27,風邪ひいたわ
風邪ひいたわ。
冗談に聞こえるかもしれないけど本当なの。
「……だから出てってくれない?」
「風邪は大変ね。最近は隣の国、変なウイルス蔓延してる」
「寒さに体が追いついてないだけよ」
ホテルのベッドで寝てる私の部屋にイリーナさんが入ってきて看病している。
鍵は閉めていたはずなのに、マスターキーで勝手に入ってきていた。今回は助かったが、起きた時に目の前に居たのは本気で驚いたよ。
昨日の氷漬け作戦によって、体の芯まで冷えた状態で撤退した。ホテルに帰った私は冷えた体を温めるためお風呂の準備をしていた。その途中意識が揺らいでぶっ倒れたのだ。
それに気づいたのはイリーナさんで、そのままベッドに寝かされ今に至る。
医者まで呼んでもらったが、ただの風邪で疲労が溜まっていたようだ。ようは働きすぎたらしい。
そこに寒さとか乾燥が重なって倒れた。まぁ、命に別状は無いし、技能もあってすぐに回復するだろうと言われている。
「それで、あなたは私の部屋で何してるの?」
「配信の準備」
看病しているように見えたが、どうやら違ったらしい。
私のバックを勝手に漁って配信機材を取り出している。アイテムバックに入れていたのに、よく見つけられたわね。
「約束した!配信するって」
「それは次の日で、するかもってだけ。それに買い物風景を撮影しようとしたらテロが起きたし」
「だから今日する。今日ナツキも私も休み」
風邪の時に配信するってどうなんだ?体調が悪そうなところを撮ると心配のDMが来るかもだし、リスナーに心配させるのも……。
「準備できた!開始するね」
「待って、まだパジャマ姿なんだけど……着替えるから少し待ってて。……とりあえずSNSに配信するって載せとくわ」
「あっ……(ぼそっ)」
体を温かくしてたから背中が汗で濡れている。パジャマを脱いでシャツをめくり、軽く汗を拭くと着替えの準備をする。
思ってた以上に汗が出ていた。このまま袖を通すのは躊躇われるので、シャワーだけでも浴びるとしよう。
「ちょっとシャワー行ってくるわ」
「あわわわわ」
「勝手に荷物漁らないでね」
シャワールームに入ると着替えを濡れないように籠に入れ、服を脱ぐ。
シャワーを入れて浴槽の中で汗を流す。
風邪をひいているせいか、体が少しだるい。
昔は怪我をした後とかこんな感じだったなと、少し懐かしい気分になる。
「ふふっ」
疲れているはずなのに、1人じゃないことが嬉しくて笑みが漏れる。
怪我をした時や熱が出た時に1人だとすごく寂しいのだ。
「ナツキ?」
髪を洗い始めた頃、扉の外からイリーナさんの声が聞こえる。もしかして何かあったんだろうか?
「どうしたのイリーナ?何かあった?」
「な、何もないわよ。ただ、これってモーニングルーティーンなのかしら?」
「モーニングルーティーン?別に朝風呂は毎日入らないし、そうじゃないけど」
「わ、わかったわ!ありがとう」
そう言うと早々に去っていった。
いったい何があったんだろうか?まぁいっか。
ありがとうと言われ、昨日の事を思い出した。
寒さにやられ私は幻覚を見たのだ。
蟻が10匹、デフォルメされて片足を上げているように見えた。あんな恐ろしい体験は初めてよ。
シャワーを浴びて体をキレイにした後、バスタオルに身を包み髪を乾かす。
まだ髪は短いけど、それでも男の時より倍以上長い。髪を痛めないよう丁寧に乾かし、持ってきた着替えを着る。
今日の服は先日買った服だ。
寒い地域に売っている服だけあって防寒性に優れている。これなら体が冷える事も無いだろう。
「イリーナ上がったわ」
「お、お帰り。配信始めたわ」
「そう」
なんか挙動不審な動きだけど、配信始めた事で怒られるとでも思ってるのかな?
そのくらいで怒ったりしないんだけど……他にもなんかやらかした?
「ところでいつ始めたの?」
スマホをいじりながら聞く。
「さ、さっきだよ?」
「私のスマホには30分前ってなってるんだけど?」
「あ、あうあう」
パソコンの画面を覗く。
【ゲリラ配信】雑談配信するよpt2【ゲストは私!】Live
武蔵 夏輝/Musashi Natsuki Ch 登録者431人 視聴者185人
:配信がジャックされたッ!
:昨晩ナニしてたんですか?ナニやってたんですか?朝チュンですか?
:↑古い
:TSして女の子を狙うなんて……TSの風上にも置けんな!もっとやれ
:むしろ年上のお姉さんに喰われているのでは?
「ふーん。だいたいの流れは分かったわ」
コメントをスクロールして、配信の流れが分かった。
どうやら私がお風呂に入る前から配信が始まり、私の姿は映っていないが服を脱ぐ音などが入っていたようだ。その後の、イリーナがお風呂に来たのもリスナーの指示だった。そして、いつもは入らない朝風呂に入っている事やイリーナがいる事がかってに結び付けられ、昨晩エッチな事をしたんじゃないかと話が飛躍している。
悪乗りするリスナーのコメント欄を冷めた目で見つめ、とりあえず開始の挨拶をする。
「配信始める。よく集まったSども」
:は?
:SってドSって事?
:風呂上がりの女の子、エッチです!
:あー、俺らって海神Sになったんだっけ?
「前回と同じ、いまからDM集める。あと前回の残りも見ていく。イリーナもこっちに座って」
「わ、分かったわ」
□最近のハンター活動はどうですか?
「順調と言っていいのかしら?技能強化で戦力は格段に上がったし、性別で能力が落ちるって聞いてたけど、たぶん技能強化のおかげで前よりも動けるわ。それでも、やっぱり危険は多いしBランクになったっていうプレッシャーもあるわ」
「ナツキは昨日、上位個体と戦ったのよね?蟻の巣攻略も順調よ」
「一応言っておくけど、昨日は疲れてお風呂に入らず寝たの。だから汗をかいてたし、お風呂で洗い流してただけよ」
:女の子なんだからもっと体を労わって
:海神Sって?
:ハーレムパーティーの主人公様はどうした?西、ちゃんと働け
:西ハンターはヒモだった!?
「ゲートの中と外じゃいろいろと変わってくるの。装備の汚れ落としとか、素材の回収とか……それに日本と違ってここは寒すぎよ」
「汚れ落とすの大変ね。私も嫌い。ナツキもそれで風邪―――」
「業者に頼みたいわ。次いくわ」
□TSの感想教えて!というか、武蔵ハンターってソッチなの?
「そうね……もともと私はTSポーションが目的でハンターになったの。感想としてはようやくってところかしら?」
「私も聞きたいわ!体が変化するときってどんな感じだった?戦い方と変わったの?」
「こう……体が熱くなって……言い方が難しいんだけど、体が作り替えられていく感じだったわ。翌日には違和感があるけど歩けるようになってたし、数日後には普通に戦えたわ。さっきも言ったけど、技能が強化されて前以上に動けてたし、むしろ力加減が難しかったわよ」
:翌日には……(ガクブル)
:普通は数日重介護が必要になる。
:女の子になって一番に経験することがお漏らしだって他のTS経験者は語る。
:さすがに数日は早い。たぶん技能が関係してるんだと思うよ
「技能が……その発想は無かったわ。てっきり私が特別なんだと思ってた」
もしかしたら超心体が関係するのかも?
なんか名前から適応能力ありそうだし。
前回のはこれで終わり。
次からは今送られてきたDMになる。すでに30通を超えたからいったん受け付けを辞める。
□パンツの色は?
「黒!」
「だから、なんでイリーナが答えるの?」
「そう言うフリでしょ?」
「メタらないで」
:黒……エッチだ
:まさか、パンツで自分を売っていく気か!TS少女の風上にもおけん!いいぞもっとやれ
:ねぇ!海神Sって何!?
――――――――――――――――――――
夏輝たちが配信している頃、ホテル内では3つのハンター組織とロマノフのハンターが会合していた。
この3つは日本の中でも特に有名なハンター組織だ。日本を代表するハンター組織はもう一つあるが、そちらには事情があり今回の依頼を断っている。
トライデントのハンター、西達也はメンバーを見渡し口笛を吹く。
非正規のうちと違い最前線のメンバーが入っている事に驚いているのだ。正直に言うなら今回の依頼はあまりおいしくない。魔物の素材と言っても元はCランクで、蟻は装甲以外使い道が少ない。
蟻の巣内で見つかる資源もハンター活動の中では使い道が無いモノばかりだ。
「西やめろ」
「松岡先輩!お久しぶりっす」
声を掛けてきたのは『ドラゴンハント』の松岡次郎。30代でAランク上位のハンターになり、槍使いと言う事から桐島ハンターと比較される事も多い。世間からは英雄になれるだろうと期待されている。
西がソロで活動していた時に在籍していたチームのリーダでもある。
チームはほとんどが松岡について行ったが、西はもともとトライデントに入る為頑張っていた。別々の組織に行った事で確執ができたものの、西は今でも松岡の事を慕っている。
まぁ、慕っているからと言って席を譲るようなことはしないのだが。
「あら、カリカリしちゃって……。トライデントがそんなに気に食わないのかしら?それとも桐島ハンター?」
「立花さんっ、お久しぶりっす!」
「鈴蘭さん引退したんだって?装備ちょうだいよ」
「夏輝ハンターがもらってたっす」
「ふぅーん。なら夏輝ちゃんを勧誘しようかしら?」
次に声を掛けてきたのは『魔女の茶会』メンバーの立華立花。『魔女の茶会』は女性限定のハンター組織で、魔法使いが多く在籍している。その中でも特に強力な魔法使いを大魔女と呼ぶ。彼女も大魔女のひとりだ。
年齢は不詳となっているが、確実に40は超えている。
ただ、見た目は20代と言われても信じてしまえるくらいに若い。これには魔力が関係している説と技能が関係している説があり、一時期美容に良いなんて噂が広まりハンターになる女性が多くいた。
美容に良いかは別にして、実際ハンターの多くが実年齢よりも若く見られる。今でも女性でハンターになろうとする者は結構いるが、ハンター活動の過酷さに断念する人がほとんどだ。
「そんな事したらうちの社長怒っちゃいますよ?せめて勧誘が失敗になってからでお願いするっす」
「野瀬ちゃんは頑固だからな~。この前だって娘ちゃんを勧誘しようとしたら―――」
「いつまでだべってんだババア。俺も暇じゃねぇんだ」
「―――口の利き方って習わなかったのかしら?そんなのだから水嶋ハンターに人気で負けるのよ」
代表3人が言い争いを繰り広げる中、チームメンバーは静観して待つ。
Aランクでも上位の2人に軽口を言えるのは西くらいだ。
ここに3チームが集まったのはこれからの攻略方針を決めるためだ。
数日の戦闘データや情報を整理し、どのルートをどこのチームが攻略するか等を話し合う。
先日トライデントが上位種の蟻と遭遇した事で、巣があまり成長していないという仮説がたった。
これは巣に戦力が整っていない事を示し、敵との遭遇率が下がったのもこれが原因ではないかと考えた。ただし、この仮説には1つの矛盾が存在する。
もともと15階層と判断されたのは、蟻の目撃情報が隣の国で1年以上前から存在したからだ。蟻の魔物は1年もあれば巣が完成し、次世代の女王蟻を生んだ後もう一度蟻の巣を拡張し始める。
15階層が下限と考えていたが、実際は上位種と遭遇した鉱山の位置から8階層程度ではないかと考えられている。つまり、蟻が活動し始めたのはここ半年という事になるのだが……。
「そう言えば夏輝ちゃんは?私夏輝ちゃんに会いに来たんだけど……」
「熱が出て寝込んでるっす」
「そうなの?……でもLive配信してるわよ」
立華はスマホを操作して画面を見せてくる。
そこにはLive配信でいちゃつく二人の姿が……。
「何やってるんすかあの2人」
『すまん』
ロマノフの男が謝る。
それで大体の事を察した。
「ちょっとコメント打つっす」
西:今、会議中っす。暇なら参加してほしいっす
コメントが流れ、それを読んだのか夏輝ちゃんの目が泳ぐ。
ただ、反応はそれだけで無視して雑談を続けている。
ロマノフ側の目的は分かっている。
彼女をスカウトしたいのだろう。そんな簡単にスカウトできるとは思っていないが、彼女は騙されそうで心配になる。
「どうすっかな~」
「ふふ、いいじゃない放っておきましょう。さて、話し合いを始めるわよ」
―――まぁ確かにから回ってそうだし問題ないか。
「とりあえず、この3つの組織が主要攻略ってところっすね。後から来る他の組織は洩れを排除するかんじっす。正直、過剰戦力なんで問題ないと思うっすけど、他に提案あるっすか?」
「異議ありだ。俺らの所が主要攻略で、他が露払い。足手まといと集団行動なんてできない」
「私は異議ないんだけど、こっちの坊やは足並み揃える気が無いんじゃないかしら?あ、私たちは魔法使いが5人で前衛1人だから、もう一人前衛を借りたいかも」
本当なら明人さんが来てから攻略に乗り出したいけど、むしろ明人さんが来る前に攻略をしておきたい。松岡は明人さんをライバル視しているから、二人が顔を合わせれば十中八九どちらが先に攻略するかで競争や勝負を仕掛けてくる。そうなるとその負担はチームメンバーに来るわけで……なんとか明人さんが来る前に攻略したいのだ。
幸い戦力は揃っている。
明人さんに並ぶAランクでも上位の松岡、大魔女の立華、そしてロマノフの主砲イリーナ・アダモヴィッチ。この3人を軸に攻略を進めれば攻略も容易だと考えた。
「攻略は俺のチームだけでいい。ババアは下がってろ」
「あら、そんな事言ってるから飛ばされるんでしょ。大型攻略、そっちも控えてるはずなのに、あなたは参加できないんですってね。上に従わない駄犬を飼うのは大変そう」
「ふん、現場は実力主義だ。実力の無い奴が言う言葉に耳を傾ける気はない。俺は俺の実力で黙らせるだけだ」
「そんなんだから協調性ゼロで大型攻略から外されるの。あなたは確かに強いけどそれだけ。1人でしか攻略できないならソロに戻ったらどう?」
「まぁまぁ、そこまでにしてくださいっす。ここで喧嘩したらシャレにならないんで」
第一世代に噛みつく第二世代。
日本ではよく見かける光景だが、実力があるせいで暴れられると止められない。
2人の間に入り、地図を出す。
ここは譲歩するしかないだろう。
「蟻の巣と繋がってるのはこの坑道の先っす。たぶん直通がここで、この道は松岡先輩のチームにお願いするっす。そのまま攻略できるなら進んでもらって構わないっす」
「ふん」
「次にこっちのルート。この中間で二手に分かれる道なんすけど、右をこっちが、左を立花さんのチームが担当するのでどうっすか?」
「いいけど、前衛は借りられるの?できれば女の子がいいんだけど」
「ロマノフ側のハンターに聞いてみるっす。無理なら後詰めの子や夏輝ちゃんに話してみるっす」
「そう。それならいいわ」
松岡は少し不服そうだが、これ以上言い争っても無駄だと思ったのか鼻を鳴らしてどっかに行く。
まぁ、了承してくれたと信じたい。
次に魔女の茶会とは途中まで行動を共にし、坑道が狭くなる場所から蟻の巣の入り口と予想される付近まで別々で行動する事が決まった。
前衛の話をロマノフ側に伝えると快く引き受けてくれる。
これで明日からの方針が決まり、それで解散となる。
もともと松岡が居なくなった事もあるし、協力体制を敷く魔女の茶会とはこちらの最大戦力であるイリーナが参加していないので明日にしようとなった。
あっちの目的も夏輝ちゃんの勧誘だろうし、途中まで攻略を共にするのは願ったりなのだろう。
まぁそこはイリーナと立華で取り合っている間に、こっちで釣り上げるつもりだけど。




