欲しいな、リノー。もう君はエルの婚約者じゃないんだから」
「…………わかりました。ではシル様、私はどこへ行くのでしょうか?」
アストリア侯爵家に帰されるのだろうけど、一応確認しておきたかった。せめて今は家族のいない領地の屋敷へ行きたかったけど、王都へ戻るのだから無理よね。私は小さくため息をついた。
「僕の屋敷だよ」
「…………は?」
なんですと?
「だって、リノーは家に帰りたくないんでしょ?」
「え?でも、それは」
「大丈夫だよ。うちの家には話を通してあるから」
いつの間に?っていうかそれはダメなんじゃない?だって家族でも親戚でもない未婚の男女が同じ屋敷に住むなんて……。
「リノーには僕と婚約してもらおうと思ってる」
「…………はぁ?!」
「あ、少し元気が出たね!良かった」
なんだ、冗談か。びっくりした。シル様っていつも笑ってるから、冗談と区別がつきづらいのよね。
「お帰りなさいませ」
馬車が到着したのはシル様のお屋敷だった。王都のシル様のお屋敷は「藤のお屋敷」と呼ばれてる。本来なら王族だからお城に住むんだろうけれど、籍を抜けることが決まってるから王都の大きなお屋敷でお母様と一緒に住んでいらっしゃる。出迎えてくれたのは執事さんとメイド頭さん。それから
「いらっしゃい~!エリノーラちゃん!久しぶりね!」
シル様のお母様。もう四十歳を超えていらっしゃるのにまだ二十代みたいに若々しい。
「お久しぶりです。クリスティン様」
「大変だったわね。さあ、こちらへ!髪を整えて、ドレスに着替えましょう!!」
私はあれよあれよという間に湯あみをして、髪を整えられ、ドレスに着替えさせてもらい、薄くお化粧もしてもらった。あっという間に貴族令嬢のわたしに戻ってしまった。そっか、そうだよね。私貴族にしてみれば酷い恰好をしてたんだ。身なりを整えるためにここへ連れてこられたのね。
この後、アストリア侯爵家へ帰るんだろうな……。気が重い。
「これは処分してもよろしいでしょうか?お嬢様」
着替えを手伝ってくれたメイドさんが持っているのは、小屋から持ってきた大切な石だった。
「ダメ!それはとても大切な物なの!!」
メイドさんからその石を受け取って、少しホッとした。爪を整えてもらうのにドレッサーの上に置いておいたんだったわ。
「終わった?」
ノックの音と衣擦れの音とともにクリスティン様が部屋へ入ってこられた。
「まあ!見違えたわ!さっきも綺麗だったけど、今はお姫様みたいね」
「あの、ドレスをありがとうございます」
「うふふ、いいのよ!選ぶの楽しかったわ!まだまだあるのよ!さあ、お部屋へ行きましょう」
「え?お部屋って?あの?」
楽しそうなクリスティン様に手を引かれて歩き出す。シル様の笑顔はクリスティン様譲りね。ってそうじゃなくて!
「さあ、今日からここが貴女のお部屋よ!」
「素敵なお部屋……」
よく手入れされた古い木製の家具。壁紙もカーテンも明るい緑色でまるで森の中にいるみたいで落ち着く。ってそうじゃなくて!
「あの!私のお部屋ってどういうことでしょうか?」
「あれ?さっき言わなかった?今日からリノーはここに住むんだよ」
「シル様!」
ドアの外にシル様が立っていた。馬車での話って冗談じゃなかったの?
「シルヴァン?どういうことなの?エリノーラちゃん驚いてるじゃないの!きちんとお話したの?」
プンプンとクリスティン様が可愛らしく怒ってる。
「説明はしましたよ。婚約の返事はまだですが。僕としても無理強いはしたくないんです。母上」
ちょっと待って!さっきの冗談じゃなかったの?話が、勝手に進んでいく……。
「これからゆっくり口説いていこうかと思っておりまして」
「まあ!そうなの!それは素敵ねぇ!」
にこにこ笑いあう親子。そっくりの笑顔で仲が良いのねってそうじゃなくて!
「じゃあ、お母様は席を外すわね。あとは若い二人で!ごゆっくり」
ああっ!クリスティン様、うふふふって笑いながら行かないで!メイドさん達も!…………ああ、みんな部屋を出て行っちゃった。笑顔のシル様だけが残ってる。
「本気だったんですか?」
「え?何が?」
「こ、婚約って……」
「うん。こんな大切なこと、冗談では口にしないよ。僕は本気だ。だからリノーも考えてみて」
「…………」
「…………とりあえず、今日は疲れてるだろうから、ゆっくり休んで。夕食はここへ運ばせるから」
シル様はそう言って部屋を出て行った。一人きりになった部屋で私はドレスにかまうことなくその場にへたり込んだ。
翌朝、私はシル様のお屋敷の庭にいた。庭と言ってもほぼ森の中なんだけど。どれだけ広いのかしらね、ここの敷地。
「よし、ここがいいわね」
目立たない場所の木の陰に石でサークルを形作った。簡素なワンピースのポケットから青く透き通った石を取り出す。昨日危うく捨てられかけた石。
「この魔法石を置いて……と。よし完成!」
転移門
あの時、ヴァイスに言われた言葉。
「いつでも帰ってくればいい。転移門を使えば一瞬だ」
転移門の仕組みの要は対になる魔法石だ。王都に来る前、森の転移門に今置いた青い魔法石と対になる魔法石を組み込んで来た。だからこれでいつでもあの森へ帰れるはず。私は魔法石に魔力を込めた。
次の瞬間私は森の中にいた。
「やった!成功だわ!帰ってこれた!」
私は小屋に向かって走り出した。いるかな?いるよね?
「ただいま!ヴァイス!」
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こんなに静かだったのか。お師匠様の小屋の中、私はぼんやりと座り込んでいた。鏡に映る白いリスの姿。水色の目がこっちを見てる。
「この姿になってどのくらい経っただろうか」
自問するけれど、答える声は無い。
実は自分の小屋も森の別の場所に持っている。私は女性、お師匠様は男性だからいくら師弟関係でも同じ屋根の下に寝泊まりする訳にはいかなかったのだ。今は殆ど帰っていないから、きっとほこりが凄いことになっているだろう。お師匠様が旅に出てから、この小屋を守るためにこの辺りの木の上で日がな一日を過ごしていた。
森に漂う原因不明の毒の霧は人や動物が森に入ることを拒む。それを利用して人嫌いのお師匠様はこの地に研究拠点を置いた。不思議なことに毒の霧は植物には影響がない。お師匠様は小屋に結界を張り、毒除けの魔法を編み出してここで暮らしていた。
「私はそういうのが苦手だからお師匠様にやってもらったんだよな」
なにしろこの森では何の対策もしなければ、人間や動物は一日ともたずに息絶えてしまう。
「酷いことを考える人間もいたものだな……」
ノーラを見つけたのは本当に偶然だった。森に人が入り込んだような気配を感じたあの日、すぐにその気配が消えたから問題ないだろうと思い、一度は放っておくことにしたんだ。でも、なんだか胸騒ぎがして気配のあった方へ木を伝って走った。このリスの体は毒が効かなくなる代償だ。魔法というより呪いのようでもある。走る速さは人の時よりも遅いが、木から木へ軽々と飛び移ることが可能になっていた。
「嘘だろう?!」
自分の見たものがにわかに信じられなかった。
少女が、目隠しをされて、木に縛り付けられている?
頭を振り続けてなんとか目隠しを取った少女の瞳は深い青色。髪の色は青みがかった銀色だった。少し冷たい印象を与える表情の乏しい顔。森の毒のせいか、少女は呼吸が苦しそうだった。ロープを外そうと試みてはいるが、きつく結ばれているだろうそれは一向に解ける気配が無かった。このままでは死んでしまう。そう思った私は慌ててその少女に駆け寄ろうとした。
パチンッ!!
空気に亀裂が入ったような高い音。
それと同時に何かが少女の周りを取り囲んだように私には思えた。私はそっと少女に近づいてみた。間違いない。少女の周りの空気が急激に澄み始めていたのだ。なにか、そう、封印が解かれたような……。そんな風に私には思われた。きっと元々魔力を持っていて、生命の危機に瀕して解放されたのだろう。私は少女を拘束する忌々しいロープを噛みちぎり、とりあえず近かったお師匠様の小屋へ少女を案内した。
「貴族のお嬢様にしては意外とたくましかったな」
くっくっと思わず笑いが出た。なんとエリノーラと名乗った少女は魔の森でスローライフを始めたのだ。
「しかも私の正体も早々に見抜かれてしまった。あれはただものではない」
ひとり呟きながらうんうんと頷いていた。気づいて少し恥ずかしくなった。
しんと静まり返った小屋の中、返ってくる言葉もない。胸の辺りがきゅっと掴まれたように感じる。
「…………私はずっと寂しかったのかもしれないな……。今も……」
あの時ノーラにささやいた。
「駄目だと思ったら、いつでもここへ帰ってくればいい」
安心したように頷いたノーラの顔が忘れられない。でも本当は帰って来て欲しいのは自分の方だったのかもしれない。ノーラとの生活はとても楽しかったから。
元が貴族のお嬢様だ。帰れるなら元の暮らしに戻った方がいいに決まってる。
「こんな不便な森の中よりお屋敷の方がずっと快適だろうさ」
呟きながらもついついノーラが去ったドアを見つめてしまう。今にも
「ただいま!ヴァイス!」
と言って帰ってきそうで……ん???
「ノーラ?!どうして?」
扉を開けてノーラが本当に帰って来た……。王都へ帰りついてから一日と経ってないんじゃないか?
「だってケーキの仕込みがあるんだもん。ヴァイスも手伝ってよね!」
「仕方ないな……」
ノーラと一緒に木の実の採取に向かう。楽しい日々が終わらなかったことに思わず笑みがこぼれた。
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