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夜を駆ける

「うわ、最悪。」

猫の死体だった。猫の死体が、足もとに寝そべっていたのだ。


「うわあ、」

マジ最悪。

スマホの懐中電灯をつけて、照らす足もと。



車に引かれたのだろうか?

家で飼われているらしい、首輪をつけた三毛猫の死骸。


と、また私の目の前をよぎった何か。


「ニャーオ」

私を追い抜いていったのは、猫。


また同じような三毛だった。


私を追い抜いた、少し先方から、振り返って私のことを見ていた。


その暗がりにぱっちりと開いたまん丸な目で。


そしてみちの先へと駆けていった。

この死骸と同じような首輪をかけていた。


『ネオン』

結構距離が離れていたのに、首輪に書かれたその名前まで、確かに見えた。


おかしいな。私ってそんなに視力良かったっけ。

そう思いながら、また足もとを照らした。


ひょっとしたら、こちらの首輪にも名前が書かれているかもしれない。

踏んでしまったんだ。せめて名前ぐらいは把握して、心の中で謝らないと、なんだか気味が悪い。


『ネオン』

首輪には全く同じ書体の丸文字で、全く同じ名前が書かれていた。

「え、嘘。」

そう思ったら、その猫の三毛が、さっき私を追い抜いていった猫の三毛と、

まるきり同じにしか見えなくなった。


その時だった。暗がりに沈んだ路の先から、けたたましい猫の叫び声が聞こえて来たのは。


「え、何・・・・・」

震える唇をおさえた。


路の先はまた、押し黙る。


鳴き声どころか、足跡ひとつ聞こえない。


さっきの猫は一体どうなったのか。

気配がする。


だがそれは決して猫の気配じゃない。


その暗がりから現れたのは、灰色の大きな毛むくじゃら。


怪しく光るランタンを手にぶら下げた二足歩行の怪物。


大ぶりで、いやらしく曲がった口ばし。それに二つついた鼻腔びこうを匂いながら、真っ黒い二つ目でこちらを見つめている。


にゃーお、

と、それは猫の甘えた声を発した。さっきの三毛を思い出させる声。


それが何重なんじゅうにも木霊こだまする。

まるでマタタビを嗅いだ発情期の猫のような、もううんざりするぐらいの甘えた声。


そんな声で鳴きながら、ずっとこちらへ手招きしている。

手招きしながら、こちらに近づいてくる。


「いや・・・・」

唇を押さえた手を握りしめた。

早くここから逃げないと。

膝が震える。それをおさえられぬまま、後退り。

だがその一歩目で、転んでしまった。

猫の死体に足を引っ掛けてしまった!


そうこうしているうちに、もうヤツはすぐそこにやって来てしまった。


地べたで足掻く私の太もも。

それはもうヤツの大きな足の指につかまれている。

もうそこから動くことも出来ない。



「カエリマショー」「カエリマショー」

という不気味な言葉。顔いっぱいに迫る、あのいやらしいくちばし。


(もうだめ・・・・)

そう思ったその時だった。

私の顔とヤツのくちばしの間、

そこに光が弾けた。


白くて強い輝き。

まるで昼間の太陽みたい。

光にひるんで大きく後退りする怪物。もう私の足なんて掴んでられない。


それでもなお、ひかり続けている光弾。


ゴロゴロゴロゴロ

唖然あぜんとした私のそばに寄ってきた、中型バイクのエンジン音。


光を放ったぬしだろうか?

バイクの乗り手が、ヘルメットを外せば、そこには見覚えのある顔。

「ごめん、バイク取りに戻ってた。」

ついさっき見たあの笑顔。

山本くん。

彼はいつも通りの笑みを浮かべていた。


「さあ、後ろに乗って。」

メットないけど。でも、覚悟ならあるからさ。

「え?」

「さっきの話だよ。君を助ける覚悟が、俺にはある。」

さあ!

と、強く引かれる手。勢いそのままバイクの後ろにまたがってしまった。

「免許、隠れてとったんだ。君のバイトとおんなじだ。」


ちゃんと捕まっててね。

「あいつらから逃げるため。このまま朝まで走りっぱなしだよ!」






思わず強くつぶった目。

それは、走り出してしばらくしてから、ようやく開けることが出来た。


駅前の喧騒けんそうをぶっちぎる眺めが、私の瞳いっぱいにあふれていた。

信号はなぜかことごとく青色で、まちも色とりどりに光り輝いていた。

バイクのエンジン音は、思ったよりもずっと滑らか。

路上を進む感覚も、触れられるようにやわらかい。


そんな心地いい感覚が、山本くんの背中を通して伝わってくる。

見上げたそのフルフェイスの後ろ姿。

それは心なしか、笑っているようにも見えた。



心地いい感覚そのままに、また私は強く目をつむる。


そしてまた開けるを繰り返す。


そんな夜を駆け抜けたバイク。













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