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終着

作者: だふにあ

片想いのゴールとは一体どこなのだろうか。

相手に想い人が出来た時。相手が想い人と結ばれた時。相手が一生の伴侶を見つけた時。

各々に答えはあるだろうが私の答えはこうである。終わりなどはない甘美な地獄こそ片想いである。


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私が彼女に想いを寄せてどれほどの時が経ったであろう。そんなことを今際の際に一人逡巡する。彼女と出会ってどれほどの時が経ったろう。彼女が彼と添い遂げてからどれほどの時が経ったであろう。彼女と生きて会うことが叶わなくなってからどれほどの時が経ったであろう。今の自分の年齢すらあやふやな私にはもうそれを数学的に導くことは出来ないのである。しかしそれを侘しいと感じたことはただの一度もないと、断言できる。

これほどに歳を取ると「出来ること」より「出来ないこと」の方が多くなっていくものである。しかしそんな私であろうとも、今まさに深い眠りにつく私であろうとも断言して「出来ること」が一つだけあるとするならば、それは彼女のことを想うことだけなのであろう。

彼女と初めて会ったのは忘れもしない。私が大学3年と4ヶ月の頃であった。当時就職活動と研究室の板挟みに合い屍人のようであった私の前に現れたのが彼女であった。肩より少し下ほどまで伸びた髪の毛に、存外に短いその睫毛に、コロコロと笑うその仕草に、私は一瞬で恋に落ちた。

彼女は屍人であった私が偶然立ち寄った喫茶店でアルバイトとして働いているようだった。そこからの私はと言うと、戦後間も無い内閣首相も腰を抜かすほどの行動力であったろう。数年という歳月をかけて彼女と親しくなり、休日は共に買い物に行ったものである。その時、私は社会人で彼女は最後の学生生活を送っていたことを覚えている。

それから数年が経った、纏わりつくほどの暑い夏の夜のこと、いつものように彼女から届いた便箋に目をやると私は込挙がってきた吐瀉物を急いで厠にぶちまけた。


「思い慕う人ができました。」


今を生きるあなた方(私もまだ生きてはいるが)からすれば在り来りなことであろう。

しかし当時の私からすれば青天の霹靂。文字通り雷に打たれたような衝撃が全身を妬き尽くす。それからというもの私は彼女への念をその情熱へ変え、彼と彼女との仲を取り持った。幸い彼女の想い人は私の研究室の同級生だったので話はトントン拍子に進み、それから2年と8ヶ月が過ぎた頃、彼女の結婚式の

友人代表挨拶に抜擢された。式のことは(かな)しくてよく覚えていないが、晴れ姿の彼女を見て私は自身のことをなんと愚かで滑稽な人間なのだろうと思い知った。


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そんな彼女であるが、ちょうど5年前に病に伏せ、そのまま旅立っていってしまった。この5年間が如何に長かったかということは言うまでも無いが、晴れて私もそちら側へ行く機会にありつけたらしい。死ぬことが恐ろしいと言う人間がかなりの数いると聞くが私にとって死とは解放である。彼女が居ない空蝉という地獄からの解放である。

何十年と永く恋をしてきた。しかし私の恋は終わってはいない。ここからこそ始まるのである。

彼女のことを忘れ生きていたならば一人旅立つことも無かったのだろうなと思うと、笑いが込上げる。これだけ永く恋をした私に分かったことはたったの二つ。「一人と独りは似て非なるもの」ということと、「どうしようもなく彼女が好きである」ということだ。

向こうの彼女はどんな顔をしているだろうか。何をしているのだろうか。私の知らない道楽などに夢中になっているのだろうか。彼女のことがより深く知りたい。そして、浅ましくも私のことも知ってもらいたい。

私はそんな、少年のような心の昂りを抑えて静かに目を閉じた。



執着。


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