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40,超越者の視界





イリーナさんから貰ったアイテムの実を見る。



ダンジョンから手に入るドーピングアイテム。

身体能力を上げる物や痛みを無くす効果を持つ物など、さまざまな物がある。


イリーナさんの話を聞く限り、身体能力を上げる効果や回復効果、他にも技能の制限解除効果?があるのだろう。


そんな効果を持つドーピングアイテムは聞いた事が無い。

かなり貴重な物だろう。


ドーピングアイテムにはデメリットがある物も多い。

たぶんこれは、連続使用できないとか、体力が回復しないとかかもしれない。


貴重な物を預けるくらいには追い詰められているという事だ。

あるいは私を信頼しているのかも。それなら嬉しいな。


ただ、その信頼に応えられたらいいのだが……。



片手を失ている魔蟻を見る。

バルバトスの攻撃を片手で防いで避けている。


アレに勝てるのか……。

観察していると、蟻の色が変わったように感じる。


殻の色が少し黒色になっていて動きも理性を感じる。

最小限で大剣を避け、受け流し、下がる。理性を感じる反面、バルバトスに加える一撃は弱くなっているようだ。片手を失っている影響か、あるいは……


「……色で強さが変わる?」


「たぶん、そう。赤いと反応できない。怒りと熱が関係してると思う。ベースは王蟻よ」


「王蟻……」


人型だから近衛蟻か王蟻のどちらかだと思ってたけど、王蟻の特殊個体だったか……。

魔蟻はただでさえ武器の攻撃が効きにくい。王蟻はさらに硬くなる。魔法攻撃の無い私では少し厳しい相手なのだが、今は『雷神の槍』がある。


ただ、それで勝てるかは別問題。

勝てない相手から勝てるかもしれない相手になる。ドーピングアイテムと降臨で身体能力の差をどこまで埋められるかが鍵だ。


「行ってくる、下がってて」


「死なないでね」


「死なないけど、無理そうなら逃げるから」


離れていくイリーナさんを横目にバルバトスを見る。


イリーナさんが言うにはこの実を食べれば降臨もできるようだが、もし降臨が使えないようなら逃げるしかない。


その時は貴重なドーピングアイテムを使うだけになるが、命の方が大事だ。

前言通り逃げさせてもらおう。



実を口に含む。

何度かドーピングアイテムを使ったことはあるが、口に含むだけで効果が実感できる物は初めてだ。


体が軽くなり、まるで全身の細胞が活性化するように体が震える。

実を飲み込むと溢れる力が私を包み込んだ。


「はぁはぁ……」


体を巡る全能感を抑え、クリアになった視界で王蟻を捉える。

まだバルバトスが抑えている。王蟻もバルバトスを脅威と認識して戦っているようだ。


今すぐ降臨を使って参戦してもいいが、懸念がある。

それは、身体能力の上昇による体の制御と降臨による体への負担だ。


ドーピングアイテムや技能による能力の上昇に、反応が追いつかない事はよくある事。また、高い能力は体への反動が強く負担になる。


戦闘中に少しづつ慣れていく必要があるだろう。


槍を片手で持って振るう。

降臨前でさえ、すでに体のスペックを持て余している。


気分はロボットに乗るパイロットやVRの世界。

まるで自分の体じゃ無いような感覚。



慣れていない人なら体を動かすのも一苦労だろう。

でも私は、少し前にもっと動けない感覚を体験した。それに比べれば力加減をミスするくらい問題ない。


「……うん。行ける」


感覚で分かる。

これまで使えなかった降臨が解放されたと。


技能書を使った時に近い感覚。

出来ることが増えたと実感する。


「【降臨・バルバトス】」


その瞬間、10メートルの巨体が消える。

全身に力が巡り、心臓が加速し血管が波打つ。


ドーピングアイテム以上に力が溢れ出して……急に体が縛られる。


まるで全身に鎖が巻きつけてあるかのように。


「うぐぅ……」


息ができない。

息をしようとして、空気が詰まる。


何故?どうして?

……何も分からない。


バルバトスが消えたことで王蟻がゆっくりとこちらに向かう。

本当にゆっくり、まるで歩いているようにゆっくりと。


体感数十秒の時間を使って蟻が目の前に来る。

戦う為にゆっくりと槍を構える。


まだ体が思うように動かない。

この状態ではマズイと、時間を稼ぐ為に槍を振るう。


ゆっくりとした動作の中で少し早い槍の払い。

それを王蟻は受け止めようとゆっくり腕を動かしーーー防げなかった。


吹き飛ばされる王蟻。


理解できない現象が、吹き飛ぶ王蟻を見てそれが何かすぐに理解した。


時間が遅いのだ。

ゆっくり吹き飛ばされる王蟻。まるで動画をスロー再生しているみたいで、これがトップレベルのハンターが見ている世界なのだと理解した。


ようやく息ができる。


吸って吐いて、たった数秒の行為が何十秒にも感じる。


槍を構えて走る。

ゆっくり走る。


もっと早く動けと言わんばかりに、この世界で私の足は遅い。


それでも数秒で王蟻に追いつき、横腹に槍の一撃を加える。


まだ王蟻は反応できていない。


「【雷帝】」


たった数文字さえ長く感じる世界の中、私の体を雷が包む。

その間に王蟻は体勢を立て直し、体から赤い光が溢れ出す。


「【風雷】」


跳んで迫る王蟻に風と雷が襲う。

飛ばされないように体を低くし、王蟻に迫る。


雷と風が入り乱れる中で私と王蟻は戦う。


槍が落ちる雷を吸収し、風が私の背中を押す。

王蟻は雷に打たれ風が攻撃の邪魔をする。


私の槍が王蟻を徐々に押し始める。


「kiiiiii」


「はぁはぁ」


遅くなった世界で王蟻の攻撃は私よりも早い。

だが機動力を失い、片腕を失った状態ではどの攻撃も単調になっている。その上この天候だ。


攻撃を槍で、盾で、時には後ろに飛び避ける。


少しづつ上がる攻撃の速度。だが反対に、理性を失い隙が大きくなっている。


その隙を狙って槍で攻撃する。

雷が相手の動きを阻害してまた隙が生まれる。それの繰り返し。


だんだん追い詰めていくのを感じる。


このまま行けば……。

勝利の予感を感じとった時、同時に悪寒が体を震わせる。


繰り返し突き出そうとした槍を無理やり引き返し、前に進もうとする体を足で止めて後ろに飛ぶ。


嫌な予感が的中する。

そして一歩判断が遅かった。


王蟻の体から目が潰れるくらい眩しい光を放ち、反射的に目を閉じる。

次に目を開けた瞬間、王蟻が目の前にいた。


迫る腕を見てなんとか槍を横向きに構える。


槍の腹に王蟻の腕が打つ。


 ピキッ


赤から白へ変色した王蟻が迫る。

下がる事が出来ず、迫る攻撃をまた槍で防ぐ。


 ビキッ


嫌な音がした。

このままだと槍が……。そう思っても態勢が悪く防ぐしか無い。

そして、その予想はすぐに訪れた。



 バキッ



3度目の攻撃を防いだ瞬間、槍が2つに割れる。

雷が消え、風が止む。だが、敵の攻撃は止まらない。


槍を捨て4度目の攻撃を左腕に装備していた盾で防ぐ。

3度の攻撃の間に体勢はましになったが、それでも踏ん張りの効かない体勢。吹き飛ばされる覚悟でガードする。


「……ガッ」


攻撃を受けた瞬間、左腕からも嫌な音がした。

だが、それを考える前に視界が回る。


地面を転がり、何度もぶつからながら壁で止まる。


体を起こそうとして、左手の感覚が無い事に気づく。

盾が曲がり、腕も同じように凹んでいた。


腕が折れている。

痛みがないのはドーピングアイテムの効果だろうか……。


「……はぁはぁ」


右手だけで立ち上がり、壁に背を付けて王蟻を見る。

早くはないが、近づいてくる姿は鎌を持った死神そのもの。


負けそうになったら逃げるとは言ったが、逃げられそうに無い。


武器も失った状態では勝ち目が無い。

これなら降臨を使わずにバルバトスを召喚し続けた方が逃げる時間が稼げた。


今からでも解除して……そう考えてふと思い出す。

―――私にはまだ戦う方法がある。


「魔剣召喚【ヘルスレイヴ】」


バルバトスが持っていた大剣。

降臨状態なら召喚できる。



巨大な剣が召喚されると思っていたが、想像とは違い人間サイズの剣が空中に現れる。

巨大な剣でも今の私なら使えると思っていたが、これは予想外。

折れた槍と盾を捨てその剣に手を伸ばす。どのみちこれ以外に生き残る方法は無い。


それを掴んだ瞬間、体から力が抜ける。

まるで血液が抜き取られ、体から水分が奪われるような感覚。


「うっ」


目眩がし、手から離れそうになる剣を地面に突き立てギュッと握る。

グッと力を込めれば、先ほどの目眩が錯覚だったようにしっかりと視界が晴れる。


荒い呼吸を整え、剣を地面から抜く。



槍を持った時とは別の感覚。

何故かゆっくりとした世界で剣の軌道が先に見えた。


未来予知、第六感、あるいは限界の体が見せた幻かもしれない。


ただ次の瞬間にはその軌道に自分の身体が動いており、剣が王蟻に迫る。


迫る剣を王蟻は難なく逸らすが、それは先読みした動き。

逸らされた瞬間には重心が変わっており、王蟻の攻撃を避ける。返す剣で王蟻の無防備な胴に一撃を加える。


王蟻の殻が割れ剣が食い込む。

血液が飛び散り、それと同時に下がる。


1秒遅れて王蟻の腕が空を切る。


よく見える視界でその姿を見て、初めて王蟻の姿をしっかりと見えた気がした。

羽を失い、片腕を失い、全身大小さまざまな傷ができている。それでも無理に動かしている為か、血が吹き出している。


これまで聞こえる声は雄叫びや威嚇に聞こえていた。

でも今はまるで悲鳴のように聞こえる。


ボロボロなのは私も同じ。

でも、王蟻の身体には明らかな致命傷がいくつもある。


たとえここで私が負けて倒れても、おそらく王蟻に残された時間は少ないだろう。

それでも目の前の私を倒す為に血を流し迫る。


王蟻の腕が振り下ろされる。その攻撃を剣で受け流す。

速さは変わらない。それでも、簡単に受け流せてしまった。おそらくすでに限界を超えているのだ。


燃え尽きたような灰色の腕は狙いが定まらないのか、だんだんと大振りになっていく。それは隙が大きくなっている事を示していた。



すでに折れた左腕に感覚が戻ってきていた。

両手で剣を握り、王蟻の腕を弾き返した瞬間、先読みの剣が王蟻の頭を捉える。


「これでッ、終わり……」


その軌道にそって剣を進める。

ゆっくり進む世界で王蟻の首にサッと剣が走り、あっさりと王蟻の首が落ちた。


首の無くなった体は最後に残っていた力で倒れ転がる。


あまりにパッとしない幕引き。

肩で息をして私は膝と両手を地面につく。


もはや一歩も動けない。

ドーピングアイテムの効果が切れたのだろう。世界の流れが早くなる。


喧騒が耳に流れ込んできた瞬間……私は意識を手放した。





王蟻の死骸に近づく影が1つ。

イリーナ・アダモヴィッチは戦闘が終わるのを待っていたのだ。


『結果としては、まぁ悪くないわね』


夏輝が負けた後、もう一度【ブレイブ】と【支配者の降臨】を使い、確実に仕留めるつもりでいた。

聖樹の実による傷や魔力は回復は無いが、短時間であれば全力の能力を発揮できる。


問題は倒し切れるかどうかだったが……仮定の話だ。

結果は夏輝が勝ち戦う必要がなくなった。


負けると思っていたが、夏輝の能力が予想以上に強くなっていた。

聖樹の実無しでの降臨はまだできないようだが、いずれ面倒な相手になるだろう。


『始末すべきかしら?』


首の無い死体に剣を突き立てると、その体から魔石を取り出す。

Sランクでも上位の魔石だ。希少かつ使い道も多くある。王蟻の素材で1番価値のある素材だろう。


それをアイテムバックに仕舞い、倒れた夏輝の方へ向かう。


『……』


息はある。

見たところ大きな怪我もなく、血が着いた左腕もすでに治っている。


気絶しているだけのようだ。


剣を持っている手に力を入れ……手放す。



魔剣は空中で消えた。


『一歩遅かったけど……まぁいいわ。信頼は稼げているし』


少し離れた東の空を見る。

そこには一機のヘリが飛んでいて、日の丸の印が付いている。


それが日本からの増援だとすぐに判断し、夏輝を抱えてヘリの方向へ進む。


『味方になれば1番なんだけど……はぁ、今度シミュレーションゲームでも始めようかしら?……ちゃんと恩を感じてるわよね?心配になってきたわ』





――――――――――





【偽りの神の尖兵――撃破報酬】

・火神の欠片がバルバトスに統合されます。

・火神の欠片によりバルバトスの鎖が一つ解放されます。

・バルバトスの遠隔意識が解放されました。

・バルバトスの遠隔意識により契約者の意思を召喚します。






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