成長
「ねえ師匠、久しぶりに俺もいいかな?」
「いいよ愛弟子―――私は読書を続けるから、お好きに」
「それじゃあ―――導火線、ボム!」
剣の刃先に小さく火を灯して、芝生へと打ち付ける。
火は地面を走る様に伸びて、ロッキングチェアの元で爆発した。
しかし、爆発とヴァイオレットの隙間には、突如として薄っすら赤い半透明の壁が現れていた。
ほんの少しの間も開けず、レイはその壁を蹴る。
爆発により少しヒビが入っていたので、その位置を狙うと簡単に割れた。
蹴りの勢いで体を回転させたまま、炎で弓矢を作り出して、ヴァイオレット目掛け発射する。
しかし、今度は反射の魔法。
薄ピンクで半透明の円盤が現れて、炎の矢を跳ね返した。
左手に炎を纏わせてそれを振るうことで手の炎で矢を吸収してから、自分がヴァイオレットの背後へと転移して、剣を振るう。
瞬間―――刃が本に包まれ止まった。
ヴァイオレットが読んでいた本のページとページで刃を挟んだ、真剣白刃取りの様なものだ。
「火力、弱くなってるわね」
「ええ、困ってます」
刃に炎を纏わせるが、ヴァイオレットは愚か本にすら引火しない。
本のページ全てに隙間なく、防護の魔法がかかっているのだ。
仕方がないので剣を手放して、両手に炎を纏わせる。
それを見たヴァイオレットも本を置き、代わりにレイの剣を握った。
少し離れた位置からレイは拳を振りかぶって、勢い良く振り抜いた。
すると、拳に纏った炎は大砲の砲弾のように飛んで行き、ヴァイオレットに反射されて拳に戻る。
既にその時レイは次の攻撃へと動いており、炎を纏った拳を地面に打ち付けようと――――――。
「愛弟子―――それは街中じゃダメだってば」
金縛り―――地面に拳を打ち付ける寸前の無茶な体制で、レイの体が停止した。
「私が遅れてたら、凄い目立ってたよ愛弟子」
「いや、火力落ちてるからいけるかなって」
「今を昔の三割として、周りの建物は超えるわね。ダメだよ」
そう言われて、拳の炎を消した瞬間に金縛りも解けた。
ぶへっと声を上げながら地面に倒れ込んでから立ち上がると、ヴァイオレットが少し燃えた芝生に、魔法で水を出して撒いていた。
「やっぱり歯立ちませんね」
「前離れて行った時より上手くなったわよ。これで火力も前通りで場所を選んだら、傷はつけられたかも」
「それって、出来る限り俺に都合が良い状況じゃないですか」
そう言って苦笑いするレイを見て、ヴァイオレットは微笑む。
三年前に離れて行った愛弟子が、大量の経験などを得て強くなり、それでも尚自分に頼ってくれるという今に、至上の喜びを感じているのだ。
「師匠、質問良いですか?」
「まあ、私に答えられることなら」
ヴァイオレットは答えた。
簡単な戦闘に対する物かと思い、相手の考えが分かる魔法などを使わずに、何気なく。
「今日一日で、俺を全盛期に戻せますか?」
「無理だよ―――出来たとしても、今度こそ君の全神経が焼けて、今度こそ脳死状態になる」
「分かりました。じゃあ明日、地下に突入しましょうか」
「自棄かい?」
「戻れないなら、潔く突入しかないでしょう」
「私一人投げ込めば良いじゃない」
「俺の因縁です。手伝って貰って勝手ですけど、師匠にも譲りませんよ」
それを聞いて、ヴァイオレットは溜息を溢す。
呆れたとでも言いたげに、わざとらしく。
「明日ならば―――今日は休まねばいけませんね、マスター」
「アリス、もう起き上がっていいの?」
いつの間にか起き上がっていたアリスが、先程まで薄っすら存在した不服そうな表情を取り下げて、澄ました顔で言った。
初めての手合わせで使われた魔法の数でマウントを取ったレイが自分と同じ様に負けて、少し気分が落ち着いたのだ。
「そうだね、今日は休まなきゃいけないね。じゃあ愛弟子とアリスちゃん。今日のご飯は外食しようか!」
ヴァイオレットが意気揚々と言う。
しかし―――レイは首を横に振り、想定外の反応に驚く。
「な、何故だい愛弟子…………師匠たる私との外食が、嫌だというのかい?」
三年前によく見た反応に、レイは思わず小さく笑った。
「だって師匠の行く店って、食事のバランス最悪じゃないですか。アレ食べて次の日体調を崩さずに、運動しないで太らないのは師匠だけです」
「どの様な店なのですか? マスター」
「油と炭水化物と肉の、狂乱だよ」
「愛弟子! あの店のことを、そんなに思っていたのかい!」
ここに来て再開後初めて、ヴァイオレットが大声を上げた。
初対面のアリスの前だからと、少し出来る大人のキャラクターを作っていたヴァイオレットだったが、とうとう本性が漏れた。
「前にも言ったじゃないですか。いつか体調崩しますよって」
「そんな確証はないっ!」
「俺は連れて行っていただき、翌日体調を崩しました美味しかったけど、行くなら月一度ぐらいにしておいてください」
「なら! 今日が一度目って事で良いじゃないか! そうだろ愛弟子?!」
懇願するように、子犬のようにヴァイオレットは言う。
威厳など、どこにも無い。
「師匠、どうせ俺が居ない間は毎日行ってましたね?」
「うっ、それは………まあ否定はしないけど、肯定も…………」
「今晩も俺が作りますね」
「そんなぁ〜!」
好物のお菓子を奪われた子供のような絶叫が、ガルレナ中に響き渡った。
成長しないねえ、師匠




