26,冷たくて寒い
「そうか、作戦は失敗したか」
「どうやら占拠したデパートにハンターがいたようで……この失敗の責任は私にあります」
「当然だ。我らが党に失敗などありえない」
今回の作戦は聖国の弱体化を国内外に示すのが目的だった。
ロシアが分裂し4つの国になった後、それぞれが代表とする大統領が主権を争い、時には戦争にも発展する。目的は合併だが、そのための手段に武力を用いているのだ。
そんな形で合併して、はたして国として機能するかは疑問であるが……北中国の目的はまさに4カ国の戦争であった。
北中国としては、合併されては困る。
だが、このままロマノフの言う賠償、その後の領土の割譲など許すわけにはいかない。それならば、4カ国で争い弱っているところを攻撃するのが一番効率的だと判断したのだ。
それに、もう一つ回収しないといけないモノがあった。それを回収するためにも情勢の混乱が必要だったのだ。
「超人を一人失い成果は無し。さて、どう責任を取らせたものか……」
成果は無し。それどころか一般人にも死者はいないという。
こんな結果は普通では有り得ない。だが、Aランクのハンターとはそういう存在である。理不尽の化身、人間兵器、そんな存在が居たというのだから運が無い。
作戦の失敗を悟ったならそのまま撤退すれば超人を失う事は無かった。……まぁ帰ってきても他の奴らには未来など無かっただろうがな。
「君には今回の件が解決するまで身を隠してもらう。今回も上は隠蔽するだろう」
「了解しました」
身を隠してもらうとは言ったが、ようは監獄に入ってもらうという事だ。
北中国ではよくある事。失敗した人間の行き着く先だ。
責任を取らされた男が部屋から出て行った後、少ししてから受話器を取る。
この手は取りたくなかったが聖国に混乱を起こす為、新たな策が必要だ。そして、こちらは失ってもいい戦力物資だ。
「―――私だ。4つ目の蟻の巣はどうなっている?」
なんとしても聖国の女王蟻は回収する。
――――――――――――――――――――
蟻討伐5日目―――
今日は『トライデント』メンバーで討伐に向かう。ロマノフメンバーは今日来るハンターに挨拶をする為ホテルで待機している。
と言う事で本来のメンバーで坑道を進んでいく。
メンバーはそれぞれの武器で蟻を倒していく。
前衛は私と西ハンター、真ん中に藤堂ハンターを置いて、後衛は早乙女ハンターとトモちゃんだ。武器は順番にハンマー、盾、両手剣、弓、杖。
パーティーで武器種が被らないのは珍しい事だ。役割も被っていないので連携しやすいパーティーとなっている。リーダーは最年長のトモちゃん。
ちなみに私の役割は変わらない。
敵の足止めがメインである。
「まだ入り口にも着いていないって……本当に蟻は面倒ね」
「まぁでも、繋がった部分によっては女王蟻が近くにいるって事も……なさそうね」
「最下級の蟻しかいないっすからね」
もともと蟻の巣があって、そこが坑道と繋がったのが現状だ。蟻の巣の本来の入り口は別にあるし、繋がった部分によっては蟻の巣の深層に直通なんて事もある。
女王蟻さえ倒してしまえば蟻の数が増える事はないし、命令系統の頂点がいなくなる事で蟻の動きも鈍くなる。
ただ、敵は最下級のCランク蟻だけである。
Cランクダンジョンの蟻なんだから当然と思うかもしれないが、外に出た魔物は成長する。これは世代交代だけでなく、進化も起こるという事だ。
そして、女王蟻も世代交代と進化が起こる。
ロマノフ聖国にある魔蟻の巣はCランクと予想されていたが、実際はBランクゲート以上の戦力だった。場合によってはAランクゲートにも届いていると予想している。これは女王蟻が一番新しい個体でおそらく進化しているからだ。
その進化した女王蟻から生まれる蟻は当然強化された蟻。本来Dランクの最下級蟻が全員Cランク以上に進化している。
魔蟻は女王蟻と王蟻を除き4つの個体が存在する。
最下級の働き蟻、戦闘蟻、将校蟻、近衛蟻で、階級が上の個体は強い。近衛蟻は女王蟻よりも強く王蟻よりも弱い。
これらすべてが進化していると仮定すれば、Aランクの個体がいてもおかしくないだろう。
「上のほうで蟻の巣の入り口が見つかったらしいけど、そこから逆算してこの位置なら5階層程度でしょう。15階層と予想されていますので、あと10階層です」
「いやー普通に無理っす」
「蟻の巣に入ってしまえば、ある程度の魔法の制限が解除されるんだけどね」
蟻の巣は壁や天井に魔力が含まれていて頑丈なのだ。あの国が魔蟻のゲートを意図的に氾濫させた理由の1つでもある。
蟻の巣の土を使った建材は頑丈で、たとえ飛行機がぶつかっても建材にヒビが入る事はない。窓ガラスとかは割れるだろうけど、建物が倒れてこないというのは安全面で非常に優れている。
あの国では建築バブルが到来しており、建築技術と費用をカバーするために蟻の巣の土を使っているのだ。
そして、魔蟻にはもう1つの特徴がある。
蟻の巣を作るときに掘った土を食べるのだが、一部の金属は消化できず排出する。そのときに、種類ごとに別けて排出するのだ。これにより純度100%の金属類や、拳よりも大きなダイヤモンド、稀に魔力を含んだ新しい金属などが生まれる。
これらは蟻の巣の一部に集められており、ダンジョンの宝箱的な存在である。
「3匹前にいるっす。おそらく偵察っすね。気づかれる前に」
「見えてるわ。すぐに片付ける」
そう言うと早乙女ハンターは弓を構える。ただの弓ではなく魔法の弓で、構えた瞬間に弦と3本の矢が作られる。
それらが風を纏い、鏃に火が灯る。風と火の魔法を使っているのだ。
その3本の矢は風で軌道が決められていて、彼女が弦を離すと三本が蟻に目掛けて飛んでいく。
暗い行動の奥、火の光が一瞬大きくなる。
少しの逆風が凪いだ後、敵の居た場所には頭が溶けた蟻の死骸が3つできていた。
「まだバレてないと思うけど、解体したらすぐに移動しましょう」
「何世代っすか?」
「3世代目ね。今日は4世代目の蟻が居ないし、偵察をする蟻の数が減っている……。まさか、巣の守りを固めている?」
魔蟻が巣の守りを固めるのは、女王蟻が次世代の女王蟻と王蟻を産むときである。
つまり4つ目の巣ができる前兆でもあるのだ。
女王蟻は一度だけしか次世代の女王蟻と王蟻を産まない。
本来なら2つ目の巣を攻略すればそこで巣が増えるのを防止できるのだが、それを隣のあの国は怠った。
「てことはヤバいじゃん!?」
「いえ、むしろチャンスです。女王蟻が弱体化しているうえに、これ以上蟻の巣が増えないという事ですから」
「いまからだと、産まれるまで2週間ってところっすね」
その間は女王蟻が事前に産んだ卵しか孵化しない。
藤堂さんの言うように次世代が産まれ、他の場所に巣ができるのは確かに危険だが、早乙女さんの意見も正しい。今がすを攻略する絶好の機会なのだ。
話がヒートアップする前にトモちゃんが手を叩く。意識を向けさせるときにトモちゃんがよくやる仕草だ。
そんなトモちゃんだが、今は頭にウサギ耳が付いている。これは技能、獣化のウサギだ。
「はいはい。可能性の話はそこまで。今は目の前の事に集中ですよ。ほら、敵も来てます」
「……ウサギ耳可愛い」
危険や音に敏感になったり、少し身体能力が上がったりする。坑道内では特に音が響くので、蟻の小さな足音もかなり先からでも聞き取れるのだ。
デメリットとして、逆に音がうるさすぎたりする。普通の会話でも大声で叫んでるように聞こえたりするので、慣れていない人が使うと音に酔うらしい。
「うーん。まだ気配は感じないっすね。早乙女ちゃんは見えるっすか?」
「まだ見えないわ。どっちから来るの?」
「前からよ。でも何匹か分からないわ……5匹か6匹か、動きにリズㇺがあって、足音が重なってるの」
「なら、上級の蟻が指揮する部隊かも」
解体した蟻を素早く収納し、蟻を出迎える準備をする。
早乙女さんが弓を構え、敵が現れるのをジッと待つ。少しして私にも何かが近づいてくる気配がした。ただ、その姿が見えず、しかも私には四方から気配がする。
これは……
「10、いえ20はいるわ……ッ!ッ撤退!」
「まずいっすね。このままだとトレインになるっす」
「というか、なんで上と下にもいるのよッ!」
すぐに来た道へ走り出す。
後ろを振り向くと見えるのは7匹の蟻、どれも通常の蟻と姿が大きく変わり、前足が鎌のように見える。そして一番後ろにいる蟻はアラクネのように人間のような上半身が蟻の頭についている。
見える敵は7匹。
でも見えない範囲、壁の奥、天井の上、地面の下を這いずる蟻の気配を感じる。地図には無い道ができているのだ。
「どうする?この道、壊していいよね?」
「ダメ。上位個体が守ってるなら、ここは直通ルート。残すべき」
「それよりも自分たちの命―――」
天上が崩れ、それと同時に天井の上に居た敵が現れる。
現れた敵はすべて前足が槍のように鋭く、その前足で攻撃してくる。
「こいつら……戦闘蟻ッ!」
「天井が……道が塞がれたわ」
上位個体へ牽制に早乙女さんが矢を放つが、軌道が見えているのか当たらない。西ハンターが土で道を狭くするが、両サイドや天井、地面に道ができているので時間稼ぎは難しいだろう。
私は、道を塞ぐように立つ蟻に向かって盾で突っ込む。
西ハンターがいるから前をなんとかすれば道は作れる。ただ、それを私1人でできるかと言われればできない。
敵は7体で、どれも戦闘蟻。イリーナと一緒に戦った敵よりも強いし、何より司令塔がいる。
なにより、イリーナのように蟻を両断できる人間がいない。藤堂さんの双剣では関節を狙わないと一撃で倒せないし、早乙女さんの矢も当たらない。
敵と衝突する瞬間、盾の威力が流された。そして、迫る前足。
「ッ!」
盾が間に合わないと判断して素手で受ける。
手のひらが貫かれたが、蟻の動きを止める。予定とは違うけど……。
「い、まですッ」
「ッまかせて!」
動きが止まった敵の頭に矢が刺さる。
火が爆発する瞬間に蟻から離れてカバンからポーションを取り出す。
「……あと6匹ね」
「いいえ、9匹よ」
見ると横壁に穴が空き追加で3匹の蟻が増える。
時間をかければ前は倒せるが、その時間を後ろの敵がくれるとも思えない。どうにか退路を開きたいんだけど……。私はリーダーを見る。
「これは無理。作戦変更、大脱出!アヤちゃん、水撒くよ!」
「準備できてる」
「西くん道を完全に塞いで!殿もよろしくね!先頭にアヤちゃん、夏輝ちゃんはみんなのカバー」
「了解」
トモちゃんと藤堂さんが水の魔法を使う。現れた水は小さく空気を濡らしていく。
手の穴を塞いだ私はいつでも跳べるように準備をする。
土魔法で西ハンターが後ろを塞いだ瞬間、濡れていた空気が一気に冷える。
極寒、それ以上に言いようの無い寒さ。濡れていた空気が凍り、肌が痛いほど冷たい。
震える体を抑え、足を動かす。藤堂さんはすでに敵を飛び越えようとしている。
敵に構っている暇はない。
「あぁ足止め、でき、できたよ!」
「さ、寒いっす!」
「あはあはヒィー」
敵はまだ生きているが動きは鈍く、足も地面に引っ付いている。
一瞬で水が凍る極寒の中では、いかにハンターと言えど行動に支障が出る。普通は寒さ対策の防具を身につけておくものだけど、アイテムバックから出す時間もなかった。
順番に蟻を越えて逃げる中、動きは鈍いものの攻撃を仕掛けてくる蟻。その前足を防ぐため盾を滑り込ませる。
「あ、ありがとう!」
「……蟻が10匹に見えるわ」
「まずい。夏輝ちゃんが幻覚見てる!」
うぅわー寒い。極寒の風が吹雪いているわ。
何度か攻撃を防ぎつつ西ハンターと合流して反転、先行組に追いつくよう走る。
「いやー、危なかったっす!味方の魔法で凍え死ぬところだったすよ」
「本当ね。誰よ、こんな作戦考えたやつ」
「俺っす!」
理論上で判断する奴は碌なのがいないわね。
「ちなみに原案は明人さんっす!冷気を風でガードして一方的に攻撃できる作戦だったんすけど……」
「それを先に言いなさいよ」
私には風の盾があるから凍えずに済んだじゃない!
魔蟻のステータス
【魔蟻(戦闘蟻〈進化〉)】 第二世代
危険度 B
全長 3m
世代能力上昇値 2:1.1倍 3:1.2倍 4:1.5倍 5:1.7倍 6:2倍 (6世代が最大)
技能
【軍隊行動】 同じ【軍隊行動】を持った仲間と認識した存在と念話できる。また、命令を受けた場合、ある程度の痛覚を無視し行動する。
【中級士官】 命令行動補正40%
【足槍硬化】 足を固く鋭くする。 (蟻専用)
【突斬撃(足)】 突・斬ダメージ40%増
【斬耐性(下級)】 斬ダメージ20%減
【打耐性(下級)】 打ダメージ20%減
【突耐性(下級)】 突ダメージ20%減
【毒、麻痺耐性(中級)】
【種族――虫】 呪い、火耐性50%減、斬、打、突耐性20%増
【種族特性――蟻】 軍隊の内10%が行動しない
ステータス (1.1倍)
攻撃力 50:B (55:B)
防御力 50:B (55:B)
体力 50:B (55:B)
魔力 10:F (11:F)
知力 10:F (11:F)
魔蟻(戦闘蟻)は槍のような前足で攻撃する。働き蟻と違い顎が退化している為、土を食べて地中を進むことができない。ただ、前足で掘って進むことはできる。
【魔蟻(将校〈進化〉)】 第二世代
危険度 B~A
全長 4m~5m 人型の頭部を持つ。
世代能力上昇値 2:1.1倍 3:1.2倍 4:1.5倍 5:1.7倍 6:2倍 (6世代が最大)
技能
【軍隊行動】 同じ【軍隊行動】を持った仲間と認識した存在と念話できる。また、命令を受けた場合、ある程度の痛覚を無視し行動する。
【上級士官】 命令行動補正60%
【指揮】 味方へのバフ1.2倍
【軍隊命令(下級)】 【軍隊行動】を持つ味方への命令時、攻撃力・防御力を1.2倍する。
【軍隊士気向上】 味方のステータス1.5倍
【斬耐性(中級)】 斬ダメージ40%減
【打耐性(中級)】 打ダメージ40%減
【突耐性(中級)】 突ダメージ40%減
【毒、麻痺耐性(中級)】
【種族――虫】 呪い、火耐性50%減、斬、打、突耐性20%増
【種族特性――蟻】 軍隊の内10%が行動しない
ステータス (第2世代:1.1倍)
攻撃力 60:B (66:B)
防御力 80:B (88:B)
体力 60:B (66:B)
魔力 60:B (66:B)
知力 80:B (88:B)
魔蟻(将校)は人型の頭部を持ち、武器を扱う事ができる。




