やって来たのは
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魔の森に引きこもってはや数日。ヴァイスとの魔法習得練習を頑張っていた時。
それは突然だった。
「転移門が起動した?!」
ヴァイスの驚いた声が小屋に響いた。確かに何かが揺らいだ気がした。ヴァイスは繊細な魔法が苦手だけど人や魔力の気配とかそういうものを感じ取る感覚が鋭い。
「お師匠様が帰って来たのか?!」
「ええ?!」
私達は慌てて外に出たけど、そこにいたのは私のまだ見知らぬ「お師匠様」じゃなかった。
「シル……シルヴァン様」
「…………」
ヴァイスが無言で私の前に立ち、戦闘態勢に入ったのが私にもわかった。私は足が震えてもう声が出ない。隠形……もう今からじゃ意味がない。転移門……ダメだわシルヴァン様の歩いて来た道の方にある。簡易転移魔法……短い距離をランダムに転移できるけど、私だけじゃ森で迷子になるだけだし、逃げきれるかわからない。攻撃魔法……炎の魔法と水の魔法だけ。炎は森の中じゃ使えないし威力も暖炉の火程度。コントロールも怪しい。一番相性のいい水魔法で水をぶっかけてその隙に簡易転移魔法で……。
「攻撃はしないで欲しい。僕は君の敵じゃないよ、リノー」
両手を挙げたシルヴァン様はその場に立ち止まり微笑んだ。
「見ての通り僕は一人で来たんだ。リノー、いや、エリノーラ・アストリア侯爵令嬢、貴女の冤罪は僕が晴らしたよ」
「え……?」
「ノーラ、彼が言っている事はたぶん本当だ。敵意が無いし、森の中に他の人間の気配は無さそうだ。彼が何をしに来たのか少し話を聞いてみた方がいいかもしれない」
警戒を解いたヴァイスが振り返った。
「ヴァイスがそう言うなら……」
私達の会話を聞いていたシルヴァン様は少しだけ顔をしかめた。珍しい……。シルヴァン様がそういう顔を表に出すなんて。
「お口に合うといいのですが……」
小屋へシルヴァン様を招き入れて香茶とお菓子をお出しした。まだ手が震えていてこぼしそうになったけど、ヴァイスが支えてくれた。
「大丈夫だ。私がいるから」
肩に戻ってきたヴァイス耳元で言ってくれてようやく震えが治まった。あ、またシルヴァン様が眉をひそめてる……?
「ありがとう。町で聞き込みをしたんだけど、君は隣町の商人の娘で通ってるんだね」
シルヴァン様は私が逃げた後、町で聞き込みをして私の行方を捜したそうだ。そして墓地で私を目撃した人を見つけて転移門を見つけた。しかも独りで。なんか、刑事か探偵みたい。どうして王族の人がそこまでするの?
「あれは面白いね。僕が留学してた隣国にも似たような魔法があるんだ。「ゲート」って言ってね」
シルヴァン様はそう言って一口お茶を飲んだ。そうだった……。シルヴァン様は幼い頃から魔法が得意で、様々な魔法を学びたいといって魔法研究が盛んな隣国へ留学してたんだったわ。
スフェーン王国には魔力を持つ者が他の国より少ない。その代わりに聖なる乙女のように癒しや浄化の力を持つ者が生まれやすい。その力を貸し出して、他国との友好を保って安全を守ってきた。それでも近年は西方の大国が侵略を企ててるって噂もあって、武力の強化が急がれてるんだった。
「それにしてもまさか魔の森の中に住んでるなんてね。この小屋は何なの?それにそのリスは?」
シルヴァン様は小屋の中を見回した。こんな所にこの方がいるなんて不思議な感じだわ……。
「ここは……魔法使いの人が住んでいた小屋です……。私が、森で木に縛り付けられていたのをヴァイスが、この子が助けてくれて……。迷って辿り着いたのがこの小屋だったんです。今までここに、隠れていました……」
上手く喋れない私の言葉を聞いたシルヴァン様の顔が歪んだ。
「貴女を酷い目に合わせてしまったこと、王族として謝罪する。本当に申し訳なかった」
シルヴァン様は立ち上がり、深く頭を下げてくれた。これには私もだけど、ヴァイスが驚いていた。
「王族が謝罪……だと?」
「おやめくださいませ!シルヴァン様は何も……!」
王族が臣下に頭を下げるなんてあり得ないわ!
「いや。僕はエルドレットの身内だ。彼はきちんとした調査もせずに貴女に罪を着せた。許されることではない。ただ、一つだけ弁明をさせて欲しい。今回の魔の森のことはエルドレットの指示では無かったんだ」
「え?」
「ローザリア伯爵令嬢に傾倒した兵士達の暴走だったようだ。貴女が彼女の殺害を企てていると」
「そ、そんなこと……私はっ!」
「ノーラはそんなことをするような子じゃない!」
私とヴァイスは一斉に反論した。庇ってくれたヴァイスと目が合った。嬉しくて頬が緩んだ。そんな風に思ってくれてたんだ……。涙が出そう。
「そんなことはわかってる。僕が一番ね。あの兵士達は投獄されたよ」
「投獄……」
暴走……だったのかしら。そうは思えないけれど。少なくとも私に対する申し訳ないみたいな気持ちは感じたけれど、勘違いだった?今となってはよく思い出せない。私もパニックだったし。モヤモヤするけれど、真実は闇の中になってしまうのかもしれない。
「それでね、僕は君を迎えに来たんだ。リノー、一緒に王都へ帰ろう」
「王都……私は……」
嫌だ。帰りたくない。
「ノーラ……」
ヴァイスが気遣わしげに俯いた私を見上げてる。誰も何も言わない重苦しい時間が過ぎていく。
ふいに静かな声が沈黙を破った。
「ここは不思議な所だね。そういえば、ここの辺りの霧には毒は無いみたいだ。なんの準備もしてない僕も何ともないよ。心なしか森の中の霧が以前君を探しに来た時よりも薄らいでいるみたいだ。やっぱり……」
「何だって?!それは本当か?」
ヴァイスが焦ったような声を出した。
「ああ。間違いないと思うけど……」
「どうしたの?ヴァイス、あ、ちょっと!どこへ行くの?……行っちゃった」
ヴァイスは窓から外へ出て行ってしまった。
しばらくして帰って来たヴァイスは厳しい顔をしてるように見えた。
「ノーラ……ノーラは王都へ戻った方が良い。ここにいては駄目だ」
「っヴァイス?!どうして?酷いよ!何でそんなこと言うの?!私……、私は……帰りたくないっ!」
「落ち着いてくれ、ノーラ!」
「リノー…………リノーは僕が信じられない?」
シルヴァン様は傷ついたような顔で尋ねてきた。
「シルヴァン様は公平で誰にでも優しい方です。それは分かっています。でも王家の方です……。エルドレット様と同じ。それに家族は私を信じてくれず、見捨てたのです。もう一度受け入れることは無いでしょうし、私も戻りたくありません。私には帰る場所なんてありません」
「エルドレットはとても後悔していた。許してやってくれとは言えないけれど……。それにご家族にも僕が説明するよ。きっと誤解されてるんだと思うから」
性善説。この人って昔からこうだったわ。みんなに優しくてみんなに慕われて、喧嘩をしている人がいれば進んで仲裁に入って、みんなに信頼されていて……。だから私の気持ちなんてわからないのね。私の言葉は信じずに他の人の言葉で考えを覆されたって、良かった!なんて元に戻れるはずなんてないのに……。信じてもらえなかった事実は消えないのに。私は殺されかけたのに。ううん。私は死んだのに。
今度は悔しくて震える手に小さな温かな熱が触れた。
「ノーラの気持ちはわかる。でも、さっき森の中を見回って来たら、本当に森全体の霧が薄くなってきているんだ。これがどういう事かわかるよな?森の霧が薄くなってきているということは、ノーラみたいな女の子が一人で暮らすには危険な場所になったということだ」
「あ……」
そうか……、今までは毒の霧が守ってくれていたけど、これからは誰でもここへ入って来てしまえることになる。さっきはヴァイスに腹が立ったけど、ヴァイスは私の身の安全を考えてくれてたんだ。
「ノーラがお師匠様のように結界でも張れるといいんだが、まだできないし。私もそっち系は苦手だしな……」
カリカリと頭をかくヴァイス。
「怒鳴ってしまってごめんなさい。ヴァイス」
「いいさ。それとな……………………」
ヴァイスが私の耳元でささやいた。
「あ……うん」
ヴァイスの言葉で体から少し力が抜けた。
「わかりました。王都へ戻ります。でも、どうして毒の霧が薄くなったのかしら……」
そんなことにならなけれぼ、私はここで暮らせたのに。
「…………」
「…………」
「二人ともどう、なさったんですか?」
なんで黙って顔を見合わせてるの?
「自覚無いんだね、リノー」
「ノーラ、前に説明しただろう?」
「え?」
「リノーの力だと思うよ」
「ノーラの能力だよ」
「……?私にそんな力は無いですよ?」
大体、私は何もしてないし、もしそんな力があるんだったらとっくに聖なる乙女にでもなって、今と違う未来があったと思うんだけど。
「…………まあ、おいおいでいいかな」
「…………自覚無しでも問題なかったからいいか……」
なんだか二人に呆れられたみたい。納得がいかない。だって、聖なる乙女の癒しや浄化の魔法って、使う時にそれはそれは綺麗な光が出るんだよ?私が魔法を使う時にはそんなの出ないのに……!
そんなこんなで結局私はシルヴァン様と一緒に王都へ戻ることになってしまったのだった。
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