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深淵のルシオール  作者: 三木 カイタ
蘇る狂気
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第1話 初夏 4

 六月。

 体育祭の熱気の残照を感じながらも、千鶴たちは次のステップへと進む。

「田中さん、進路表の提出まだ?」

 クラス委員長の根岸小夜子が声をかけてきた。

「あ、うん。もう提出だっけ?」

 二年生にも提出した進路表だが、今回はほぼ最後の進路表提出となる。田舎のこの高校はほとんどの者は進路が決定している。ある者は就職が内定していたり、実家の家業を継いだり。専門学校に通う予定の者もいる。一部の成績優秀者が大学進学を狙って努力している。


 千鶴には、特に願う進路が見いだせなかった。

「このまま、なんとなく卒業して、なんとなく知り合った人と結婚して、なんとなくこの街で暮らしていくのかなぁ」と思うと、なんとも切ない気持ちになった。

「まだ出してない人、他にもいるけど、先生が急げって」

 小夜子は素っ気ない口調で告げる。

 千鶴とは中学校も同じクラスになった事もあるのだから、もっと親しくしてくれても良さそうなものだが、小夜子は一線を引いているかのように淡々と事務的に接してくる。中学の時はもっとよく笑い、どちらかと言えばおっとりしたような少女だったのだが、高校二年になって久しぶりに同じクラスになってみたらこんな感じだった。

 千鶴に対してだけなら、何か自分に原因があるのではと悩んだりしたのだろうが、小夜子の態度は誰に対しても平等に冷淡だったので、胸は少し痛いが気にしても仕方がないのだろう。

「根岸さんは大学だったっけ?」

「ええ」

「すごいね」

 素直な感想を述べた。千鶴も成績は悪くないのだが、大学を目指せるかというと自信がないし、大学受験に向けての努力が出来るとも思えなかった。

「東京の大学に行くのが夢だからね」

 少し照れた様に小夜子がはにかんで言った。その言葉ですっかり忘れていた情景がよみがえる。


 中学の時の修学旅行は東京だった。

 その年の七月には「人類が滅亡する」なんて大予言があり、行けないのではと極小の割合で心配もしたが、人類はつつがなく八月を迎え、十月の修学旅行も問題なく行けた。

 友達との間でも、そんな話題で盛り上がったものだが、千鶴も東京の街の大きさや人の多さに驚き興奮した。

 あこがれだった原宿では、本当に様々なファッションに身を包んだ人が当たり前のように歩いていて、カルチャーショックを覚えたものだ。

 帰りの新幹線で後ろの席だった小夜子が興奮して「私、絶対東京の大学に行く!」と宣言していて、みんなではやし立て、盛り上がった。


「そっか。中学の時からの夢だったもんね」

 千鶴の思いがけない言葉に小夜子は耳まで真っ赤になる。

「お、覚えてたの?ちづちゃん」

 動揺した小夜子は、己が何を言ったのかわかっていないが、そうだ、確かあの頃は「ちづちゃん」と呼ばれていたし、千鶴も小夜子の事は「さよちゃん」と呼んでいた。特別に仲が良かったわけではないが、普通に話したり遊んだりしていた。

「すごいな~。ちゃんと努力してるなんて。私もそういえば、東京に住みたいなんて思ってたの思い出しちゃった」

 千鶴が懐かしそうにクスクス笑った。

 小夜子は確固たる意思や、たぶん大学に行った後の目標もあるのだろう。それに引き替え千鶴はただなんとなく東京に憧れを抱いていた。

 しかし、東京に行き、強い憧れと、確固たる目標が出来た小夜子とは違い、千鶴は東京に行って、強い劣等感を抱くようになってしまった。

 さらに、その直後からストーカー被害に遭って、そんな憧れもすっかり忘れてしまった。

 憧れはすっかりしぼんで、東京に行ったらもっと恐ろしい事になるのでは、という不安や恐怖に変わっていた。

 


 千鶴は鞄に入れてあった進路表を出してペンで書き入れる。

「これでいいかなぁ」

「ん?え?これ・・・・・・怒られるよ?」

 小夜子が困惑したような、あきれたような顔をする。

「やっぱり?」

 希望進路の空欄に「主婦」と書き込んだのだ。

 案の定、後日呼び出しをくらい「就職希望」と訂正させられた。

 




 その数日後、突然の事件にクラス中が沸いた。

 もしかしたら、学校中だったかも知れない。

「おいおい!なんだってこんな中途半端な時期に?」

「東京から来たんだって?」

「男?女?」

「男だって」

「なんだ、男かよ」

「東京から来たんだって!?」

「さっき、職員室でも見たけど、かわいい顔してた」

「すげえ」

「なんか問題有りなのかな?」

「東京から来たんだって!!」

 朝、クラスに入ってからずっとこの話題だ。

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