流星
ヴァイオレット曰く―――彼は、ルーク・アルベスタは英雄である。
勇者ではない、英雄。
幾度も偉業を成し遂げ、幾度も人を救った。
救国十七回、救世六回。
更に―――八度魔物の襲撃を抑え込み、村規模の救いならば数え切れないとの事。
圧倒的な武力を行使して敵を砕く姿に人々は勇気を与えられたが、ルークに勇気は要らなかった。
家を出てパン屋にパンを買いに行くのに勇気を振り絞らない様に、ルークも当然の様に偉業を成した。
だから英雄―――勇気ある者にのみ与えられる称号、勇者には決してなり得ないのだ。
「待たせたな、向かおう」
十分程レイ達の元から離れると、ルークは簡単な旅支度をして来た。
見える限りの武器は、人の身長程ある大剣だけ。
「馬は…………天馬か。時間は丁度良いな、走りながら話をしよう。ヴァイオレットからの頼みだ」
馬車に乗り込むと、ルークは言った。
戦法などかと思い頷くと、全く的外れな、今この状況には本来不必要な話を、ルークは始める。
「俺は、残念ながら英雄と呼ばれた。原初は五百ほど前の年。世を燃やす戦火だった。俺は戦い、仲間を失い、友を失った。友には親子供、嫁が居る者もいたし、当然家族は泣き悲しみに暮れた」
五百年前、様々な図書館の本を読み込んだアリスは、その様な歴史を知らない。
「俺は一人で敵を千騎程落とし、終戦へと。そして、英雄として持て囃された。そして俺の登場を祭り上げて、俺の戦いを…………戦争を英雄譚として喜んだのだ」
だから、気に食わなかった。
馬車は走り出した。
アリスが操縦しながら、ルークの話を聞いている。
「英雄とは―――戦いを子供の児戯と錯覚させる毒の名だ。毒は俺だけで良い、英雄は俺だけで良い。毒は広まらなくて良い、英雄など、知らなくて良い。だからヴァイオレットに、一つ魔法を、呪いをかけて貰った」
一騎当千の英雄など、ただの大義名分を得た大量殺人に過ぎず、それを善とするのが英雄の名。
それをルークは、許さない。
「この話をした者以外は、俺に纏わる物事と俺自身を覚えない。毒に触れないのだ。戦いを正当化してはならない。もし出会えば、それを俺から伝えるよう、ヴァイオレットに頼まれていた」
「師匠が…………」
ヴァイオレットがやりそうな事だと考えながら、馬車の外を見る。
そして少し驚いた。
昨晩を遥かに超える速度で道を進んでいるのだ。
天馬を操るアリスも驚いている。
「英雄とは猛毒だが、毒は時折り薬となる。戦場では周りを鼓舞し、一人一人が通常では発せない能力を使う。それは、意思ある鉄の馬、天馬にも通ずる。一晩の道のり程度ならば、あと半日もあれば走り遂げよう」
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「易々と…………ぶっ潰れろッ!」
ニーライナのハンマーが力強く振るわれるが、もはやマティアスは手も動かさずに、木を操作して防御。
ニーライナを投げ飛ばした。
「ニーナ、そろそろ変われるよ!」
言って、ヴァイオレットがアルスの元から離れる。
今ヴァイオレットとニーライナは、しばらく戦ってはアルスの元で魔法での回復を受けてと繰り返して、長時間戦い続けている。
周りから見れば二人が凄まじく見えるだろうが、一番消耗しているのはアルス。
休まず回復を続け、邪魔にならない様移動を続け。
大量も精神も、常に限界だ。
レイ達のパーティーで、昔のヴァイオレット達のパーティーに入れる実力があるとするならば、それは間違いなくアルスただ一人だろう。
「ニーライナ様、ご無事ですか!」
「ああ、悪いな」
投げ飛ばされたニーライナの元へと、伸縮するナイフを木に突き刺しながら移動して向かう。
「出血が酷い部分から治します。まずは頭部、次にハンマーを握る腕と、その次に足の順番です。よろしいですね?」
「いや……一時的に血が止まる程度で良い、全身一気に頼む」
「分かりました…………では応急処置程度ですが、開始します」
魔力でニーライナの全身を包む様にして癒す。
いつ戦いの余波が自分の元に飛んでくるか分からない緊張の中、戦いにも回復にも、百パーセント集中しながら。
「ヴァイオレット! 少し離れて戦え!」
「無理っ!」
余裕のない声でヴァイオレットは叫ぶ。
紫色の電光を走らせ、黄金の槍を飛ばし、足場を凍結させ、動きを縛り、水を操り、木を腐らせ、草を生やし、土の人形を操り、肉体を強化し。
無数の手数で攻めるが、マティアスは手傷すら負わない。
「全く、理不尽、不条理! こんな相手に時間稼ぎなんて、師匠冥利に尽きるよっ!」
宙に浮かぶ光の玉を三つ飛ばす。
飛びながらも球体から少しずつ伸びて、やがて細い槍の様に。
起動線上に木が現れて、ぶつかり合うことで、双方砕け合い、相殺。
それと同時に、マティアスの背後からハンマーが振るわれた。
全力で動くのに支障が無い程度に回復したニーライナが戻って来たのだ。
「休め! お前みてえな引きこもりには、荷が重いだろうよッ!」
「任せた〜!」
軽く返して、退避。
返事こそ軽かったが、アルスの元へと戻ればすぐに、疲れから大きく息を吐いた。
ヴァイオレットはニーライナの様に接近して戦うわけではないので傷は少ないが、その代わりに魔力の消費が激しい。
常に使っている浮遊と防護と肉体強化の魔法に加えて、息つく間もなく連続使用する攻撃の魔法。
魔力の消費量は、六道のモデル・ウィングと同等か、それ以上だ。
「ヴァイオレット様、大丈夫ですか…………?」
「心配かい? アルスちゃん」
「私が、信頼できないかい?」
「いえ………その、そういうことでは………」
ヴァイオレットが、返事を詰まらせたアルスの頭を撫でる。
アルスも疲れが溜まっているだろうと、少し気を紛らわすための言葉だったが、相手は話慣れたレイではないことを、疲れから忘れていた。
「心配なのは、交代の間隔が短くなっているからでしょ? 大丈夫、もう来るさ」
「来る…………もしかして、レイ様達が!」
「そうだよ―――聞こえないかい? 天馬の足音、英雄のご登場だ…………!」
瞬間―――古ぼけたマントを風に靡かせながら、流星が如く一人の男が飛来した。
それは時に、戦場に終わりを運ぶ流星であり、時に世界へ平和を運ぶ流星であり、今現在、この場に勝利を挙げに来た流星。
「久しぶりだな、ヴァイオレット…………!」
「ああ、相変わらずいい登場シーンだね、ルーク」
今、打倒神の戦場に、英雄が降り立った。




