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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

140センチの体に1メートルのベース。ウチのヒーロー・イナズマちゃん!

「キミ可愛いね。お茶しない?」


 駅前で親友を待っていると、いかにも遊び慣れている大学生に声をかけられた。


(お茶しない? って。平成か、いや昭和か)


 内心でツッコミながら、ウチは愛想笑いを作る。


「ごめんなぁ、先約あるねん。それにウチ、婚約者おるから」


「は、婚約者!?」


 大学生の男が驚いてみせる。


「キミ、面白いね」


 男に腕をつかまれたウチは、ちっとも面白くない。

 けれど、こんなのは日常茶飯事だ。


(コイツ絶対、■■大学やろ。たぶん2回生や。こぉんな大学の近所で、同じ大学かもしれへん女子相手によぉやるわ~)


 私、白玉シロ、20歳。

 身長181センチ、体重5■キロ。

 長い髪と、美人と言って差し支えない顔立ち。

 ふわっとしたお嬢様風な衣装で体のラインは隠しているものの、我ながらずいぶんとオトコウケする体つきに育ってしまったものだと思う。

 胸とか、お風呂で浮くし。


 とはいえ、初対面の男に腕をつかまれるいわれはない。

 でも、どうしよう……ヘンに刺激して逆上されると怖いし。

 こんなとき、ウチはついつい親友の姿を探してしまう。

 ウチのヒーロー・イナズマちゃんの姿を。





   ♪   ♪   ♪





「やーいやーい、貧乏お嬢様~」

「倒産おんな~」

「巨人!」


 傾きかけでニュースになっている親の会社。

 隠れるように、うつむきながら過ごした小学生時代。

 ウチは毎日のように男子に絡まれては、心ない言葉に泣かされていた。

 けれど、そんなときに必ず助けに来てくれたのが、


「こぉらぁ~~~~! クソガキども!!」


 140センチの小さな体で1メートル近いベースを力いっぱい振り回す少女――天晴(あっぱれ)イナズマちゃんだ!


「うわっ、やべーヤツが来た!」

「逃げろ逃げろ!」


 我先にと逃げ出す男子たちと、ベースを振り回しながら追いかけるイナズマちゃん。

 男子たちの姿が見えなくなるまで追いかけ回したあと、イナズマちゃんがぜーはー言いながら戻ってくる。


「いたいけな」


 ぜーはー。


「少女を」


 ぜーはー。


「イジメる、なんて」


 ぜーはー。


「けしからん!」


 イナズマちゃんがお父さんから借りているベースときたら90センチ以上もあって、重さも5キロはあるだろう。

 ほとんど、武器だ。

 140センチの小さな体で振り回すには、大きすぎるし重すぎる。


「まったく最近の若いヤツは!」


 と、同じく小学生のイナズマちゃんが、ぷんすこ怒りながら言う。

 そんなイナズマちゃんを見ていると、ウチは笑いがこみ上げてきて、どんな悩みも吹き飛ぶのだった。


「ぷぷっ。いたいけ、って。昭和か」


 お父さんっ子なイナズマちゃんは、オヤジ語を話すのだ。

 音楽の趣味も1990年代あたりで止まってて、『Bz』とか『ウルフルズ』とか『ザ・ハイロウズ』とか『モンゴル800』とかを聴いている。

 正直ウチは、『Bz』以外はよく知らない。

 まぁ逆にイナズマちゃんに言わせれば、『ショパン? リスト? 誰だそれ。あ、モーツァルトなら知ってるぜ。運動会のヤツだろ?』って感じなのでお互い様だ。

 そもそも『天国と地獄』こと『地獄のオルフェ』の序曲はモーツァルトじゃなくてジャック・オッフェンバックの作曲だけれど。


「大丈夫だったか、シロ?」


 そんなオヤジでイケメンで身長140センチなイナズマちゃんが、いつもウチの頭を撫でてくれるのだった。

 あのころはウチもまだ150センチくらいしかなかったから、イナズマちゃんでも手が届いた。


「ありがとっ、イナズマちゃん!」





   ♪   ♪   ♪





「ふふ」


「何笑ってんの? 俺の話聞いてた?」


 十年以上前のイナズマちゃんのことを思い出していると、ナンパ男が絡んできた。

 ウチの思考が、現在に引き戻される。


「はぁ~……あの、手ぇ離してもろてもええですか?」


「いいじゃん、ちょっとだけ」


「痛っ、ちょっとアンタ、いい加減に――」


 もめるのを覚悟で声を荒げようとした、





 ――そのとき。





「こぉらぁ~~~~! クソガキ!!」


 頼もしい声が聴こえてきた!


「イナズマちゃん!」


 ちょうど道の向こうから、ウチのヒーローが飛んでくるところだった。

 身長140センチ。

 小学生か、とすら思えるほどあどけない顔立ちと、春物のぶかぶかなパーカーと、どでかいバッシュ。

 そして、名を体現したかのような金髪ツインテール!

 十年前とまったく同じ姿のイナズマちゃんが、ベースを振り回してやってきた。


「てめぇ、シロから離れやがれ!」


「え、何キミ知り合い? キミも可愛い――ちょっ、危ないって。痛っ、痛いって!」


「この野郎! シロから離れろ!」


 重量5キロは普通に武器だ。


「痛っ、ヤベーよコイツ!」


 ナンパ男が退散していった。


「ぜーはー、ぜーはー。おう、シロ。大丈夫だったか?」


 汗だくのイナズマちゃんがベースをケースに収め、ウチの額を撫でてくれる。

 本当は頭を撫でようとしているのだけれど、何しろウチはこのとおり、180センチ越えにまで育ってしまったから。


「大丈夫やよ~」


 ウチは中腰になる。

 すると、イナズマちゃんの手がウチの頭に届く。


「何もされなかったか?」


「大丈夫。イナズマちゃんが守ってくれたから。イナズマちゃんはウチのヒーローや」


「へへっ。このくらい朝飯前だぜ」


「朝飯前て。平成か。いや昭和か」


「大丈夫なら、さっそく行くか!」


「うん!」


 颯爽と歩き出すイナズマちゃんの後ろを、ウチはついていく。

 身長差も体格差も関係ない。

 いくつになっても、イナズマちゃんはウチのヒーローなのだ。

 いつか、頼りにするだけじゃなくて、頼られる関係になりたい。

 互いに支え合える相棒(バディ)になるのだ――と思うウチだけれど、イナズマちゃんがこのとおりイケメンすぎて、なかなか上手くいかない。





   ♪   ♪   ♪





 駅前の大通りに、金髪ツインテールを生やしたベースケースが歩いている。

 誰あろうイナズマちゃんだ。

 小さな体に大きなベース。

 後ろから見ていると、まるでベースケースからツインテールと細い足が生えているように見える。

 可愛いなぁ。

 こんなに可愛いのに性格オッサンでイケメンで武器がベースとか、属性過多だ。

 そして可愛い。

 今も昔も、ウチはイナズマちゃんの虜。


「やっほー。相変わらず仲いいねキミたち」


 音楽スタジオに着くと、店の外でアオが待っていた。

 海野(アオ)

 碧色のインナー染めとネイルが目を引く、文句なしの美女。

 ウチらのバンド『キング・ホワイト・ストーン』の作詞作曲ボーカル担当にしてバンドマスター(バンマス)だ。

 名前のとおり、このバンドはアオの、アオによる、アオのためのバンド。

 活動方針も選曲も何もかもアオの一存で決まる『キング・ホワイト・ストーン』だけど、ウチにもイナズマちゃんにも不満はない。


 なぜって?

 このアオという女の子。

 ぱっと見はウチらと同じただの大学2回生だけど、その正体は、ネット世界で何本ものミリオン再生動画を投稿している、超大物ボカロP『青子緑子』の中の人なのだ。

 ウチとイナズマちゃんは幸運にも、超大物ミュージシャンのバンドに参加することができたわけだ。

 それもこれも、イナズマちゃんのおかげ。ウチは青子緑子先生の大ファンだったけど、アオに話しかける勇気がなかった。

 そんなウチを引っ張ってくれたのが、やはりイナズマちゃんだったというわけだ。





   ♪   ♪   ♪





「イナズマちゃん先輩のベース、すっごく叩きやすいです!」


 数週間前に加入したばかりの新人ドラマーくん(♂)が、イナズマちゃんを褒めちぎる。


「そ、そうか? やめろぃ。照れるじゃねぇか!」


 と言って笑うイナズマちゃんは、何だかもじもじしている。

 イナズマちゃんは最近、この男子のことが気になっているらしい。

 そう。

 そうなのだ。


 ななななんと、男勝りで性格オヤジなイナズマちゃんが、恋をしているのだ!


 青天の霹靂(へきれき)とは、まさにこのこと。

 応援してあげたいと思う。

 ぜひとも幸せになってほしい。


 顔を赤くしてもじもじしているイナズマちゃんは何とも言えず乙女チックだ。

 オヤジでイケメンでベースが武器で乙女とは。

 やっぱり属性過多なイナズマちゃんだ。


「じゃあ次の曲行くよ」


 アオの号令で、練習は進んでいく。

 目指せ倍率最難関・文化祭ライブ出場。

 そのためには、百近くのバンドが殺到するオーディションを通過しなければならない。





   ♪   ♪   ♪





「はぁ……」


 練習後、ウチがスマホを眺めながらため息をついていると、


「どうしたんでぃ、シロ?」


 べらんめぇ口調なイナズマちゃんが話しかけてきた。


「また親にお見合いぶっ込まれたのか?」


「お見合いやったら良かったんやけどなぁ~」


「お見合い……よりひでぇのか!?」


「聞いてや~。結婚式! 結婚式の日程の調整や」


「けっ、結婚!?」


 さすがのイナズマちゃんも慌ててる。

 ウチの実家は、十年も前からずーっと『倒産する倒産する』と言われ続けてきた大手老舗ピアノメーカー。

 社長令嬢の嗜みとしてやらされていたピアノは大嫌いだった。

 そんなウチがバンドを組んでキーボードを担当するくらい音楽が好きになったのももちろん、イナズマちゃんのお陰だ。


「嫌なら嫌って言やいいじゃねぇか。言いにくいなら俺様が代わりに言ってやるぜ」


「ベース担いでか? ありがと。でも、大丈夫やから」


「つったって、ため息ついてたじゃねーか」


「婚約相手に不満があるわけやないねん。新興楽器メーカーの社長の息子で、ウチより背ぇ高くて、イケメンで、年齢も3つ年上なだけやし、優しいし」


「ををを!? 聞く限りじゃめちゃくちゃ良縁っぽいけどよ」


「うん。間違いなく良縁」


 バリバリの政略結婚。

 家族ぐるみの吸収合併のようなありさまだけど、両親や幹部のオジサマたちは、財務諸表や株価と睨めっこしながらも、最高の旦那さんを見つけてくれた。

 だからウチはけっして不幸じゃないし、っていうかこれで文句言ってたら他の女子たちからめっちゃ睨まれること間違いなし。

 ウチにも、別に好きな男子なんていないし。

 好きな女子ならいるけどね。


「でもなぁ……」


 ウチは再びため息をつく。


「学生のうちから結婚てのが、重くて」


「あー、な。確かに重い」


「でも、婚約式だけで許してもらえる可能性もまだ残ってて。相手の人が口添えしてくれとってな」


「優しい旦那さんだな」


「うん。だからまだ、大丈夫」


「まぁとにかく! 本当に困ってるなら、遠慮なく俺様に言えよな!」


 どんっと薄い胸を叩いてみせるイナズマちゃん。


「絶対に、俺様が何とかしてやるから」


 その笑顔はものすごく可愛らしいのに、超イケメン。


「イナズマちゃ~ん! はぁ~っ、好き!」


 ウチはイナズマちゃんを抱きしめる。

 脳の奥から幸福感が湧き上がってくる。

 ネコやイヌを抱きしめたときに覚えるような多幸感。


「ずーーーーっとこうしていたいわぁ」


「俺様は別に構わないぜ」


「あかんあかん。居心地良すぎて行き遅れてまうわ」


「そんときゃ俺様がもらってやるぜ」


「イナズマちゃ~~~~ん!」


 ウチは変わってしまったし、環境もまた、どんどん変わっていく。

 けれど唯一変わらない存在。

 ウチのヒーロー・イナズマちゃん。

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