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第三話 剣士・葵とこの世界のこと少しだけ

 第三話 剣士・葵とこの世界のこと少しだけ


 ざわめきが、徐々に静まってゆく。路地裏に身を潜めた私と兵藤は、その様子をうかがっていた。あたりが静かになると共に、危険が遠ざかってゆくのを、本能的に感じる。

 んで。

 落ち着いたら、まずはこの質問である。

「ちょっと兵藤っ。なんなのコレ! 私たちタイムスリップしたのっ?」

「いや、その、ちょっと違うんですけど……」

「だったらナニっ?」

「あのっ、その、木璃さん、落ち着いて……」

 兵藤は、さっきまでの堂々とした様子が嘘だったかのようにしどろもどろになり、私をなだめる。なだめられたって、冷静になれるもんじゃないわよ、全く。

「えと……あの、木璃さん、落ちついて聞いてくださいね」

「充分落ち着いてるわよ」

「ならいいんですけど……その、僕たちは、今までと違う世界に来てしまいました」

「見りゃわかるわよ、過去へ来たんでしょ?」

「いいえ、過去ではありません」

「え?」

「木璃さん、こんな所で話すのは落ち着きませんが、少し込み入った話をします。

 良いですか、歴史とか、時間の経過というのは、人間の取捨選択の結果です。

 僕たちは、その『選択された世界』に居たんです。極端に例えるなら、百年前の子供が、道端に落ちている小銭を拾うか、拾わないか、といった取捨選択です。ある世界は、子供が小銭を拾わなかった世界であり、僕たちの居た世界は、子供が小銭を拾った世界である」

「そんな差で、歴史が変わるわけ?」

「風が吹けば桶屋が儲かる、というでしょう? それと同じですよ」

「ほんの些細な差でも、結果は大きく違ってくる、というわけね」

 兵藤は、真剣な顔でうなずいた。

「僕たちは、『選ばれなかった世界』へ来てしまったんです」

「じゃあ……ここが私たちの居た世界の過去じゃないんなら、もし私たちがこの場所に何かを埋めたとしても、それは21世紀のこの場所からは発見されないってこと?」

「たぶん、そうなります。時間というのは、両脇に柵のついた一方通行の道のようなものです。本来は、車線変更もできなければ、さかのぼることもできない」

「私たちは、車線変更したうえにさかのぼったってこと?」

「おそらく」

「そんなことってあるの?」

「あります。……僕のような人間がいれば」

「兵藤みたいな?」

 そういえばコイツ、こっちへきてから全然、雰囲気が違う。おまけにこの流暢な説明。こいつ、いったい何?

 私は急に、目の前の人物に疑問を抱いた。

 兵藤は、困ったようにため息をついて、口を開いたのだが。

「こんなところにいたのか」

 頭上から突然、第三者の声が振ってくる。驚いて見上げると、そこにいたのは、先ほど私たちを助けてくれた少年だった。

 少年は、私たちの顔を交互に見て。

「ついてこい」

 低い声でそう告げると、くるりと背を向けてしまった。私はあわてて立ち上がる。

 あらためて見てみると、少年は私の胸ほどまでしか背が無い。こんな小さな子が、あんな剣を跳ね返すなんて……。

 彼の、黒に近い濃紺のマントの合間からは、青い鞘の刀が見えている。

「あのっ……その、君は……」

 私と同じように呆けていた兵藤が、あわてて声をかける。少年は、面倒くさそうに首だけで振り向くと、大きな三白眼で私たちを睨み付けた。

 怖い……めっちゃ目つき悪いんですけど、この子。

「話はあとだ」

 彼は、それだけ言うとスタスタ歩き出した。仕方なく、私と兵藤はあとにつづく。

 少年は、路地から路地へ、なるべく人目につかない道を通り、一軒の民家の中に入った。ちょっとちょっと、思いっきり他人様の家だけど、そんなに堂々と通り抜けて良いの?

 私が思わず止めようとしたら、少年は猫のように立ち止まり、奥に居た老婆に、

「馬車だ」

 とだけ告げ、また隣の家に入った。私たちは、気まずい会釈をしながら、彼につづく。隣家に入ったところで、上がりかまちにどっかりと腰を下ろしている。

 ……なんなんだろう、この不遜な態度。質問する暇すらなくて、口を開けたり閉めたりしていると、少年は、的外れな答えをくれた。

「最初に入った家は、花田という。用はあの婆さんに言え。これからお前らも世話になるかもしれん、場所を覚えておけ」

 はぁーい……じゃないっ。そーゆー事より、もっと先に説明することがあるでしょう!

 私が言い募ろうとしたとき、これまた絶妙なタイミングで馬の足音が聞こえた。一言の挨拶もなく家を出ると、馬車に乗り込む。あわてて私たちも続く。

 へぇ、馬車なんかあるんだ。一頭の馬が、大人が四人乗れるほどの木の箱をひっぱっている。箱の上部は、藁葺きになっていて、さながら小さな家をひっぱっているようだ。扉は無く、左右に乗降口がぽっかりと開いている。

 御者席はなく、馬の背に粗末な鞍を置いて、みすぼらしい格好の男が座っていた。

 少年は、御者に何も言わなかったが、馬車はゆっくりと進み出す。意外にも、乗り心地は悪くなかった。

「あ、あの、その……とりあえず、貴方のお名前を聞いても、いいですか?」

 兵藤が、いつも通りおどおどと質問する。よかった、いつもの兵藤だ。さっきはあんまり堂々としていて、おまけによく喋るもんだから、私は密かに別人なんじゃないかと疑惑を抱いていたのだ。

 そんな兵藤とは対照的に、少年は私たちと目も合わせずに名乗った。

「葵、だ」

 それだけ言うと、彼、もとい、葵は、腕を組んでうつむき、目を閉じてしまった。

 寝る? 寝るか、この状況で! それは無いだろう、まだ聞きたいことだって山盛りあるのだ。おまけに、馬車はどんどん街の外へ向かっている。やばい、これでは紗枝とゆう子からはぐれたままになってしまう。

「ねぇ、これからどこいくの? 私の友達がまだ……」

「心配ない」

 葵は片目だけ開けてそう告げると、また瞼を下ろしてしまった。説明する気はないらしい。しかたなく私は、ため息を飲み込む。

 ふと見た時計は六時半をさしていて、夜がだんだん深くなってきた。

 


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