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深淵のルシオール  作者: 三木 カイタ
蘇る狂気
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第1話 初夏 6

 罰が当たったのだろう。他クラスの男子にしつこくつきまとわれ、異常な手紙、尾行、異常な贈り物を受ける。

 最終的には脅迫も入り、とことん精神的に追い詰められてから、自分が「かわいい」などと、うぬぼれる気持ちはすっかりなくなってしまった。

 逆に目立つ容姿が嫌いになった。

 目がそれほど悪い訳でもないのに眼鏡をしているのも、自分の目を隠したい気持ちからだった。

 今でこそ立ち直りつつあるが、幼く無謀だったあの頃には戻れない。

 それに、東京に修学旅行へ行った事もショックだった。

 街を歩く人々みんながキラキラ輝いていて、自分がとっても場違いで恥ずかしく思えた。みんながみんな、自分よりもかわいく思えて、すっかり劣等感を持ってしまった。

 

 千鶴はまだ山里蛍太郎と話した事がなかった。目も合わせようとしていない。横目で伺うのみだ。

 東京から来た彼の事が怖かった。

 自分が彼の目には、とんでもなくみっともなく、滑稽に映っているのではと想像してしまうのだ。ほかの女子のように話しかけたり出来ない。




 急な転入生が来てから二週間が過ぎた。

 七月に入り、のんきなこの学校の生徒たちも、にわかに緊張感が増してくる。学期末の定期テストがあるのだ。

 相も変わらず放課後に遊び歩く生徒も確かにいるが、たいていの生徒は部活も休みになりテスト勉強のため家路を急ぐ。


 千鶴は運悪く、この週に掃除当番だった。

 掃除当番は自分の教室や廊下だけではなく、週に一度だが、各クラスごとに担当の特別教室の掃除もしなければいけないので、なかなかに大変だった。

 三年三組はありがたくない事に生物室で、千鶴が苦手な剥製や解剖された生き物の標本や虫の標本などが飾られていて、怖くてたまらない。

 掃除の担当は四人だが、やはり時間がかかってしまった。手分けする為に机を並べる者と、ゴミを集めて捨てる者に分かれた。千鶴はゴミ捨ての担当となった。


 生物室のゴミの袋をまとめると、自分のクラスのゴミも回収に向かった。授業が短縮されているので、夕方ではないのだが、校内に人は少なく、すれ違う人がほとんどなかった。

 生物室でいろんな標本を見た為、人気のない校舎がなんだか怖くなって、勢い、小走りになってしまう。

「重いな~。重いな~」

 重くもなんともないゴミ袋だが、独り言を言って、気持ちを紛らせようとしている。

 たいして時間がかかってないのに、自分の教室が見えるとホッとする。

 足がさらに速まって、勢いよく教室に飛び込んだ。


「きゃああ!」

「あ」

 教室に入ると、ちょうど教室から出てこようとしていた人と、勢いよくぶつかってしまった。

 体の小さな千鶴は跳ね返されて廊下に倒れ込み、手に持っていたゴミ袋の中身まで廊下にぶちまけてしまった。

 一方、事故の被害者となった人物は、多少よろけはしたものの、その場にとどまり、それ以上の被害を受ける事はなかった。

「ご、ごめん。大丈夫?」

 それでも、吹き飛ぶ千鶴を見たという精神的なショックは受けたようで、慌てながら千鶴に手をさしのべてくる。

 千鶴は廊下におしりをしたたかに打ち付けて、しばらく立ち上がりたくないし、ぶつかったのが顔からだったので、眼鏡が食い込んで目頭が非常に痛い。涙が自然に出てしまう。

「だ、誰?」

 涙とショックで、誰にぶつかったのかわからない。

「あ、山里です。その、初めまして?」

 相手が東京から来た彼だと知ると、千鶴は声を返せなくなってしまった。体も硬直して、差し伸べてくれている手を取るなどとても出来ない。

 涙でぼんやりしていてはっきり見えないが、少し困ったような顔をして、山里は手を引っ込めると無言で散らばったゴミを集め出した。

 千鶴は目の前で山里が動き始めただけで、なにやら恐ろしくなって叫びだしてしまいそうだったが、多少残っていた理性でそれだけは必死に押しとどめた。


 ゴミを集め終えると、山里は千鶴の正面に膝をついて千鶴の顔をのぞき込んできた。

 千鶴は自分がぶつかったのだという事実に思い至り、山里が怒り出すのではと想像して血の気が引いた。痛みからではなく、涙がまた出て来た。

 すると、山里は自分の鞄を探ると、ハンカチを手渡してきた。

「ごめん。痛かった?どこかぶつけた?」

「ひは?!」

 思いもかけずに、体のどこからか奇妙な声が出た。

急に恥ずかしくなった。

 渡されたハンカチで、涙を懸命に拭く。よく見ると黄色に花柄の、男子が持つにはふさわしくないような可愛らしいハンカチだった。

 「何で花柄なんだろう?」と思ったら、急に周囲が見えてきた。周囲が見えると同時に、冷静さが別の意味で吹き飛んでいった。


 「私謝ってない」「泣いてるとこ見られた」「恥ずかしい」「ぶつかったのに私だけ吹っ飛んだ」「ゴミ集めてもらった」「ハンカチ花柄」「転んだとき、スカート大丈夫だった?」「初めましてって何?」「顔、怖くない」「おしり痛い」「眼鏡ゆがんでない?」「なんでこの人教室いたの?」


 山里が心配そうに、片膝をついて千鶴を見ている。

『目線を合わせてくれてる』

 そう思って、少し落ち着いた。そこで、ようやくノロノロと立ち上がると、スカートの埃をはたいて服を整えた。

 しかし、おしりを打った痛みは、まだ去ってくれそうもなかった。

「いたた」と、顔をしかめてしまった。

「ゴミ?手伝うよ。場所教えて」

 山里はそう言うと、教室に戻ってクラスのゴミも集めて来た。

「あ、ありがとう」

 千鶴はやっと言葉を発する事が出来た。

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