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苦手な方はご注意ください。

赤い薔薇と青の吐息 愛の物語

作者: RUKA

小悪魔皇女殿下の婿選び【上皇様の皇女殿下の花婿には好条件をご所望です。】

でフェルディアーヌの花婿候補に登場したルイ・フェルディナンド大公子とルナ・ディア・バルヴィネス侯爵夫人の二人の出会いと愛とそして策略が交差する愛の物語です。


赤い薔薇と青の吐息の出会い


大きなアーモンド型のライトブラウンの鮮やかな輝きを放つ瞳は見る物全てを魅了しその心を奪う。


小さくす~と通った高い鼻筋に小さな鼻腔、頬は頬紅のしていないのにかかわらずほのかに薄ピンク色をしている。

 その下のぷっくりと厚くライトピンク色の色っぽい唇が官能的でありながら、清楚さも兼ね備えた美しさが人を引き付けてやまない。


手足は小さく長く小鹿のようだと例えられ、何よりも磁器の白さ例えられるほどの光沢のある肌、その容姿以外にも性格が穏やかで優しく誰からも愛され、崇拝の対象する者も現れるほどだ。


しかしめったに宮中にも貴族が主催する夜会にも茶会、観劇や娯楽会場にも現れない。

幻の社交界の可憐なる野薔薇て呼ばれた


「ルナ・ディア・シャルタン伯爵令嬢」の肖像画


今を時めくフェレイデン帝国宮廷画家ロレンツォ・ヴァルハルトの作だ。




「なんで!

 こんな目に合わないといけないのでしょう」


その彼女は寝台の上で切り刻まれた寝間着はもはやなんの役にもたたない布となっていた。

昨日の残酷なまでの悲壮の夜のせいで、涙で自分が溺れるのではないかと思うくらい泣き明かした。


昨日は初夜だった。


まず結婚式を終えた花嫁はまさに連れ去られるようにそのまま馬車に乗せられ侯爵家に入った。

苦痛の先に待っていたのは、更なる苦痛、数多くの夫侯爵の愛人達だった。

しかもどう見ても場末の娼婦上がりの者達だ。

昼下がりから強い酒のボトルを手にルナに敵意むき出しで睨んでいる。


「これはこれは奥様。

 侯爵夫人

 私らの女主人様。

 これからわたしらのお世話をお願いしますね」


「きゃ~~~~!」


「はっはっはっっ!」


「きゃははっ」

愛人達はルナを完全に馬鹿にして茶化した。

その瞬間更にルナの自尊心が粉々に打ち砕かれその場に心も体も痛め叩きつけられた。


彼女の相手は四十の半ばに達した二度目の花婿となったバルヴィネス侯爵。


誰からも崇拝される彼女の唯一の弱点、いや彼女のではない彼女の家の唯一の弱点。

それは生家が経済的に困窮していたという点だった。


元々は領地収入である程度経済基盤は安定していた家系であるにもかかわらず、二代続けて金銭面で無頓着で無能な当主が続き、ルナの父親は借金の工面に明け暮れる日々に嫌気がさしていた時だ。


そんな中財力で貴族の養子になった成金のバルヴィネス侯爵と出会う。

父は金を侯爵は彼女の美しさと名声を目当てに侯爵家と伯爵家の結婚という二人の意見は一致する。

ルナの意思はなおざりにされ、無視され、置き去りにされてお金で売られるように侯爵家に嫁ぐしかなかった。


当然の事ながら二人に愛はない。

しかも侯爵は性的に異常者であり不能だった。


彼の愛人達は彼の求めに応じて、時に侯爵が連れて来た相手と行為に及びそれを侯爵が見ては興奮して楽しんだ。

又時に愛人達通しを殴り合わせその光景を酒を飲みなが大笑いして楽しんだ。


いわばルナは野獣の檻の中に突然放り込まれた小動物だ。


初夜は恐怖でしかなかった。


自分の寝室の寝台の上恐怖で青白い肌が薄暗い蝋燭の明かりで浮かんで見える。

一分一秒もそれよりも倍に感じられ静かな夜の時間。

心臓の音、吐息、呼吸の全てが夜にもかかわらず白日の下さらさられた気さえする。


ぁぁ~逃げ出したい。

誰か誰か

私を助けてほしい。

自然と涙がポタポタと勝手に頬をつたう。


あらゆる絶望が自分に襲い掛かり、その暗闇のさらに奥へと引きずり込んでいく。


女神ディア様どうして私にこんな困難を与えるのでしょう?


震える身体と扉の向こうを意識して耳が音にひどく敏感になっている。


廊下を歩く足音がドンドンとこちらに向かってくるのがわかる。

その主が誰なのかも。


誰か~~いやだ。

誰か。



心の中で叫び。


どうしようもない恐怖にここから逃げ出したいが、父からもし戻る事になれば。

「十二の妹を後妻にあてがう」

と脅迫されていたのでこの邸を逃げる事も出来ない。


ドアノブがガチャと不気味な音をたてて開けられた。 


恐怖は確実にルナに迫って、全身の血が足先へ落下していく。


開かれた扉から侯爵と侯爵の愛人と見知らぬ男が入ってきた。


男は身なりから平民だろう。

皴だらけのシャツとパンツぬは薄汚れ、労働者のようだった。


ニタニタと笑う侯爵は悪魔のようだった。


恐怖で涙が粒の様に後から後から流れてくる。

生きながら食べられるような恐怖と死の旋律が襲い掛かる。


侯爵はそんなルナを見て、さらにケタケタと笑い始めた。


「最高の夜になる。ハッハッハハ~~気にいるよ~~~私のかわい子ちゃん」


そう言うとルナの肩にその短いムチムチした手を置いた。

暴飲暴食のせいで肥満しすぎ、小さなグレーブルーの細い目がさらに笑うと肉に埋もれていく。

口は大きく薄い笑うたびに虫歯だらけの黒い歯が見えてその身分に対して下品といわざるを得なかった。


そのままその小さな手でルナの寝間着を破り始める。


「きゃっ」


切り裂かれたせいで露わになってしまう小さくはあるが形のいい胸元を両手で隠す。

小さな抵抗は抵抗にならない。

むしろ侯爵は興奮さえしていた。


「ほらもっときかせてくれ。その嫌がる声を」


そう言いながら更に寝間着を手にしたナイフで切り裂く。


「きゃ~~~~」


更に腰がお尻が露わになり、ルナの顔を真っ赤に染まり始める。

恥ずかしさと苦痛でその美しい顔がす歪みから身体の奥底から言葉にならない叫び声を上げる。


「WA ~~WAWAWA~~」


その姿を見て侯爵はさらに目を充血させて鼻息が荒くなる。


「さあ。お前達もここで楽しむんだ」


侯爵が手招きして、男女を寝台に誘うと二人は着ていた服を脱ぎ棄て、同じベットに乗ったかと思うと重なり始めた突然に男女の交わりを始めた。


ルナは絶句して身体中熱い血がみるみるうちに氷り始め、身を縮めて血の気が引い冷や汗が出て真っ青になる。


フェレイデンの若い女性独身貴族には結婚前の性教育はなされない。

時にそれは大きな心の傷を残す。


最近は少しずつ啓蒙活動の一環で若年者の性教育の知識は改善されてきてはいるが、そうそう親の価値観を変えるのは簡単ではない。


ルナの父親もそのうちの一人でそんなものは邪魔だだけだと考えていた。


被害者はいつも弱い者にいく。


「きゃ~~~~きゃ~~~~」


ルナは突然見た事もない行為を目の前で見せられた恐怖で失神してしまった。

後の事は覚えていない。


遠ざかる意識の中で侯爵が氷よりも冷たい軽蔑に似た表情をしているのが見えたが、すぐに意識を手放してしまった。




次に目覚めた時、もう太陽は登り朝と昼の間に強い日差しが寝室を照らしていた。

半面ルナの心には漆黒の暗闇が支配していた。



「もういやだ。

 なんで!

 こんな目に合わないといけないのでしょう」


寝台の上で切り刻まれた寝間着はもはやなんの役にもたたない布となっていた。

涙は止まる事を知らないくらい頬をつたいボタボタと流れ落ちる。


侯爵はその日からルナの寝室を訪れる事はなかったし、その存在すらある事を忘れているかのようだった。


その後はある程度の知識の教育と金銭は自由に出来たが、あくまで侯爵の監視下の中ででだった。

侯爵にとってルナは社交界の中で重要な妻という名の人形でありさえすれば十分役立つと考えていた。

手放す事はまったく考えていなかった。

高い金で買ったお人形を演じればいいのだと思っている。


ルナの虚しい、そして孤独で、絶望的な砂漠の様な人生が容赦なく始まり、絶望に突き落とされその底なのかまだ落ちるのかさえわからない。


そんな生活の唯一の救いは宮中や高位貴族が開催する夜会だけだった。


侯爵は外ずらだけは良く、普通の人のよう卑屈にさせて貴族達の間では紳士としてふるまった。

所詮元平民で金で身分を買ったと言われてもしかたないそんな劣等感が、ある程度外では寛容なふりをしていたからだ。


体面的にルナの浪費にも目を瞑り、高価な装身具やドレスなど湯水の様に使う金には文句は言わなかった。

そんなある日ナディアン大公家の夜会に招待された。


帝国に存在する大公家しかも長女で唯一の娘は皇太子妃だ。

飛ぶ鳥を落とす勢いのある家門の招待だ。

侯爵は名誉な事と新しい衣装を新潮するために皇室御用達の衣装屋を招いてその日に備えた。


挿絵(By みてみん)

ナディアン邸宅の庭はフェレイデンでも美しい薔薇の庭園で知られている。

 その満開の季節には定例の夜会が開催される。

今年も帝都の主だった貴族達が招待されていた。


ナディアン大公家はフェレイデンの上皇陛下の寵臣で側近の一人だった。


上皇が譲位した際に息子の新皇帝セヴィエに特に目をかけられ、一人娘の皇太子妃決定に伴い公国を賜り、いまや大公家前途洋々な家門だ。

なので今回の招待は侯爵にとって絶好の機会だ。


並居る名家の貴族達が勢ぞろいしている。

この時を好機としてバルヴィネス侯爵は、妻を隣に置いて目をつけていた貴族に声を掛け、商売を広げてせわしなく動く。


皆バルヴィネス侯爵の妻ルナと知り合いになりたいという好奇心と興味本位で自然と輪が出来ていた。


ルナは素振りこそ見せないがうんざりしていた。

夜会の時はいつも同じだったからだ。

自分は見世物小屋の動物とどこが違いのか?

そんな感情が身体の奥に渦巻いて自身を蝕んでいくのを今夜は耐える事が出来そうになかった。

限界だった。


話の途中で目線をやや下げながら呟くように言った。


「なんだか。人に当たってしまったようですわ。

 貴方少し失礼し……わ」


間も与えないほどの言い終わる前に夫の隣から風の様に立ち去った。

侯爵は追っかけて連れ返したい衝動にかられたが、他の貴族にへたな噂はたてられたくなかったのでそのまま会場に残るしかない。



「もううんざりなの」


そう言って一階のテラスから薔薇の庭園へと走り去った。


外から涼しい風が薔薇の香りと共に運んでくる。

甘い芳醇な咽るほどの強い薔薇の香りがルナを包み込む。


ここは天国なのかしら?

ならどんなにかいいか。

憂いもなく静けさと薔薇の強い香りが身体に優しく包み込む。


辺りには赤、薄桃、濃ピンク色、深紅、紫や黄色、白薔薇も今を盛りに艶やかに咲き誇っていた。

月光に白くほのかに元の色をわずかに見せる姿も美しい。

丁度小さな薔薇のトンネルに仕立てたアーケードが目に入る。


行ってみよう。


生き生きした葉の緑と紅色の野薔薇のトンネルを転けないようにゆっくりと進む。

昼間の美しさは言葉には現せないだろうと、鼻腔から香るアロマに癒され少なくとも今は穏やかな気持ちで満たされる。



ようやく抜けた薔薇のトンネルの先には小さな池があり、近くにベンチが置いてあった。


ベンチに腰を下ろして太陽の様な明るい満月の光を眺めていた。

挿絵(By みてみん)

冷たいでも温かい、その光に吸い込まれて………この世界から消えてしまえばいい。

その時に涼しい夜風がす~と吹いた。

長い髪がたなびくその風の方向にふいに目線を移す。






ルイにとって今日の夜会はとにかく何もかも面倒だった。

夜会という名のていのいい見合いの繰り返しにゆなような夜が続いていた。


まるで人気の見世物の様に私の前に列をなした父親に連れられた年頃の令嬢達に。

「うんざりだ」と言わんばかり適当にあしらって会場を抜けた。


ライトプラチナの細く艶のある髪を後ろで束ね、薄い水色の瞳は霧が霞むように憂いに満ちていた。

乗馬のしすぎで少し焼けた肌についた筋肉が健康的で逞しい。

優雅かつ野性的なその風貌は女性達の賞賛の的、ルイ・フェルディナンド・ デイア・ナディアン大公子は次男だ。

家柄が良く、皇帝陛下のおぼえも高く将来が有望。


これほどの婿はありえないと年頃の娘を持つ貴族達は我先にと自分の娘を売り込むのに余念がない。


本人はそんな事に興味はない。

ないというよりも煩わしいとさえ思っている。

皆私を見ている訳ではないナディアンの名がほしいだけだ。


一夜の遊びは娼館か酒場の女に決めていた。

勿論身分を明かす事はない。

娼館は来る客の身分など関係ない。

金払いのよい遊び人で品位がそれなりにあればいい。

さらに高級娼婦達はえり好みがゆるされていた。

ようはお気に入りになればいい女を抱くことが出来る。


いい女と遊べて後腐れがない。

しかも娼婦と言ってもフェレイデンの貴族が主に遊ぶ高級娼婦は肉体だけの女ではない。


会話、読書、音楽、歌、センス、流行などあらゆる文化的要素が必要だった。

高級娼婦達はそれだけにプライドが高い。

金を積まれても客を拒否する事が出来る。

中には貴族の妾になる者も出て事情のある者には職業の選択肢でもあった。


ルイのお気に入り娼婦もそんな高級娼婦達だった。


「まったく…父上のひつこさ。ウザすぎる……」


まだまだ遊びたい。自由でいたい。

まだ十四だった頃は父の言うなりに幼い十歳の妻を娶った。

その妻も二年で熱病で病死した。

悲しかったけれど、なんだか友人を亡くしたような気持ちに似ていたのを覚えている。


愛というものには興味がない。

所詮は公爵家の自分の相手はある程度決まっているから、そこに抵抗しても仕方ないと諦めていたからだ。


だからこそ今はまだ再婚は考えていない。


「愛を知ってから」なんて純粋な気持ちからではない。

ただただ薄っぺらい貴公子を家の中でもで演じたくないからだ。


やれやれもういい加減うんざりする。


「今宵のお召し物は素敵だ」


「特に今夜はお綺麗だ」


「美しいお声です」


「可愛らしい手のひら」


「綺麗な瞳が可憐です」


「センスが良いですね」


「髪型がとても素敵です」


「お声が小鳥のさえずりのようだ」


自分でもよく歯の浮いた台詞が言えると感心してしまう。

いつもならさらりとかわしてしまうのに……。

今夜のルイはうんざりした気持ちを抑える事が出来ない。

自分が惨めに感じてしまってどうしようもない。


一人にしてほしい。


なんでだ?

いつもは適当にいなすのに。

このところ夜会が続いていたからだろう。

憂いのない世界はあるのでろうか?

何も考えたくなかった。


今夜は珍しく夜会を抜け出して、一人池の畔に向かっていた。

ズンズンと荒々しく先を急ぐ。

何から?何故?何を?

もうあの場所から離れて静かな一人の時間が必要だった。

今……今必要なんだ。


薔薇のトンネルを抜けて辿り着いた先にある池はもうすぐそこ。


トンネルを抜け木立を手で払いのけると月明かりに照らされキラキラと光る湖面の美しさに心を奪われるはずだった。


そうそのはずだった。


しかし目の前にはかわりにこちらを大きな瞳で驚きの表情で見つめる美しい女性がいた。


彼女の後ろに丁度月の光が逆光の様に照らし、その美しさを更に際立たせる。


清楚で、純真、それでいて欲情を掻き立てるような。

艶やかで清楚な女性が自分の心を捕らえて離さない。


まるで女神ディアの…………降臨か……。


ルイに軽い眩暈が襲うと、同時に瞳の中で何かが弾けて脳天を突き抜けた。


長い沈黙…………。二人は微動だにしない。

まるでどちらかが動けば負けと言わんばかりに。


ルナは驚きのあまり動けないでいる。 


夫以外二人っきりでいるなど結婚以来初めてだから。

目の前にいる貴公子の姿に動揺して、どうしていいかわからない。


緊張のあまりただただ獲物に狙われた小動物の様に震えている。


ルイはその女性の美しさに驚愕して瞳から外せない。


ただただその人を見つめている。

瞳を外せばいなくなるかもしれないとさえ思えた。


ルナはそれが誰なのか知っていた。

当然だ夜会で何度か遠くから見ていた。

ナディアン大公家の公子殿下だ。



一方のルイは美しい侯爵夫人の名を知ってはいたが、侯爵がどうも気にさわりほとんど二人を見ていない。

だから彼女が誰だかは知らない。


独身時代ルナは経済的に困窮しており、まれに夜会には参加していたが、周りからその美しさとめったに参加しない「幻の可憐なる社交界の野薔薇」と呼ばれていた。

しかしルイは人の噂など当てにならないと特に知ろうとさえしなかった。


なので二人の接点はほぼなかった。

いわば初めての出会いと言っていい。



「君……」


ようやくルイがその重い口を開いた瞬間に風が舞う。

その女性は反射的にスカートを翻して背を向けて走り去ってしまったのだ。


「待って!!」


そう叫ぶのが精一杯だった。


風の様に去ったその女性に心を完全に持ち去られ身体だけがそこに残された。

深い失望に熱い焦がれる胸の痛みをどうする事も出来ず月の輝く水面がたなびく池に取り残される。

身体も心も……。



ルナは胸の鼓動が激しく打ち続けるのをどうする事も出来なかった。


初めてあんなまさに貴公子というに相応しい人ををまじかで見たのだ。

出会った者はその魅力に囚われるというその貴公子ぶりは王族といってもいほどの気品と物腰、仕草。

その出会いはたった数分だったろう。


けれど強い印象を与え、胸を絞めつけられるほどの衝撃が襲った。


「あぁ~~」


声にならない声。

嘆きの様な諦めの様な。吐息の様な。


ルナが夜会の会場に再び戻った頃には宴も終盤になっていた。  


突然いなくなった妻に不機嫌な様子の夫に腕を掴まれ会場を後にする。


帰りの馬車の中でバルヴィネス侯爵は邸に帰るまで昏々と愚痴のオンパレードを妻に浴びせる。


「何故途中で抜けたのか?」


「商売で支障が出たらどう責任を取るのか?」


「何をしていたんだ」


「浮気か?」


「大体世間知らずの貧乏貴族の娘なんて……」


いつもは耐え抜いて聞いているが今夜は違った。

ルナはどこか上の空で、侯爵は邸に着く前には不貞腐れ、不機嫌な顔を隠す事はなかった。





苦悩する青い吐息


その娼館は比較的治安のよい旧市街にまるで住宅のようにひっそりとあった。


外装は普通のアパートメントで二重の門を抜けた先に出入り口がある。

勿論看板などはない知る人ぞ知る娼館の一つ。

娼館の多くは一階を酒場にする事が多いが、この娼館は経営者の住まいにしていた。

二階から三階が娼婦の住まいに当てられ、五階までが仕事場用の小さく作られた小部屋が沢山ある。

最上階は全てVIP使用の高級娼婦達の仕事部屋になっていた。


ルイはここを偽名で出入りしているが彼だけではない。

だからこそ一人の人間としてだけ見てくれていると感じていた。


ただ多くの貴族は皆実名は明かさない。

その点では娼婦もそうだ。


それが両者のマナーだった。


あの夜会の後、娼館に出入りする回数が増えていった。

昼間は何事もなかったように繕って過ごせるが、夜になると一人寝が酷く胸にこたえたからだ。


「グレイ様。

 本当に心ここにあらずですわね」


娼館の最上階の寝室のベッドの上で、乱れ髪の裸体の娼婦が顎に手を当てながら気だるいそうにクスッと笑いながら言った。


「そうかなぁ。

 マルグリットの美しさに放心状態だからそう見え

 るのさぁ」


「まぁ。ご冗談が過ぎますわ」


少し拗ねた顔で言って見せる。


栗毛色の艶のある長い髪は汗に濡れた身体にへばりついている。

豊満な肉体、人を射抜くようなくるりとしたエメラルド色の瞳は情交の為に艶っぽく輝いている。

その官能的で分厚い深紅の口紅をつけた口元に冷たい水が喉を潤す。


乾いた心を潤す様だわ。


娼婦にとって商売の相手はあくまで疑似恋愛なのだ。

愛を金に換えているだけ。

そう割り切ってみても時々そういかない客が数名いる。

おそらく彼らは良識あるおそらく王族か貴族、大商人の子弟だろうと思う。

彼らの事をもって知りたいなどとは思わない。

所詮夜の関係だ。

偶然昼間に出会ってもおそらく挨拶さえしないどころかお互い無視をするだろう。


私達は夜に生きて夜に死ぬのだから。



マルグリットは一目見ただけで高級娼婦だとわかる。


真珠のような肌は艶っぽく生き生きとして、手足は適度に肉つきがよく男性を釘付けにする全てを持っていた。

事実フェレイデン一の高級娼婦と呼び声高い。

その容姿は人並みだが人柄や態度、人望、価値観、性格、着るもの飾る者のセンス、その全てで男達を虜にし、高額な金で夜を共にしようとした。


しかし客を選り好みするマルグリットはまず酒の席で相手を品定めしてからでないと商売をしない。

つまり寝ないのだ。


娼婦は娼婦なりの自尊心があると自負しているからだ。

客の中でも別格扱いしている人物の中心にいるのがルイ・フェルディナンド=グレイだ。



本当に最近のグレイ様ときらた、急に来たかと思ったら、これでもかというくらい乱れた交わりを強引にしてくる。

以前はもっと余裕があって、場合によると行為よりおしゃべりをする時間の方が多いくらいだったと思う。



「君は素晴らしい。

 私に夢を与えてくれ。

 一時でいいさ………」


いつにかく快楽的な言葉を口にするグレイにマルグリットは違和感を覚えていた。

マルグリットの腕を自分の方に引き寄せて首周りにしがみ付いて後ろに抱き寄せた。

首筋を舌で転がして吸い付いている。


「あらあら。

 まだおいたしたいのかしら?

 夢を見たいくらいの。 何かおありになったのかしら?」


絡められた腕に自分の腕を絡ませる。

最近のグレイは確かに変だった。

乱暴に身体を暴いたかと思うと、子供の様に抱きついて懐に顔を埋めて力強く抱きつく。

まさに何かから逃げているのか?

取り払おうとしているようだった。


まるで母の様にグレイを優しく覆い包む。


「何かありましたねグレイ様」


優しく小さな軽やかな口調で訊ねてみた。


グレイは少し躊躇しているようで、しばらくマルグリットの胸から顔を外さない。


これはかなりの重症だ。

何があったかと聞かなくても察しはついた。


グレイは深い溜息をついてから、頭を上げて濡れた瞳でマルグリットの瞳を映す。


「夢を見たんだ。

 現実の中で。

 夢を」


グレイがぼそりと言った。


マルグリットは目を丸くしたと思いとその目は細めて頬を緩ませた。


「うふっ。なるほど…。

 さすがのグレイ様を虜にした令嬢がおられるよう

 ですね」


意地悪そうな笑いを浮かべて茶化す様に言った。

それくらいは私に許されるように思った。


「まったく……君にはかなわない」


ルイはマルグリットの耳元で囁いた。


「実は……夜会の……出会って……」


あの日の出会いを語り始める。


マルグリットは目を丸くしたり、難しい顔をしたりグレイの変わる表情をまるで楽しんでいるように聞いている。


あぁ~~。


ついにこの冷静な青の色彩の方に焦がれる方を見つけたのね。

ああ~


この方ももうおそらくここに来るのはそろそろなくなるかもしれないわね。


「嘆いているだけでは何も始まりませんわ。

 まずはどうされたいのかしら?」


「そう…。やはり会いたい……」


ぼそっと独り言の様に呟いた。


「グレイ様。

 行動を起こさないと何も始まりませんわ。

 もし行動してどうにもならなくなったら。

 こちらにいらして。

 しっかり慰めてあげてよ」


柔らかな両手ののひらでグレイの頬を覆いつくしながら言った。

ウイットのきいたマルグリットなりの慰め方だった。

グレイは苦笑して唇を奪う。

本来娼婦は唇は許さない。

しかしグレイには特別に許していた。


だからといって恋人としてではないという自覚を持ちつつ、心の片隅に少しだけ死角の一部に残していた恋という名をした思いを。

その行為に託した。


「ああ。そうだね。

 そうだ。

 まだ始まりも終わりもしていないんだね」


その言葉は思いつかなかった。

そうだ出会っただけだ。

何も始まっても終わってもいない。


グレイは久しぶりに駄目な自分を見た気がした。


マルグリットを強く抱きしめて言った。


「ありがとう」


少しまどろんで余韻を楽しんだ後、しわくちゃになった服を新しいシャツを用意させて身支度を整える。


スーツの袖を通すのを手伝うマルグリットのその手際の良さは普段通りだが、今回は名残惜しいような気がふとした。


なんか親戚の坊ちゃんの世話をしているみたい。


多分十歳は離れていないだろう。


自分が娼婦だという事をいやというほど思い知らされるが、それでも憎めない美しい貴公子。


このひと時をいつまでもと思う。

いやそうであってはいけないと言う自分もいる。


グレイ様は最後に私を軽く抱きしめて額にキスをして、淑女に行うように手の甲に接吻した。


あぁ~この人に相手の身分や生まれ職業は関係ないんだ。

どうしようもない思いが溢れてつい口にだしそうになった。


彼の部屋を立ち去る後姿を見送りながら、居なくなった後を目で追いかける。

そして最上階の大きな窓に駆け寄り、彼の娼館を出ていく姿を眺めている。


娼婦である事がこれほど辛いとは。

違う身分で出会っていたら私にも………。

けれどそもそも出会ったろうか?

娼婦でない自分……。


いやもう夢見るのはやめよう。

私は夢を売る者。

それ以上でも以下でもないのだから。


そうこれも夢の中の出来事。

そう思いながら去っていく男を泣きそうな笑顔で見送った。






赤い薔薇の正体


思い立って娼館を後にしたルイが辻馬車を広い旧市街の一角にある石造りの建物の扉を開いたのはそれから一時間後の出来事だった。


扉の奥には螺旋階段になっていて三階まで上がっていく。

フェレイデン帝国でナディアン家の夜会に呼ばれる貴族女性を探すのは並大抵ではない。

しかも女性を探しているなど噂がたてば、何が起こるかわからない。


私が探している事を隠密に相手を突きとめる方法は……。


その答えをある男の存在を思い出した。

彼なら答えを知っている。

間違いなく。


その突き当りにある部屋のドアを力任せに叩いた後強引に開けた。


ガタッという音と同時に部屋に入る。


無造作にありとあらゆる物で散らかった部屋は絵の具の匂いに満ちていた。薄暗い部屋は全ての窓に厚いカーテンが敷いてある。


頭が痛くなるが、今回ばかりはかまっていられない。


「いるんだろ。ロレンツォ!」


小さな部屋にグレイの声が広がる。


「ロレンツォ!」


しばらくして男の声がする。


「こっちだよ。グレイ」


めんどくさそうに答えた男の声は隣の部屋から聞こえてきた。


その部屋に近づくとドンドンと強烈な絵の具の匂いもしてくる。


その部屋に高い位置に格子戸があり、外のわずかな明りが入ってきてはいるが、部屋の中はやはり暗い。しかしその暗さが格子だから入る光を更に神々しいものへと変えて絶妙な光の効果を演出していた。


その光景を一人の男がキャンパスに向かって筆をとっている。

丁度後ろ向きだ。


白いモップは薄汚れ、ベージュ色になっている。

あっちこっちに絵の具の跡がある。

髪は長くしかもボサボサ、グレイが傍によると異臭さえ漂っている。 


絵に夢中過ぎてそれ以外に特に興味はないようだった。


「全くフェレイデン一の人気宮廷画家がそんななりでどうする?」


呆れるグレイをよそにロレンツォは表情変えずにぼそりと投げ捨てるように言った。


「これがいやなら、俺に肖像画を頼まにゃきゃい

 い。

 で!お小言をいいに来たんじゃないだろう?」


グレイは我に返る。

咳払いをして話し始めた。


「人を探している。

 貴族女性で今の年の頃は10代半ばか後半

 艶やかな長いプラチナブロンド、アーモンド型のくるりとしたライトブラウンの瞳が印象的で磁器の様な光沢のある白い肌をしている。

 軽やかで、初々しくまるで野薔薇の様に可憐な女

 性だ。

 知らないか?」


女か?いかれたか?

どうやら重症みたいだな。


ロレンツォはグレイの正体を知っている。

一度描いた相手の顔は絶対に忘れない記憶力を持つ。

ほぼフェレイデン中の貴族の肖像画は描いてきたから彼を知らない方がおかしい。

()()もわかっていたが、そこはあえて明かさない。

かれとは一人の人といていたいからだ。


「ん。わからないわけではないが。

 今俺の記憶には候補が二十人ほどいるが。

 探して何をする気だ!?」


その一言に言葉が詰まる。

しまった名案だと思っただけで、最もらしい理由を考えてこなかった。

ヒクヒクと口元は動くが、声は出てこない。


「いや、ぁ。あ……」


言葉にならない。


理由は一つしかないが、あえて聞いたのだ。

興味本位ではない。

顧客に関わる事には慎重にならなくてはいけない。


「まぁ。大体察しはつくが。

 面倒な事はしてくれんなよ」


聞くのを諦めて、部屋のラフ画保管ケースを取り出して、あれこれ探し始めた。

全く普段は絶対しないが、あいつには自然と甘くなるなんでだ??


幾つかのラフ画を机の上に置いた。

グレイは食い入るように十数枚の中であの夜の女性を探しだす。


目に留まったラフ画の一枚。


手にとった絵は肖像画を鉛筆で軽く描いている。


たおやかな儚い眼差しに、憂いを帯びた瞳、ぷっくりとした柔らかそうな唇。細いウエストに小さな手足。

あの夜見た彼女だ。

あの夜の眼差しの彼女だった。


「その人で間違いないか?」


「あぁ。彼女だ」


ロレンツォは軽くため息を吐いたあと言った。


「ルナ・ディア・バルヴィネス侯爵夫人だな」


その名を告げられて衝撃が走る。

既婚者であのいけすかないバルヴィネスの妻?


頭が痛い。

それはまずい。

吐きそうな気持ち悪さで頭がクラクラする。

相手がわかったのにそこに立ちはだかる巨大な壁の前で呆然としなくてはいけないのか?

あぁ女神ディアは無常だ。


頭を抱えたグレイをなかば面倒くさそうにロレンツォは見ている。

他の奴ならほっとくが、何故この男はほっとけない。

ぁぁ〜俺らしくないな。


「お前ならなんとかするんじゃないか?

 そうそう。

 こないだアレクサンドロヴィナ公爵邸で夫人の肖

 像画を描いたが。

 その時バルヴィネス侯爵夫

 人の話になって。独身時代の親友だそうだ。

 そっちから攻めるのも手だね。

 君ならできるだろ」


笑った顔に悪意が見えるが、他に手もなかったので。

あれこれ思案する。

諦める選択肢はなかった。


まずは警戒されないように、アレキサンドロヴィナ公爵に接近して夫人に足がかりにしてもらおう。


まずは公爵から攻めるか。


ルイの行動は早かった。


すぐに宮廷に出かけて公爵と話す機会を作り、仕事のからみで繋がりを作った。


さすが人たらしである。


すぐに信頼を得て、あの出会いから一カ月後にはアレクサンドロヴィナ公爵家主催の夜会に招待された。

当然バルヴィネス侯爵夫人も招待客に入るだろう。

夫同伴だが。


後は自分の腕の見せ所だ。


その日のアレクサンドロヴィナ公爵家の夜会は「仮面舞踏会」だった。


実は公爵夫人にそうするように提案したのは私だ。


仮面なら何とか接近できるし、基本的に仮面をつけている時のおいたは免罪符を貰える。

あの日と違い雲に覆われ月も星さえも見えない全てを覆い尽くすような夜だった。


急き立てられるように早く会場入りする。 

今日の招待リストにナディアン大公子が登場するのは招待客の全員が知っていた。


なので娘を着飾らせ既成事実つまり私を押し倒しても、関係を持ち結婚へ縛ろうとする親達の意気込みは果てしなかった。令嬢達は胸元を強調したり、あちらこちらが開いたドレスや刺繍でかろうじて隠れたあられもない姿の者もだらけだ。


その欲を隠そうともしない令嬢達がルイの廻りに蜂のように叢がる。


アレクサンドロヴィナ公爵が登場する時間の少し前にバルヴィネス侯爵も現れた。


キンキンギラギラに飾り立てた侯爵の装いは明日の宮廷の噂のネタになるだろう。

成金度がひどすぎる。

仮面舞踏会でもこれはない。

田舎貴族丸出しだ。


隣にいる妻のルナは笑顔はないものの、憂いを含んだその美貌を可憐で上品な薄紅色の胸元をレースで飾り、裾に薔薇の刺繍をしているドレスを着ている。


装身具は真珠で揃え、品の良さが感じられ、清楚さが際立って美しさが人目をひく。

他の女性達があけすけな姿でいるせいでルナの清楚な美しさはさらに際立った。


仮面は黒のレースを目元につけている。


ルイは悪趣味な侯爵にげんなりして自分の考察が正しい事を確信した。

やはり噂ほどの人物ではないな。

葡萄酒を飲ほし思った。

彼女には私が相応しいと。


アレクサンドロヴィナ公爵夫妻が登場する。

ルイは優雅に公爵夫妻に近づいた。


令嬢達は肩を落とす。


二人も仮面を被り皆に酒の入ったグラスを召使が次々と手渡した。


「では長い夜を楽しもうではありませんか」


その言葉を合図に音楽隊が楽器を奏でて美しい旋律が会場を包み込む。


廻りにいた人々は男女ペアになり踊り始めた。


最初のダンスはまずはパートナーと二曲目からは親しい人と、三曲目は誘われるままにが暗黙のダンスのルールだ。


ルイは二曲目まで大人しくしていた。

同伴のパートナーには義姉を伴っていたので、二曲目まで義姉と踊った。


二曲目はアレクサンドロヴィナ公爵夫人を指名されていた。


夫妻は仲が良く、エレナは噂のルイと踊りたいという欲求だけでとくに理由はない。

なので公爵も余裕で夫人とルイとのダンスを横目で見ながら、他のパートナーの一人と踊っている。


バルヴィネス侯爵夫妻は二曲目まで踊り、さすがの三曲目はアレクサンドロヴィナ公爵とバルヴィネス侯爵夫人が躍った。


ルイはちらりちらりとバルヴィネス侯爵夫人を見てなかなかのダンスの腕前に感心する。


確かシャルタン伯爵は財政にひっ迫していた。

教育にお金をかけるほどではなかったと思っていたからだ。

軽やかに踊る彼女はまるで花に誘われ舞う蝶のようでルイは時が忘れるほど見つめる。


その視線はおのずと相手にも伝わるものだった。

じっと見つめる仮面の男性チラチラと気になるのでダンスの途中で視線を向ける。

焦がすような熱視線に軽く眩暈がしそうだった。


その人は?いや知っている多分あの人。

あの人だわ。

あの夜会の池で会った方そうきっとそう。



期待ではなく。

自分があまりに会いたいと思うあまり違う人をその人だと錯覚しているのではない。


ルナは確信していた。


あの人だと。

そう思っただけで胸の身体の中心に熱いものが後なら後から噴き出して、感情の高ぶりをどうしていいのかわからなかった。


アレクサンドロヴィナ公爵の背中腰に目が合う。


奪われる。心を。身体を。その全てを。

周りの人の視線は無視するこの時に二人しかいないようだった。


ようやく三曲目が終わる。


すると何故かアレクサンドロヴィナ公爵夫妻が夫バルヴィネス侯爵を捕まえて取り巻きと一緒になって囲み始めた。


ルナは夫の元へと行かなくていいのだと思った。

侯爵の隣でにっこり笑っていた公爵夫人がルナに手を払いのける仕草をした。


これでルナは悟ったのだ。


この時を作ってくれるために夫を遠ざけてくれているのだと。

熱い物が胸の中で渦を巻いてこみ上げてきた。


あの出会いの夜から狂おしいほど会いたいと思っていた。

この思いをどう表現したらいいのか?

あの時何故話もせずに逃げたのか?


初めて男性と二人きりになった驚きで思わず逃げ出した。

その後ずっと後悔していた。


今あの人がいる。

私をその燃えるような瞳で見ている。

仮面をしていてもわかる。


彼がゆっくりと私の方を向いて歩いてくる。

その姿は堂々として、優雅で、上品でそれでいてなまめかしい私は吸い寄せられるかのように傍にいた。


自分から近づいたのか?

それもと磁石が引き寄せるようにだったかのか?

分からない。

そう自分の理性とは違う何かが働いて、気が付いた時には私の手を大きなあなたの手を握っていた。


手が。

肌が胸に熱い電流が流れ、血が逆流してくる感覚が襲う。


彼が私の手の甲に口つける。

その口付けた箇所から血がに熱が私へ逆流するような感覚に陥り倒れそうになる。


ああぁ愛しい貴方。

まだ今日で二回目会話もない。

にもかかわらず、この熱をどうして起こるのかわからない。


私は彼の手を取り、三曲、四曲と踊り続ける。

ステップは止まらない。

止まりたくない。


あぁ愛しい方。

ようやく君を探し当てた。

あの夜から今日まで会えずによく過ごせたと思う。

これほどの熱に自分が犯されるとは想像すらしなかった。

一度見ただけなのに狂おしいほど恋い焦がれた君に。


あぁこのまま踊り続けたい。

終わらない円舞を。


お互いの熱を躰から感じながら、今日は仮面舞踏会全てが許される夜。

何が起こっても知らないふりをするのがマナー。

今日だけは………私はルナ・ディア・シャルタン。


二人はクルリクルリと回りながら、舞踏会場を抜け出した。


今日は全てが許される日。

誰からも追求されない日。



二人しかいないように会場を抜けた後、手を強く握りながら駆け上がる螺旋階段。

二人の心臓は同時に鼓動を刻み、一つになった錯覚に陥っていた。


内密にルイは公爵夫人から部屋を借りる話をつけ、静かな客間を目指しといた。

今夜公爵のプライベートエリアは使用人すら出入りを禁じられていたので誰にも会わずにすんだ。


二人はまるで長く恋人同士の様に心で繋がっていたかのような妙な錯覚に陥っていた。


初めて会ったのはあのナディアン家の夜会しかも言葉さえかわしていない。

そんな二人が初めて二度目の逢瀬をしようとしていた。


二人はこの激情の理由も答えもわからないままその部屋の扉を開けて二人だけの世界へ溶けていく。



蝋燭のほのかに照らされた灯りが、夜の帳になんとも言えない妖艶さを感じさせる。

公爵夫人のはからいなのかモスクの甘いアロマが香る部屋。


二人はただ見つめ合った。


お互いの瞳には自分だけが映っていた。

言葉は出ない。

いらないかもしれない。


ルイはルナの頬を大きな手で包み込む。

ルナの頬の熱が、ルイの手の熱が相手に伝わる。

相手の熱は自分の中に入り更に熱を齎す(もたらす)


ルイがその頬を自分に寄せて口元へと誘う。


ルナは少しの恐れを感じながら、その求めに応じようとして長身のルイに合わせようと背伸びをする。

その仕草が可愛いと思った。


ルイの唇がルナのそれに触れて、ぷっくりとしたルナの唇を味わう。

しかしルイにその時、何か違和感を覚えルナの瞳をじっと眺める。

やはりそれを拭い去る事は出来ない。


彼女の小刻みに震える固い身体と触れた唇はまだこじ開けられた痕跡が感じられないのだ。


えっ?何故だ?


激しく吸い付こうとしてその行動を途中で止め、唇を弄ぶだけに留めている。

正確には彼女の舌の中に入れるのを躊躇ったのだ。


ルイは困惑する頭の中で、ようやくある結論を導き出す。


彼女は侯爵夫人既婚者だが、肉体関係を夫と持っていない可能性をだ。

肉体関係を持つがキスさせないなど娼婦しか知らない。


あぁ~~。なんという事だ。


こんな美しい人を妻に持ちながら関係を持っていないなど。


あの男は馬鹿か?

男性経験のない淑女などいつもなら一目散に逃げている。

こんなにこみ上げる嬉しさをどう表現していいか知らない。


「あぁ~愛しい方。

 どうか……。私に全てを委ねて」


ようやくルイが話かけた。


ルナは恥ずかしそうに目線を合わせないが下を向いて頷く。

なんて可愛らしいんだろうか。


気が付いた時にはそのまま横抱きして寝台へ運んでいた。


ドレスの重さは加わっていたが彼女は軽かった。

蝋燭の灯りで潤んだ瞳を上からじっと見つめる。


本当に美しい。

その艶やかな髪をすくいあげ、キスをする。

額に頬に鼻に唇に、手に首筋に鎖骨に。

ルナはその度にピクピク動いた。

いやではない。

決して。 


今まで知らない世界に彼が連れて行ってくれる予感すらしていた。

もう震えるだけの自分とさよならできるかもしれない。

その期待その不安を。


初めてであろうルナの身体をゆっくり、解すように優しく舌で手で弄る(まさぐる)

ルナは時折身体をくねらせるが拒絶ではない。


必死に答えようとしている姿が可愛らしく更にルイを掻き立てる。

唇を重ねその彼女の奥へと舌を絡ませる。

長いキスの後、ルナの吐息が漏れてさらに欲情を掻き立てられる。


大きな手でいとも簡単にドレスを解き、下着の紐を解き始めた。

胸元が露わになる。

恥ずかしさのあまり両手で胸を押さえるルナ。

その手の甲に口つけてはぎ取るとその舌でピンク色の乳房の先を弄ぶと身体の奥からなんとも言えないこみ上げる快楽を初めて知った。


思わずシーツを指で握りしめる。


「はあぁ~~」


言葉にならない吐息が放たれるとルイは愛しそうにその肌に何度も口つける。

ルナの白い肌にルイの印が赤く染める跡がついていく。

自分の者という印。


「愛しい方。どうか私に任せて」


宥めるように話かけて緊張和らげる。

ゆっくりと彼女の下半身へ移動していく。

太もも、膝、足先。全てを食い尽くすように。


特にその内腿は丹念に愛撫してその彼女の奥なる未知の部分を目指す。


誰にも触られた事のない身体の部分を暴かれていく事に戸惑いと底知れぬ恐怖と戦っている。

何度もシーツを強く握りしめて。


獣の様に襲ってくる自分自身からくる快楽を知って、頭の中は底してない恐怖と不安とそして道への好奇心がない交ぜになっていく。


開かれた太腿にルイの手でその花弁を撫でまわす。

その度にルナを身体に電流が走ったかのようにピクピクと揺れて快楽の波が誘う。


「はぁぁ~~」


狂おしいほどの吐息はルイの行為を更に上げさせるだけだった。


指で花弁をこじ開ける。

まだ誰も知らない花弁の先は狭く、到底誰かにこじ開けられそうになかった。

しんぼう強く、ルナの快楽の先を見極め指でルナの潤んだその内部へと侵入させる。

まだ誰にもこじ開けられていないそこはルイの指先をも撥ね付ける。

それでもルナの感度を慎重に探り、どこに反応しどう感じるのか?

手探りで探す。


ルナの喘ぎ声がその位置を教えてくれる。


「あぁ~。感じて愛しい君。大丈夫だ。」

そう言ってルナの緊張を解く。


しかしその手つきは言葉とは裏腹でじらしながらその快楽の先を探し当て、丹念にそして執拗に問い詰める。


「あぁぁ~~あ~ん」


その後花弁に顔を近づける。

さすがに足を閉じようと試みるが、ルイがそれを許さない。

その両足を大きく開いて自分の肩にかけた。



「あっ!」


そして自分のざらりとした舌を一気にその花弁の奥の敏感な場所に泉のありかを探し当て、そこを舌で弄ぶ。


ルナがたまらず叫び声をあげた。


「んnNN~~~あぁ~~だ…め…」


身体は火のような燃え盛りこのまま炎に焼き殺されるのではないかと思ったほどだ。

おかまいなしに更にルナを責め立てる。


優しさと強引さに意識が混とんとしていた。

でもいやではない感覚は嫌で………ない。むしろ………。


「ルナ!ルナ。ルナ」


その男が自分の名を呼んでいる。彼は私を知っているのだ。

嬉しかった。

自分を認めてくれているようで。

貴方が誰でもいいわ。

私を探し当ててくれたから、私をただの「ルナ」という女と認めてくれたから。


ようやく潤んだそのルナの柔らかくなった奥に自分の一部をゆっくり押し当てて、その細い花弁の奥へ奥へと挿しいれていく。

細くて抵抗する中をゆっくりと押し入れる。


その間ルナは感じた事のない痛みとお腹の下が熱く爛れていくのを感じる。

襲い掛かる快楽の波に抗っていた。

敏感に感じていくをどうしようもなく襲ってくる快楽と痛みに。

涙目になっていく。


その涙をルイが舌ですくいとる。


「大丈夫」


そういって全てをその中に納めたルイの頬は赤く高揚していた。


「いいかい?動くよ」


熱っぽく赤らんだ顔でそういうと自身の身体を上下に動かす。


その度にルナの身体は激しく揺れ、中にある彼自身から愛の液が自分へと流れていく。


「はあ あぁぁ~~~」


激しく襲ってくる快楽、欲情、興奮が次から次へと襲ってどうにかなってしまいそうだった。


あたしどう……変な………。


何度も何度も射抜かれ、上下に激しく突かれてて果てる。


シーツの先を何度も探り悶えながら襲ってくる快楽と歓びが同時に混在する。

こんなの知らない。


激しく波打つ快楽の更に奥に巻き込まれていやらしいほどの興奮が自分を支配していくのがわかる。


何度も愛し合った後、ようやく繋がった二人が離れた時に空は白く夜が明けそうな一歩手間でだった。


ルイはすでに失神して疲れ果てたルナを抱きかかえ額にキスをして、自分の服を着替えて手紙をルナの枕元に置いて公爵邸を後にした。


これからは絶対に手放さない為に行動しようと固く心に誓い私邸に戻った。








二人に襲いかかる影と試練


ルナはルイが置いていった手紙を何度も何度も擦り切れるというほど読み返す。


前日はアレクサンドロヴィナ公爵が「侯爵夫人は熱気によったようで倒れてしまった。泊まらせるように」半ば強引に侯爵だけ帰した。

勿論裏では公爵夫人が動いたのだが。


アレクサンドロヴィナ公爵夫人はルナの不幸な結婚生活を聞いていた。

幸せになってほしかった。 


一時の恋のせいで束の間の快楽の相手としてルナを見ていないと判断した夫人は夫と共に協力を申し出のだ。


親友として幸せになってほしかったただそれだけだった。


手紙にはこう書いてあった。


「夢の様な昨夜は生涯わすれないだろう。

愛しい君が僕に捧げてくれた証は、生涯をかけて君を守ると誓う。

だから待っていてほしい。

どんな事が起こっても僕は君の者だ。

君は僕の者だから。


僕の名はルイ・フェルディナンド・ディア・ナディアンだ。


次に会う時は沢山話そう。

愛しい君をいつも想っているよ。

手紙のやり取りは危険だからアレクサンドロヴィナ公爵夫人からの中に混ぜるか真夜中に君の部屋に伝書鳩を飛ばす。


そしてこの手紙は焼きなさい。

焼いても君への愛は無くならないよ。

愛している貴方を永遠に私の全て。


愛しいルナ・ディア・シャルタンへ」


あえて旧姓で書いた懐かしい名。

まだ大きな不幸や憂いを知らなかった頃の名前だった。

手紙を愛しそうに抱きしめながらキスをする。


「えぇ。私は貴方の者。

 ルイ・フェルディナント殿」


そう言いながら蝋燭の火に手紙を当てじりじりと紙が燃えていった。

その時にルナの中でも何かが燃え尽きた。


二人の逢瀬は頻繁には行えない。

何せ普段ほとんど外出を許されない。


買い物さえも店主が邸宅にやってくる。

唯一の外出の許しはアレクサンドロヴィナ公爵邸へ訪問か夫人との外出だ。


しかしそれも大体が侍女も伴われてその動向を監視されていた。

他は夫婦揃っての夜会だけだった。


二人の危険なそれでいて甘美な逢瀬はせいぜい一か月に一度程度でニ、三時間が限界だった。


その他は伝書鳩の手紙のやり取りだけだった。

それでも会えないよりも幸せだと思う。


アレクサンドロヴィナ公爵邸を訪問する際は監視の侍女には睡眠薬をまぜたお茶を振舞まう。

その間にルイを部屋に入れ情事を重ねた。


ある時は公爵邸で、ある時は外出先のホテルで二人はもうお互いが離れるという選択は存在しないまでになっていた。


そんなある日アレクサンドロヴィナ公爵夫人主催のティーパーティーの招待で呼ばれたルナと付き添いの女中頭が同行すると申し出た。


その時に限って年長者の男爵夫人が同行した。

嫌な予感がしたが、会わない選択肢はなかった。


公爵邸に着き、中庭にセッティングされたパーティー会場に公爵夫人が出迎える。

ルナと抱擁した後、女中頭は退席する。


「控室に案内いたします」


執事が侍女頭を控えの部屋に案内すると、ティーポットとカップ、焼き菓子が用意されていた。


「ではごゆるりとお過ごしくださいませ」


執事が部屋を出る。


女中頭が去った後、招待客は勿論来ない。

誘ったのはルナそして、中庭に現れたのがルイの二人だけだ。

勿論お茶会に誘ったわけではない。

二人はお互いを抱きしめ合い、熱い抱擁を交わす。 


アレクサンドロヴィナ公爵夫人は二人の様子を微笑みなから席をたった。


中庭には誰もいないし誰もこない。


女中頭はこの中庭から遠い場所の控室があてがわれていた。


二人は中庭の芝生の上で今日は情交をせずに会話をするのを楽しむことにする。


身体を寄せ合い、お互いの温もりを確認しながら涼しい風が吹く緑豊かな大木の元で語りあかす。


少女時代の話と何故今の夫と一緒になったのか。どういう結婚生活だったのか。

そしてあの夜の事を動揺しながらもしっかり伝える。


ルイも自分の事、家族の事、宮廷の出来事、そしてルナへの愛を囁いた。


二人は時を忘れてお互いの温もりを肩を寄せ合い、時にキスの雨を降らせて昼下がりのひと時を楽しんだ。


別れ際に侯爵家から脱出させる計画を打ち明けられて胸が高鳴る。

そのはずだった。


侯爵邸の私室に戻ったルナを待っていたのは、鬼の形相に烈火の如く怒っていた侯爵だった。

突如ルナの部屋に現れ、いきなり頰を強打した。

高い破裂音がその痛さを想像出来る。

床に叩きつけられたルナの頬は真っ赤になり、爪のひっかき傷で血が滲んでいた。


「この淫売が!

 女中頭から全て聞いたぞ。

 お前が男会っているとな。

 くっそ~~」


ルナははっとしたが、以前のようにただ恐怖に怯えるのはやめようと心に決めていた。

いづわれはばれるだろうと。


「くっそ!!くっそ!くそ」


侯爵は辺にある調度品とグラス、壺、絵皿ありとあらゆる物を破壊して鼻息荒くゼイゼイと息をきらせて言った。


「女中頭に今日から監視させるからな。

 前からおかしいと侍女頭が睨んで、今日は監視につけてほしいと願いでたんだ。

 御前は!」


二人はルナを蔑むような視線を向ける。

侯爵は部屋を出ていった。

侍女頭はそのまま部屋の隅に会った椅子に腰かけて無言で刺繍をし始めた。


ルナは歯を食いしばり絶対に諦めないと心に誓った。

必ずここから逃げきってみせる。

そしてルイの元へ。

妹も助けると。

以前の弱い女はどこかにいってしまっていた。


今目の前にいるのは運命に立ち向かおうとする一人の女性だ。


侯爵は自室に戻ると怒り狂ったように再び調度品を壊し始めた。


お前もか?そう考えただけで、どうしても冷静でいられなかった。

最初の妻は婿養子に迎え入れられた侯爵家の一人娘だった。


彼女の意に添わぬ結婚は全力で拒否し、式では氷の如く冷ややかな顔を隠さずなかった。

いつも軽蔑の眼差しを向けて蔑みまた口さえ聞かなかった。

それでも若い侯爵はなんとか人柄で心を開いてくれるように努めただ。

全てが無駄だった。

そのうち妻の不倫現場を見てしまい、完全に関係が破綻していった。


そこからの侯爵は荒れに荒れ、暴飲暴食や償還通いがたたり、糖尿病や不整脈を起こし不健康になると益々性格が豹変していった。

極めつけが男として不能になった事だろう。


使用人や下人、そして愛人達を囲い悪魔の所業をし始める。

しかし表向きは繕った。

妻はそんな夫に幻滅し、執事と関係してありったけの金目の物を取りそのまま逃げてしまった。


「俺が悪いのか?俺だけがか?

 あれほど誠意を見せたのに。努力したのに。尽くしたのに。寛容さも見せたのに

 何故だ!何故!この容姿のさいか?何がいけない! 何が!」


何度の部屋の中でこの言葉を繰り返した。


あの娘ルナをデビュタントで見かけた時、背筋に電流が走ったのを覚えている。 


若々しく清らかで清楚でまさにこの世の者とは思えなかった。

絶対にほしいと思った。

見た瞬間恋に落ちた、しかし誠意を持って彼女の心を掴むには私の自尊心が破壊されそうで嫌だった。

なら身体だけでも自分の物にしたかった。


そうだ傍に強制的でも鎖で繋いでしまえばいい。

そうしたら俺の物だ。

永遠に閉じ込める檻に。

金の籠だ。


愛したんだ。

狂おしいほどに狂気にも似た愛がそこに存在していた。

一人よがりの妄想の。

お前は私の物だ!という言葉に支配されてしまっていた。


彼女の家系を調べ上げ、父親が金のむしんをしていることを突き止め、さらに借金を重ねるように手を打った。

頃合いをみて借金の肩代わりを申し出代わりに婿になる条件をつけた。


俺の者になったのに!!


歯ぎしりをして悔しがり、怒りで身体が震えどうしようもない。

相手は大公家しかも皇室に信頼高いナディアン家だめったな事は出来なかった。


ただただ妻を監禁するくらいだ。


「私の者だ。わたしだけの者だ。誰にも渡さない。」


侍女頭はほぼルナの部屋を出なかった。

食事も私室に持ち込まれ、そんな日々は三か月以上続いた。


ルイは異変を感じ、アレクサンドロヴィナ公爵夫人に手紙を渡す。

安否を確認してほしいと言いう内容だった。


夫人はすぐにルナに手紙を書いた。

差しさわりのない内容で近く会いたいというものだった。


侯爵は無下にも出来ず、アレクサンドロヴィナ公爵夫人が訪問するならと許可した。


すぐに夫人が侯爵家を訪れてルナに会った。

やつれてはいたが、淋しそうな様子に心を痛めた。

当然侍女頭が傍で監視していた。

二人は慎重に会話を心がけた。


「ルナ大丈夫?

 貴方が体調を崩したと心配です。

 この前会った時は健康そうだったので、まさ

 かと思ったわ。

 いつも貴方を思っているわ。私の唯一の親友。」


その言葉が誰からのものかすぐにルナはわかった。

頷き悲しい笑顔を見せて言った。


「私も貴方をいつも思っているわ。そして信じているわ。愛しているわ私の親友」


二人は抱きしめ合った。

その時にルナの後ろ襟に折りたたんだ何か小さな紙が差し込まれた。

察した。きっとあの人からだ。


頬が、胸の奥がじ~~んと滲んだ。

もう何日会えていないだろう。

いや何日でなはい。何カ月だ。

愛しい方に会えないそんな苦しみは侯爵の義精的な虐待よりも心に傷をもたらした。


アレクサンドロヴィナ公爵夫人はしばらく侯爵家を滞在し夕暮れ時に帰宅した。


ルナは髪の中に手紙を入れて入浴し、召使を下げらせた。

浴槽は一人きり、しかも小窓しかないので逃亡の危険性がないので侍女頭もいない。


手紙にはこうあった。


愛しい人ルナへ


愛しい貴方が心配です。

会いたい。

愛しい。


絶対にそこから奪い去る。

信じて待っていてくれ。

何があろうとも必ず君を手に入れる。

愛しい私の天使



いつも心は傍に

君のルイ


共にこの試練を乗り越えようと勇気付ける内容だった。


涙がとまらない。

愛しそうに手紙を何度も何度も読んだ。

絶対に絶対にここから抜け出して貴方の元へ。

手紙を胸で強く懐く。愛しい人を抱きしめるように。



意思は強かった。

全てを放棄し彼だけを掴み取る。

そう思った。

代償は私が払うと。


そんな無常で虚しい日々は悲しく過ぎていく花が散り、緑がその色を黄色や赤に変えて、景色が白く変わっていく。

自分は置き去りにされて月日は過ぎていく。

容赦なく。

しかしルナは諦めない。

今までも私はいない。

絶対に彼が助けてくれる。

絶望の中ででも一筋の光を知っているから。

時折訪ねてくるアレクサンドロヴィナ公爵夫人が渡す秘密の手紙を心のよりどころとして。



あの初めての出会いの季節がやってきた頃。

思いもよらない話が侯爵から告げられた。


「あのナディアン大公家の次男が上皇陛下の皇女殿

 下の花婿候補になったそうだ。

 しかもかなりの有力候補だ。

 もう忘れなさい。

 御前は私の者だ。永遠にそれは変わらない」


ルナの顎を指で握りながら、下品な大笑いを高らかに上げだ。

得意満面にルナを勝者の貢ぎ物のように勝ち誇って言った。


ルナの目の色は不安にかられるが決めたのだ。


「全てを捧げる」


たとえ裏切られて。

その意思は固かったし迷いもなかった。


その不安を振り払い無言で侯爵を無表情に眺めた。

見るのではなく冷たく眺めていた。


侯爵は馬鹿にされていると感じ、思わず大きな太い手でその柔らかい頬に向けて平手打ちをした。


ルナの口から血が滲む口元を手で拭うと侯爵を睨みつける。

そう以前の様に弱い自分はいないから、ルイがくれた勇気、力の全てが彼への愛だから。



侯爵は焦っていた。

なかなかルナが思い通りにならない。自尊心を傷つけコントロールしてきた。

なのに男を知って、生意気になっていうことを聞かない。


「どうしよう。

 ソフィーあいつが言う事を聞かないんだ。

 こんなに愛してるのに。

 私を裏切った!」


侯爵は母にでも甘えるように女中頭に抱きつく。

女中頭は侯爵の頭を撫でながら言った。


「私に任せなさいな。

 あの小娘は侯爵様の奴隷です。

 そう絶望を味あわせましょう。

 侯爵様の金の籠の中で生きたらいいでしょ」


女中頭は侯爵の乳母だった。

容姿のせいで両親に会いされず育った唯一の保護者だったのだ。




二人の未来の為に



久しぶりに父に呼び出される。

こっちはそれどころじゃない。

ルナが邸から監禁されて部屋からも出られなくなり一年。


まったくこんな時に、父の執務室を荒々しく入ると父は呆れたように自分を見ている。


「ルイ・フェルディナンド。

 御前をフェルディアーヌ皇女殿下の婿養子として提案してきた」


「はぁ?」


自分の耳を疑った。

上皇陛下?

皇女殿下?

あまりの衝撃に身体が金縛りになったかのように微動だに動かない。


「おい。聞いているのか?」


父の大きな声が飛ぶ。



「なんでだ!」


「上皇陛下から皇女殿下の花婿候補の選出をまかされたが。

 条件が厳しくてな。

 二人しか提出出来ないからお前を加えた」


「嘘でしょ!父上」


「お前もナディアン大公家の一員だ。

 義務を果たせ」


そう言ったきり二人は無言になり部屋に重い空気が漂った。


父アルフォソンはルイが幼妻を亡くした後、さすがに当時は思春期だったのでショックも激しかった。

それほどの愛情は見えていなかったが、やはり伴侶を亡くす不幸は拭いきれず心に傷を与えていたと思った。

だからある程度の年齢になるまで再婚に対しては強要をしなかった。

しかしもう二十歳を過ぎ限界だ。


「とにかく。上皇命だからな。

 わかったな」


父上はそう言って執務室を出ていってしまった。


呆然と力の抜けきった自分が残された。

どうしようか?

どうしたらいいんだ?


あの皇女殿下に気にいられでもしたら、上皇陛下は勿論皇帝皇后両陛下も反対は出来ないだろ。


そんな一週間後、見合いの日程が知らされ招待状に招待リストが明記されていた。


ルイはその招待状を見て自分の目を疑った。


ルナ・ディア・バルヴィネス侯爵夫人の名を。


ルイの瞳がいままでにないほど輝いた。

女神ディアは私達を見捨てた訳ではなかったのだ。


急いでルイはアレクサンドロヴィナ公爵夫人に手紙を送って計画を立てて協力を仰いだ。


大丈夫だ。

これなら!



ルナは相変わらずの籠の鳥でまんじりともせず読書をしたり刺繍をしたりと自室で過し、夜は夜で夫からの激しい言葉の暴力を浴びせられていた。


今までなら耐えきれずに泣き明かす事した出来なかったが。


今は違う。

絶対に私は耐え抜いてみせる。

と心に誓っていたから涙をみせず沈黙を貫いた。


そんなある日、一番監視の目を絶やさない女中頭が生母の死去により、邸をしばらく留守にする好機が訪れる。

少しは監視が緩くなるかも知れない。


淡い期待が胸を焦がす。

その日の為に計画を練っていた。

気晴らしに縫い物をしたいと生地を用立てた。毎日飽きもせずにドレスを作る傍ら細長い生地を重ねて必死で縫い合わす。


「あ!」

その時に裁縫箱を落としてしまう。


「ごめんなさいね」

まだ若い女中にそう言って、針や糸様々な物を拾い上げて箱にしまう。


細長い生地が出来た頃、それに結び目をつけて一本のロープのようにした。


ヤッタ!


あとはきっかけがあれば大丈夫よ。

ルイの私邸までそんなに遠くないもの。


ニ週間後侯爵は商談の為にオルファンに渡航しなくてはならなくなり、邸を空ける事になった。

ルナを同伴する事も考えたが、オルファン帝国ではフェレイデンよりも性に対して寛容で男女の重婚を認めていて、ルナの美しさに血迷った輩が何をするかわからない危険をはらんでいた。


ならば邸に置いてきた方がまだましだ。


そう判断した侯爵は更にルナの監視を増やして渋々オルファンへ出発した。



絶妙なタイミングで、最も警戒しないといけない二人がいない。

しかも今夜は若い侍女が夜の見張り役だった。


侍女は深夜まで寝ずの番をするつもりでいたが、若い者には酷な役割だった。

ルナに逃走防止の紐をつけた後、案の定深夜を待たずに睡魔に襲われ寝入ってしまった。


ルナはこの隙を見逃さない。

何度となく音をたて、起きないのを確認して手に隠しもった小鋏で紐を切り裂く。

ゆっくり寝台を抜け、部屋着に着替え黒のコートを羽織り手袋をつけた。


そして作っておいた生地を手にベランダのバルコニーの柵に括り付けてしまう。

丁度一階の中庭に降りる長さだ。


慎重に柵を越えて生地をたぐりよせ、自分の身体を預け、三階から一気に落ちる。

手袋が摩擦を軽減してくれているけれど、ドンドン縫い目画裂けていく。


あっ熱い!


しかし自分でも信じられないが痛さが我慢出来る。

ただただここにいたくない。

その為にはなんでもすると心に誓っていたから。


手袋が千切れたと同時に足が地に着いた。


ほっとしたのもつかの間。

すぐに裏庭のある馬小屋に対う。

馬なら裏門の使用人が、使う柵を越える事が出来た。


早く、早く、早く。

息が切れる。

でも早く早くしなきゃ。

早く。


暗闇の馬小屋に入る。

しかし!



唖然とした。

暗がりの中でもわかる。

馬小屋には一頭たりともいなかったのだ。


「どうして!?

 どうして……」


あ!!

もう遅かった。

背後に人影を感じて振り返る。


馬の調教師だ。


「奥様。

 馬なら、おりませんよ。

 こんな夜中にどちらへ?」

 

唾を飲み込み、ゆっくりと用意した答えを言う。


「眠れなくて。

 庭で乗馬しようと……」


少し間を置いてもう一人影が現れ調教師に耳打ちした。

来たのは若いあの見張りの女中だった。

調教師が放った言葉がルナの脳裏に木霊する。


「ベランダから降りてですか?

 帰りましょう。奥様。

 特別な部屋へ」


血の気が引く。

失望と悲しみ、恨みが波の様に押し寄せる。

ルナの後ろで耳打ちした女中が項垂れていた。


「奥様。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい」


女中も後悔と悲しみと同情が、家族を人質に取られ不本意ながら逃亡を通報するしかなかったのだ。

と後から知らされた。


ルナは使用人が仕置き部屋に使われる独房に移された。

これを手紙で知らされた侯爵は商談を急ぎ終わらせ、フェレイデンに帰国する。


侯爵は私邸に一目散で戻り、独房に急ぎ駆けつけた。


鍵が開けられたその部屋にはベットに腰をかけたルナを見つけると。

侯爵は肩を両手で上下激しく揺さぶる。

無言だが、鬼のような形相で睨んでいる。


そして壁にルナを叩きつけた。


「くっそ……!

 お前はなんで!

 お前は俺の物だ。

 わからせてやる!」


侯爵は顔を殴らなかった。

しかし、顔以外の腕を肩を、足を。

何度も何度も何度もルナを床に叩きつけた。


侯爵は何故か泣きながらルナを殴っていた。

殴られ続けながらルナは違和感しかなかった。


「何故。

 何故あなたが泣いているの?

 何故、何故。

 何故私に執着するの?

 何故!」


ルナは叩かれる痛みと疑問をべつけるように叫び声に近い問いかけをした。


侯爵は瞳孔が開き切り、肩で息をしながら動かなくなった。


侯爵の唇がわずかに震えた。


「……からっ。

 あ…い……あい……し…てる……から」


ルナは信じられずにいた。心が凍りついた。

あり得ない。


「……愛じゃない。そんなの愛じゃないわ」


侯爵を睨みつけ今度はルナが侯爵を睨みつける。


「可哀想な人。

 愚かな人。

 永遠に愛なんてわからないわ!

 あなたには絶対に」


そう言って後ろを向いて侯爵を無視した。

全てを拒絶する意志表示だ。


侯爵は疲労困憊なのか?

ルナの暴言に気力かなくなったのか?身体を引きずるように仕置部屋を出ていった。


しばらくしてバルヴィネス侯爵邸に皇帝陛下からティーパーティーの招待状が届いた。

しかも夫人のみの招待、出席者も提示されていない。

招待状には欠席はまかりならん。と一言つけくわえられていた。


侯爵に選択権はなかった。

皇帝陛下の意を無視するわけにはいかない。

おそらくフェレデンではいられないだろう。

全てを失うどころか不敬罪で逮捕され命も危うい可能性があった。


渋々侍女を二人つけてその日の外出を渋々許した。

乗り物は皇室から用意された馬車で向かう。

御者以外行き先を知らない。


実は会場は上皇陛下の離宮だった。

そう皇女殿下のお見合いティーパーティーだ。

見合いの当日上皇陛下の離宮へ招待客が揃った。


久しぶりのルナはあの日以来の再会だ。

あいかわらず美しかった。

二人は目線こそ会わせなかったが、心はお互いを抱きしめあった。

どんなには相手を愛おしく恋しく思ってきただろう。

このまま奪い去りたかったがそうはいかない。


ルイはまずは自分を候補者から外さないといけない事に集中しないといけなかった。

注意深く皇女殿下の表情や言葉、目線その全てを凝視していた。


そして確信したのだこの皇女殿下は絶対に何かしようとしていると直感的に感じた。


しかもランビエールを見る瞳に自分のルナへの熱視線を見て取れた。

なるほど。



これは?

やはり天は私達を見捨てはしなかったんだ。

そうフェルディアーヌが意中の相手は誰かすぐにルイにはわかったからだ。


その意中の人はランビエールだ。


不敵にほほ笑み、案内された演奏会の席についた。

女性が前列を男性が後列にならんでいる。

どうにかルナの後ろの席にかけた。

久しぶりの二人。

吐息が聞こえるかの距離に身体が熱を浴びる。


今すぐ手をとって逃げたいがそうはいかない。もう少しの我慢だ。


早く終わればいい。

二人は背をむけていたがお互いの放つ熱を感じ酔いしれた。

お互いを見つめ合う事は出来ないが無事を知り安堵する。

そして更に愛しさが恋しさが嵐の様に駆け巡る。


周りは二人の熱を知らない。


鑑賞会が終えティーパーティーが開催し、パーティーの中皇女殿下は今回の花婿候補達と順番に二人になる機会を作っていった。

ここだ!


僕が殿下を誘い、人のいない場所へと移動した。


「皇女殿下」


殿下の手を両手で覆います。

普通こんなことをしたら不敬罪で逮捕だが。

緊急事態だ。


良いですよ。駄目ですよ。と顔が言っている。

とどちらともとりずらいアルカイックスマイルが見た目とは違いそら恐ろしいほど美しい小悪魔的だ。


突然お腹を抱えて笑ってしまった。


「はっはっっ…」


涙さえ出てしまう。


殿下もさすがにキョトンとしている。


「ごめん。 ちょっと………失礼しました皇女殿下。

 ルイと呼んでください

 えっと皇女殿下今回のお見合いですが。

 何か企んでいますね」


目がまん丸になっていますが、その奥にはしまったという狼狽が見えた。


「皇女殿下にかかったら普通はひとたまりもないですよ。

 普通はね。

 ですが私はなにせあの父上ナディアン大公の息子ですからね。

 隠せないですよ」


瞳が口元がすごく下がっていて、ニタニタしてしまう。


「まあぁ。 邪魔しませんよ皇女殿下」


「なんの事か?」


さすがの私も汗が出るかと思うほど狼狽します。


「クスッ クスッッ

 皇女殿下のお望みを私が手助けして差し上げます。

 そのかわり一つお願いが……。

 私はまずルナ・ディア・バルヴィネスと私が自然に会える機会を今一度おつくり願いたい。

 それと彼女と逃亡するための手配と逃亡先の確保を。

 そして侯爵との離婚を、妹の保護を上皇陛下にお願いしてください」


「まあ~~」


皇女殿下は私とルナの関係に頬を赤らめて少女らしい好奇心で瞳がさらに輝きを増していった。

いい反応だ。

皇女殿下も初恋の成就を夢見ている私達の置かれた立場は言わなくてもわかってくれたようだ。


よし!

いい感じだ。


「そのかわり殿下とランビエール様の仲をとりもつ

 最良の作戦を伝授いたします。

 でいかがでしょうか?」


殿下はぽっと顔中を赤くしたかと思ったら、にっこり笑い言った。


「さすがですわ。ルイ殿」


殿下との契約の合意が出来た後はその日を待つだけだった。



その日が私達の新たな一歩になるだろう。


皇女殿下がティーパーティーで倒れたために会は中途半端で終わった。

殿下は非常に後ろめたく思い今度は舞踏会を開催する招待状がやってきた。

予定通りだ。

あの日に失神して倒れるように計画をアドバイスしたのは私だ。


その方が私とルナの逃亡の準備が出来る。

しかも殿下は陛下の影響力が高い。

その後の私達の生活には貴族社会で確固たる地位が必要だからだ。


舞踏会の日、宮廷からの使者が侯爵には「皇后陛下が侯爵夫人に話がある一人で宮殿へくるように」と宮廷に夫人だけが呼ばれ邸を出る事に成功する。


勿論それは嘘で馬車は上皇陛下の離宮へ急いている。

ルナの心も早く愛しい人と会いたいと、気持ちはもう離宮へと駆けて抜けていく。

そして舞踏会の日に私とルナは再びダンスの日を向けえた。

ここには邪魔する者はいない。

ただ愛しい人だけだ。


二人は言葉少ないがお互いを見つめ合う久しぶりの再会にその顔を、瞳に浮かべられただけで幸せだった。


手を手を、瞳と瞳がその存在を触れていられるその幸せを噛みしめた。

普通の恋人同士が出来る事が出来なかった。

その苦しみ悲しさ、悔しさ。

その全てがついに粉々に打ち砕かれて、輝かしい未来しか見えなかった。


「君は僕で。僕の全てで永遠を誓う。

 ついてきてほしい」


愛しい人と夢の様な生活を送れるそんな夢が実現しようとしている。

ルナの胸は喜びでいっぱいでもう言葉が出てこない。

幸せに溺れそうだった。

そのかわり自然と涙が流れる。


「………」


その一筋を人差し指で受け止めて、すくいあげて舌で舐めたルイを見てルナは呆れて笑う。


「笑顔が素敵な。私の隣でいつも笑っていてほしい」


耳元で囁く声は今までの苦しみを取り払うのは十分すぎる言葉だ。


答えは決まっているとばかり満面の笑顔で答える。


円舞を続けながら幸せを噛みしめていた。


舞踏会の終わりを告げられる前に、二人は殿下の許しを得て、裏門に待機されていた粗末な場所に乗り込んだ。


まだ肌寒い夜。

馬車の中でジャケットをルナにかけて、その唇を奪い呼吸も出来ないくらいに舌でお互いの中で交わる。

熱い抱擁と口づけにこのまま死んでも悔いはないとルナは思った。


自分の人生は苦しく悲しく辛くもう死にたいとさえ思っていた。

同じ死を意識するのもこんなに違うのだと可笑しくなる。

今が幸せだから。


二人は今まで見せた事がないくらいお互い笑いあった。

出会って初めてだ。

これから出会って初めてが沢山あるだろう。


馬車はオンディーヌの森の外れにある皇女殿下の小さな別荘を目指していた。


小川が流れ、森に住む生き物たちが生を紡ぐ光景はのどかそのものだと女殿下は言った。


「帝都は侯爵夫人の失踪に騒然となるでしょう。

 しばらくは二人静かな場所で暮らすといいわ。

 私所有の別荘がオンディーヌの森にあるの。

 ほとぼりが冷めた後、また帝都に戻ってこれるよ

 うにします。

 勿論バルヴィネス侯爵は、宮廷で貴族社会で交友

 や商売が出来ないように手を打ちますからご心配

 なく」


殿下は今頃、上皇陛下に涙ながらに、私達の恋の顛末と擁護、侯爵の断罪と処遇と私達の結婚の嘆願、ルナの妹と懺悔した若い女中の保護を切々と依頼しているはずだ。


両陛下はこの皇女殿下に弱いので、二つ返事で侯爵の離婚を神殿に通達するだろう。


しかし本当に皇女殿下は恐ろしい人だ。


フェルディナンド殿にはご愁傷様だが、私じゃなくて本当によかった。


大神殿はおそらく異議申し立てをしないだろう。

「白い結婚」それだけで離婚は合法だ。


晴れて私達は夫婦になる事が出来る。 


騒ぎが治まる一年を森の別荘で静かにお互いの存在を確かめ、会えなかった日々を埋めていくだろう。


二人の邪魔する者はもういないから。


薔薇色の人生が広がった未来を待ちこがれながら、二人の蜜月は永遠に続いていった。


森の陽だまりの中で二人は静かにそして熱っぽく語る。


「幸せだわ。ルイ」


「あぁ僕もだ。ルナ」


後日談


一年後二人は皇后より内示を受け参内を許され、ルイには皇帝から伯爵の地位を与えられた。


エルミエ皇后の配慮により二人への誹謗中傷は厳格に処分する命が出された。


二人の熱愛は宮廷人の注目され、善意をもって受け入れる。 


その後すぐにルナの懐妊がわかり、二人は喜びに包まれた。




完結





 

エロス全開愛・愛・愛のてんこ盛り。やりすぎで吐きそうになりつつ……書き上げました。


小悪魔皇女殿下の婿選び

上皇様の皇女殿下の花婿には好条件をご所望です

の中で


兄様!皇太子を辞退するなんて酷すぎます!

ルイの妹が皇太子妃になるシンデレラ物語

全てはこの日の為だけに…皇后の愛と憎しみとそれは

の外伝


いかがでしたでしょうか?

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どうぞよろしくお願いします。

上記の物語もお立ち寄りください。ありがとうございました。


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