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深淵のルシオール  作者: 三木 カイタ
第一巻 黄金の髪の魔王
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第3話 地獄 4

 久恵たちにも、他の化け物がゆっくりと近づいて来ていた。

化け物たちは、遊んでいるかのようにゆっくりと動き、久恵たちをジリジリと岩の林立する袋小路へ追い詰めていた。


 そこへ、多田と川辺が、雄叫びを上げながら駆けつけて来た。手に持った小石を、懸命に化け物に投げつける。小石が当たったところで、化け物たちには全く傷を負わせる事はできなかった。

 しかし、化け物たちの動きが止まっていた。

 駆け付けたのは、千鶴と美奈も一緒だった。二人は多田のすぐ後ろを必死に走ってついて来ていた。皆、真っ青になり、恐怖と懸命に闘っているようだった。

 川辺は立ち止まり、久恵たちと反対方向に化け物たちを引き付けようと、必死に足もとの石を拾っては化け物たちに投げつけていた。

「オラオラ!化け物ども、こっちだ!ふざけんなよ、てめぇら!」

 滅茶苦茶に怒鳴りながら、化け物を引き付けようとする。

 多田が振り返ると、川辺が頷いた。

 川辺も多田も、恐怖のあまり涙がにじみ出ていたが、それでも、川辺はニヤリと笑って見せた。突然に訳も分からない状況に陥ったにもかかわらず、川辺は仲間を逃がすための時間稼ぎに、自分の命を捨てる覚悟を決めていた。


 多田は、その決意に頼るしか選択の余地はなかった。久恵や、千鶴たちを助けなければならなかったのだ。多田も決死の覚悟で、化け物の間を走り抜けていった。

 そして、久恵たちの元に辿り着くと、恐怖のあまり固まっている久恵たちを引っ張るようにして化け物から遠ざけようとした。

 美奈と千鶴も、真っ青になりながらも、懸命に三人を促す。

「本庄!何してるんだよ!逃げるぞ!」

 ようやく久恵たちも金縛りが解けて動き出した。

 走りながら、小夜子の姿が目に入った。全員がその残酷な光景に目を見開き、次いで慌てて眼を逸らした。


 小夜子は化け物に持ち上げられたままで、両足をかじりとられ、わき腹も大きく食いちぎられていた。それでもまだ死んではおらず、首をガクガクのけぞらせて痙攣していた。

 死んではいないとは言っても、多田たちには、とても助けることは出来そうになかった。


 髪型やしゃべり方などを懸命にイメージチェンジして、なんとか蛍太郎の気を引こうと、無理して、背伸びして今日に臨んだ小夜子。千鶴の存在に、諦めかけつつ、それでも思いのたけを蛍太郎にぶつけてきた。その告白の行方も分からぬまま、今、無残にも化け物に食い殺されようとしていた。

 そんな事があっていいはずがない。ついさっきまで、小夜子も森田も、竜巻にのまれたかも知れない仲間たちも、みんなそれぞれの青春を楽しみ、自分たちの明るい将来を夢見ていたであろう若者たちだ。

 こんな風に、突然に、理不尽に、受け入れがたい異常な状況の中で命を落とすなんて事が許されるはずなどないのだ。

 こんな事が許されていいはずがないのだ。

 そうだ、絶対大丈夫だ。自分も、みんなも絶対助かる。何とかなる。

 蛍太郎は、張り裂けそうな絶望感の中、ひたすら自分にそう言い聞かせていた。



「多田ぁ!逃げろよ!」

 川辺の叫び声が聞こえた。

 ずっと石を投げて、化け物を引き付けていた川辺に覆いかぶさるようにして、蛇のような、花の様な化け物が迫っていた。そして、川辺を岩壁に追いつめると、のしかかるようにして、その花弁で押しつぶした。

「ぐあああああっ!」

 すっかり花弁の下に姿が隠されてしまった川辺の、断末魔の絶叫が耳に届いた。

 川辺が死んだ。食われたのだ。みんなを助けようとして、化け物に食われてしまった。川辺とは、クラスではほとんど話したことがなかった。

 「陸上部に入らないか?」と一度誘われて「部活はやらないつもりだ」と答えると「それもありだけど、もったいないよな」と笑って、それ以上は誘ってこなかった。おそらく、蛍太郎の周囲と打ち解けようとしていない雰囲気を察したのだろう。

 川辺とはそんな奴だった。

 森田同様、今日を楽しく過ごせていたなら、きっと良い友人になれていたはずだった。

 なのに・・・・・・。



 その時、多田たちが、蛍太郎のいる方へ駆けて来た。うまくすれば、これでみんなを救う事が出来るかもしれないと、蛍太郎は淡い希望を抱いた。

 具体的な方法など思いついたわけではなかった。ただ、何か奇跡的な事が起こって、蛍太郎のいる空間に多田たちが逃げ込めればと期待しただけだった。それでもこの状況の中では、それ以外に多田たちが助かる事が望めなかったのだ。

 蛍太郎は無力な傍観者だった。出来る事と言えば、声を嗄らして叫ぶ事だけだった。


「多田!こっちだ!頼むから、こっちに逃げて来てくれ!」

 多田は久恵の手を引き、そのすぐ後ろを、千鶴と美奈が走り、少し遅れて夏帆と結衣がお互いに手を握りしめながら走っていた。

 夏帆と結衣は、恐怖で足が空回りしてスピードが出ていない。走るのだって、お互いに手を握りしめていないと倒れてしまいそうな様子だった。

 多田はその様子には気付かず、久恵の手を引き、すぐ後ろに何人かが付いてきている気配を感じるだけで精一杯だった。

 美奈はこんな状況の中でも、千鶴を守るかのように、千鶴の背に手を置きながら、支えるように、また押すようにして走っていた。千鶴はキョロキョロあたりを窺って何かを探しながら走っていた。まだ蛍太郎を探しているのだろうか・・・・・・。


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