41,蟻の群討伐!
魔蟻の巣、女王の間。
そこには生き残っている近衛蟻と女王がその場に居て、働き蟻達が埋もれた土から二つのの卵を運ぶ。
【王との繋がりが消えた。急ぐのだ子供たちよ】
その女王の意思を受け、働き蟻達は穴を掘っていく。
【近衛兵の半分はこの子らに付いていけ。残りの半分は巣の警戒をーーー】
その時、巣の全体が揺れる。
蟻の触覚が侵入者を感知した。
侵入者の排除に動き出した蟻たちだが止める事ができず、それが女王の間に現れる。
「女王蟻と次世代か、運がいい。ーー【トライデント】」
その人間が槍を構えた次の瞬間、女王を守る近衛蟻達がいっきに貫かれる。
【ッ……近衛兵、守りの陣!我が子らよ足止めッ】
「女王の守りがガラ空きだぜ」
迫る槍を手で受け止めるーーーが、受け止めきれず腕が折れる。
「kiiiii!!」
「雑魚が邪魔するな」
女王蟻を守る為に飛びかかる魔蟻達。
だが、その全てを一太刀で薙ぎ払う。
そこには圧倒的な強さが存在した。
働き蟻も戦闘蟻も将軍蟻も近衛蟻でさえ、皆一様にその槍を受ければ死んでいく。
「死にな」
そして、その槍は女王蟻の命も容易く奪っていく。
槍が頭をとらえ、そのまま振り抜く。
そして、その後ろにいた蟻たちも次々と殺していく。
後に残ったのは蟻の死体の山だ。
そこには次期女王蟻と王蟻の姿もあった。
「ふぅーバカ息子が迷惑かけやがって。大赤字だ」
死骸が積み重なるその場で魔石だけを集め、桐島明人はため息を付く。
AランクゲートをクリアしてSランク認定されたと思ったらすぐに救援要請だ。
休む暇もなくヘリに乗せられ、その時知らされたのが自分の息子の不甲斐なさだ。ため息も吐きたくなる。
しかも、息子の為に売るはずだった特級ポーションを買う事になった。自分で手に入れた物だからかなり安くなったが、それでも20億での購入だ。
攻略に使った費用を回収する為とはいえ、野瀬の野郎に分捕られた。
ドロップアイテムも全く無く、今の所大幅な赤字である。
「……さて、帰るか」
これからの懐事情を考えながら、少しでも回収できるように外へ向かう。
ちなみに外はすでに戦闘が終了しており、桐島ハンターがその事に嘆くのはすぐ後の事である。
◆◇◆◇
暗闇の中で目を覚ます。
何も見えない暗闇。
知らない天井すら見えない。
目が慣れるとかそういう問題じゃ無い。
光が一切無い。あるのは暗闇だけ。
そんな暗闇の中に、ほんの少しの光が差し込む。
光が近づくに連れてコンコンと地面を歩く音が響く。
ーーー誰かがいる。
それを私は立って見ていた。
そう、最初から立っていたのだ。その事に気づかなかったのは、ここに立っている感覚が無かったからである。
言うなれば霊体。地面の感覚も無く、私は立っていた。
もしかしたら、これが死後の世界なのかもしれない。
そんな事を考えながら、歩く人影を見る。
コツコツと近づくに連れて音が大きくなる。
まだ遠い人影の音が反射して私のところに届く。
コツコツ、コツ……カン。
「おや、起きていたのですね」
その人影は全容がちょうど見える位置で止まる。
それは人のように見えて人では無かった。
大きな鎌を杖代わりに持ち、反対の手にはランタンを持つ。
その顔は仮面を付けていて、一見人に見える。
でも、私の勘がそれは人では無い何かだと訴える。
名前をつけるなら『死神』。
見ただけで魂が竦むような感覚、全身の震えが止まらなくなる。
それは、私を見透かして言葉を続ける。
「それで、私に付く気はありませんかーーー【バルバトス】」
「……ッ」
その言葉に息を呑み、私は振り返る。
そこには鎖に繋がれた巨体があった。
だが、私には分かった。
それが"バルバトスの本体"だと。
召喚されたバルバトスとは比べものにならない雰囲気。
後ろにいる『死神』と同じ圧倒する気配があった。
「ふむ、まだ言葉を話す気すらありませんか……」
そう言うと『死神』は反転し去って行こうとする。
これで終わり、そんな雰囲気を感じて見ていたがそれを止める腕があった。
目にも止まらぬ速さで何かが私の上を通り過ぎる。
それがバルバトスの腕であったと、少し経ってから気づく。
「……鎖が解けていますね。やはり、釈迦が何か邪魔をしているようですね」
『死神』を捕まえようとした腕は、その直前に何かに阻まれ止まっていた。
それはランタンの光。
魔女が持つシールドのように丸く『死神』を包み、バルバトスの腕から守っていた。それに守られているからか、『死神』は余裕の態度で観察していた。
だが、その腕が炎を纏った時、驚愕の表情で跳び退く。
「これは……ッ!【アグニの権能】……だと。馬鹿なっ!」
炎の腕がランタンの火を消す。
その瞬間、また暗闇が世界を包む。
「どうやってそれを手に入れた!」
「……なぜ裏切った【ラプラス】」
「質問しているのは私だ。答えろ!」
焦る死神を嘲笑う巨人。
その姿が元の力関係を示していた。
「……ッククク、貴様の権能でも見えぬ物があるのだな」
「き、貴様……劣等種の分際で、根に住む虫けらを誰が優等種にまで押し上げたか分からんのか!」
暗闇の中で二体の言い合いが続く。
それが何を意味するのか分からないが、バルバトスは『死神』と敵対しているようだ。
まぁ、こんな暗闇の中で幽閉されているのだから、バルバトスは負けて捕まったとかだろうか?
「……ッククク」
「……もう良い。貴様と話す事などもう無い。新世界に貴様の椅子は無いと知れ!それと、私の名前は『クロノス』だ。間違えるな」
「……自身を神と自称する愚かな虫ケラよ。我らは裏切りを許さぬ。誰も貴様になど付かぬと知れ」
それを最後に静寂が空間を支配する。
コツコツと『ラプラス』の遠ざかる音だけが鳴り、少しするとそれすら聞こえなくなる。
どうやら私は見えていないようだ。
もう見えなくなったバルバトスを見上げる。
そこに巨体があると思うと少し怖い。
「おい、なにジロジロ見ている」
ドキッと心臓が鳴る。
どうやらバルバトスには私の存在が見えているらしい。
「私が見えているの?」
「召喚したのは我だ。珍客が居たせいで時間がない。よく聞け、神の欠片を集めろ」
「それだけ?そもそも、神の欠片って何?」
「我の思念体をそちらに送る。質問はそいつにしろ」
「ちょっと……」
言葉を続けようとして、頭が回る。
立っているのかさえ分からない状態で、まるで酔っ払いみたいにフラフラと倒れる。
「時間か……さらばだ契約者よ。奴の権能さえ奪えば元の世界に戻る。運命の弦が弾けぬ内に力を付けよ」
◇◆◇◆
「……はっ!」
目が覚めると知らない天井があった。
立ち上がろうとして、全身の筋肉が悲鳴をあげる。
「……イッ」
これはあれだ。
数週間目を覚まさなかった時と同じ感覚。
まったく体に力が入らないし、何より体の動かし方を覚えていない時の感覚。
顔を動かして、ナースコールを探す。
たぶん病院ならあるはず……。
少し探すと、知っているのとはだいぶ違うがボタンがあった。
その赤いボタンを震える手で何とか捕まえて押す。
バキッ
……壊れた。
最悪だ。
力加減をミスした。
これは本格的にやばい。
今の状態で人と接触すれば良くて複雑骨折、最悪もげてしまう。
そんなスプラッター映像はゴメンである。
ここは大人しく感覚が戻るまで待とう。
目を閉じて瞑想する。
確か、私は王蟻を倒して……その後の記憶は無いから、たぶんそのまま気絶したんだと思う。
それで病院にいるって感じかな?
……ちょっと待って……私何日寝てたの!?
やばい、どうしよう……留年確定かも。
「あら、起きて早々ナースコールを壊すなんて……ナツキはアレね。ヤンキーね」
「イリーナ……今私、絶望しているの」
「へー」
「私って何日寝てたの?一週間?」
一週間ならまだ間に合う。
そう思ってイリーナさんの顔を見ると首を横に振っていた。
「に、二週間?」
「違うわ」
「……一ヶ月?ま、まさか三ヶ月!?」
「いいえ」
嘘でしょ!?
もしかして半年とか一年?二度留年で妹と同じ学年!?
最悪は除籍?
……妹と学園生活は有りかも?
「そう、私は今日から浦島太郎ね。それで、私は何年眠って居たのかしら?」
しみじみと呟く私に、イリーナは何とも言えない表情になる。
そして、ため息とともに呆れた表情で言う。
「……一日」
「……」
「正確には12時間よ」
「おはようイリーナ。少し寝過ぎたみたい。さっきのは寝言だと思って忘れて」
「ネゴト、オーケー忘れない」
くそー、全身痛くて忘れろチョップが出来ない。
一生分の恥をかいたわ。
「明日、日本に護送される。その前に言っとく事あった。ありがとう」
「えっと、どういたしまして?」
「今度日本に行った時、恩返す。だから住所教えて」
言われるがまま住所と電話番号、学校名まで言わされた。
というか、今度来るっていつよ?
聞こうと思ったのに、聞く前に病室を出ていくイリーナさん。
そして、すぐに別の人が入ってくる。
「よお」
「あれ?桐島ハンター」
「なんだよ、もっと驚くと思ったのに」
「わーびっくり」
「……はぁーやっぱガキはガキだな」
なんだと!?可愛いと言え!
「心の声も丸聞こえだ。……真面目な話、俺の倅が悪かったな。迷惑かけた」
「……」
「あいつの怪我は気にすんな。自己責任だ。だがまぁ、少し反省したら治してやるつもりだ。だから気にすんな」
「……別に気にしてないし」
実際のところは少しだけ気にしていた。
桐島ハンターとの関係も悪化するかもって思ってたし、自分がリーダーの時に怪我をしたんだ。
少しだけ、ほんの少しだけ罪悪感みたいな物があった。
あの時、ちゃんと止めれていれば……あるいは私がもっと高ランクの有名なハンターだったら彼らも言う事を聞いていたかもしれないって。
「それなら良い。話ってのはそれだけだ。これでトライデントとの契約も終わり。また日本に帰ったら好きにハンター活動でもしな」
「蟻は?」
「全部倒した。女王蟻もな」
ならもう繁殖する事も無いのか。
後は帰って期末テストを受けるだけか……。
「なんか疲れた」
「疲れている所悪いが、明日にはドナドナ出荷されるぞ。日本人がいると邪魔なんだとよ」
「……そう。戦争?」
「まぁ、そうなるな。領土引渡しと賠償金を払えば解決するが、あの国が払うかどうか……。日本も日本で荒れそうだ」
「何かあったの?」
「……立華ハンターが死亡した。Aランクハンターの死亡は、今回の派遣を決定した日本政府へのダメージにもなる。世間も騒がしくなるだろう。今回参加したハンターにも矛先が向くかもしれない。配信も控えたほうがいいかもな」
「……そう。立華ハンターが……なんて言えばいいのか、分からないわ」
「ハンターなんだ。立派に戦ったって見送ればいい。でも、世間じゃそれを理解できない。ファンを名乗ってる馬鹿な連中は特にな」
立華ハンターの死は特に驚きもなく、すんなりと受け入れられた。
それは数日しか一緒にいなかった事や、あまり彼女の事を知らなかった事も関係する。
でも、一番の理由はハンターだからだ。
ハンターはいつか死ぬ。どれだけ強くても死ぬ時は死ぬ。
死ぬような経験を何度もしたハンターなら誰もが同じように感じていると思う。
その死の経験に折れなかった人間が上位のハンターとして活躍する。
折れた人間が普通の人として生きていく。
だから、桐島ハンターは立華ハンターに立派に戦ったと賞賛を送るのだ。それは今回だけでなく、過去の戦いも含めて、立派に戦い抜いたと。
なんとなく、桐島ハンターの死生観が見えた気がした。
「さて、そろそろ面会時間を超えちまう。じゃあな」
桐島ハンターが居なくなった後、誰も病室には来なかった。
壊れたナースコールが揺れる。
……交換してもらうの忘れてた。
「はぁー忘れてた」
「ようやく思い出したか人間」
「ん?」
独り言に誰かが返事する。
そこには黒く小さな悪魔が居た。




