おお、池村じゃん
「おお、池村じゃん、どうしたんだ?こんなところで?」
夜だった。スマホを見ながら、ただ駅前を彷徨っていたんだと思う。
私が住んでいるのは地方の田舎街。
盆地に沈んだ、深い夜陰に潜む街。
そこから浮かび上がった、ほんのわずかな喧騒の駅前。
その喧騒から逃れるように、より街灯が仄暗い路地を選んでいたら、こんなところに行き着いてしまった。
でも、かといって、こんなところに紛れ込んだことに、特別な理由はない。
ただスマホを見ながら歩いていただけ。
「気づいたら」「なんとなく」としか言いようがなかった。
そんな折に、そのクラスメイトは『私』を見つけた。
「そうか。じゃあ、お前は蛾の反対だな。光じゃなくて暗がりに引き寄せらるんだ。」
蛾の反対は、なんていう動物だろうな。
山本くんは、そんな時も、教室で会った時と全く変わらない朗らかな笑みを浮かべていた。
「なんで、私に話しかけてきたの?」
「いや、たまたま見かけたから声かけたみただけだよ。」
「でも私、今学校行ってないよ。」
「どうでもいいじゃねーか、そんなこと。今、時間あるか?」
「いや、ないよ。」
学校にいた時なら絶対に断れないような、その誘いを断った。
なぜ断ったのか、特に理由はない。
学校に行っていないことを、
どうでもいい、
と言われたことにイラッときたのかもしれない。
学校に行けてるお前にとっては、学校なんてどうでもいいかもしれないけど、
学校に行けてない私にとっては、どうでもいいことじゃないんだよ。
「話はそれだけだね。じゃーね。」
「お前、家に帰らなくて、どれぐらい経つ?」
「たったの二週間だよ。隠れてやってたバイトの貯金もあるし、寝泊まりしてるところも確保してるから、別に困ってないよ。」
あーあ、
学校に行ってないことだけじゃなくて、家に行ってないことまでバレてるんだ。
最悪。
こいつが知ってるってことは、クラスメイトにまで知れ渡ってるのかもしれないな。
「女子にはさあ、男子には分からない色んな事情があるんだよ。」
だから、大した覚悟もないくせに、他人の事情に首突っ込んでこないでね。
そう言い残して、そのクラスメイトからは背を向けた。
そのまま、もっと暗い街路の先へと進んでいく。
さっきまでの話し相手も、背を向けられたら、大人しく、元来た明るい道へと引き返してくれたらしい。
あー、よかった。邪魔者がいなくなってくれて。
またスマホの画面に目を落として、進んでいく。
さっきからずっと歩きスマホ。何かにぶつかるなんてこと、こんな路じゃありえない。
だから別に気にすることはない。
そう思っていた矢先だった。
何か嫌な感触を踏みつけてしまったのは。