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心当たりはないの?

山の向こうからする、清々しい朝日の匂い。


一級河川の大河に張られた、街で一番大きな斜張橋しゃちょうきょう

ケーブルで吊られた橋。


そこにせりたった主塔しゅとう越しに見えはじめる、綺麗な朝焼け。


その高架下のアスファルトをくぐり抜けるバイクは、

またしばらく走って、それからようやく止まる。


高架下。

つい先ほどくぐり抜けた橋よりも、やや小ぶりな橋。


「大丈夫?夜通しだったけど、疲れてない?」

「うん、大丈夫」

「そうか。」

また笑う山本君。

一体ぜんたい、なぜそんなに笑っていられるのだろうか。


バイクを降りれば、河川敷の眺め。

橋脚きょうきゃくは割と太い。

岸から数えて一本目。それは、まだ河原に立っている。


どれぐらい築年数だろう、

木造の平家建て。

橋脚きょうきゃくに寄りかかって立っている。


「ついてきて。まだ全然意味わかんないと思うけど。」

山本くんの言葉。大きなフルフェイスを胸に抱えて。

それを追いかけるようにして、

降りていく河川敷。


どうやらあの木造建に向かっているらしい。

(さすがに、人が住んでいるということはないだろう。)

だとしたら、あの怪人から逃れるための秘密の隠れ家だろうか?


だが、あの怪人は一体何なのか。


着ぐるみには到底見えなかった。

勘違いにしては、今も脳裏に焼きついたまま。


「大丈夫。詳しくはあの建物の中で説明するよ。」

私の不安を察したのか、

山本くんは一言だけそう言い残すと、その木造建ての扉を叩いた。


「新聞屋さんですかー。」

と中から聞こえてくる声。

(え!)

ひょっとして誰か住んでるのか?いや、住んでいるから扉を叩いたのだろう。


「読売さんなら朝日とってるんで大丈夫です。」

「朝日さんなら読売とってるんで大丈夫です。」


と、扉の向こう。

結局何の新聞をとっているのか分からないような返事、



それを聞くと、また余計に扉を叩いて、山本君は叫んだ。


「新聞屋じゃないです!師匠!僕です!山本セイヤです!」


んだよセイヤかよ〜、朝から、人騒がせだなあ。


「ガラガラガラガラガラガラ」


と、空いた引き戸。


最後の最後にサッシから外れる、

ボロすぎて。


一瞬、それを気にしたような素振りを見せた。

が、結局は、そのことは打ち捨てて、

家主は、目の前のセイヤくんの方を向いた。


「こんな時間に。お前、新聞配達なんてしてたっけ。」

「だから、新聞屋じゃないです。新聞配達は金がなくて、先月解約したばっかりでしょ、師匠。新聞の話題から離れてください。一人、女の子を連れてきました。」


と、彼の手のひら。

それは私の方をうながした。

「追われています。必要な荷物を取りに来ただけです。」

『師匠』と呼ばれた戸口の男性を追い抜いて、セイヤ君は家屋の中へと消えていった。


河川敷から居なくなったセイヤ君。


その師匠と私は、河川敷に取り残されて、

二人っきり。


さっきから、ずっと目があいつづけている。


染めた金髪に、無精髭ぶしょうひげ

綿のロンパンに、綿のランニングシャツ。

かけているメガネまで白縁しろぶち


どこからどう見ても変な人だ。

暗い夜道で会えば、あの怪人よりもずっと変質者かもしれない。


「えーと、君名前は?」

「アイリです。池村アイリ。」

「アイリちゃんね。まあ、立ち話も何だし、中に入らないかい?」


汚い家だけどねー。

と案内された家の中。

本当に汚い。


雑誌だの、ペットボトルだの空き缶だの。


それを足でどけて、作られたスペースに差し出された座布団。

ホコリまみれ。



座布団を持ち上げて、


失礼だと思ったけど、流石にそのホコリは払わせてもらった。



家主はその様子を、不可思議そうな目で眺めている。

ロンパンに両手を突っ込んで。


(失礼そうな目で見られるなら分かるけど、何であんな珍しいものを見る目で・・・)

ホコリを気にするのが、そんなに不思議だったのか?

だけど、この量のホコリだぞ。気にしない方がフツーじゃねえよ。


ようやく大方払い終わった。

またついているけど、


まあ、これぐらいだと思って、畳に敷いた。

それはむしろみたいにぺちゃんこに踏み潰されて、床板の上で固まっている。


昭和ショーワの時代から置かれっぱなしのようなちゃぶ台。

私がそこに着くと、師匠も向かいに腰を下ろした。


台所だろうか。そこから仕事をする音が聞こえてくる。


水音。

蛇口から勢いよくでる水流。

包丁にまな板が小気味こきみよくたたかれる。

長ネギを細かく刻む音が心地いい。

コトコトと鍋が湧く。

大ぶりのキャベツを切る大胆な音が耳に鮮やかだ。


「ああ、お構いなく。」

「それはこっちのセリフです。少しは師匠も自炊したらどうなんですか。」

俺が買ってくる食材も冷蔵庫にありますから。


と、台所に立つセイヤ君と、ちゃぶ台でくつろぐ師匠のやりとり。

どうやら、セイヤ君が料理をしているらしい。

朝ごはんかな?


「いいよ、出前とるから。」

店屋てんやものばかりだと、体に悪いですよ。と言っても、今日の朝ごはんもそんなに体にはよくないでしょうけどね。」


コトッ、


と三つ丼がちゃぶ台に置かれた。


「はい、牛乳ラーメン三人前。」


袋の安い塩ラーメンを茹でて、

お湯ではなく温めた牛乳をスープに使っただけの一品です。


野菜たっぷり。野菜はフライパンで炒めて入れました。


「んだよ〜、手抜き料理じゃんかよ〜。もっとちゃんとしたもの作れよ〜。」

「お構いなく。結構好きでしょ、これ。」

「まあ、そうだけど。」


師匠は箸で麺を持ち上げてゴーカイにすすった。

「池村もよかったら食べて。腹、減ってるんじゃねえの?」

「う、うん。」

実を言うと、そんなにお腹は空いていない。


だが、いくら簡単なものだと言っても、

出されたものを食べないのは、少し気が引ける。


まあいいか、

どうせ食べようと思えば、時間帯的には、いくらでも食べられるんだし。


(でも丼一杯か、食べ切れるかな?)


白いスープから沸き立つ湯気、香ばしい匂いが鼻腔をそそる。

ゆっくりと箸をスープに落とした。


牛乳を使っているからだろうか?

箸に絡みつくようなスープの感触。

その感触ごと、引き上げる麺。


また香ばしい匂いが鼻腔をそそった。

よーく、フーフーして口に運ぶ。


「・・・・美味しい。」

「な、結構うまいだろ。」

と、セイヤ君。

「炒めた野菜の煮汁がいい味出してると思う。野菜炒めもサラダ油じゃなくて、ちょっとバターを使って炒めた。大して普通の野菜炒めと変わらないんだけど、野菜の煮汁と合わさって、スープに入れば、結構大きな違いになる。」

師匠もどうですか?満足しましたか。

「グッド。食後のデザートはハイボールか。」

「朝っぱらから、出るわけないでしょ。」

「えー、」


と話し込む二人。


その箸が不意に止まった。

なんて言うことはない。


一緒に卓を囲む私。

その食べ方が、あまりにもゴーカイだったのだ。

「へー、食べられるね。」

「ええ、流石に残すと思っていたんですけど・・・・驚きです。」


驚いたのは私の方だ。

(こんなにお腹が減っているとは思わなかった。)

いや、正確には『お腹が空く』という感覚を思い出したといった方が言い。



一体いつからだろうか。

私は『お腹が空いたからご飯を食べる』ということをしなくなっていた。

『とりあえず、時間になったから、出てきたものをただ食べる』という行為を、延々と繰り返していたのだ。


『美味しい』とか

『あんまり美味しくない』とか、

そういうことも問題にしていなかった。


簡単に作ったのかもしれないが、

このラーメンは、その感覚を思い出させてくれるほど、

「美味しかった。」


「そりゃよかった。」

「弟子の飯がうまくて何よりだ。師匠冥利ししょうみょうりに尽きる。」

「そこで?」


と師弟は口を開けば、そんなことばかり。


「ご馳走様でした。」

最後に三人で口を揃えて言う。



「じゃあ、早速話を始めますか。」

「えー、食後のハイボールが先だよ。」

「皿洗いが先ですよ。先に洗ってきてください、師匠。その間に僕、池村と話し始めますから。」

「えー、」


と何だかんだ師匠は丼を持って、台所へ立っていった。

他の二人の分まで持って。

「俺、洗っとくからー。」


あとは二人でゆっくり話して、ね♡


「普段怠けてる奴が真面目にすると、突然印象がよく見える法則だな。」

「そうかもね。」


「『死霊狩り』にはもうっちまったのか?」

と台所から師匠の言葉。

「『死霊狩り』?」

「あの夜道にいた怪人のこと。人間の霊魂を狩る死霊。『死霊』が『狩り』で『死霊狩り』。あいつら、池村のことをねらっているんだ。」

「霊?」

って、ユーレイの霊?何でそんなのが、

「つけねらうの?何で私は突然あいつらが見えるようになったの?」

「それは、」

「君に取り戻さなくちゃいけないことがあるからさ。」

セイヤ君の言葉をさえぎって、台所から師匠の声。



「何の話ですか。」

「そう言われて、全く心当たりはないの?」

「え、ええ。」

「へー、本当に?」

「・・・・・・・・・・・・・」

押し黙る時間が続いた。



「それは・・・・・」






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