閑話1
世界が変わっても権力者のすることは変わらない。
2月1日に行われるパーティーには多くの参加者が集い談笑する。その笑顔の裏には利を探すべく強かな狸の顔を隠して。
財閥と官僚の集まりという事で都内の広いパーティー会場に参加した私、東岡詩織は参加したくないパーティー会場でマダムたちの追撃をかわし、なんとか休憩スペースに入る。
誰もかれもが本心を隠して近づいてくるこのパーティー会場では一切油断できず、自分の言葉一つ失言が許されない。そんなパーティーとは名ばかりの魔窟で料理を食べている間だけが気を休める時間だ。
ただ、食べられるかは別。どれも美味しい料理なんだけど、心労で胃が受け付けない。
休憩スペースには知り合いが居て、私を労うように飲み物を運んでくる。
「美智留……」
「お疲れー。いつも通り大人気だにぇ~」
私の友達、甲斐美智留だ。
昔の私を知る数少ない友人の1人。私の夢を応援してくれる1人だ。
私の夢、それは東岡グループを引き継ぐ事。
東岡グループは大企業でありながら、その内部が分裂の兆しを見せている。
それは跡取りであった兄が9年前に亡くなった事が原因だ。
私には1人兄がいた。
優秀でみんなを引っ張ってくれるような人だった。私も大好きな兄だったけど、私がまだ小学生だった頃に魔物の氾濫に巻き込まれて亡くなった。
結果東岡グループは跡取りを失い、私の婿がグループを引っ張っていくだろうと思われていた。
しかし、それに異を唱える人たちがいた。東岡家の先代当主と分家一派。簡単に言えば昔ながらの考えで、次期当主を女に任せられないと考える連中だ。
分家筋から次期当主を建て、当主の座を奪おうと画策している。
現当主である父は私を次期当主にすると宣言したが、それに反対する分家で力が拮抗し、いずれ分裂すると言われていた。
……少し前までは。
「やあ副会長」
「……ここでは名前でお願いします」
「わかったよ詩織ちゃん」
そう話しかけてきたのは佐藤明日香。
彼女の実家である佐藤グループは東岡グループに並ぶ大企業。その佐藤グループが私の後ろ盾として立ってくれた。これにより先代当主は黙り、分家グループも解体し始めている。
私の夢の為に手伝ってくれたことは感謝しているが、昔頼んだ時は断られた事を覚えている。
今回力を貸してくれる気になったのは面白そうだから、たったそれだけの理由で味方になってくれたのだ。
「協力してくれたことは感謝します。ですが―――」
「おっと、これは面白そうだ」
佐藤先輩が私の後ろを指さす。
話の途中だが、気になって振り向くと嫌な奴がこちらに向かってきた。
「おい詩織、なんで俺の告白を断りやがった」
「前回も伝えた通り、こちらにメリットの無い提案です。今は学友と談笑中なので、帰ってくれますか?」
「俺の横以上の椅子はねぇぞ。俺のものになれ」
やってきたのは遠藤隆介。その隣には分家で私の代わりに当主へなろうとしていた男もいる。
「従妹は少し照れてるだけです。そんな直接な告白では相手も恥ずかしいでしょう?」
「ふ、そうか。詩織、いずれお前は俺のものになる。今後の世界を見つめれば選択肢など無いだろう?もう少し待ってやる。次はちゃんと答えろ」
これで8度目になる告白。
8回も告白を断られたら縁が無いと諦めるモノだが、この馬鹿は諦めない。というより、諦めるという事をしたことが無いのだ。
駄々をこねればすべて自分の思うままになる。そう育てられてきたのだから当然といえば当然の結果。
ただ、面倒な事にその横に野心家の従兄がいる。
面倒な予感を感じながら私は隣にいる佐藤先輩を見る。
この人が場をややこしくする前に帰ってもらいたい。
「遠藤様は醜聞という言葉を知らないようですね。社交界には社交界のルールがございます。今日の所はお引き取りを」
「俺が何か間違った事をしたか?そう怒るな詩織」
「まず、私の事を下の名前で呼ばないでください。それから、他家の御家事情に理解せず首を突っ込むような真似もおやめください。最後に、次期当主同士で話をするなら場を整えてください」
「何を言ってるんだ、詩織は次期当主ではないだろ?」
遠藤の言葉にイラつき隣の男を睨む。
従兄の須賀兼久。
“自分の母親は現当主の姉であり、詩織が当主になるなら姉の息子である自分の方が当主に相応しい”と宣う愚か者だ。
隣の馬鹿を唆したのはこいつだろう。
「……事情を理解してから話に来てくださいませ。それでは―――」
「まぁ待ちたまえよ詩織ちゃん。ここはこの馬鹿でも分かるよう事情を説明すべきだろう。家の恥なんて言っても、今の世の中噂がたてばすぐに拡散されている。上流階級のゴシップは娯楽の1つだからねぇ」
「なんだおまえ」
佐藤先輩が話に入って来る。できれば目を付けられる前に帰ってほしかったのに、こうなるともう腹をくくるしかない。
ゆっくりと顔を伺うと、こちらにウィンクをしてくる。
味方になってくれると信じたい。
「まずは自己紹介を、私は佐藤明日香だ。よろしくするつもりは無いので名前は覚えなくて結構。詩織ちゃんのお家事情に少し関わっていてね。簡単に言うと、そこの男と詩織ちゃんが当主の座をかけて今争っている。私の家は詩織ちゃんを当主に座らせ、日本の安定を目的に支援している」
「そうなのか?お前、俺に次期当主は自分だって言ったよな?どうなってる」
「隆介さま、詩織が当主になると隆介さまと縁談が無くなります。大企業同士での合併は国が介入しますので」
「そうか……確かにそうだな。なら俺はこいつを支援する。こいつが次期当主だ」
お家事情を説明した結果、敵に後ろ盾がついた。
おい、と佐藤先輩を睨むがどこ吹く風……おもしろそうに顔をニヤつかせる。
「つまり遠藤くんは詩織と敵対するんだね」
「む……仕方のない事だ。俺と結婚するんだからな」
「実は詩織ちゃんは当主になるのが夢なんだ。その夢を邪魔する男、君は物語りで言うとヒール……悪役だ。物語に悪役がいるならヒーローが必要だと思わないかい?」
楽しそうに話す佐藤先輩。
何を話し出すんだと佐藤先輩を睨む。
「これから佐藤グループはハンター組織を建てる。ハンター組織で好き勝手やってきた遠藤グループに対抗する新しいハンター組織さ!どうだろう、みんなも私に投資しないかい?ちなみにトライデントとは提携をする契約も結んでいる」
ここの話に聞き耳を立てていたパーティーの参加者は皆一様に驚く。
それはつまるところ、佐藤グループによる遠藤グループへの宣戦布告。そしてそこにトライデントも関わって来る。
ハンター業界の事情を知る者にはただの宣戦布告じゃない事を知っている。全面戦争、どちらかのハンター組織が先に潰れるかの札束の戦い。
ハンター業で大きくなってきた遠藤グループは同業他社を排除してきた歴史がある。特に力ある財閥系がハンター組織を作るのを妨害してきた。
その事に不満を持つ財閥が多く、この話に聞き耳を立てていた参加者は大事件だと騒ぎ始める。
特に今回は日本を代表するハンター組織が二つも関わっている。
1つは佐藤グループのハンター組織設立の支援をする『トライデント』。
もう1つは遠藤グループの虎の子、Sランクハンターを擁するハンター組織『マルガリテス』。
これまでなら日本で唯一のSランクハンターを擁するマルガリテスが盤石だと思われていたが、トライデントの桐島ハンターがSランクに挑戦する。
もしこれが成功すればSランクのハンターを擁する2組織が争う事になる。
「新しく組織する佐藤グループのハンター組織は『トリシューラ・ピナーカ』。現在、ソロで活動しているAランクハンター3人が所属する事が決まり、多くのBランクハンターへ声を掛けている。私たちの同年代でBランクハンターになった武蔵ハンターにも声を掛けるつもりだ」
「ぇッ!?」
今、武蔵ハンターって―――
「本当なら発表はもう少し後にする予定だったが、この方がエンターテイメントとして面白いだろ?さて、ヒールの君はどう対抗するかな?」
「お、俺は……俺は……し、知らない!知らないぞっ!こんなことしてッ、親父が黙ってないからな!」
「遠藤くん、君はヒールでも三流のモブ敵のようだ。実に面白くない。せっかく不利になると分かっていてここで発表したんだから、もう少し余裕のある態度で迎え撃ってくれないと」
たしかに、ハンター組織を作るうえでAランクハンターが3人では少し心もとない。
特に敵は日本を代表するハンター組織だ。対抗するならもっとAランク以外にも多くのハンターが必要となるだろう。今ここで発表すれば遠藤グループからの妨害が……。
―――それより、武蔵ハンターが誘ってるって本当ですか?
そう言えばトワちゃんと2人でチャットしてるとか言ってたような……。
まさか外堀から埋めている!?
「さ、佐藤先輩まさか……」
「ふふふ、詩織ちゃん、あんまりもたもたしていると、そのうち年上のお姉さんに掻っ攫われるよ」
「あぅ、あぅ、あぅ」
ワタシ、ドウシタラ……。
「あーあ、幼児退行しちゃった。ヒールくんも逃げちゃったし……君は行かないのかい?黒幕ごっこの盆暗くん」
「こ、こんなことして……いくら佐藤グループでも無傷とはいきませんよ。日本トップのハンター組織が潰しあうなんて日本政府が―――」
「あーもういいよ。その口閉じてくれ。日本政府が守りたいのはハンターさ。海外に取られない為にハンター組織があるだけで、別にハンター組織を守ってる訳じゃない。特に今回はあの件があるからね。日本政府も味方してくれるさ」
「っく」
「じゃあね三下以下のモブくん。私は今面白い玩具で遊んでるから君と遊んでる暇は無いんだ」
その場で居た堪れなかったのか、捨て台詞も残さず去っていく須賀なんちゃら。
もう明日香の脳内では顔も名前も消えてしまっている。
―――あんなのよりも、もっと面白い玩具があるからね。
「コレガネトリ……(ノД`)シクシク」
「ふふふ、君がこんなに面白い存在だったなんて知らなかったよ」
――――――――――――――――――――
数日後。
私は先日の記憶を消去し、心機一転学業に専念している。
私は東岡詩織。次期東岡グループを―――
「やあ、詩織ちゃん」
「で、でた!!」
「酷いなぁ、そんな反応されたらお姉さん悲しくなっちゃう」
ま、豆まきしなきゃ!
悪霊退散、悪霊退散。
「節分は3月だし、悪霊には塩だよ」
「そ、それより、何の用ですか?」
「実は今、武蔵くんがライブ配信してるんだけど、見るかい?」
「見ます!」
「元気でかわいい。素直な詩織ちゃんは可愛いねぇー」
わざわざ教えてくれるなんてなんか裏がありそうで怖いけど……それより推しの配信の方が大事!
【ゲリラ配信】雑談配信する。質問も答えるよ【ゲストもいるよ】 Live
武蔵 夏輝/Musashi Natsuki Ch 登録者428人 視聴者28人
「見て見て、年上のお姉さんが映ってるよー」
「ふぁふぁうぇ~ん」
「あー、壊れちゃったねぇww」
(ノД`)シクシク




