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深淵のルシオール  作者: 三木 カイタ
蘇る狂気
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第6話 魔導師の館 6

「さあ、立ち上がってくれ」

 ジーンが手を差し出し、ヴァンを立たせる。全身黒ずくめの男は上背があり、長身のジーンよりも頭半分ほど大きかった。背中だけがむき出しの奇妙な服装だが、袖や、ズボンにはたくさんの武器が隠されているだろう。

 後ろで結わえた長い黒髪を揺すると「うーーーん」とうなった。

「で、あんたはどうするつもりなんだ?」

 ジーンの瞳に鋭さが戻る。

「私は、元グラーダ国主席魔道顧問官であった、簒奪未遂者である、キエルア・デュアソールを義によって誅殺せねばならない。君はキエルアの暗殺を謀る者から護衛する為に雇われた暗殺者だろ?君こそどうするつもりだ?」

 問われて、ヴァンが軽く手を振る。

「俺は降りる。このままここからとんずらさせてもらう。里からの追っ手が来るだろうから、しばらくは何とか姿を消して逃げ切ってみせる。あんたがやるべき事ってのを終わらせたら、何とか生きて合流してみせるさ」

 ヴァンの表情は暗い。それが叶う可能性が低い事を物語っていた。それほど里抜けへの追っ手は厳しいのだろう。

「それなら、俺の知っている酒場に行っていろ。すぐに合流しよう」

 事も無げにジーンは言った。今日のキエルア誅殺を終えたら、他の事を放り出してヴァンの為に動くと言う事だ。

「・・・・・・あんたは本物の阿呆だな。だが、ありがてぇ」

 ジーンから酒場の名前を聞くと、ヴァンは窓から身を乗り出した。

 一瞬体に力を入れると、バサッと音がして、男の背後に漆黒の闇が広がった。それは大きな翼だった。

 かぎ爪の付いた翼腕に薄い翼膜の張った、蝙蝠のような羽が背中から突き出して、大きく夜空を覆い隠して広がっていた。

「ほう・・・・・・。君は獣人族か」

 ジーンが漏らした声に感嘆の響きを感じて、ヴァンはまた不思議な感動を覚えた。

 獣人は差別を受けて、人間族には奴隷扱いされていた。だが、この男は種族にも職業にも貴賎の差を感じていない。

 ただ、その為人ひととなりを以て人を判じているのだ。




 音もなく羽を振るわせると、マスラは闇に吸い込まれるように窓の外に姿を消した。

 それを見送ると、ジーンも窓から身を乗り出し、すぐさま行動を再開した。

 近くの部屋にはキエルアがいるはずだ。


 音も立てず、気配も消して、するりと窓から抜け出し、壁のわずかな凹凸を指先で捕らえて、スルスル平行移動する。

 そして、キエルアのいる部屋の外にたどり着く。

 窓の隅から室内をのぞき込むと、室内は明かりが灯されていて、大きな机にはたくさんの本と書類が山積みにされていた。

 椅子の前には本が開かれて置いてあったが、部屋には人影がない。

 しかし、探ってみると人の気配はちゃんと残っている。ちょうど無人の椅子の所に・・・・・・。

「しまった」

 ジーンは口の中でつぶやいた。ヴァンはしっかりと役目を果たしていたようだ。

 ヴァンがジーンと対峙している間に、キエルアに侵入を気付かれてしまっていたのだ。

 キエルアは元主席魔導顧問官。一国の魔導師としての最高位にあった男だ。

 甘く見ていたつもりはなかったが、ジーンが油断したのも確かである。ヴァンが知らせるまでもなく、ジーンに悟られる事無くその侵入を察知していた。

 更に、己の気配を椅子に残し、何らかの手段で逃げ出していた。

 ジーンは自分がそれを察知できなかった事に歯咬みする。

 ヴァンは、ジーンに到底敵わないと思って居たが、ジーンはヴァンの実力に警戒していた。それ故に、キエルアに対する警戒の網を緩めざるを得なかったのだ。



 ジーンが己の失態に気付いた時、館の裏手から、馬のいななきと、馬車が走る音が聞こえた。

 馬車は一気に十数台。それぞれが全く違う方向に懸けだしていった。

 これでは追いつく事は容易いが、どれにキエルアが乗っているのか判別できない。勿論、ルシオールもどれかの馬車に乗って移動させられているのだろうが、その行方もわからなくなってしまった。


 この準備の良さから、ジーンの想定と違って、キエルアはジーンが追跡してくる事を予測していたようだった。

「完全にしてやられたな・・・・・・」

 ジーンが呟いた時、手荒に部屋のドアが開けられ、兵士たちが室内に殺到してくる。

 すぐに窓の外から室内を窺うジーンを発見すると「いたぞ!」と大声を上げて迫ってきた。脱出する事は造作もないが、次の手段を考える必要に、ジーンは小さくため息を漏らした。



 その後、ジーンはヴァンと合流して、暗殺者の里の壊滅のためにグレンネックを後にするのであった。


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