弟が本気出せと言ってきたので本気出してみました。
――――
「いよいよ、佑ちゃんの出番だね」
今あたしの隣には爽太くんがいる。
胸が高まる気持ちがあるのだが、今はそれどころではない。
『何々?あそこに居る長い髪のイケメン誰?』
『えー、見た事がないよね。でも、少し佐くんに似ている様な……』
クラスのみんなはざわついていた。
それもそのはず、走者として並んでいるのはいつものボサボサで長髪の黒縁メガネの佑じゃなくて、メガネを外し髪を一つにまとめた佑の姿であったのだ。
「おー、やっぱ佑ちゃんはあのボサボサの髪を一つにまとめたらイケメンになるね」
「ていうか、あの姿はもう変身してるといってもいいだろ」
あの姿になるのは佑のバイト先ぐらいで学校にいる時は見た事がない。
『ところで佑の姿が見えないんだけど、どこいったのアイツ?」
『えー、そんな奴どうでもいいじゃん!』
『でも、佐くんに似てるって事はまさか……』
初見であの姿が佑だと気づく人は少ないみたい。
しかし、いつもの佑がいないのでまさかと思っているはず。
『佐くんと佑くんも頑張ってーっ!!!』
隣の陣営にいる高嶺さんが2人に声援を送っている。
どうやら、高嶺さんはアレが佑である事に気づいているようだ。
佐は高嶺さんに軽く手を挙げたが、佑は反応なし。
どうやら、佑は本気で走るみたいね……。
『それでは、位置について……よーい………」
校庭に号砲が鳴り響いた。
――――
『おいおい、マジかよ!!?』
『信じられねぇっ!!?』
学校の生徒、先生たちが酷く動揺していた。
それもそのはず、先頭を走るのは佐だが、少し離れた位置に佑が付いて行っているのである。
長距離走は校庭5周走るのでだいたい1500mを走る事になっており、今まさに佐と佑は3周目に突入しようとしており、既にほとんどの生徒を周回遅れにしていた。
「うぉ、佑すげぇな。インターハイに行ってる佐に付いて行ってるじゃん!」
「やはり、佑は天才か……」
地頭くんと堂園くんは驚いている様子だが、
「やっぱり、ゆーちゃん凄いね〜」
「だよね。流石だよ」
佑の事を昔から知っているあやちー、爽太くん、あたしは全然驚いていなかった。
そう、今、驚いている人たちは昔の佑の事を知らず、今の佑しか知らない人たちである。
あたしたちは佑がどんな男か知っている。
そう、佑は不可能を可能にする全てにおいての天才なのだ。
『神谷くん、がんばれぇーーっ!!!!』
別の陣営にいる杏ちゃんの声援が聞こえてきた。
現在、白熱した状況であり、学校中が佑と佐を応援していた。
『今、ラスト一周となりました!神谷佐くんはこのまま逃げ切れるでしょうか!!!?』
最後の一周となった。
佐は最後のスパートをかける。
インターハイに出場した経験もあり、場数も踏んでいる事もあり、まだ幾分か余裕がありそう。
でも……。
『おっとっ!!?2番目を走る謎の1年生もペースを上げて神谷佐くんを追い上げようとしているっ!!!!一体この1年は何者なんだぁっ!!?』
佐に比べて佑には余裕がない様に見えるが、目は死んでいおらず、どんどん佐との距離を縮めていく。
そして、ラスト半周差し掛かる1年の応援席の前でその時は訪れた。
『並んだぁぁっっ!!!!遂に神谷佐くんに並んだぞぉーーっ!!!?』
佑は佐に追いついき、そして、佐の隣を走っている。
会場のボルテージは最高潮。
佐が圧倒するだろうと思われていた長距離走。
しかし、蓋を開けてみれば佐のペースに付いていってる人がいて、それがスポーツで目立った成績を残しているのではなく、ただの帰宅部である佑。
これが盛り上がらないはずがない。
最後の直線、最初にゴールテープを切ったのは……。