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悪女は試験を受ける

 週末が明けても、ミルエラがカメオブローチを付けてくれているか確認する暇もないほど守は忙しない日々を送っていた。


「他人を介して渡すとか、本当に有り得ない!」


 ナイルはフィヨルドで買い物をした日からずっと怒っていた、手渡しで渡さなければ意味が無いんだと説明

 したが聞く気を持たない守は分厚い本から視線を逸らさなかった。その態度もナイルは気に食わないのか言葉を口にするが、守には犬が吠えている様にしか聞こえない。


「女性は婚約者から贈り物を貰えば満足だろ?」

「それは気持ちがこもってるからだよ! 守のは気持ちのカケラもない!」

「煩い、喚くな」

「言葉にしないと! ・・・失ってからじゃ遅いんだぞ?」

「失うわけないだろ大袈裟なんだよお前は、それに家同士の契約みたいな物なんだ、気持ちがこもっていようが こもってなかろうが、彼女を妻に迎えなくてはいけない」


 ナイルが声を荒らげて説明しても守には煩わしいだけで響かない。

 必死になって説明しているのが馬鹿らしく感じたナイルは忌々しそうな視線を守に送ってからそばを離れた。しかし、女性に優しいナイルはその日の夜、カメオブローチの事を思い出しては眠れなくてナイルは次の日も、その次の日もカメオブローチの事に対して文句を言い続けた。

 二週間が経過する頃には執拗いナイルに守も怒ってしまって現在二人は喧嘩中。


「マチルダ、今日も図書館行くの? 俺と遊ぼうよ」

「お断りします」


 マチルダに断られてショックを受けたナイルは寂しい足取りで森へ向かった。

 この時期になると図書館へ通う生徒が多くなるのは、理由は学期末試験が近付いてきたからだ。世界中の書物と蔵書を保有している図書館は学園に三棟もあり、一〜四年生用の第三図書館はマチルダやミルエラも良く利用している。


「あ〜・・・もう少しで夏休みなのに無事に迎えられるかわかんねえ」

「お前は良いじゃん、俺なんか薬草学のテストあるんだぜ?」


 そんな会話を聞きながらミルエラは図書館の中へ入った。

 王立ロゼストン学園には様々な学科がある、「琥珀学科」「商業・貿易学科」「薬学学科」「フィニッシング学科」「普通学科」「生物学科」の六学科だ。

 学科により試験の内容は異なるが守、ナイル、ミルエラが在籍している「琥珀学科」の試験は二種類あり、 異能・心剣実技試験と七教科の筆記試験を一週間かけて行う、一番の難関という事もありどの学科より試験の期間が長いのだ。

 他国との取引に力を入れている貴族が多い「商業・貿易学科」にはマチルダが在籍している、五教科の筆記試験だけと少ないが計算を使う試験が多い上に女性が少ない学科でもある。

 グラシアンが在籍している「普通学科」は、なんの力も持たない良家の子供、王侯貴族、家門の第二子以降の子が多い学科になっており試験の数も五教科だけだ。しかし、グラシアンは第二王子という事もあり学科の試験とは別に帝王学のテストもあり寮に篭って勉強をしている。

 エリーナの在籍している 「フィニッシング学科」は、別名「()()()()学科」とも呼ばれており貴族の子女が教養を受けるためだけの学科でありマナーを中心に学び、試験もダンスと刺繍や裁縫、フォルテティア王国の歴史だけ。


「こんなに人が居ると集中出来そうにないわね・・・その前に座る場所もない事ですね」


 図書館の中や外の中庭も生徒が沢山居てミルエラの座る場所などなかった、友達が居たら場所を取ってもらえたがそういう友達は居ない。


「ミルエラ様もこちらで勉強なさるおつもりですか?」


 聞き覚えのある声が聞こえて振り返ると獲物を見付けたエリーナの冷笑が頬を掠めた。帰る前に図書館で借りていた小説を返そうと思ったが、取り巻きを連れたエリーナに絡まれてしまったためミルエラは逃げ道を探すように視線を外す。


「・・・いいえ、私は別の場所でするつもりですわ」


 厄介な事に巻き込まれないためにも直ぐに図書館を出ようとしたが、ミルエラの視線に気付いたエリーナは取り巻きたちと道を塞ぐように立ってくるからミルエラも思わずため息が零れてしまう。


「エリーナ様、なんのつもりです?」


 関わりたくないのなら、嫌いなら、関わって来なければお互いにとって一番良い事なのにエリーナは事あるごとにミルエラに突っかかってくる。


「ただお話をしたいだけです、私たちの間には誤解があるでしょう? それが解けたら昔のように仲良くなれると思うんです」


 口の前で手を合わせて笑うエリーナを見たミルエラは今度は何をしようと企んでいるのかを警戒して一歩下がる。

 ミルエラの爵位に媚を売る家門の一つだった子爵家の娘であるエリーナは幼い時から両親にミルエラと仲良くしろと耳にタコが出来るほど言われてきたがエリーナは自己主張の小さい子でミルエラと話すきっかけが欲しくて守に会ったことを話したらミルエラに怒られた、だから仲の良い時期など少しもなかった。


「仲良く・・・? 私たちに仲の良い時期はあったかしら?」

「そんな ・・・ どうしてそのような事をおっしゃるの?」


 落ち着いた口調で話すミルエラと違い、エリーナの声は周りの生徒に見せ付けるようなミュージカルを一人で行い悲劇のヒロインを演じていた。


「エリーナ様、ブルクルム辺境伯令嬢に構うことはありませんよ」


 エリーナの悲しんでいる様は庇護欲を狩り立たせ、取り巻きはエリーナに慰める声をかけてる。ミルエラより爵位が下の令嬢たちに敵意を向けられるのは今に始まったことでは無いからどうでもいいが、エリーナに駆り立てられて上下関係が理解できないのは彼女たちのためにもならない。


「私は事実を口にしただけですわ、エリーナ様は子爵令嬢で私は辺境伯令嬢。・・・私の地位と権利に縋って居ただけではありませんか。 別に悪いとは思ってませんわ、弱い立場の者にとって必要な行為ですものね・・・私はそんな無様な真似は致しません」

「なっ・・・!!」

「私はいずれ陰一族の一員になるというのに・・・エリーナ様のレベルがその様に幼稚なままですから取り巻きの方も自分の立場を理解していない発言が目立つのですね・・・可哀想ですわ。」


 馬鹿にされた羞恥で顔を一気に赤く染めたエリーナは反論を口にしようとしたが、自分のミュージカル演技のせいで注目を浴びてしまっている以上はミルエラを攻撃することは出来ないしエリーナの取り巻きもミルエラの笑顔の裏に「悪魔の貴族」と呼ばれるアルヴィンの姿がチラついて恐れたのか怯えてしまった。


「では、私はここで失礼致します」


 平常心を保ったまま図書館を出て人気のない道まで進んだあと、急いで林の中に走り出した。心臓は今にも破裂しそうなほど激しく鼓動をして息をするのも辛かった、エリーナに言ったのはハッタリではないが今のままでは陰一族に歓迎されるどころか守とリュウの関係を邪魔する女になって子を産む道具になるだけ。


「とりあえず・・・試験の練習でもしましょう」


 考えているだけで可笑しくなりそうだから気を紛らわせるために試験の練習以外のことは考えるのをやめた。

 ミルエラは筆記試験には自信があるが実技試験には自信がなかった、琥珀学科は()()を作り出せるか異能を持っている者が前提として入学出来ることから他の学科にはない異能・心剣実技試験が行われる。心剣とは異能力を体内から具現化して取り出せる武器の事で「剣」と名が付いているが、形は人それぞれで「弓矢」にも「トライデント」にも「銃」にもなる。


「私の心剣はこのヘンテコな棒ですし、異能に賭けるしかないですね・・・」


 ミルエラの片手には傘ほどの長さがある金属の棒が握り締められている、これがミルエラの心剣だ。バットと言うには細すぎて、棍棒というには短過ぎるからどのように使えばいいのか自分でさえ分からなかった。

 だから優秀な成績を残すには異能に頼るしかないのだ。ミルエラは自分がどんな異能を持っているのか周りに秘密にして来たからこんな人気のない森で行うのだ。

 ミルエラは祈るように胸元で繋いで異能を発動させるとチョウの型をしたモンスターが集まってくるだけ。


「どうしたら良いのかしら・・・寄って来てはくれるものの操るのはまだ無理そうね」


 ミルエラの異能は「フェロモン」だった。

 自身から溢れ出すフェロモンで対象を魅了し、自在に操る事も可能なため色仕掛けの異能とも言われている。異能が「フェロモン」だとバレてしまえばまた悪い噂が広がってしまう、ミルエラのフェロモン効果があるのはモンスターに対して()()で人間には効果はないが学園で信じてくれる者はいないだろう。


「グラシアン殿下の事もフェロモンで操っているだけと思われるわ・・・」


 それだけは避けたいから頑張ってフェロモンの訓練をしているが異能を発動してもチョウ型モンスターが寄って来てくれるだけで訓練用の的を攻撃するように指示しても言うことは聞いてくれない。


「あれ〜? ミルエラちゃんだ!」

「あなたは守さまと一緒に居る・・・」

「俺はナイル。ナイル=ランフォードだよ」


 フォルテティア王国建国時から王国を支えてきた四つの公爵家の一つであるランフォード家の跡継ぎであると今初めて知ったミルエラは慌てて頭を下げる。おちゃらけて居るナイルの事は勝手にそれ相応の身分なんだろうと思っていた自分を心から恥じて謝罪をした。


「謝らなくていいよ? それよりさフェロモンって凄いよね。俺なんかモンスターに嫌われてるから直ぐ突撃されんの!」

「・・・そ、そうなのですね」


 ランフォード公爵家は他の三つの公爵家とは違い、忠誠心は()()に捧げず()()に捧げている。同じではないかと誤解している者も多いが、現国王のルドルフが王座に就くのを唯一支持しなかったランフォード公爵家は無能な者が王になるのを国のため、民のために阻止しようとした。


「それより・・・カメオブローチ付けてるんだね、よかった!」

「頂いたの物なので付けないわけにはいきません」

「選ぶ時も悩みに悩んだから使ってあげてね」


 ミルエラは第二王子のグラシアンから貰った物なのに、何故ナイルが知っているのか気になった、二人に共通点はないはずだから。でも、その事を聞くのも不自然に思われるかも知れないから聞けなかった。


「それにしても・・・どうしてこのような所に?」

「あ〜・・・実は、守と喧嘩しちゃってさ」

「まぁ、ランフォード様もお怒りになるんですね」

「ちょっと、ちょっと待って! ・・・俺の事をランフォードなんて言わないでよ、ナイルでいいから!」


 ランフォード公爵の子供ではなく、一個人として見られたいナイルはファミリーネームで呼ばれるのを嫌う。


「しかし・・・いきなりお名前を呼ぶのは・・・」

「え? 俺と仲良くするのは嫌だ?」

「そんなこと思っていません! あの・・・ただ、私と親しくしても得はありませんよ」

「ミルエラちゃんに寄る奴がみんな権力に媚びるわけじゃない、それに俺のは誰かと関わるのに損得なんか関係ない」


 嘘を言っているようには見えない真剣な顔だからミルエラはなおさら戸惑ってしまう、本当にただの好意で声をかけてくれる人がグラシアン以外に居ることが純粋に嬉しくて優しい笑顔を見せた。


「俺さ、上に兄貴が二人いたんだよ」

(過去形・・・?)

「一番目の兄貴は誰から見ても本当に凄い人で、琥珀の選抜部隊にもいたんだ。帰ってくる度に怪我が酷くて・・・公爵を継ぐ人がどうして自ら危険な地に行って人を助けにいくのか理解出来なかったんだ。遠征から帰ってきた時聞いたんだ、”どうして見ず知らずの人のために危険なところに行くのか、何の得があるのか”ってさ」

「お兄様は・・・何とお答えになったんですか?」

「俺の納得いくような答えじゃなかったよ、”人助けするのに損とか得とか考えるの方がおかしい”って言われた。 でも、・・・次期公爵当主が戦場へ赴くなんておかしいでしょ? それに、助けてたのはなんの力も権力もない民ばかりで公爵家にメリットもない。」

「お優しい方だったんですね」

「結局、死んじゃったけどね。 兄貴の居た部隊は全滅して ・・・ 体も残ってなかったよ 」


 ナイルの悲しそうな顔をみてミルエラは慰める言葉を考えたが軽々しく口にして良いほど親しい仲でも無ければ同情して欲しくて話した訳では無いだろうから黙った。


「琥珀に居る隊員の葬儀って結構・・・質素なんだよ。年に何百人と死んでいく中で一人一人の葬儀に幹部達や隊員が出られないのも理解出来るけどさ琥珀から出席したのは二人だけ・・・死ぬまで琥珀に尽くしたのに酷いよね」

「そんな・・・」


 ミルエラにとってこの話は他人事ではない、父親は辺境伯であり琥珀に所属している隊員でもあるから常に鬼と戦争をして攻防を繰り広げている。

 辺境地の最前線である東のエディンを琥珀が守ってくれているからアルヴィンは自分の領土に流れ込んだ鬼の討伐をするだけだが鬼は強くて凶暴だ、モンスターを倒すのとは訳が違う、アルヴィンの指示が的確で無ければ死ぬ可能性だって十分有り得る。


「でも、今まで兄貴が助けた人達が来てくれた。 すっごい広い公爵邸が満員になるほどだよ? あの時初めて兄貴のことを尊敬した、兄貴のした事は無駄じゃなかったって。 だから ・・・俺は兄貴に習って損得で動く男にはならないって決めたんだ」


 心の底から兄を慕って居るナイルは、いつもの巫山戯た態度は見せず代わりに人懐っこい笑顔を見せた。そして、暗い話をしてしまったから話題を変えようと別の話をする。


「試験の練習は順調?」

「いいえ・・・」

()()()()を狙ってるんだよね」


 王立ロゼストン学園は階級社会で、個人が保有してある能力や成績で階級が決まる。

 最高位は「ロイヤルスカラー」と呼ばれ、全校生徒の中でたった六人しかなれない天才の中の天才に与えられる称号となっている。しかし、ロイヤルスカラーは毎年輩出される訳ではなく最高位に値する人物で無くてはならない。

 ロイヤルスカラーになるには「アステル」を五つ集める事が必須条件となっている、アステルは純金製で出来ている五角星のピンバッジだ。これを五つ集めると「ステマ」と呼ばれる王冠の形をしたピンバッチが与えられるがステマはロイヤルスカラーの証である。優秀な成績を収めた生徒に与えられるピンバッジで、通常の生徒は卒業までの八年間の学生生活で二個か三個しか獲得できない。


「狙っていますが・・・心剣も異能も上手くいかないので・・・」

「異能の事なら守に聞けばいいのに! アイツ、教える事に関しては本当にピカイチだよ!」

「聞けません、試験勉強の邪魔はしたくないです」


 試験勉強の邪魔をしてこれ以上ウザがられたらどう責任を取ってくれるのか、そう言いたかったがミルエラは堪えた。だがナイルも馬鹿ではない、勝算があってミルエラに提案したのか乗り気ではない彼女に笑いかけて守の話を始める。


「わかった、今日は俺が教えてあげる!」

「宜しいのですか?」

「俺と友達になってくれたお礼だよ」


 友達に困るはずのないナイルの言葉にミルエラは微笑んでから心剣の事や異能の事を丁寧に教えて貰った。

 そんな二人を見詰める者が一人居た。


「どうして? どうしてランフォード様と・・・?」


 ミルエラを追い掛けて森の中に入って来たのはグラシアンの妃候補である侯爵令嬢のイザベラ=ボルコフはミルエラの事が嫌いだった、話したことはないけれど伯爵家の癖に陰一族に取り入ったあと第二王子であるグラシアンにまで手を出したことが許せなかったのだ。


「あの女・・・グラシアン殿下だけでなく公爵家まで取り入れようとしてるの? 信じられない・・・!」


 妃候補の筆頭であるイザベラは週に一度あるグラシアンとのお茶会を楽しみにしていたが、グラシアンはミルエラとの時間を大切にするようになってから妃候補では無くなってしまったのかという声まで上がってしまい侯爵家から怒りの手紙まで届いてしまい、このまま夏休みを迎えて帰省すればどれだけ怒られるか考えなくても理解出来た。

 クリーム色のボブを揺らしてエメラルドグリーン色の瞳には憎悪を映すとナイルは振り返った。


「どうか致しましたか?」

「・・・いいや、何でもないよ。続きをしようか」


 その日、森の中での練習は日が暮れるまで行われた。

 ミルエラは試験当日まで守に聞くことは出来なかったが偶にナイルがひょっこり現れては経過を確認してくれるから自信はかなりある。

 試験が始まるとナイルと会うのは校舎の廊下ですれ違うだけとなったが挨拶をしてくれてミルエラにとってそれだけでその日一日が幸せに感じるほど嬉しかった。そして、試験開始四日目に異能訓練所で異能試験が行われるため一年生の六クラスのうち二クラスが集まった。


「ミルエラちゃ〜ん!」


 訓練所は長方形のグランドを囲むようにひな壇になっている観客席が設置されている、試験が行われるあいだはどこに座って待機しても良いため仲の良い子は固まって座っている。

 ミルエラもどこに座ろうか迷っていると守を連れたナイルが手を振って近づいてきたからミルエラは緊張して頭を下げると守はカメオブローチを見詰めた。


「こ、これは・・・」


 グラシアンから貰ったがやましい事は何も無いと説明しようとしたが、守は自分が選んだ物を付けてくれている事が嬉しく感じてわざわざ言葉にすることは無いとミルエラを遮った。


「わかっている」

「そうですか。・・・ナイル様、ありがとうございました。初めて心剣に自信が持てそうです」


 どんな経緯で貰ったのかも聞いて貰えなかったと勘違いしたミルエラは落ち込みかけたがナイルへお礼をして頭を下げた、大したことは無いと笑ったナイルはミルエラに共に座ろうと声を掛けた。


「宜しいのですか、私が一緒でも・・・」

「守も良いよね?」

「構わない」


 素っ気ない態度だが許可を貰えた事が嬉しいミルエラは満面の笑みになって舞い上がりたい気持ちを堪えた。そんなミルエラの笑顔を見て悪い気がしない守は自分が変わってきた事に気付いた。


「守、もうお前の出番だ」


 本来なら出席番号順だが、学園は陰一族や御三家には忖度をしているため王侯貴族ですら待たされるのなか、一番最初に試験を行っている。

 ナイルの言葉を聞いた守はグランドに出ると観客席を守るように透明な防御シールドが現れた。


「守さま・・・今日も見目麗しい」

「ミルエラちゃんって面白いよね」

「あっ・・・口に出ていましたか!?」


 顔を真っ赤にさせて照れているミルエラと笑っているナイルの背中を見詰めるイザベラは気に食わないのか手のひらを二人に向けた。


「イザベラ様、何をなさって・・・」

「きゃあ!」


 イザベラの隣に座ってきた伯爵家の令嬢に声を掛けられると自分で席から転げ落ちた、周りから見れば伯爵令嬢が突き飛ばしたようにも見える行為はエリーナと似た雰囲気を感じて守は眉を寄せて観客席を見上げた。

 しかし、イザベラの狙いはここからだった。

 転げ落ちながら的確にミルエラに狙いを定めて風の異能で攻撃をした、刃物のように鋭い風は幾つも現れて座席に掠ると綺麗に真っ二つに割れてしまうほど危険なモノ。


「何をしている! 避けろ!」


 守の声が聞こえたミルエラは慌てて逃げようとしたがその方向に風が吹いて、ナイルが逃げるのを止めなければ目を切っていた。しかし、幾つもの数で発せられた風はそれだけではない。

 ナイルはミルエラを抱き締めると上から覆いかぶさるように守ってくれた、それでも座席を真っ二つに割いてしまう強力な風はミルエラのお腹にも当たってしまい二人は大怪我を負った。

 守は直ぐに観客席へ駆け付けて教員に運ばれるミルエラとナイルと共に医務室へ向かう。ミルエラを庇ったナイルの怪我はとても酷く治療室で手術を受けている。報告を受けたマチルダも慌てた様子で治療を受けているナイルの居る治療室に近付こうとしたが治癒師止められてしまった。


「どうして・・・」


 ミルエラはお腹以外はかすり傷のため、治療には一人の治癒師だけだがナイルは三人がかりで手当をされておりことの重大さがひしひしと伝わってくる。


「何があったのですか!?」

「事故だ・・・」

「事故? 事故でここまで大怪我を負うとでも? 馬鹿も休み休み言いなさい!」


 バチン、と頬を叩く乾いた音がして守は自分がビンタされたことに気付いた。瞳に溜めていられないほど涙を溢れ出すマチルダを見て守は本当に何が起こったのか分からないと説明をすると、マチルダは怪我を負わせた女を連れて来いと怒りを隠そうともしない。その姿に守は誰かのためにここまで怒れることが羨ましいと感じた。


「今はナイルを信じよう、アイツはこんな事で死ぬ男じゃない」

「・・・そうですね、私と結婚せずに死ぬとは思えません」


 ハンカチで涙を拭うマチルダは少し気を取り戻し、守は治療を終えて眠っているミルエラの傍へ歩み寄った。眠っている彼女はとても人形のように綺麗だが、生きてるか心配になって口元に手を寄せると寝息が手に触れる。


「ランフォード令息が御守りしていたお陰で死に至る事はありませんが暫くの安静は必要です」

「勿論だ、彼女には休むよう伝える」


 治癒師からの報告に守は頷く。

 ミルエラにつけられている点滴の雫が落ちる音だけが聞こえる中、医務室と直結している治療室から治癒師達が出てきた。


「ランフォード令息もご無事です」


 その言葉を聞いたマチルダは安心して足の力が抜けてしまった、床に座り込みながら喜びでハンカチを握りしめる姿を運ばれてきたナイルは朦朧とする意識で見詰める


「かわい・・・すぎる・・・ ・・・ キス、して・・・ 」


 点滴の繋がれている腕を上げて親指を立てる姿に守は笑顔を見せると「俺がしてやろうか」というジョークを初めて口にした。


「笑・・・えねぇ ・・・」

「マチルダを心配させるな。・・・だが、ミルエラのためにありがとう」


 守のお礼を耳にしたナイルは笑顔になってからマチルダと話をした、心配した他の生徒がナイルのベッドの周りに集まる中でミルエラの元には誰も居ないのを見て自分だけはそばに居てあげようとベッド脇に置いてある椅子に腰掛けた。


 治療を終えてから直ぐに目を覚ましたナイルとは違い、ミルエラは二日経過しても目を覚ます気配はない。


「これなんかいいと思う」

「ダメだ」

「え! なんで!」


 目を覚ました時、ミルエラが悲しまないように守たち三人はベッドの周りを飾り付けていた。チョウが好きなのを知っているからチョウのモビールや辺境伯家からの見舞い品をテーブルに並べる。


「それにしても、守が看病するとは・・・どういう風の吹き回し?」

「・・・弱った時、誰かがそばに居ないのは心苦しいだろ。リュウ様も熱を出した時はいつも泣いている」

「なんだよ、如月家の坊ちゃんみて学んだのかぁ」

「誰かの姿を見て学ぶのも立派ですわ、守さまがお変わりになられて嬉しく思います」


 楽しく話をしているが、夏休みを迎えてもミルエラが目を覚ます事はなかった。

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