4,強襲……でも、問題なし
『TSポーション』が10億もする理由は、その使用者の多くがハンターだからだ。
性別を変えるだけ。
内容としてはそれだけだが、これが見つかった当時から高額なアイテムとして取引されている。
使い道は主に、限定装備や限定技能の習得だ。
限定装備、限定技能とはある条件下のみで装備、習得できる技能の事である。
例えば、魔女シリーズと呼ばれる武具は女性しか装備できない。魔女系統の技能も女性しか習得できない。
こういった装備や技能は他にもあって、それぞれ条件が異なる。
そして、条件付きのモノは総じて強力な傾向にあるのだ。
それだけでと思うかもしれないが、もう一つ理由がある。
魔女系統の技能っを持った女性が『TSポーション』を使い男になっても、魔女系統の技能は使用できるのだ。
ドロップする数が少ない事と、強力な技能を手に入れたい冒険者の数が多い事から、『TSポーション』の値段が吊り上がっていると言える。
絶対に欲しい冒険者は10億以上出しても手に入れる。それが『TSポーション』だ。
―――その『TSポーション』が今私の手の中にある。
他に『TSポーション』の希望者が居なかったので先に品が届いたのだ。
もちろん参加は必須だし、これを今すぐ飲む訳にはいかない。
『TSポーション』にはデメリットが1つある。
性別が変わる事で体形も変わり、慣れる事に1ヵ月はかかる事だ。それに女性には女の子の日がある。
最低でも2ヵ月はハンター活動ができないと見た方がいいだろう。
――――――――――
ポーションが届いた翌日1月15日。
ダンジョンに参加する為に冒険者が集まった。
場所は渋谷駅近くの倉庫、ゲートの近くに用意されたダンジョン協会倉庫で武器と防具を受け取り最終確認を行っている。
総勢18人のハンターを観に一部の野次馬がいる倉庫で水嶋ハンターの演説を聞き終える。
有名なハンターは高額な武器防具を身に着け、ハンター組織に所属する者も組織からの支援で同程度の物をそろえている。
そんな中で個人のそれもBランクハンターになったばかりの私の防具は見劣りしている。
盾はそこそこ良い物たが防具はそのままだ。どう見てもBランクになったばかりの新人。
おそらく防具だけなら同行するCランクハンターにも劣る。
「―――それじゃあ攻略を始めましょう」
おそらく高校生ハンターという肩書の、視聴者獲得のための客寄せパンダとしか思われていない。
技能も公開していないし、公開したらしたで同世代にやっかみを受ける。なんせ10億以上の技能が2つもあるんだから、ハンター組織に所属していてもこんな待遇は珍しい。
ちなみに足手まといだともっと批判される。寄生ハンターという言葉が流行語になった事もあるくらい、ネット民は寄生する奴が嫌いだ。
つまり目立たないように成果を残して無難に攻略を終わりたい。
「武蔵くんは最後に入ってね」
「はい」
と、声を掛けてきたのはBランクハンターの伊藤慎。
ちなみに彼も同じソロのBランクハンターで、なぜか敵視されている。まあたぶん年下でなったばかりの後輩にマウントを取りたいのだろう。
ちなみにゲートに入る順番はAランクハンター4人が先に入り、物資を持ったCランクのハンターが3人、最後にBランクのハンターが……となっているが、Bランクハンターの順番は装備の実力順みたいになっている。
個人ではなく装備の質で順番を決めるあたり、テレビの紹介順番みたいな感じなんだろう。
―――高校生の私は最後のダークホース的に扱われるのかな?
◇
ゲートに入ると、よくあるダンジョンの壁が目に入る。横だいたい5メートル、天井までは10メートルくらいの大きいダンジョン。
岩のごつごつした壁や天井、壁には松明が等間隔に置かれている。こういったダンジョンの壁は破壊できないようになっているが、罠などは破壊できる。
そして、入ってすぐに見える巨大な牛の魔物と、戦っているハンター。
どうやら奇襲を受けたらしい。
ミノタウロスは全長5mの中型魔物で、中型の中では身体能力が高い。魔法を使わない代わりに、大きな腕に持った牛刀で攻撃してくる。
同行しているCランクハンターに、今どうなっているか聞く。
「は、入ったらもう戦闘が、始まっていて……邪魔にならないようにここに……」
3体のミノタウロスが暴れている。
それぞれにAランクのハンターが1人付き―――
「っち、もう1体奥から来るぞ!」
「俺がやる!手があいてるBランクこっちに来い!」
どうやらもう1体ミノタウロスが来るらしい。
同行しているハンターに聞くと、これで8体目。おそらく、ゲートからの出現位置がばれていたのだろう。
「……ッおい、もう1体逆から!」
すでに4体のミノタウロスを相手にほとんどのハンターが参加している。
余っているのは3人のCランクハンターと3人のBランクハンター。それも最後に入ってきた弱いほうのBランクハンターだ。
対してミノタウロスはBランクゲートのボス。複製体は能力が下がっていても、普通のBランクゲートに出るBランクの魔物よりも能力値は高い。
転移で現れた5体目のミノタウロスは、近くにいたハンターに襲い掛かる。
近くに居たのは伊藤ハンターと和泉光輝ハンターだ。
和泉ハンターは転移に合わせて避ける動作をしていたが、伊藤ハンターは完全に意識外で避け遅れている。
『ブモォォォオォオォォォ!!!』
現れた牛の魔物の攻撃に手に持っていた丸盾を構えたが、技能を発動させる余裕はなく牛刀で薙ぎ払われる。
数メートル飛ばされ、完全にダウン。斬られていないので死んではいないと思うが―――
『オォォブンッ!!』
ミノタウロスのターゲットが4人で固まっていた私たちに突進してくる。
同行しているハンターはその姿に腰を抜かして倒れているが、私は盾を構える。
「『重盾』―――『不動』……ッ!」
盾の技能を使った瞬間、盾から腕に衝撃が走る。
5メートルある牛の突進は、技能を習得して初めて痛みを腕に感じる。
重くしているのに、ズルズルと下がる足。
このまま動きを止めておけば―――
「ッ……『カウンター』!」
牛刀が光るのを見て、嫌な予感がした。
技能を使った瞬間ミノタウロスが飛ばされ、飛ばされる直前にミノタウロスが振るった牛刀の先と盾がぶつかる。
吹き飛ばしていなかったら、盾が割られていたかもしれない。
『カウンター』は力を反対方向に跳ね返す能力。そして、これには溜めた分も加算される。
ミノタウロスの突進とそれを受け止めた数十秒の力が、そのままミノタウロスを吹き飛ばしたのだ。
―――ただし、腕に反動が返る。
金剛明王を顕現させていれば明王の手に引き寄せられるが、これは変わるベクトルが手に向く感じで。
ミノタウロスの突進を金剛明王が受け止められるかと言われると無理だ。ミノタウロス相手には金剛明王は不利になる。
「だ、大丈夫ですか武蔵ハンター」
「大丈夫です。それより私の後ろにいて下さい。守れなくなります」
「「「は、はい!」」」
少し痛みを発する腕にポーションをかけ、万全の体勢でミノタウロスを睨む。
不意に『カウンター』で飛ばされ、少なくないダメージを受けているだろう。それでも倒せるようなダメージじゃないはずだ。
―――だが、倒れたミノタウロスは起き上がらず、そのままドロップに変わった。
よく見ると和泉ハンターが止めを刺していたのだ。
ドロップ品を片手にこっちに戻ってくる。
「ありがとね武蔵くん」
「いえ。むしろ助かりました」
「僕は暗殺系だから防御が弱いんだ。これ君に上げる」
そう言ってアイテムを差し出してくる。
ドロップ品は牛刀だった。
「いえ、これは和泉ハンターの物です。そう計上しといてください」
「お、いいの?ありがとさん」
ドロップ品を同行のハンターに渡すとすぐに気配が消えた。
……気配察知の能力がないと彼には気づけないようだ。
「あん?こっちは終わってんのか」
桐島ハンターが来たが、獲物がいない事に気づいて睨んでくる。
なんで和泉ハンターが気配を消したのか分かった気がする。
「おまえが倒したのか?」
「いえ、和泉ハンターと一緒に」
「そうかよ。……ほれ、俺は3体倒したぞ。魔石と角、あと肉だ」
なんか自慢された。
防御特化の私と比べても意味ないと思うけど。
「明人さん後輩にマウント取らないでくださいっす」
「マウントじゃねえ。実力を見せてやってるんだ。……それより、ポイント見れねぇのは面倒だな」
「そりゃあ見れたら殺し合いになっても可笑しくないっすよ?」
トライデント所属のBランクハンター西達也と桐島ハンター。どちらもトライデントから支給されている装備で、私の装備よりも高い。
防具はダンジョン産ではなくダンジョンの素材を使ったオーダーメイド。性能は知らないが、Aランクでも通用するレベルだろう。
桐島ハンターの武器に関しては有名な『雷装トライデント』の槍、値段にして60億円の代物。
「それにしても凄かったっすね。ミノタウロスの突進を受け止めるなんて!」
「……お前馬鹿だろ?ああいうのは避けるんだよ」
「いや後ろに……あ、伊藤さんを起こさないと」
「大丈夫っすよ。うちの友近が回復しに行ってるんで」
西ハンターが言うに五十嵐ハンターはヒーラーらしい。
といっても、何度も回復魔法を使えないので、重症やポーションで回復する時間が無い場合に技能を使うらしい。
私にはそれほど重症に見えなかったが、伊藤ハンターは重症だったようだ。
「普通の人は吹っ飛ばされたら重症っす。武蔵ハンターは防御に特化してるからっすよ」
「純タンクか……おいお前、トライデントに来るか?」
「いえ、ガキなんで」
「明人さんの口癖のせいで、また優秀な人材のスカウトに失敗したっす。リーダーに報告っすね」
「バカ待てや、なんで俺のせいやねん。お前もちゃんとした理由で断れや」
桐島ハンターは口が悪いだけかと思ったが、仲間には信頼されているようだ。
昔の大氾濫期を生きた英雄世代というのもあるんだろうけど、口悪く言うのは責任感の表れでもあるのだろう。
「―――みんな少し集まってくれ」
水嶋ハンターが声を掛けみんなを集める。
危機感知能力を持つ桐島ハンターが何も言わないので、これ以上転移してくる敵はいないのだろう。
トライデントの3人と気絶したままの伊藤、それから私で集まり水嶋ハンターのところに行く。
「何の話だと思いますか?」
「今回のダンジョン、思った以上に難易度が高いって話だ」
「へー」
「Bランクになったばかりのお前は知らないかもしれないが、複製は1体までで、しかもクールタイムがある。つまり、10体も襲って来たって事は、ボスが10体か……」
「複製の上位の技能、つまり上位のボスって事っす」
「もしくはその両方ですね。これを企業側が隠していた場合大きな過失になりますし、雇われただけと言っても水嶋ハンターへの批判にも繋がります。たとえ知らなかったとしても、何もなしでは評判に傷がつきます。つまり、報酬の上乗せですね」
そう会話に参加してきたのは五十嵐ハンターだ。主に戦略面で活躍する人らしい。
「それにドロップ品も普通のミノタウロスよりも良い傾向にあります。明人さんは運が悪かったようですが、見たところ4つ武具と1つスクロールが落ちました。武具やスクロールはドロップ率が低い為、価値が高くなります。これほど高いドロップ率はありえません」
「ブラックゲートとかは関係するんですか?ブラックゲートは初めてで」
「いいえ、僕の知る限りそういった情報はありません。隠している可能性はありますが、それよりも上位の魔物の方を考えるべきでしょう」
「つまり、いい物しか落とさないって事だろ?ラッキーじゃねぇか」
「それは企業側にとってですよ」
どうやら五十嵐ハンターは企業側が故意に情報を隠したのだと考えているようだ。
ハンターへの高額な報酬の事を考えてもあながち間違いではないのかもしれない。……でもミノタウロスが10体もいれば、それは流石に報告するはずだ。
映像記録はすでにテレビ側に送られているし、もし有名ハンターが亡くなるような事になれば国が動く。
―――つまり企業側はミノタウロスが10体もいるとは知らなかった。
「……あとで企業側に口封じされないか心配です」
「うちに来れば心配いらねえぞ」
「企画自体がなくなる可能性もありますし、心配いりませんよ。Aランクのハンターが4人も居たからよかったものの、本来なら数人死人が出ていてもおかしくありませんからね」
「2回の攻略で出現位置がバレたのが奇襲の原因ですよね……次も起こると思いますか?」
「次起こるすれば階段の前、あとは2階に上がった直後です。ですが、転移できるミノタウロスが階段の位置を把握しているとは思えません。罠による感知からの転移、これが可能性としては大きいでしょう」
「勧誘してんのに無視すんなや」
水嶋ハンターの提案で6人1組で行動する事が決まった。それぞれの班にCランクハンターがいて、3階に向かうらしい。
ドロップ品はラストアタックをした者の物となるが、あきらかにラストアタックだけを狙っていた場合ポイントは貢献度で判断するらしい。
企画の趣旨とは変わるが、これも不測の事態だ。企業側も報酬は出すだろうし、テレビでも普通にダンジョン攻略として放送されるだろう。
全員で移動し、2階に上がったころ1日が終わった。
ミノタウロスのステータス
【通常】ミノタウロス
Bランクの魔物の中でも上位の魔物
全長5m
体重10t
技能
【複製】 自身をもう1体作る。ステータスは元の8割で複製能力を失う。 消費魔力2、クールタイム1日
【迷宮】 ダンジョン内の罠を自在に操る。ゲートの外では罠を作成できる。 消費魔力1、クールタイム10分
【転移】 ダンジョン内を転移できる。ゲートの外は見える範囲限定。 消費魔力10、クールタイム10分
【海神の呪い】 知能以外のステータス2倍、知能-50%。
ステータスアップ【上】攻撃、防御、体力、魔力、知力
全状態異常耐性【中】
(ボスの場合)【ダンジョンキーパー】 条件能力:ステータス2倍 (ボス部屋突入時のみ発動)
ステータス(知能以外のステータス4倍)【ボス部屋戦の場合2倍】
攻撃力 70 (280:A)【560:S】
防御力 70 (280:A)【560:S】
体力 70 (280:A)【560:S】
魔力 20 (80:B) 【160:A】
知力 20 (20:E) 【40:C】
武器 牛刀 (評価A)
硬度200 攻撃400 装備条件――攻撃力200以上
能力
【伸縮自在】大きさを自由に変えられる。(1m~5mまで)
【武具破壊(中)】
【対鉱物】 鉱物へのダメージ2倍