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深淵のルシオール  作者: 三木 カイタ
第一巻 黄金の髪の魔王
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第9話 グラーダ国 1

 翌朝、蛍太郎が目覚めると、地獄の脱出時の疲労による筋肉痛もとれていた。若さゆえの回復力の早さだった。

 大島での大崩壊による体の擦り傷は、まだ残っているが、かさぶたになっている。


 とは言え、体の痛みは癒えたとしても、心の傷は若さゆえに大きく深かった。蛍太郎の目覚めは快適とは程遠かった。

 熱砂の国ではあるが、暑さ故ではない汗が蛍太郎の背を濡らしていた。その顔色は蒼白で、奇妙にゆがめられ引きつっていた。

「夢・・・・・・」

 友の死と、蛍の死、その二つの出来事が混ざり合ったのだろう。とても思い返して反芻したくなどならない、ひどい夢を見た。


 隣のベッドではルシオールの黄金の髪が漂っていた。昨夜、蛍太郎が散髪し、ザンバラに乱れていた長さはすっかり整えられていた。

 前髪は眉にかからない程度、少し短くしすぎた感があった。他は、天然のウエーブがかかった状態で腰の位置で整えた。

 蛍太郎が地獄の最下層の小屋で、ルシオールを助けるために切った時は、膝下まであったのだが、ゲイルによって大分短くされた所があったので、腰まで切りそろえる必要があった。

 ルシオール自身は大人しく髪を切られ、切り取った髪にも頓着しなかったのだが、蛍太郎はゲイルの事を思い返し、なんとなく不安になり、切った髪束は焼却処分したのである。


 蛍太郎は、激しい呼吸と動悸を整えながらため息を一つ吐くと、ルシオールの頭をなでた。当然ルシオールはそれぐらいでは身じろぎ一つせず眠っている。

「良く寝る子だ」

 無邪気なルシオールの寝姿を見ていると、いったん引いていた血の気が顔に戻って来るのを感じた。



 蛍太郎の滞在している迎賓館には、夜中も常に4人以上の兵士が警戒に当たっていた。リザリエは、夜になると退室していったが、蛍太郎が目覚めた頃には、すでに迎賓館の前で待機していた。



 その日は、今のところ予定がなかった。

 今後の展望もまだ立てられない蛍太郎には、少し時間が欲しかったのでちょうどよかった。が、だからと言って、すぐに何かが決まるわけでもなく、ぼんやりと午前中を過ごした。

 朝食のタイミングで目覚めたルシオールも、その後何がしたいという事も言わないので、食事の後は中庭に出て、池のそばに座って蛍太郎と二人でぼんやりしたり、うつらうつらと居眠りしていた。

 朝食の後、リザリエが退室して、今はリザリエもいないので、話し相手もいなかった。

 

 午後になると再びリザリエがやって来た。

 しかし、予定は無いままだったので、また池のほとりで過ごす事にした。

 池のそばの木の下で、ルシオールは、池に草を千切って浮かべるだけの遊びに、なぜか夢中になっていた。浮かべた葉っぱをジーと眺めて、風で動いたり沈むのを見て、時々葉っぱを追加したり、移動して違う角度から眺めたりしていた。

 どこにどんなルールがあるのか分からないが、時々「ケータロー」と呼んで葉っぱを指差す。わからないなりに頷くと、ルシオールも頷いて、また葉っぱを眺めている。

 本人にとっては重大な発見があったのかもしれない。


 そんな間、蛍太郎はリザリエと話をしていた。

「リザリエさん、君は僕らの監視でもあるって言ってましたね」

「・・・・・・はい」

「それを命じたのは、国王陛下ですか?」

「いえ、私の師です。しかし、いずれにせよ、あなた方には世話をする者が必要でしたし、普通の者には接しきれないところがあるでしょうから、誰かが請け負わなければならなかったのです」

 リザリエの返答は、昨日にも聞いている内容と変わらない。

「でも、君は、その・・・・・・僕の相手もするって言ってたね」

「は、はい」

 答えたリザリエは一瞬怯んだ。

「あの風呂係の人たちもそうだって」

「そうです」

「それも、君の師匠の差し金かい?」

 リザリエは蛍太郎の真意を測りかねて、言葉に詰まった。

「・・・・・・いえ。はい。その、その様には取り計らいました。この国の賓客への配慮として」

 蛍太郎は不快気に鼻を鳴らした。

「街で聞いたんだけど、他の国には奴隷がいるそうだが、この国には奴隷制度がないそうじゃないか。なのに、そうした事を人に命じたりはするんだな」

 リザリエは、ようやく蛍太郎の感じているところが理解出来た。

「いえ、あの風呂係の侍女たちは、そうした事を副業として請け負っている者たちなのです。この国には大衆浴場も多くあり、そこでは世話係が多く働いています。そして、男性を相手する『女房』と、女性を相手する『案山子』が必ずいます。そうした者たちは、客に指名されるように目印として革ひもを腕に巻いているのです。革ひもを巻いていない者たちに手を出したら法的にも罰せられますが、まあ、身分を問わず袋叩きにされるのが習わしなのです。だから、失礼ながら、どのような要求にも応えられるように、そうした者をケータロー様の風呂係として配置させていただきました」

 その説明を受けると、蛍太郎にも得心がいった。

 確かに必要な配慮ではある。

 しかし、一般の大衆浴場の中でも公然と風俗営業がなされているのかと思うと、文化の違いを思い知る。

 それで、個室の風呂だったのかとも思った。


「わ、私の方は、確かに師匠の指示です・・・・・・。ですが、ご所望の際はご遠慮なさらずにお申し付けください」

 蛍太郎は下衆な命令をした人物に対して不快感を自覚しつつも、思春期の男子としては当然な反応として顔が赤くなっていくのがわかった。

 リザリエは聡明そうな雰囲気を持つ美人で、顔の作りも日本人とは違うから、まるで海外のモデルのようだと蛍太郎には見える。

 そんな人に、「自分を好きにして良い」と言われたのだから、ドギマギと戸惑ってしまう。

「リ、リザリエさん。安心してください。僕は、その・・・初めては好きな人と、好き合った仲でしたいと望んでいます。そんな事を人からの命令でしちゃいけないです」

 リザリエは何も答えなかったが、少し緊張が取れた表情から、明らかにホッとした様子が窺われた。


「君の師匠は、ひどい事を命じる人だな」

 蛍太郎は憤慨して呻いた。

 リザリエは俯き、ぼそりと呟いた。

「私たちの祖国には奴隷制度がありますから」

 リザリエの返答は雄弁に師匠の人柄を物語っていた。

 奴隷制度のある国から来た彼らにとって、自分より身分の低いものは見下し、立場の弱い者は虐げる事も厭わない。不遜で傲慢な考え方が染みついているのだ。彼にとっては、弟子であるリザリエの人権、人格すら考慮に値しないのだろう。

 蛍太郎の思考が読めたのだろう、リザリエが抗弁した。

「師が悪いのではありません。こう申し上げては御不快でしょうが、お許しください。あなた方お二人は、この国、この世界にとって、未知で、歴史上かつてない恐怖なのです。それが人の姿で突然にこの国に現れました。大いなる災いなのです。私ひとりの身でご不興が削がれるならと、師が考えるのは当然です。ケータロー様がどんな方なのか、私たちには全く分からないのですから」

 そのリザリエの意見も、もっともだと思いながら、まだ一つ分からないことがある。

「そこだけど、なんで僕たちの事がすぐにわかったんだい?『恐怖』だの『災い』だのって」

 リザリエは表情を引き締めた。


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