私の方だよ
鳥の囀りが飛び交う青空だった。
河川敷の土手の上、
その舗装路を歩き続けていた。
セイヤ君と。
一体どこを目指しているのかまでは、分からない。
・・・・・・・・・・・
「まあ、喋りたくないなら無理して喋らなくてもいいよ。」
ちゃぶ台の木目、
そこに眼差しを沈めたまま、沈黙をし続ける私。
投げかけられた、セイヤ君の言葉。
師匠は台所で食器洗いを続けている。
蛇口から出た水が、薄いシンクをたたき続ける音。
それがたった今止まった。
「でも、とりあえず俺についてきて欲しい。」
また笑ったセイヤ君。
そして彼は、仕事の準備をしはじめた。
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いずれ準備を終えたセイヤ君と、
一緒に師匠の木造建てを出る。
それから、しばらく歩き続けた。
今は河川敷の土手の上。
『君に取り戻さなければならないものがあるからさ。』
あの師匠の言葉。
それが頭の中でリフレインしていた。
俯いていた、
頭の重さに耐えきれないように。
今度は舗装路に沈めてる眼差し。
「あんまり似合ってないよね、このコート。仕事着なんだけどさ。」
隣で歩くセイヤ君の言葉。
沈黙が気まずかったのだろうか、
それとも私を励まそうとしたのだろうか、
またあの笑顔がくっついて。
何でそんなに笑っていられるのか。
ちょっと鬱陶しい。
「まあ、革の赤色のコートだしね。そんなのこの街には似合わないよ。」
「下に着る服とか、いつも色々工夫してるんだけどね。すれ違う人には、いつも変に見られる。」
師匠からして白メガネだからね。
その時、車道を通りがかったスズキのハスラー。
その運転主が驚いた目でこちらを見ていた。
セイヤ君のきているコートのインパクトは、それほど大きかったのだろうか。
煮立てた小豆のような赤色の車
セイヤ君のきているコートも、丁度そんな色だった。
結局、会話は途切れてしまった。
どちらかというと、
私の努力が足りなかったんだと思う。
いや、そもそも努力なんてする気はなかった。
話せるような気分には、なれなかったのだ。
あの言葉が、まだ心に残っていたから。
(『取り戻さなければならないもの』か。)
心当たりはあった。
だけど、心当たりが多すぎて、どれをどう変えればいいのか、いまいち一つに絞れない。
(もしも取り戻さなければならないものが『あのこと』を指しているとしたら、いったい私はどうしたらいいんだろうか。)
『あの間違い』を取り戻すために、いったいどこからやりなおさなけばいけないのだろうか。
そんなことを一人考えているうちに、目的地に着いたらしい。
住宅街、とある一軒家。
「え、ここって。」
私のうちじゃん。デジャブ感があったのは、単に家を知っていたからだけではない。
丁度私でも、家族のことを考えてる最中だったのだ。
「え、やだ。私帰らないよ。」
「ああ、ううん。そういう意味じゃなくて、単に俺が君についての話を聞きにきただけ。ただ、自分が知らないところで、自分のクラスメイトが、家族と内向きな話をするのはいやでしょ?だから・・・・」
「え、やめてよ。そんなこと勝手にしないで。」
私はにべもなく拒絶した。そんなこと、生理的に無理だった。
「でも、僕は君が『取り戻さなきゃいけないもの』の手がかりを掴みたい。」
もちろん、家族に君の過去を根掘り葉掘り聞くつもりはないよ。必要ないと思うから。
「もしも君が『取り戻さなきゃいけないもの』の心当たりを自分から話してくれるなら、他の手があるかもしれないけど。それが話せないなら、ここに来るしかない。」
ごめんね、でも僕は、君を守らなくちゃいけないんだ。そういう《《決まり》》なんだ。
少し弱ったような笑みを浮かべながらセイヤ君。
私はその笑みに少し苛立った。
苛立ちながらも、昨日の怪人のことを考えていた。
またあれに襲われるのと、クラスメイトと家族が私について話すこと、
一体どちらの方がマシか。
家のまえの垣根のかげ、そこに腰をおろした。玄関から見えないように隠れたつもり。
「いいよ。そこまでいうなら話しても。だけどなるべく、私の聞こえるところでやって。」
「うん。玄関でしか話せないと思うし。」
じゃあ、インターホンを押すね。
私は座り込んだ陰で、前髪とスマホをいじり続けた。
「・・・・・・はい。」
インターホンから聞こえてきたのは、ママの声。
「お忙しいところすいません。こちら、池村アイリさんのお宅ですか?」
「どなたですか?アイリについて、何か御用ですか?」
ママの声。
突然の訪問者に対して、明らかに警戒している。
娘が家出してから、まだ二週間しか経ってないとはいえ、まあ、それは当然のことかも知れない。
「池村アイリさんのクラスメイトです。アイリさんについて、ちょっとお話があります。」
その瞬間インターホンは突然切れた。
ドタドタドタドタ!
けたたましい足音、そのあとすぐに開け放たれた玄関の扉。
「娘について、何か話してくれるんですか!」
たった二週間しか経っていないにもかかわらず、ママはだいぶやつれているように見えた。
「今度こそ正直に教えてください!」
ママの声が住宅街に広がった、
あまりに必死な声色。
当然この垣根の陰にも聞こえてきた。
ったく、これだから家になんて居たくなかったんだよ。
また前髪とスマホをいじった。
「娘をいじめてた奴らについて!」
「違うよ、ママ」
垣根の陰の独り言。
すぐかき消えて、あとはSNSのTLが流れるだけ。
いじめられてたのは、《《別の人》》。
いじめてたのは、
「《《私の方》》だよ。」