肥えた善人
「愛弟子、終わったようだね」
「はい師匠。やっぱり逃げられました」
「ロムニス君を捕まえられなかったのは残念だけど、魔術師の男こと、ゲル・アズレーン君は捕まえておいたよ」
「よかった。さっさと兵に差し出しちゃいましょう」
「もう呼んだわよ」
「お早いことで」
火が上り、仕事に出るものが街に多くいる時間。
ロムニスとレイの、久しぶりの対面が幕を閉じた。
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「俺本当に行かなきゃダメですか?」
「当然だよ愛弟子―――なんだって、今回呼ばれているのは私でなく君なんだからね」
「大変面倒くさいでありますよ、師匠」
レイが面倒くさがっているのは、今晩の食事会。
早朝の戦いを偶然目の当たりにした公爵家の当主が、是非レイを今晩の食事に呼びたいと言ったのだ。
「服だってちゃんとしたの持ってないし、何とかして断れないかなあ…………」
「服ならある、私が今朝の帰りに買ってきたからね」
「なんで準備がいいんですか、師匠…………」
そんな文句を言いながらも、ヴァイオレットから服を借りて、着替えたら家を出る。
よくある真っ黒なタキシード。
戦いの直後きちんと治療した背中の刺し傷がまだ痛むが、戦争やダンジョンの帰りならば、この程度の傷で根を上げてはいられない。
「うわ、デカイ」
貴族街に入って、屋敷を見て一言。
屋敷を見上げて思わず呟くと、それを見ていた門番が小さく笑った。
それに気づいたレイは少し赤面しながらも、少し急いで自分のギルド登録カードを見せる。
これを見せれば中に入れる手筈となっているのだ。
「レイ・イグニス様ですね―――中で当主様がお待ちです。どうぞ、お進みください」
甲冑を着た男が正門の前を退くと、屋敷の入り口まで続く一本道。
途中噴水や、像など、金がかかっているなと思いながら通り過ぎる。
正面玄関にたどり着くと扉は開いており、扉の代わりに、ぶくぶくと肥え太った男が立っていた。
「態々足を運ばせてしまい申し訳ない。儂はメルヘイス・ローグマン公爵。貴殿に二度命を救われた者だよ」
「二度ですか? 申し訳ないのですが、心当たりが…………」
レイは申し訳なく思い、早々に言った。
しかし、ヘルメイス公爵は楽しそうに笑う。
「そうだろうそうだろう! まあその話は食事でもしながら話したい! 我が領地から取り寄せた食材を使い、最高のシェフに調理をさせておる! きっと気に入る!」
ヘルメイス公爵は笑いながら屋敷の中へと進んで行き、両脇に立っていた召使いが頭を下げたので、付いていけということだと受け取って、後に続く。
途中の道には、絵画や肖像画、鎧などの様々な収集物が飾ってあったので、レイはまたしても金がかかっているなと思いながら進んだ。
食堂はあまり広いわけではなく、両脇三つと縦に二つの椅子に囲まれた食卓と、花瓶や壁の装飾程度の質素な飾り付け。
広過ぎず、狭過ぎず―――心地の良い、丁度良い部屋だ。
ヘルメイス公爵が上座に座り、レイはその側に座るよう促された。
「本当なら位置を交換したいのだがねえ、如何せん従者の目がある。気を悪くしないでくれたまえ」
「いえいえ、そのような事は」
応えると、ヘルメイス公爵はやはり笑った。
もはや何が笑いの琴線に触れるのか分からない状況だ。
「さて―――では貴殿は覚えていないだろうが、話そうか。儂は貴殿に、二度命を救われているのだよ。二度目は当然だが今朝。一度目は、私の事を覚えてはいなくとも、記憶には残っているだろう」
「記憶に残ってる…………? 本当に申し訳ないのですが、公爵家の方を守りながら戦うような状況には居合わせた事がなく…………」
またしても、ヘルメイス公爵は笑った。
笑い声はきっと、屋敷中に響き渡っているだろう。
「一度目というのは…………あの戦場にて、日輪の様に輝く貴殿に、本日と同じ相手から救われたのだよ」
「―――あの時に!?」
「ああ、居たのだよ。すぐ側で見ていた。あの時の火傷痕は、今でも自慢なのだよ! かの英雄の炎に触れたのだとね!」
そう言うヘルメイス公爵を見て、レイも思わず笑いを浮かべた。
戦争の際にレイは、多大なる成果を挙げた。
しかし、その際の戦闘は、少数だが味方も巻き込んだのだ。
ロムニスとレイの、両者命を賭した一騎討ち。
自身が生き残る為には、周りを気にしている暇などなかったのだ。
炎の波は味方も飲み込み、雷の嵐は誰もを貫いた。
その戦いでレイ自身も重大な負傷を負ったが、それでも自分が巻き込んだ者らに対する罪悪感は拭えなかった。
「あの場にいた者の中には、顔や、半身に大きく火傷を負った者も多くいた。しかし、貴殿が居なければ、どちらにしろ落としていた命。感謝こそすれど誰一人、貴殿に恨みなど抱いていない!」
衝撃を受けた。
常に悪いことをしたと考えていたのを、当事者達はまだマシだったと、助かったと、感謝していると言うのだ。
それならば、被害者が良いと言うならば、そこに加害者が割り込む余地など存在しないのだ。
「毎回貴殿は何も言わずに消えてしまい、今回こそは礼をさせて貰おうと思っている。何か儂にできることがあれば、何でも言って欲しいのだ! 金だろうが、立場だろうが、隠居先だろうが、仕事だろうが! 儂に用意出来る物ならば!」
熱意の籠った言葉に、胸が熱くなる。
目柱が熱くなるのをグッと堪えながらも、言葉をなんとか絞り出そうとする。
「ゆっくり考えてくれたまえ―――儂は幾らでも待とうではないか! それは宛ら夢見る姫君のようにっ!」
出掛かっていた涙が引っ込む音がした。
さっきまでは感動していたが、思わず想像してしまったのだ。
ヘルメイス公爵が姫のようなドレスを着て、王子を待つ姿を。
完全に冷静さを取り戻した頭で、レイは思い出した。
いつしかやろうとしていたことが、今出来るのではないかと。
「では、ヘルメイス公爵殿、一つ頼みが」
「なんでも言ってくだされ!」
少し食い気味な返事に驚きながらも、未だ薄らと瞳に残る涙を拭い、話を切り出した。
「無理にとは言いません。あくまで公爵家当主と言う立場での商談を聞いていただける機会が欲しい」
「成る程、了解した。それではこれより儂は、一貴族として、貴殿の前に立とう」
その言葉に安心して、レイは言う。
今後金策の切り札となると確信していた、一手を。
「ドラゴンの素材を買い取ってくれる方の紹介、あるいは買い取って欲しいんです!」
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