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売れない小説家の異世界転生

作者: 八嶋ルコバ

 異世界転生という小説ジャンルがある。このジャンルには定型の始まり方があり、主人公はトラックに跳ねられたり、通り魔に刺されるなど、いきなり人生の最後を迎えてしまう。そして、たいていは男の魂は女神に出会い、「あなたが死んだのは私のミスなの。おわびに別の世界に転生させてあげるから許して」と説明され、魔法や怪力などのチート能力を与えられる。

 転生先の異世界はオリジナリティなしのファンタジー世界、定番の中世ヨーロッパ風で人間の他にエルフや獣人が暮らしている。主人公は女神から授けられたチート能力を駆使して、RPGのD&DやWizardlyに似たダンジョンへ潜り、金と名声と美しい異性に恵まれる。

 このジャンルが誕生してから二十年以上が経った。ジャンル黎明期の読者は今でも読者層の中心で、みんな中年となったため、物語の主人公も年を食った連中ばかり。読者が自己を投影するためだ。かつての主人公は学生や若いビジネスマン、今はうだつの上がらない中年から老年が転生して十代の若い体と美しいルックス、貴族や英雄としての地位を手に入れて活躍するのが主流だ。


 センス・オブ・ワンダーの欠片もない一山いくらのジャンル小説だが、挿絵イラストのアーティストの腕がよければ、コミック化、アニメ化、映画化、ゲーム化、版権商品も発売されて一気にビリオネア作家になれる。ロトくじを買うよりはマシな勝率のギャンブルだ。


 桜田マイクは東京に住む売れない小説家だ。高校を卒業してからはアルバイト暮らし、コンビニ店員、ハンバーガーショップ、引っ越し屋など、様々な仕事をしながら小説投稿サイトに作品を発表していた。二十代最後の年、定番の異世界小説が流行り物を出したかった潰れかけの文芸出版社の目にとまり、文庫本作家としてデビューした。その後も定番設定の異世界小説だけを書き続けている。一応、アルバイトを辞めて専業作家としてギリギリ暮らせる稼ぎはある。一日に二回の食事で寝る前にビールを一本飲める程度の裕福さだが。彼のモットーは薄利多売、今日も低品質な異世界小説を大量生産して、志の低い出版社とゴミデータを作り続けている。


 その夜、桜田は担当の編集者に頼み込んで食事を奢ってもらった。新作の打ち合わせをやろう、ついては経費で酒と飯を食わせてくれと乞い願ったのだ。編集者は安い居酒屋に連れて行ってくれ、熱く会社への愚痴を語り、桜田は揚げ物を中心に食いまくって充実した会議を終えた。

 新作の方向性については会議開始から二分後、「次回作も、ありがちなキャラクターと設定とストーリーでそこそこの売上を決めましょう」という編集者からの提案で完璧に決まったし。


 アルコールの余韻が脳に心地よい帰り道、桜田マイクはトラックに跳ねられて死んだ。


  *


 目が覚めると、真っ白な世界が目に入った。それを空と呼んでいいかわからないが、仰向けの桜田マイクの目には、どこまでも続く白い空間だけが見えていた。


「ああ、起きたの?」

 不機嫌そうな女の声が聞こえる。

「あんたの職業ならさ。ここがどういう場所で、私がどういう存在か、わかるわよね」


 上半身を起こして声のする方を向くと、玉座と呼ぶにふさわしい椅子に腰掛けた、普通というか美しくも醜くもない中肉中背の三十代くらいの女性がいた。

「あんたのいいたいことはわかるわよ。女神と言ってもピンキリなの。私も気にしてるんだから余計なことは言わないように。さてと、あなたが命を落としたのは私のミスです。ごめんなさい」

 女神は頭も下げずに口だけで謝罪を述べた。

 桜田は三十秒ほど女神を見つめてから頷いた。

「あなたが女神ってことは、これからチート能力持ちで異世界へ転生できるんですか」

「まあね、話が早くて助かるわ。たださ、小説やアニメみたいに魔法や身体能力や未来予知とか凄い能力は期待しないでよ。私が授けられるのは一個だけ」

「ま、まあ一個でも使い出があれば」

「ルックスは期待しないでよ。私が超絶に美しい女神なら美男に転生をさせられるけどさ。担当女神に応じた見た目になるんでさ」

「大丈夫です。俺、モブ顔の女が好きなんで、地味っ子っていいですよね」

「……ああ、まあ、褒め言葉と受け取っておくわ。じゃ、あんたに授ける能力だけど、前世の記憶。うまく利用して」

「え、それだけ、それでどう」

「じゃあね。明るく強く生きてね。さよならー」



 それから十六年が過ぎた。

 城下町にある食料品店の末っ子として転生した桜田マイクはルト・ブライという名前になった。去年、学校

を卒業した。なお、現在は無職、家に寄生しながら休職中だ。

 その日の夕食で、父親からあることを告げられた。

「お前は商才はなし、戦闘能力はなし、魔法の才もなし、家は裕福じゃないし、店は兄さんが継いでるし。これからどうするんだ。そろそろ家を出ていくか、家に金を入れろ」

「はい、読み書きは習いましたから。本屋の爺さんや代筆屋のおばちゃんに相談はしています。もうしばらく、時間をください」


 このファンタジー世界でルト・ブライが前世の記憶を活かした物語作家として活躍するのはこれからのことだ。

 ルト・ブライが生み出した異世界転生ジャンルは、この剣と魔法の世界でモンスターに殺されるという普通の死に方をした主人公が、自動車や飛行機、携帯電話や通信網などの凄まじいテクノロジーが渦巻く世界で活躍する。その斬新な世界観で大人気を博す。桜田マイクとして観たり読んだりした小説やアニメや映画のストーリーを丸パクリで。



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