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深淵のルシオール  作者: 三木 カイタ
蘇る狂気
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第2話 千鶴 3

 山里蛍太郎が初登校してきた時は、それは嬉しかった。写真で見るよりもずっとかっこよく、オシャレに見えた。 クールな感じだが、その声もどこか優しさが溢れていて魅了された。

 

 翌日から、早速勉強の進み具合を、放課後の教室で見る事になった。テーブルを合わせて、密着するように教えていく。

 鼓動が高鳴るし、顔もにやけてしまいそうだった。

 山里がノートに集中している時など、つい横顔をジッと眺めてしまっていた。


 一方で、教え方は事務的で、我ながら冷たい言い方になってしまっていると反省したが、中々改める事は出来ず、毎晩悩んでいた。

 

 小夜子は山里を観察した。

 昼休みには良く図書館に行っていたので、どんな本を読んでいるのか、借りているのか等も知ろうとした。


 放課後の会話でも、少しずつ雑談が出来るようになってきた。

 自分の口調も、大分柔らかさを取り戻してきて、一緒に勉強をするのが楽しかった。


 山里の通っていた高校の偏差値は、自分の高校より遥かに高い為、大抵の授業は進んでいたのが驚きだった。

 ただ、使っている教科書が違うし、教科によっては偏りがあるので、放課後の勉強会は夏休みまでは続きそうだった。

 逆に小夜子が教えて貰う事も多々あった。

 だから、二人だけの特別な時間が嬉しくもあり、一方で夏休み過ぎたら、自分はただの委員長に戻ってしまうと言う事実に焦ってもいた。


 そして、特に関係が前進する事もなく、夏休みに入ってしまったのだった。





 小夜子の事情は知らないが、千鶴は並み居るライバルたちを蹴落としてでも山里の隣に立つ必要があった。

 自分の恋心を実感するにつれ、とても困難な道に思えた。

 

 千鶴は千鶴で、自分の持っているアドバンテージに気付いていない。

 小夜子は勉強を教えたり、会話は多かったが、ハンカチをあげたり、もらったりなどしていないし、勉強を教える手前と、小夜子の性格から、比較的事務的なやりとりが多くならざるを得ず、山里の微妙であっても笑顔を引き出す事も、普通のおしゃべりも、実は小夜子が思うほど出来ていない。

 山里にしてみれば「迷惑をかけて申し訳ない」という認識である。

 

 しかし、当然そんな事実を知らない千鶴は、これまで山里を怖がって知ろうとも、近づこうとも、顔を見ようともしなかった遅れへの焦燥感が強い。

 そこで、一つ大きく気合いを入れた。

「がんばろう!」

 千鶴はずっとしまい込んでいた大きな姿見をクローゼットから引っ張り出してきた。そして、アイドルを夢見ていた時のように、鏡とにらめっこをするのであった。





 夏休みも後半となったある日の事。

 二日前に両親と、車で行ける範囲ではあるが小旅行から帰ってきた千鶴は、学校の宿題を終わらせるべく励んでいた。

 千鶴は少しずつでもコツコツ勉強をするタイプなので、宿題に追い込まれて夏休み後半を迎える事はなかった。

 今年も、もうすぐ終了する。


 部屋の空気を入れ替えようと椅子から立ち上がった時、携帯ホルダーに置いている携帯電話が、軽やかな音楽で千鶴を呼び出す。

「はい、もしもし?」

『千鶴?今平気?』」

 電話は美奈からだった。

 千鶴は携帯を手にベッドに寝そべった。水色のハーフパンツに同じく水色の襟ぐりの大きく開いたTシャツ。部屋着ならではの露出の多さで、寝そべっている。誰が見る訳でもないので、完全にリラックス出来るスタイルだ。

「大丈夫だよ。どうかした?」

 受話器の向こうから明るい声が帰ってくる。

『朗報だよ。山里君の事!』

 千鶴は耳が大きくなったような錯覚を起こす。体温が上昇するのを感じた。寝そべったばかりだというのに、ガバッと起き上がり携帯電話を耳に押し当てて叫ぶ。

「な、何?どうしたの?」

『ふふふ。慌てない慌てない』

 美奈がじらすように言うので余計気がせいてしまう。

『さっき多田トラから連絡が来たんだけど、山里君と海に行って遊ぶらしいよ。色々声をかけてるみたいだからたぶん結構大勢になると思う。あたしも行くけど、千鶴はどうする?』

 千鶴は一も二もなく「行く!!」と答えていた。受話器の向こうで朗らかな笑い声がした。

『了解、了解。・・・・・・で、ちゃんと勝負水着持ってるんでしょうね』

「あ、あるよ!」

 勢いで答えてしまったが、一昨年買った水着しかない。サイズは残念な事に変わってないので着る事は出来るが、東京から来た山里に見せるとなると、かなり気が引けてしまう。

「・・・・・・ごめん。無い」

『だろうね。あんたあんまり泳ぐの好きじゃないしね』

「今から買いに行くから一緒に行こ?」

 千鶴が心細げに言うと、美奈から嬉しそうな返事が返ってきた。

『もちろん、そのつもりだよ。まあ、終わりの時期だから安くなってると思うけど、種類はあんまりないかもね』

「わかった」

 千鶴は、電話を切ると、慌てて身支度をして階下に駆け下りていく。そして、居間に飛び込むと母親に頼み込む。

「お母さん。あたし水着買いに行きたいんだけど、お金もらえる?」

 テレビを見ていた母親は顔を上げると、意味ありげな表情で笑った。

「あんた、山里君に見せる水着なんだから、しっかり美奈ちゃんに選んでもらうんだよ」

 千鶴は驚いて本当に飛び上がってしまった。山里の事を母親に話した記憶はない。さらに、今の電話の内容まで知っているかのようだった。思わず手に持つ携帯を見つめる。

「あんた、部屋でもここでも、しょっちゅう『山里君』ってブツブツ言ってるし、あたしだって女だから、見てればわかるわよ」

 母親はケラケラ笑うと二万円もくれた。千鶴は滅多にお願いをしないので、たまに何か欲しいものがあれば、両親とも快く応じてくれた。ある程度裕福な家な事も当然ある。

 それにしても母は強い。とても敵わない存在だと痛感する。

「あ、ありがとう」

 お金を受け取ると、急いで玄関に向かう。

「うまくいったら山里君紹介してね~」

「うん。がんばる!」

 理解のある母親に感謝する。父親はどんな反応をするのだろうか・・・・・・。


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