35,最初の異変
別の都市では駐屯軍が蟻の軍勢に砲撃を開始していた。
蟻に対して有効な攻撃手段は限られており、こちらは後退しながらなんとか均衡を保っている。
こうなる事は予想できていた。
だから最初から街との距離を開け、蟻の足を削る為爆薬も埋めた。
後退し誘引する。
そこに準備した爆薬で行動を不能にさせる。
有効な攻撃手段が限られる以上、時間稼ぎに徹するしかないのだ。
「……今のところ悪くない、か?」
情報分析官であるゲルマンは装甲車の中で戦場を見る。
敵の数が思ったより少ない。別に予備がいるのかどうか……。
この場合問題になるのが爆薬の起動タイミングだ。
「早すぎてはダメだ。予備がいると負ける。だが、遅すぎると武器が枯渇する。……もう一手あれば、な」
駐屯軍はよくやっている。
今のところ負傷者や捨てた戦車はあれど、戦死者は居ない。軽い傷ならポーションで回復して戦線に復帰している。
蟻を倒せなくても足止めは十分できている。
このまま爆破予定地まで蟻を引きずり、そのまま足を削れば時間を稼げる。
ただ、この時間稼ぎは敵に援軍が無い場合に限る。
罠にはめて爆破したはいいが、予備戦力が居る場合や、本体がこちらにきては意味が無いのだ。
「予想より少ない数……これならまだ耐えられる、が」
押されてはいるが、抵抗できている。
だが、それがゲルマンの悩みになっていた。
予定通り後退するか、このまま均衡を保つか……。
予備戦力がいる状態で切り札の一つを切りたくは無い。
ただ、このまま物資を減らしていけば、最終的に戦えない鉄の塊になる。
「切るならこちらか……航空部隊に出撃命令を出せ!」
部下に指示を出し、敵の動きを探る。
これで予備戦力が引きずり出せるなら下がればいい。出てこないなら最初から予備が居ないという事だ。
少しして戦闘音が変わる。
空を駆ける鉄騎が風を切り裂き敵を屠る。
それと同時に味方がロストする声が響く。
「……2機墜落しました。羽付きです」
「やはり予備を残している、か……」
このタイミングで羽根つきが現れたという事は、敵は人間の空の戦力を知っているという事だ。
まったく、あの国は面倒なことを……。
「少なくとも将軍蟻が率いているようです」
「引きずり出せればいいが……引き付けつつ後退だ」
後退を支持し様子を見る。
現場からの情報を見る限り、やはり予備が出てくる気配が無い。
言い方は悪いが前衛は肉壁で、罠の有無を確認して居るのだろう。
後退を開始して第二防衛線まで前衛の蟻を引き込めた。
呼び戦力として隠れていた蟻も距離を開けて姿が見える。
航空戦力も加わり、戦場はやや優勢になっている。ただ、敵は予備が控えている状態で、こちらはもう予備が無い。
このままだと武器が無くなる。
どうするか考えていると、情報分析官の1人が衛星情報の解析を終わらす。
「―――敵戦力1000です。現在700にまで数が減りました。前200匹、後ろ500です!」
「後ろ500……か。他の都市への攻撃はどうだ?」
「第2都市と第3都市は1500、第4都市に関しては1000です」
「計5000か……おかしいな。数が合わん」
衛生写真から分析して推定8500の戦力だった。
移動中に何かしらの事故、あるいは戦闘で数を減らしたとしても8000はいるだろう。
残り3000はどこへ行った?
別に本体でもあるのか?それとも……。
その時、地面が揺れる。
第三防衛地点にいる司令部の地面が。
「……ッ!?」
「次長ッ!お逃げくだ―――」
その瞬間、装甲車からギッギッギッと軋む音がする。
窓に見えるのは蟻の大顎。そして次の瞬間には装甲車が切断された。
敵は地面を通って第三防衛地点に現れたのだ。
――――――――――――――――――――
「なんか嫌な予感がするぜ」
第2都市で防衛していた『ドラゴンハント』のAランクハンター松岡次郎は自分の首筋を撫でる。
ヤバい事が起きる前兆はいつも首筋に鳥肌が立つ。
危険なことが起きる前兆だ。
最近はあまり感じなかったが、今日は一段とヤバい。
とりあえず近くの蟻をなぎ倒し、蟻の死体の山に投げ、仲間たちに伝わるよう叫ぶ。
「全員撤収!マジでヤバい!壁まで走れ!」
「了解!」
前衛で戦っていた3人がいっきに下がる。
それを見た後衛も下がる。
魔法を撃っていたロマノフのハンターは何事かと動揺しているが、説明している暇はないと壁を駆け上がる。
「バック!バック!」
全員に伝わるようジェスチャーして下がらせる。
1000匹に近い数の蟻を駆除していたハンターの言葉だ。何か危険があると全員が感じ下がり始める。
その時地面から蟻が現れた。
「ッチ、面倒な奴だな!お前ら、全員が下がれるように援護しろ!」
「リーダー、マージでヤバい感じ?」
「マジのマジだ!俺でもヤバい。強化魔法寄こせ」
「へいへい」
強化魔法を貰って壁から蟻の巣の方を見る。
嫌な予感が強まるにつれ、その姿が見える。
1つの赤い流星。
視力も強化しているのにその速さでズレて見える。
「こりゃヤバいな」
命の危険を感じ、全力に切り替える。
「――【英雄昇華・ランスロット】――【限界突破】」
能力を上げ、敵の注意を引くために槍を構える。
「――【雷帝】」
能力を上げ、魔力を纏い、体から放電する。
そして地面を蹴る。
その瞬間、黄色い流星が空を駆ける。
それは赤い流星とぶつかり、どちらも地面に落ちる。
常人には見えない速度で戦う2人は赤と黄色の火花を散らし、戦場から少し外れた荒野で戦う。
数度の打ち合いの後、赤い流星が止まる。
その姿は赤色の二足で立つ蟻。背中からは羽が生えており、羽を鳴らして威嚇する。
「……ッチ、王蟻の特殊個体かよ」
「……」
蟻の王は自分の手を見る。
打ち合うたびに電撃が走り、手が震えていた。
蟻の王は目の前に居る人間を敵と認めて叫ぶ。
「KIIIIIII‼」
体から赤い光を発して迫る蟻。
何度も撃ち合ううちに、松岡の頬に傷が走る。
松岡もまた槍を握る両手が震えていたからだ。
装備と防具、そして技能によって強化された身体能力。
それでも蟻の殻には傷が付かず、電撃もあまり効果が発揮しない。
そしてその硬すぎる殻が逆に松岡の手を傷つけた。
これまでの蟻とは全く違う強さの蟻。
特別個体であり、その能力値は少なくともAランク以上。早さもあり、相性次第ではAランクハンターでも瞬殺されるだろう。
手が痺れまた反応が遅れる。
今度は鎧が削られた。
「……ッチ」
「KIIIIIII」
面倒なことに他の蟻が進路を変えて向かってくる。
地面からも気配がする。
このままだとマジで危険だ。
特殊個体の蟻の王がここまで強いのは予想外だった。
進化個体の近衛蟻でも全力の松岡なら数秒で倒せた。普通の蟻の王でも同じだ。
それ故に2000匹だろうが、3000匹だろうが、倒そうと思えばできると思っていた。
だが、このままだと負ける。
今でもやや劣勢だ。槍で間合いを取っているのに切り裂かれる。これで強化魔法が切れればその差はさらに広がる。
仲間と撤退する。その為に時間を稼ぐ。
「――【風雷】」
距離を取り、地面に槍を突き立てる。
できるだけ被害が拡大するように蟻が集まったところで発動する。
蟻の王は警戒して距離を取ったがそれが仇となる。
魔力がいっきに減り、竜巻のような大きな風の壁が生まれる。
その竜巻の中を黄色い閃光が駆け抜け、集まってきた蟻を巻き込み被害を拡大していく。
蟻の王もその強風に抗えず竜巻に巻き込まれる。
広範囲に広がり、巻き込み、雷に打たれ、蟻同士がぶつかり被害が拡大していく。
蟻の死骸も巻き込み、竜巻は黒と黄色に変色する。
数分、それだけで近くにいた蟻を巻き込んで殲滅した。
ただ、その代償に魔力を使い果たした松岡は肩で息をして膝をつく。
少し休憩したいところだが、それを相手は許してくれない。
「KIKIKIIIIIII‼」
竜巻の中でも生きていた蟻の王は羽こそ怪我をしたが、目立つ傷はない。
羽の怪我で空中の高速移動はできなくなったが、それでも一歩で松岡の目の前まで移動し拳を振るう。
ほぼ無傷な敵を前に驚愕し隙が生まれる。
強化はまだ残っているが一瞬の反応の遅れが、その攻撃をまともに受けてしまった。
もし爪で攻撃していたなら松岡でも致命傷を受けただろう。蟻の王がそうしなかったのは、雷のダメージで拳を握らないと安定しなかったからである。
ただ、それをまともに受けた松岡は吹っ飛び、防衛のために建てていた土の壁にぶつかる。
「リーダー!」
「逃……げ、るぞ」
「シールド展開!全速離脱!」
壁に残っていた仲間に担がれ逃げる一行。
それを蟻の王は黙って見逃した。
単純に体へのダメージがデカかったのと、こちらの戦力がもはや残っていなかったからだ。
アレと同程度の実力者が残っていた場合負ける。
そう判断して見逃した。
代わりに戦利品として地面に突き立ててある槍を握る。
その瞬間、槍の性能が手に取るように分かった。
これでもっと強くなった。
槍を掲げ不気味に笑う。体の傷はまだ回復していないが、蟻の王は次の戦場に向かった。




