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深淵のルシオール  作者: 三木 カイタ
蘇る狂気
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第1話 狂気の兆し 2

 時は遡り、「エレドナグア」完成の一年五カ月前となる。

 

 グラーダ王城から、蛍太郎とルシオールが旅立ってから十日が過ぎていた。

 魔物たちに破壊された城内は、ほぼ修復を終えていた。

 後は砂漠の国ゆえに入手し難い材料を使う部分と、装飾部分のみである。

 こうした急な復旧の裏で、国家反逆罪の大罪人となった元首席魔導顧問官キエルアとその一党の捜索は打ち切られていた。

 他国に出られては、砂漠の小国にしか過ぎないグラーダ国には追跡能力がなかった。


 グラーダ国は、グリフィンにも例えられるエレスの大陸の、胸の位置に辺り、西は「不死海」と呼ばれる海に面しており、東には長大な砂漠と巨大な山脈がある。南には辺境の少数部族や蛮族、さらに獣人たちの支配する「アスパニエサー」と呼ばれる未開の地があった。

 彼らには、国境の概念が無いため、略奪の為に、度々グラーダ国内に攻めて来ていた。


グラーダ国の北には、「カロン」という大国がグラーダの頭を押さえるように存在していた。

 このカロンという大国は、東西貿易の陸路の中継点として栄えていた。カロン国は、南の蛮族の侵攻を抑えるという防壁代わりとしてのみ、グラーダ国の存在を許していた。


 グラーダ国のある場所は、何時いつの時代にも常に弱小国とならざるを得ない地理的不利を抱えた国だった。



 現在の国王はグラーダ二世。年齢は二十六歳。

 グラーダ二世には妃がいる。

 しかし、王妃カザ・フェリーナは生来病弱故に、子どもを作る事も出来ず、このままではグラーダの血筋は絶えんとしていた。

 グラーダという国は、このまま歴史の砂漠に消えゆく国で、国王は、そんな先のない国の長でしかないという虚無感に、しばしば襲われていた。

 それ故に、先の無い国を奪おうとしたキエルアへの追跡に対して情熱を欠いていた事が、追跡の打ち切りに大きく影響していた。


「疲れたな・・・・・・」

 復興作業が進む城の一室から、城下を眺めて、グラーダ二世が呟く。

 この一ヶ月程は、グラーダ国にとって、あまりにも変化が多い時期だった。

 天を貫く程の腕と、空一面を覆い隠してしまう程の巨大な目を見た時は、グラーダ国ならず、全ての地上世界が滅びる事すらあり得ると思っていた。

 そして、その後に、真の恐怖の対象である、魔王の中の魔王、深淵の魔王が出現し、グラーダ国にやって来たのだ。

 エクナ預言書の内容が実現する時が我が世代であった事を呪いつつ、絶望しか無かった。


 しかし、深淵の魔王は、グラーダ二世の考えていたような者ではなかった。

 混乱もしたし、被害も出たが、結果としては、グラーダ国内の膿を排出し、新進の空気をグラーダ国に吹き込んでいた。



 現在、主席魔導顧問官の席は空席になっている。その座を巡って、キエルアに与しなかった、若く力のある魔導師数人で切磋琢磨し、それがよく国王を補佐する結果となっていた。

 また、兵士たちはもちろんだが、国民にも広く敬愛されていた、生ける伝説「白銀の騎士」ジーン・ペンダートンは、いずこかへ旅立っており、その為、自立せざるを得なくなった事も、人々の自主的活動の原動力となったようだった。

 

 いずれにせよ、人々は自らの力で未来に向かって、力強く前進を始めていた。



「どうかなさったのですか?」

 ため息を付いたグラーダ二世に、入室してきたカザ王妃が尋ねる。

 グラーダ二世自身も、日々激務に追われるようになったが、それが充実感となり、かえって若さを取り戻していくように見える。

 一方で、カザ王妃の方は、気のせいでは無く若々しく、はつらつとしている。

 カザ王妃は、生来病弱はあったが、結婚してすぐに不治の病に冒される。

 それ以来、長く闘病生活を送っていたが、無情にも日々生気が失われていく一方だった。

 キエルアが主席魔導顧問官になってから、一事は状態が良くなったものの、長くは保たず、もはや猶予も無い状況になる。(これは現在はキエルアが毒を盛っていた事が判明している)

 グラーダ二世は、この世界を創造したと言われている恐ろしい竜、「創世竜」に助けを求める旅に出る。

 生きては帰れない旅のはずだったが、その道中でジーンと出会い、友となる。

 そして、いよいよ創世竜の棲み家に入る直前に、カザ王妃の容態の悪化の知らせを受け、グラーダ国にとって返した。

 

 そして、それから間を置かずに、今回の騒動となった。


 しかし、カザ王妃は今は元気そのもので、病など元から無かったかのようである。


 グラーダ二世は書簡から目を上げて王妃の顔を見つめる。

 これまでは、妻の顔を見る度に、悲哀感と焦燥感が胸を占めていたが、今は言いようのない幸福感が胸を埋めてくれる。

 かつてはやつれて、青緑がかった顔色で、立ち上がるだけで生命力を激しく損耗していた妻が、元気に立って歩み寄ってくる。

「うむ」

 返答の代わりに、手を上げてその血色良くハリのある頬に触れる。

「あの『お嬢さん』の事をお考えですのね?」

 親愛の情を籠めて王妃が口にした「お嬢さん」を、グラーダ二世は不思議な感覚で受け取る。

 グラーダ二世にとって、絶望と破滅を呼ぶ、最後の一太刀として登場して来たこの「お嬢さん」が、事態が収束してみれば全てを良い方向へと変えてくれていたのだ。

 未だにその「お嬢さん」は「脅威」そのものの存在であるにもかかわらず、恩義を感じてしまう。

 妻に健康を与えてくれたのも、その「お嬢さん」なのだ。

 「深淵の魔王」、「魔王の中の魔王」と呼ぶべき存在だった。

 グラーダ二世は、ため息交じりに苦笑する。

「私も深淵の魔王を、気軽に『お嬢さん』と呼んでしまえたらいいのだがね」

「あら、呼んでしまっても差支えないと思いますわ」

 王妃が微笑む。

 

 その微笑みが、これまで見た中で、最も幸福と誇らしさに溢れており、グラーダ二世はしばらく呼吸を忘れた。

 王妃がグラーダ二世の手を取り、その手を優しく自分の下腹部に導く。

 グラーダ二世は大きく目を見開いた。

 信じられない気持と、妻の次の言葉を切望する気持ちが溢れてくる。

 その夫の表情を見て、妻が頷く。

「私たちに子どもが出来ました」

「・・・・・・」

 夫の目から涙があふれる。妻の目からも涙があふれた。

 完全に望みを失っていた妻の命と、そして望む事すら許されなかった新しい命。

 この二つの命が、思いもかけずに授けられる事となったのだ。

「・・・・・・これ以上、望むべくもない」

 グラーダ国王、グラーダ二世は一言呟いた。

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