逃走
「マスター、ご無事ですか!」
「アリス! 俺は無傷、他は?」
編むように作られた巨樹同士の隙間は大きく、その隙間を駆けてアリスが合流。
辺りは木に巻き込まれた者たちの声で、阿鼻叫喚。
まるで、地獄の再現だ。
「アルス様は安全な場所に。ヤマ様はヴァイオレット様と一緒で、ニーライナ様は敵との戦闘をしながら、私に仲間を探すようにと」
「分かった、すぐ向かう」
「案内します!」
言うと、足場にしている木から飛び降り、黒鍵を解放して高速移動するヴァイオレットをレイは追う。
「魔道具の魔力残量は?」
「途中ヴァイオレット様に補充していただきました!」
「分かった―――その師匠は今どこに?」
「既に戦闘に参加しているかと!」
「ああ…………道理で」
鳥肌が、止まらない筈だと。
「急ごう、あんまり長く戦わせちゃダメだ」
「……? お師匠様は、持病でも?」
「まあ、そんなところっ!」
姿が見えた。
ずっと接近戦を続けるニーライナは多少の流血はあるが、軽傷。
ヴァイオレットは離れた位置からの攻撃を続けているので無傷だ。
「導火線―――ボムっ!」
「小僧! 遅かったじゃねえか!」
火の玉が飛んで破裂。
しかし、マティアスは火傷一つ負っては居ない。
「師匠、魔力は!」
「まだ八割。折を見て引くよ」
「気をつけてくださいね、ちゃんと死にますから」
言って、ヴァイオレットの側から離れてニーライナの方へ。
既にアリスが参戦しているが、マティアスはレイを見ても焦る素振りすらない。
腰まで伸びる、白茶色の髪を靡かせながら悠々と。
子供を相手する様に悠々と攻撃を流している。
「二人とも、離れてっ!」
レイが言ったと同時、ニーライナのアリスはマティアスから距離を取り、次の瞬間炎の球が投じられた。
それを片手で押さえたマティアスの背後へと素早く回り込んで、足からの炎噴射で身を回転させながらの蹴り。
もう片手の手の甲で防がれはしたが、問題は無い。
既に次の手の準備は終えてあるのだ。
「一つ消費―――六道、モデル・ガンナー!」
背後の円から、炎の球が一つ消えている。
それは指先へと進み弾丸となって、そして放たれた。
「ばんっ!」
放たれた弾丸は真っ直ぐ進む。
曲がる事なく、歪む事なく、まごう事なき直線。
マティアスはそれをしっかりと目視して、余裕を持って簡単に、回避した。
「…………ックソ」
レイは諦めなかった。
マティアスの背後で木に当たり爆発する弾丸を気にせず、炎噴射で離脱と同時に目隠し。
自分の背後からやって来たニーライナの姿を炎で隠した。
「俺の工房、返しやがれッ!」
「工房…………この様な場所は捨てて、新天地でも探せば良いではないか」
「舐めた口を!」
ニーライナの太い腕が握る巨大なハンマーの一撃一撃が、全てマティアスの乙女の様な細腕に抑え込まれる。
この様な異常事態、あってはならないのだ。
「お前では私には勝てないと云う事を、何故分かろうとしない…………否、既に知っているであろうに、何故引かない?」
「俺は男だ、誇り高きドワーフの男だ! 神様如きに、敵如きに恐れちゃ居られねえんだよッ!」
ニーライナは吠える。
ハンマーから噴出される炎は、既にレイの魔法でも高火力の位に達していた。
「これ以上戦えば死ぬと、分からぬのか」
「俺が死ぬのは、鍛冶屋が終わったときだ馬鹿野郎っ!」
全ての一撃が、大地を砕くであろう威力。
振われたハンターは大気を揺らし、暴風を引き起こす。
一度引いた瞬間から、レイになど入り込める余地は無かった。
「そよ風は歌う。雲は燃える! 日を下し身を委ね、力の片鱗は我が右手に宿ろう! 白夜、幾千の戦場に百鬼を埋めたなら、最早届くは我が声、祈りのみ!」
ヴァイオレットの詠唱。
力も魔力も込めて、高らかに叫ぶ。
勢い良く、天に向けた掌をマティアスに向けて振るう。
それと同時に、名を呼んだ。
「超級魔法、天の揺り籠っ!」
瞬間―――ただの衝撃が放たれた。
燃えも痺れも貫きもしない、単純な混じりっけのない衝撃。
それはマティアスに衝突すると同時に弾き飛ばし、初めての手傷を与える事に成功した。
頬に一つ、小さな痣を。
「愛弟子、アリスちゃん、ヤマくん! 逃げるんだ!」
ヴァイオレットは叫んだ。
決して許されない、戦う者への侮辱とも取れる言葉を。
「東の街、アリスタンに彼は居る! 逃げて、英雄を連れて来るんだ!」
「…………了解しました、師匠っ!」
英雄を。
その言葉が出た瞬間、レイは戦闘を諦めた。
マティアスから背を向け、逃走経路を見る。
「アリス、ヤマを!」
「はい!」
アリスは従った。
少し離れた位置の、安全な場所へと置いた山野を背負って戻ると、レイは木へと向けて高火力の炎を噴射。
巨大な穴を、通り道を作り出した。
「師匠、絶対に戻ります!」
「任せた! アルスちゃんは預かるよ!」
それだけ言葉を交わすと、レイとアリス、アリスに背負われた山野は逃走を開始。
開けた穴から飛び出した。
「逃がすと思うたか」
「邪魔させると、思ったかッ!」
三人を止めようと、マティアスは手を伸ばす。
しかしその手をニーライナがはたき落とした。
「ヤマ、持ってけ!」
「はい、ニーライナ様っ!」
ニーライナは鉄の箱を一つ投げる。
山野がそれを受け取ると、アリスとレイは加速。
あっという間に、姿が見えない距離まで離脱した。




